閑話・武闘会前夜
夜の聖国は満天の星が近い。ファーゼスト大陸の何よりも高くそびえる世界樹は空を遮るものが無く、聖国から見る星空はまるで海のようだった。
その星の海を独り占めするかのように空中回廊の中庭でぼんやりと空を見つめる聖国の女王オペラ・ヴァルキュリア。
仕事もとうに終わり、やる事が無くなってしまったのだ。何も考えずに黙々と仕事をする事は何てつまらないのだろうとオペラはため息を吐いた。
勿論聖国の未来の事は女王として考えなくてはいけない――それはそうなのだが。
敵だと思っていた魔族は襲って来る様子も無ければ敵でも無さそうであり、従って帝国に考えを改めて貰う必要も無い。
そもそもそんな話も皇帝の事を諦めるならば、帝国が何処と友好的だろうとオペラには何の関係も無い話だった。
怪しい動きをしていた竜の国の女王ナーガも今は無く、新しい女王はかなり友好的だと聞いた。
行方が分からない兄の動向も気になってはいたが、ロストの事は考えるとムカムカするので極力考えないようにしていた。
と、少し前までは考える事が色々と目まぐるしくあり、ゆっくりとお茶をする暇さえ無かったのに。
だが、いざこうなってしまうとあの世界一憎たらしい漆黒の騎士でさえ居ないと寂しく思えたが……そこまで考えてオペラは嫌になってきた。
件の厄介者さえも恋しく思う程人に飢えているのかと頭を抱えた。
(――もしこのまま寂しく恋人も友達も無く独身で過ごす事になったら……?)
今まで考えもしなかった不安に苛まれながらオペラは地の回廊にある展望所を見下ろした。
せめて匠国や狩国に気の合いそうな逸材は居ないだろうか……と何気なく外を見ると、その日の展望所はいつもと景色が違った。
「……??」
急ピッチで何かを作っているようで、そこ彼処に工事の灯りが点いている。
「……?? こんな夜中に、何を作っているというの??」
そんなに急いで作らなくてはいけない何かがあっただろうか、と不思議に思いながら展望所の方へ降り立つと――そこには立派なコロシアムが出来ていた。
「???? 何これ???」
世界樹の大樹の枝を上手く取り入れた木造のコロシアムは、最新鋭の照明や音響、空調等の魔術設備を取り入れつつ木の温もりを損なわないように配慮されたデザインとなっている――ような事が立て看板に書いてあった。
看板の向こうではドワーフと魔法使いの作業員が作業服を着て綿密に打ち合わせしながら建設作業を進めている。
そして、そのコロシアムの周りではお祭りでも行うのか、商人達が屋台に荷物を準備していた。
「??????」
聖国で行っている祭事なのか、はたまたドワーフやエルフが主催した何かのイベントなのか?
何が行われるのか全く状況が読めずに呆然としていると、1人の男が後ろからオペラに声をかけた。
「オペラ様」
「え? シャドウ?」
声をかけたのは甲冑騎士のシャドウだった。
オペラは一瞬前のラヴィーンの事を思い出し、その人物が本当にシャドウか迷ったのだが――……シャドウじゃない方の人物が今、オペラの元に来るはずは無いのだ。
そう思うとまた少し落ち込んだ。
「シャドウ……貴方何故此処に居るの? また何か事件でも有ったというの?」
「いえ、武闘会に出る為に来たのですが……」
「武闘会……? なるほど、この建物はその為に作っていたのね」
「……やはり、オペラ様は知らなかったのですね……」
「――え?」
ため息を吐くシャドウの様子にオペラは言い様の無い不安を覚えた。
自分がぼんやり仕事をしている間に急に進められた工事……それに、家臣達が何か言っていたような気もした。舞踏会がどうのとか……
「オペラ様、貴方の恋人候補を決める為の武闘会が明日開かれるのですよ」
「――――は????」
オペラはシャドウの言葉が理解出来ずに頭を捻った。
「シャドウ、わたくしの? 何ですって……?」
「ですから、オペラ様の恋人候補を決める為の武闘会が開かれます。勝った人はオペラ様と結婚出来るとまで話が膨らんでいます」
「けっ――」
オペラは目が点になって暫く固まった。
「……オペラ様?! 気をしっかり持って下さい」
シャドウの問いかけにオペラはやっと話が理解出来て急激に我に返った。
「――はああああああ???!!!!? え??? なっ、何ですって???!! わたくしの?? 何でそんな話になっていますの????!! え?? ちょ、明日????!!!!」
オペラは赤と青の入り混じった紫色の顔で慌てふためいた。
シャドウはオペラの両肩を押さえてオペラを止める。
「落ち着いて聞いてください。もう開催は世界中に知れ渡ってます」
「ヒェ……」
オペラは泡を吹いて倒れそうになり、シャドウが何とか支えた。
「オペラ様……私や騎士団長も出ます」
「そ……そう、貴方達が出てくれるのならば訳の分からない者と何か、というのは避けられそうね……」
「オペラ様……」
シャドウはオペラの手をキュッと掴んだ。
「……え?」
「私が勝ったら、私と結婚して頂きます」
「――は?」
何を言われているのかまた理解出来ずにオペラは目が点になって固まった。
「………シャドウ……え? ……何て??」
「……そういう事ですので。夜風が冷たいので早く帰ってお休み下さい」
今度は理解するまで説明してくれる訳でもなく、オペラの手をそっと離してシャドウは背を向けて走って行ってしまった。
残されたオペラは状況が理解出来ずにふらふらと空中回廊へと戻って行った。
部屋に帰り寝所に戻って暫くした頃に、やっとシャドウの言葉が脳に到達した。
「――え……ええええ??!!!!」
★★★
一方その頃、ゲート都市からファーゼスト大陸へと渡り、世界樹を登る男が1人居た。
武闘会は明日だが、未だ迷いのある彼は世界樹のエレベーターゲートを使わずに階段で登っていた。
途中の匠国のアテナキバで休憩をしようと立ち寄ると、その様子は以前とがらりと変わっていて驚いた。
アテナキバは技術者が道具や部品を買うような街だったはずだったのだが、いつの間にか派手なメイドや若い執事が客を呼び込む喫茶店やロボットが働くショー劇場、それに娯楽施設や遊び人の道楽のような装飾や服まで売られていた。
魔法都市も最近は攻撃目的の魔術具よりも娯楽用の物の方が需要が高いと聞いたが、匠国にもその波が来ているのかと時代の流れを感じた。
街を見歩きながらふと、しまったと思い足を止めた。
ジェド達にあんな感じの態度を取ってしまった手前、どんな顔をして堂々と出場すれば良いのだろうかと。それにオペラにもどんな顔をして会えば良いのか。
これでは武闘会に参加して姿を見せた時点で想いを伝えているのと一緒なのだ。
「それは……ちょっと……」
恥ずかし過ぎた。負ける気は毛頭無いし、勝って堂々と想いを伝えようとは思っていたのだが、そんな心の準備はしていない。
兜でも持って来るべきだったと後悔するも開催は明日。何か代わりになる物は無いかと、アテナキバで探す事にした。
だがしかし、普通の仮面では眼の色も髪の色も隠せない。こんな太陽の様な色合いをしているのはこの世界で自分1人だったと思い出して更に焦る。
そんな中、目に止まったのは娯楽遊具に混じって置いてあった動物の被り物であった。
頭がすっぽりと動物になる可愛い被り物で、これならば髪も目も問題無い。
「……すまないが、これを買いたい」
「え? ああ、毎度!」
と、その被り物を買ってすっぽりと被り、これで良しと納得した。
「……被って行かれるのですか?」
「ああ。さる事情でね。有難い事に意外とよく見える」
「足元にお気をつけて」
店主が見送ると、兎男はスタスタと世界樹の階段の方へと歩いて行った。
★★★
更に夜更け。ちなみにアテナキバは1日中店が開いている為、夜でも沢山のお客で賑わっている。
夜行性の種族が喫茶店や酒場に行き、派手にドンチャン騒ぎを繰り広げていた。
そんな中、1人の女性がアテナキバにやって来た。
「皆して何勝手な事言っているの??! わたくしが恋人募集? 結婚?? ふざけないで!!」
一度寝所に潜り込んで考えたものの、納得出来ずに城を飛び出して来た。
自ら諦めようと思っても、いざ他の人を勧められた所でそう簡単に他の人へ行く訳が無いのだ。
そう思って考えてみれば、元から片想いだったのに諦めるとは何かと思い始めてきた。
自分の恋人位自分で決められる。非情にして冷酷、聖国の気高き女王をそう簡単に手に入れられる等と舐めないで欲しいと、オペラは憤慨した。
自室で体型や羽を隠せるような服は見つけたのだが、流石に髪や眼を隠せるような兜を持ってはなかった。
アテナキバならば夜でも店が開いていると聞いていたので、何か顔を隠すものは無いかと探しにやって来たのだ。
暫く店を物色していると、ふと動物の被り物が目に止まった。
「これは――これしか無いわね。コレ、下さる?」
「へい、毎度! 今日はよく売れるなぁ……」
オペラは被り物を買うと、髪を束ねてすっぽりと被り、これで良しと納得した。
「……被って行かれるのですか?」
「ええ。さる事情でね。有難い事に意外とよく見えるわ」
「……そりゃ良かった。薄暗いからお気をつけて」
店主が見送ると、鳥女は羽を広げてバサバサと世界樹の上へと飛んで行った。
「……そういや、明日展望所で武闘会があるとか言ってたなぁ……やっぱ世界中から変な人が集まるのかなぁ」
そうして夜が明け、武闘会の日となった。




