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ついに始まる第1回オペラ杯武闘会(4)



「それでは、第2回戦を始めます! 第1回戦で残った精鋭達は一旦入り口までお下がり下さい」


 第1回戦の大乱戦を終えて残っていたのは20人弱だった。あんな数百人も居た参加者だったが、1人で何十本もプレートを狩ってるような荒くれ者もいて、予想外に参加者が減ったみたいだ。

 だから1人10本でいいと言っていただろう……係員の話をちゃんと聞いてほしい。


 係員がアナウンスする通りに皆が入り口まで下がると、コロシアム内の床が急に全体的に下がりその空間に水が張られた。そして真ん中だけ円形に高く迫り上がった。なる程、円形の小ステージから水に落ちたヤツが負けなルールという事か……しかしこのコロシアム、仕組みどうなってん。


 水が出たりステージが迫り上がったりする時に魔法が使われたり歯車の回るような機械音はしなかった。

 ふと水を覗くと水と目が合った。水と目が合うって何って思うじゃん……? 水じゃ無いのよ。


「うわ! この水、スライムじゃねえか!」


「そうそう。材質全体にホワイトスライムが練り込まれていると自由に建物を変形したりも出来るし、こうやって水を張ることも出来るんだよね。スライム水だけど」


 シルバーがニコニコと頷いた。……スライム水って何?


「……その水、飲むとどうなるんだ……?」


「別に人体には影響無いし小便として排出されるんじゃ無いかな?」


「……ホワイトスライムは基本温厚で、人間やそれに似た種族は絶対に襲うなと言い聞かせているから死にはしない……が、排出物と融合して新たなスライムに生まれ変わる可能性はある」


「……」


 聞きたくなかったし絶対に落ちたく無い。他の参加者も嫌な顔をしている。何このコロシアム、地味に嫌すぎるだろ色々と。ヒヨコ仮面なんか余程スライムが嫌いなのか黄色いヒヨコが青く見える程動揺してるし、作らせた聖国人でさえ気持ち悪さに青ざめ卒倒していた。知らんかったんかい。


「え、えーと……とにかくこの円形ステージから落ちた方が敗者となります。それでは最初の対戦は――」


 係員の説明の後名前を呼ばれた者達の戦いが次々と始まった。俺達の待機している場所からは戦いの様子は見えるが声は歓声にかき消されてよく聞こえない。

 最初の試合が始まって早々に誰かが吹っ飛ばされてきて思いっきり目の前の水に落ちた。水飛沫ならぬスライム飛沫が盛大に立ち上り、俺達や観客はかからないように避けていた。


「何だ、手応え無ぇヤツだな」


 吹っ飛ばしたのはアンバーだったが、俺達と観客一同はスライム水の中に落ちた対戦相手の方が気になって固唾を飲んだ。


 ザパッと上がって来る男は全身ベトベトになり、ぬるぬるした液体を身体中に滴らせている。


「……」


「だ、大丈夫か……?」


「鼻や口や耳には入って来ないが……全身気持ち悪い……お風呂に入りたい……」


 敗者の男は泣いていた。良かった、入っては来ないのか……だが、気持ち悪いのは普通にヤだな……

 男はそのまま台車でシャワールームまで運ばれて行った。


「えー……という訳で、勝者アンバー・ビーストキング!」


 コロシアム内が微妙な空気から脱しようとワーッと盛り上がる。観客の盛り上がりに反して出場者は盛り下がっていた。リスクさぁ……

 いや、勝てば良いのだ勝てば。落ちなければどうとう事は無い。


「続きまして、次の出場者は――」


 アンバーの対戦が終わると次の出場者を呼ぶアナウンスが鳴り響いた。

 ん? 次はアークが出るみたいだが、相手はあのヒヨコ仮面か。

 魔王を呼ぶ声にブーイングが観客中から響き、ヒヨコ仮面へのコールが巻き起こっていた。



 ★★★



「「「ヒ・ヨ・コ! ヒ・ヨ・コ!!」」」


 観客(主に聖国人達)からヒヨココールが巻き起こる中、当のヒヨコ仮面は魔王アークを目の前にして震えていた。


「ヒヨコ仮面が武者震いしてやがるぜ」


「ヒヨコ仮面の第1試合での活躍は凄まじかったからな。彼なら聖国の敵、魔王アークを倒してくれるはずだ」


「ぶっ潰せーー!!」


 未だ魔族に敵対心剥き出しの聖国人は多い。物心つく前の子供達と違い、若き大人達や生き残った女達は魔族に襲われた記憶が強く残るからだ。

 かくいう聖国の女王オペラ・ヴァルキュリアも、頭では魔族は悪く無いと理解していても感情が追いつかなかった。


 魔王アークを見るのは3度目である。幼き頃、先代魔王が消える時に悲しんでいた同じ年頃の幼き魔族の子供。2度目は帝国で皇帝の執務室だった。

 実はあの時も澄ましていたが冷や汗が止まらなかった。見ないようにしていたのに視界に入って来て急に怒り出した時は心臓が止まりそうになった。


 聖国を滅ぼす黒き獅子、魔の国の王。

 何度も本で読んでは震えたものである。


 前に対峙した時も恐怖を悟られないように思考障壁の魔法をかけていた。魔王は相手の心が読めると聞いていたから……

 だが、魔王領のある自由大陸ならばともかく、まさかこんな所に魔王が居るなんて思ってもみなかった。


(……というか、何故ここに? 何しに???)


 まさかと思うが恋人候補になりに来たとか言わないよな? と、ヒヨコ仮面は青ざめた。想像すらしたくない。


「お前……今更障壁張ったって遅えよ」


 ビクッと一瞬動揺してしまうヒヨコ仮面。


「……何の事だ……」


「惚けても無駄なんだよ。こちとら受付で並んでる時からお前の声は聞こえていたからな」


 しまった、と顔を顰めた次の瞬間、ヒヨコ仮面が見たのは黒い獅子に変身した魔王の姿だった。心臓の鼓動が早くなる……恐怖で動けなくなりそうだったが、魔王の一撃を飛び避けた。

 2手3手と交わすが、その内魔王が本気で戦っている様子では無いように思えて来た。一撃が緩すぎるのだ。


「そのまま聞け。俺は別にお前の正体をバラすつもりも無いし、優勝してお前の恋人になるつもりも無い」


 突然喋り始めたアークだったが、その話を言葉通りに受け取る事はヒヨコ仮面には出来かねた。


「だったら何故今戦っているの? それに何のつもりでここに来ているというの……」


「何のつもりで来ているのかについては……正直巻き込まれたとしか言いようがない。俺は何回も嫌だと言ったんだが……」


 アークはチラリと無理矢理連れて来たであろう人物を見た。見なくともヒヨコ仮面には分かる。いつだって災厄を持ち込むのはあの男なのだ。


「だが、お前と2人で話が出来る機会が今後有るか分からないからな」


「わたくしは魔の国の者と話たい事など何も無いわ」


「お前に無くても俺にはあるんだよ」


 空中に逃げるヒヨコ仮面の足を尻尾で掴み、そのまま引っ張ってアークはヒヨコ越しのその中の人の目を見た。


「っ!! 何だと言うの――」


「操られていたのかもしれないが……とは言え魔族が聖国人を襲ったのは事実だ。……済まなかった」


「?!」


 ヒヨコ仮面はあの襲撃の日を思い出した。必死で立ち向かったあの日……けれども、あの時の魔族と今目の前に居る黒獅子の眼は似ても似つかなかった。

 怒りに半狂乱となっていたあの魔族の眼では無い。宝石の様な紫色の眼は魔王と呼ぶには似つかわしく無く、優しい眼だった。


「でも……今も昔も、魔族に誰かを傷付ける意志なんて無かったんだ。それでも先代の頃は傷付ける者には報復をし、護るために戦っていた。だが、今はもうその必要も無くなった……ルーカスが約束してくれたから。ナーガが魔族を襲ったと知った時も憎かった。けど、竜族に報復をしたりもしない。争いは争いしか生まないからだ。争いを生む事は魔族や魔物を危険に晒す事になる……俺は皆を護る為に今頑張っているつもりだ。それはルーカスの希望であり、先代の本当の理想でもあった……」


 アークの真剣な眼から逸らせなかった。この男は本気で言っているのかもしれないとさえ思えた……


「……それで、わたくしに何を求めるの……?」


「別に何も求めちゃ居ない。何をして欲しいという事もないが……魔族を恐れているなら無駄だって知って欲しかっただけだ。そもそも、お前は勘違いしているがお前の方がずっと強いからな」


「……そんな話を信じろというの?」


(魔王が自分より弱い……? そんなバカな)


「……お前は魔族を倒す為に沢山修行していたかもしれないが、俺はそれよりも魔王領を何とかする事に忙しすぎた。魔気は腐るほどあっても宝の持ち腐れだ」


「嘘……」


「信じられないならそれでも良い。聖国人が魔族に対してどう思っているかはここに来てよく分かったからな。早く誤解が解けて聖国人が魔族を恐れなくなれば良いな。ま、言いたい事はそれだけだ」


 そう言うとアークは思いっきり後ろに飛び退いた。ドプンとスライム水に落ちたような音がしたが、スライムは魔王を避けていた。スライムの中を全く濡れずに魔王アークは出口まで歩いて行く。


 呆然と見送るヒヨコ仮面の勝利をアナウンスが告げた。

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