ついに始まる第1回オペラ杯武闘会(6)
次々と決着がついて行く中、次に呼ばれたのはアンバーとシルバーだった。
魔塔の主人と獣王とか、嫌な予感しかしない。
アンバーの戦いっぷりを見てきた観客達は大盛り上がりで彼をコールしていたが、対するシルバーは実は1回戦もその次も派手な魔法は使ってなかった為、あんな派手で強そうな戦士と魔法使いで大丈夫かと観客達に心配されていた。が、俺はアンバーの方が心配だ。
とは言えヤツは魔法マゾなので、魔法使い以外ではそんなに乗り気じゃないんじゃないかと思っていたのだが……意外にもシルバーは楽しそうにニヤニヤと笑っていた。
「何がそんなに楽しいのだ?」
「いやぁ、私は強い者は大好きだよ。どこまで耐えてくれるか楽しみで笑いが漏れてしまってね」
「……言い方が完全に悪い奴のそれなんだが。まぁ、良い、やってみるがいい」
アンバーが手招きで挑発すると、シルバーは指で魔法陣を描いた。その魔法陣がアンバーの足元に浮き出るとその頭上から雷が落ちて来る。
直撃したと思われた雷はアンバーの身体を走ったが、アンバー自身は何事も無かったかのように首をコキコキと鳴らし、身体に溜まった雷を大斧に衝撃波として乗せてシルバーに振り返した。
シルバーは避ける事なくそれを受け止める。いや、避けろよ。
「俺に魔法は通じない。この鍛え過ぎた筋肉が全部吸ってしまうからな。火や鋭利な物理物も無駄だし、精神系も何か効かない。それは何故か分からんが」
「うーん、脳味噌まで筋肉として鍛え上げられたんじゃないのかな?」
「……そんな所まで鍛えられてしまったのか俺は」
「そんな訳無いだろう。君みたいに極端に細胞が少ないような人には効かないだけだねぇ」
「ん? そうなのか。ま、俺は難しい事は分からんが、お前の魔法を全部受け止める自信はあるぞ」
アンバーが身体中に力を込めると、その筋肉がビキビキと隆起した。服がはち切れそうである。少し破れていた。おいコラそれ以上力を入れるな。
シルバーも装飾を楽しそうに外し始めた。
あ、ちなみに今更なのだがお客の歓声でステージ上の音が聞こえない事に気付いた運営側が集音の魔術具をステージの頭上に吊り下げていた。うーん、よく聞こえるが、今更聞こえる必要あるか? もう少し早く聴けるようにして欲しかったけど準備で手間取っていたのだろうか? ま、初めて使うコロシアムだから色々不備は仕方が無いな。うんうん。
ドガアアアン!!!
目を離した隙にいつの間にか戦いが始まっていた。シルバーの髪が紫がかったピンクに発光し、夥しい量の魔力が漏れて滴っていた。魔力って沢山出ると液体化するの? 初めて聞くわ、そんなん。
魔力がそのまま床に零れ落ち、地面に幾つもの魔法陣が描かれた。魔法陣からは火や氷や雷やら木やら爆撃やら……何かいっぱい出た。次から次へと出た。最初は盛り上がっていた観客だったが、途中から悲鳴へと変わった。アンバーが全部大斧で打ち返したり逸らしたりするから流れ弾が観客に当たる当たる。
「中々やるじゃないか君」
「俺の生まれた密林には変な生き物が沢山いてな。あいつらやれ火やだの雷だと出すから、それらにはちょっとばかし耐性があるんだよ。ルーカスみたいに腕っぷしが強いヤツならともかく、お前のような魔法使いに負ける気はしねえな」
「へぇ、それはちょっとカチンと来るねぇ。後悔させてあげようかい?」
そう言ったシルバーは上空に浮かび上がった。
ニヤニヤしながら魔法陣を描く様は最早悪人面を通り越して魔王だった。観客がドン引きである。
シルバーが描いたものと同じ魔法陣がステージ全体に浮かび上がる。アンバーの身体中にも描かれていた。
「『焦土』」
シルバーが手を翳すとステージ全体に黒い火柱が立ち上がり、その火が消えるとステージ全体が言葉通り焦土のように黒炭となっていて、スライム水も1滴残らず干あがっていた。ついでにアンバーも黒炭のように真っ黒になっていた。……え??
会場がしん……と静まり返る。いや、おま……殺しちゃいかんだろ。
ごめんなさい、タグにR15をつける日がついに来てしまいました……俺はアンバーに手を合わせた。
「死んでないぞ」
「え?」
アークが指差す先、真っ黒のアンバーは黒い炭がポロポロと剥がれ、一皮剥けた感じになっていた。どうなってんだよお前。あと服も黒こげになってボロボロ落ちたので真っ裸である。
観客の女性から悲鳴が上がった。死んではいないが、アウトかセーフで言ったらアウトである。
「……そんな人初めて見たねぇ」
シルバーは不思議な顔で首を傾げているのに対してアンバーが得意げに笑う。
「ふっ、驚いただろう。俺は密林の生き物から色んな事を学んで育ち、強くなった。そしてその中で習得した1つがこの脱皮だ」
「脱皮……」
「ある時、火や刃物で傷ついた皮膚を脱ぎ捨てる生き物がいて、アレ便利だなと思い何年もかけて習得したのだ。最初は全然皮が剥けなくて苦労したが、俺に不可能は無かった。大体、出来るヤツが居るんだから出来ない訳は無いだろうと信じていたら何か出来る様になったのだ。そうして俺は一瞬で脱皮が出来るようになった。あのような表面を一瞬で焦がす高音ならば脱皮した表面と下の肌の隙間に空気を入れれば耐えられる」
「……ええと……突っ込みたい所が沢山あるんだけど、獣人は脱皮しないと思うんだ?」
「ん? そうなのか??? いや、出来たぞ? 密林に迷い込んだ異世界人からの有難い言葉に『心頭滅却すれば火もまた涼し』とか、『信じる者は救われる』とかがあってな。信じれば割と何でも出来るらしいから俺は信じた。そしたら出来た。それだけだ。お前も常識を捨てた方がいいぞ」
アンバーが豪快に笑うと黒こげのステージの床が崩れ落ち、アンバーとシルバーが同時に干あがった地面に着地した。
「君はビックリ獣人だねぇ。何が何処まで効くか試させて貰っても良いかい??」
シルバーが狂ったような目でハアハアしていた。うわぁ……ヤバイ人体実験するヤツの目になっている。
「がっはっはっは!!! 俺に効く魔法があると良いな!!」
こっちはマッパの変態である。そしてバカすぎて生き物を超越した脳筋だった。脳筋も極めるとそこまで行ってしまうのか。
ピピーーーー
『両者失格です!!!』
「ん?」
「え?」
2人が再び戦おうとした時、笛の音とアナウンスが鳴り響いた。
「何でだよ」
『……失格理由は色々ありますが、まずアンバーさんはその格好では試合の続行は認められません』
「……大斧で隠してもダメか?」
『ダメです』
「私は何でダメなんだい?」
『ステージ全体を破壊したからです。あと、シンプルに2人ともスライム水の所に同時に降りてるので両者場外失格です』
「うーん、そこまで考えてなかったねぇ」
……という訳でアホ2人は失格となった。
シルバーが破壊したステージを直す為、暫く休憩時間となり、俺達は飯を食いながら直っていくステージを見守った。
スライムの素材は便利なもので、他の壁から出てきたスライムがどんどん分離して素材を作っていく。スライム素材無敵すぎない?
普通の水でいいのに真新しいステージ下にどんどん注がれていくスライム水を見てため息を吐いた。
もう出場者は手で数える位しか残っていない。一体何人がこのスライム水の餌食になったのか……
その後ろではアークとシャドウが話をしていた。
「お前、気付いて勝ちを譲ってやるとか……人が良すぎるだろ」
「……いえ、まぁ……譲るも何も最初から勝てるとは思って無かったのですが。他の方には負けるつもりは無くても、本物が来ちゃったら無理ですよね」
「でもなぁ……アイツも堂々と来れば良いのに何であんなもん被ってんだか」
「何か被っているのはお互い様ですので」
「……ちなみにお前、あっちには気付いてはいないんだよな?」
「え?」
「……いや、何でもない」
「何の話してるんだお前ら」
会話の内容が全然見えて来ないが、2人は何でもないと誤魔化した。何なの??
「ところで騎士団長は陛下と本気で戦った事はあるのですか?」
「?? 何で今陛下の話??」
陛下と? 本気かぁ……
そう思って思い起こしたが、そもそも陛下と決闘する機会自体があまり無いからなぁ。
「稽古以外では入団試験時位しか戦った事無いんだけど、陛下強いからな。普通に負けたよ」
「それは本気だったのですか?」
「ん? ああ。もちろん」
よく覚えてないけど……
★★★
この長い決闘も残すところあと2回となったウサギマスクマンは次の対戦相手を見た。
その相手と戦うのは久しぶりで、決勝前に戦いたいとは思わなかった。
漆黒の騎士団長ジェド・クランバル。
彼と戦ったのは騎士団入団試験の時ぶりである。
あの時、嫌そうに剣を抜いた年若き幼なじみは強かった。あまりに強すぎて焦って脇腹に蹴りを入れたら、そのまま吹っ飛んだジェドのアバラが折れた。
一応体裁は保ったものの、剣の腕では敵わないのが悔しくてその後剣の修練を重ねたが、天才剣士の血筋には努力では追いつく事は出来なかった。
ジェドは剣の腕だけは凄まじかったが、その腕を振るう事は殆ど無い。
稽古の時も本気でかかってくる事は無いので、この様に純粋に身分も関係無く1対1で戦える時は中々無いものだと、ウサギマスクマンは震えた。
アナウンスで名前が呼ばれると、直ったばかりのステージにその剣士は現れた。
黒い剣と白い剣を持つ漆黒の剣士。ジェドは黒の剣をスッと抜いた。ウサギも剣を抜く。
ジェドの剣からは闘気が溢れているようだった。
決闘開始の合図が出されると、次の瞬間には剣がぶつかっていた。
何手も剣を合わせて行くとウサギマスクマンには直ぐに分かった。ジェドは強い。
やはり騎士団入団試験の時と同じく剣の腕では勝てる気はしなかった。
いつかまた戦い、純粋に剣で負かせたいとは思っていたが、今はそれよりも大事な事があった。
(済まないが、次は純粋に剣で本気で戦おう)
と、ウサギマスクマンはジェドの脇腹目掛けて回し蹴りを繰り出した。
「ん? あれ? この感触、デジャヴ――」
と言い残したままジェドはスライム水の中に吹っ飛んで消えて行き、ウサギマスクマンは申し訳なさそうに手を合わせた。




