クランバル夫妻は許さない(後編)
構えも何も無くトリッキーな体勢から繰り出される親父の剣。
久々に浴びる親父の剣は、未だ本気じゃ無いのに速くて重く防ぐのがやっとだった。
「どうしたジェド、防戦一方だが? お前の野望はそんなものなのか?!」
「そんな事言われても……野望って何??」
「いいかジェド、私はお前が誰と付き合おうと浮気しようと偽装結婚しようと、どんなクズでも構わない!」
いや、何言ってんの?? 何故俺がクズ前提で話進んでるの?? 親父が構わなくても俺が構うんだけど……
「だが、そんな事にうつつを抜かし剣を疎かにするのだけは絶対に許さん!! クズになりたくば文句を言われない程の剣の腕を持ってからにしろ!!」
「マジで何言って――うわっ!」
親父が真っ向から重い剣を振り落としてきたのでオッサン剣で辛うじて受け止める。
普通の剣なら折れている所だが……流石選ばれし10人の光の剣だ。
『はぁん……』
「???」
剣から変な声が漏れたので、俺は一旦親父から距離を取った。
「……おい、どうした? 大丈夫か?」
『……はぁ……はぁ、すまない、ジャスミンの剣があまりにも重く深く入って来る為……興奮してしまった……』
剣から吐息が漏れてきた。……最悪だ。剣がマゾ過ぎる。そんな事ある……?
こんな気持ち悪い剣は今すぐ溶岩に投げ入れてこの世から消し去りたいのだが、今の俺はマゾのオッサン剣を使うしか無い。他の剣だと間違いなく折れるから。
そして親父は訳の分からない事で怒っていて止まりそうにないし……何これ、悪夢かな?
「他所見をするとはいい度胸だ!」
「どわっ!」
『はぁん』
親父の剣が休む事無く襲ってくる。防ぐとオッサンが変な声を上げる……オッサンとオッサンに肉体と精神を痛めつけられる俺ジェド・クランバル。
今までで1番の苦痛を浴びせられている……正直ナーガと戦った時よりいろんな意味で辛い。
もういっそ剣じゃなくて直に受けようかと親父を見ると、呪いのような黒い剣に黒い剣気を纏っていた。アレは何かよく分からないけど親父しか出せない奴。めっちゃ痛い。死ぬヤツ。無理……
躊躇っている場合では無い……俺は意を決してオッサン剣に剣気を送った。青白い剣気が迸る。
『はわわわわ! 何かが、俺の中に流れ込んでくるゥゥ!! らめえええ!!』
……もう嫌だ。コレが終わったら叩き割ろう。親父の剣を防ぐような剣がどうやって割れるのかは知らないが、海に捨てよう。いや、火山か?
俺の剣気を吸ったオッサン剣は光り輝いた。気持ち悪さに反して強い剣の息吹を感じた。……いや、もしかしたら気持ち悪いオッサンの吐息かも知れないけど。
「面白い! 行くぞジェド!!!」
「俺は行きたくない!!!」
親父の剣と俺のオッサン剣が激しく交わった。
「!?」
次の瞬間、親父の黒い剣がひび割れて粉々になった。
「嘘だろ……」
『ああ……ゲーム通りだ……ジャスミン・クランバルの呪いの剣が光の剣によって打ち砕かれたのだ……』
なるほど……親父は【恋する☆光と闇の剣士】とかいう乙女ゲームではこうやって倒されていたのか。
……ん? 何かそれ、俺がイケメンと恋して悪役令嬢を倒す乙女ゲームの主人公みたいになってない? 恋してないから! やめろよ!!
全てが嫌になり、気持ち悪い剣を投げ捨てた。剣からは『はぁん』と聞こえる……このマゾめ。
「ジェド、中々強くなったな。お前の真意はその剣から良く分かった」
……何が? 今ので何か分かったの? 俺は何も分からないんだが……?
「だが……1つ分からない。お前は本気で聖国の女王と結婚する気なのか?」
「いや、だからそれは誤解なんだって……実は――」
親父と母さんに陛下の事と経緯を話した。聖国の女王は陛下と恋仲なので、他の国の変な輩に優勝されないよう皆で協力するのだと。
「なぁんだ、それならそうと早く言いなさい。父さん早合点しちゃったじゃないか」
「まぁまぁ、陛下もついに春が来たのね。それは協力しなくちゃいけないわね」
親父と母さんの誤解が解けたようで、2人の怖い顔が解れていつもの笑顔に戻った。良かった……
「それで、いつ出発するの?」
「んー、開催は3日後だけどシルバーが移動魔法を使ってくれるから急ぐ必要もないし明後日の朝かなぁ。あ、そうだ……このキモい剣置いてっていい?」
俺は光のオッサン剣を鞘に仕舞い腰から外した。オッサン剣はキモいと言われてちょっと喜んでいた。もう何かただのマゾじゃねぇかオッサン……
「あら、ダメよ」
「え……? 何で??」
「だってジェド貴方、剣と契約して所有者になってるじゃない。何処に置いて来てもいつの間にか手元に戻るわよ? それが【恋する☆光と闇の剣士】の光の契約だもの」
え……何それ、そんなの聞いてないし契約した覚えも無いんだけど……俺はキモいオッサンの剣とずっと一緒に居なくてはいけないのか……?
するとシルバーが魔術具の装飾を取り出し、オッサン剣に付けてくれた。
「何これ?」
「睡眠の魔術具さ。必要の無い時はコレで眠らせておけば良いと思うよ」
なんてナイスな気の効き様。
「シルバー……お前は最早俺の心を完全に理解しているよな。凄く助かる」
「ふふ、君の為なら何でもするって言っただろう?」
俺達の仲良しな様子を見て、何故か大輔が引いていた。え? 何……? 何でそんな顔すんの?
親父達も何故か頷いていた。何なの???
「ジェド、武闘会の件がそういう事なら私達には他に何も文句は無いわ」
「ああ。恋愛は自由だからな。お前が誰と恋仲になろうと私達は応援する。後継ぎは……まぁ、ジュエリーもいるしな。気にするな」
「……何言ってんの? ちょっと待って、話が何も見えないんだけど……」
状況が分からずに呆然とする俺の服を大輔が引き、テーブルの上に置かれた薄い本を指差した。
見覚えのある装丁。表紙には漆黒の騎士と魔塔の魔法使いと書かれ、作者の名前はレイジー・トパーズ……
――アレじゃん……薄い本じゃん! え? アイツらもう発行してるの?? いや、それより何でここに薄い本があるの?
というか親父達の様子といい……もしかして……
「なぁ大輔……もしかして俺とシルバーは何か変な誤解をされているのか?」
「……そうみたい。父さん達に同人誌という概念が無く、もしかしたら実話と思われたかも……」
「いやぁ、親御さんに公認されちゃったね。するかい? 結婚。見た目の性別なら魔法で変えられるけど」
シルバーは楽しそうにニヤニヤと笑った。
「せんわ!!!!」
その後親父達に必死で説明するも全然理解して貰えず、シルバーは俺の親に認められてしまった。
いや、ボーイズがラブするタグは付いてないんだからね? 本当勘弁して……




