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決勝……ウサギとヒヨコはどうなるの(前編)


 

 打たれた脇腹を押さえながらスライム水から這い上がる漆黒の騎士団長ジェド・クランバル。


 恐らくアバラが数本逝っていた。痛すぎて声が出ない上に全身スライム塗れで気分が最悪過ぎた。


「――ゴホッ、ゴホッ、脇痛い。最悪だ……陛下、いるなら言ってくれよ。まさかウサギを被ってるなんて思わなくて油断した……」


「分かるのか?」


「分かるっつーか……2度目だから。俺が真剣に戦ってる時に、俺の剣をかいくぐって脇腹に蹴り入れてアバラ折るようなヤツは……陛下しかいないから。騎士道とかさぁ」


「お前が騎士道の事を言うとはな」


「……それより誰か回復してくれない? 回復力は早い方なんだけどね……アバラ刺さっているんだ。痛い……」


 痛がるジェドに魔塔主シルバーが回復魔法をかけてくれた。獣王アンバーは武闘会参加賞の粗品のタオルを腰に巻いて下を隠していた。丁度股の所にオペラの文字があり、ジェドは何とも言えない気持ちになった。大会側もまさかそんな使われ方をするとは思って無かっただろうと。


 痛みが和らいで来たジェドはステージの方を見る。もう出場者は2人しか残って居なかった。


 来ると分かっていればこんな痛い思いをせずにどうぞどうぞしたのに、何故あんな被り物をしてコッソリと此処に居るのか謎すぎた。だが、どんな相手だろうと帝国最強の男であり、オペラが1番来てほしい人なのだから勝つのは陛下だろうと思った。


 その、勝つだろうと思っていたウサギの被り物をした陛下に対峙したのは――ヒヨコの被り物をした正体不明の者だった。



 ―――――――――――――――――――



 ヒヨコはこの無駄に長い戦いが次でやっと終わる事に喜んだ。あまりにも長すぎた。


 そうは言ってもそんなに人が集まる訳はないだろうと高を括っていたのだが、まさかこんなに沢山の男が参加するとは思わなかった。

 1回戦で数を絞らなければどうなっていた事か。


 目の前には変なウサギの被り物を被った男が居た。……絶対に恋人にはなりたくなかった。変なウサギに優勝されては困る。

 だが、先程からの戦いを見ていると安心出来る相手では無い事は良く分かった。甲冑騎士や騎士団長を倒した男である。1回戦目から鬼のように戦っていたので気になって見てはいた――このウサギは確実に強い。


 ヒヨコは服の下に隠れた翼に聖気を溜めた。



 一方ウサギの方もヒヨコの鬼気迫る戦いっぷりを1回戦から見ていた為、拳を強く握った。

 この相手に勝てば――勝者である。


(……勝者である?)


 そこまで思って、何も言葉を考えずにここまで来てしまった事にウサギははたと気が付いた。


 とりあえず他の者を倒して勝つ所までは想像していたのだが、その先の事まで全く考えて居なかった。よく試験に合格する事を目的としている輩に、その先からが本番だから勘違いするなと叱咤したものだが……まさか自分が考え無しに行動する日が来るとは思わなかった。

 何故こう彼女の事になると考えが追いつかなくなるのだろうと、ウサギは少し落ち込んだ。


 目の前のヒヨコは、強いとはいえそこまでではないだろうと踏んでいた。

 先程戦っていたアークもいくら運動不足と本人が言っているとはいえ、流石に本気には見えなかった。聖国の女王と魔王が結婚したい訳は絶対に無いだろうし、大方適当に試合してわざと負けたのだろうと想像していた。


 そうこう考えている間に開始の笛が鳴り、緩めた拳をウサギは再び握った。

 だが、何処かでチラチラと彼女に会ったら何から伝えたら良いものかと、戦いに集中出来ずにいた。

 ヒヨコが蹴りを撃ち込むが、全て防戦一方で受けていた。蹴りに聖気が乗って重いような気がしたが、ヒヨコなだけに聖国の有翼人だろうかとウサギはあまり気にしなかった。


「……まずは誤解を解いた方が良いだろうか」


「??」


 気もそぞろで戦いに集中しない様子のウサギマスクマンにヒヨコ仮面はイラッとしたが、油断しているのなら好都合だと思って攻撃を続けていた。

 だが、そのうちウサギがボソボソと何かを呟いて考えを漏らしている事に気がついた。

 戦い中に何を考えているのだと気にし始めるとヒヨコも気になって集中が出来なくなっていた。


「……そもそも私が何を不安にさせたというのだ」


「???」


「……まぁ、そもそも私が大事な所で寝てしまったのが悪いのだが……」


「?????」


「……でもまさか謝った事で何か誤解するとは思わないだろ……」


「????????」


 ガードしながらボソボソと漏れ出すウサギの悩みが具体的過ぎて気になり過ぎた。断片的な呟きを繋げると、何処ぞの誰かと大事なシーンで寝てしまい、それについて謝った時に誤解させたとか何とか……

 何処かで聞いたような話だとヒヨコは首を傾げたが、一体この男は何しにここへ来ているのだと憤慨した。

 ここに居るという事は聖国の女王の恋人候補になりに来たはずだ。でなければ決勝でこんなに戦ったりはしないだろう。

 だが、決勝戦で他の者の事を考えているとは二股希望か何か知らないが不埒な男である。そんな男に優勝させる訳にはいかないと怒り、頭上から踵を勢いよく落としたが、それもガードされてしまった。

 ウサギは気が違う所に有るのだが、どうしても攻撃が受けられて効かなかった。

 ……ここはもう神聖魔法を使うしかないかもしれない、と思ったが、あまり使い過ぎると正体がバレてしまうかもしれないとも思った。

 だが、目の前のウサギは明らかに今のままでは倒せない。

 本気にさせたら負けてしまうかも知れないと思ったヒヨコは魔法を展開しようとした。


「……まずは私がオペラの事を好きだという事を伝えなくてはいけないのだろうか」


 魔法陣を描こうとしたヒヨコの手がピタリと止まった。

 今、目の前のウサギがオペラの名前を呟いた。


(……今、オペラと言った……???)


 ウサギは確かにオペラの名前を呟いた。と、すると先程から言っていた独り言の内容はオペラに対してである。

 ヒヨコは更に首を傾げた。

 ウサギの知り合いなど居るはずも無いが、件の呟きの内容の知り合いが居るとすれば1人だけ心当たりがあった。


 だが、その心当たりはこんな所にいる訳が無いのだ。だからこんな変な武闘会なぞ開かれてるのだ。


 ……だが、もし目の前の男の呟きの内容が本当だとすればウサギの被り物の下は……いや、そもそもこんなに攻撃しても全て受けられてしまう、そんな相手が何人もいるはずもない。


(……まさか……まさか)


「……だがどうやって、何て言えば――ん?」


 ヒヨコ仮面の攻撃がいつの間にかピタリと止んでいた事に気付いたウサギマスクマンは、今決勝の最中であり、勝負の途中で考え事をしていた事に気が付いた。


 まだ勝負中だったのだ。勝敗は付いてないのに何を油断しているのだろうとウサギは正気に戻った。

 拳を再び握り、ヒヨコを倒そうと地面を蹴った。


「ちょっ、ちょっと、まっ、待っ」


「散々攻撃しておいて今更待っては無いだろう」


 ヒヨコ仮面はウサギマスクマンの攻撃を必死で避けるが、ウサギの攻撃は止まらなかった。

 拳の風圧は服が切れる程鋭く、やはり彼はそうだとヒヨコは青ざめた。


「ちがっ、話を――」


「問答無用だ。私にはどうしてもこの大会に勝たなくてはいけない理由があってね。残念だが、彼女は誰にも渡せないんだよ」


「?!!??」


 ヒヨコは激しく動揺した。もう何か色々聞いてしまった。だが、何より目の前の状況をどうにかしなくてはいけないが、どうしたら良いか分からず頭をフル回転させた。

 そうだ、スライム水に飛び込んで負けよう、そうしよう。と思い後ろに飛び出した時――ガラ空きの背中に向かって拳が飛んで来た。


「ヒェッ!!!」


 咄嗟に避けたが、服の背中スレスレを拳が抜け切れ目が入った背中から羽が飛び出した。


「……え?」


 ウサギマスクマンの目の前に舞って飛び交う羽。切れた服の下からは見覚えのある7枚の羽が出てきた。

 咄嗟に腕を掴んで地面に押し倒し、そのヒヨコの被り物を取ると――

 そこにはウサギマスクマンが会いに来たその人が居た。


「…………何してるの……」


「そ……それは……わたくしの……台詞です……」


 観客がいつの間にか静まる中、ステージの2人も固まっていた。

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