クランバル夫妻は許さない(前編)
「ああ……何だか久しぶりな気がする……」
いつ振りかの我が家、クランバル公爵家を前にすると流石の俺でも溜め込んだ疲れがドッと押し寄せて来た。
今回の遠出はとにかく長かった……しかも帰れると思ったらまた連続して旅に出る……
いい加減、収納魔法にストックしておいたパンツも洗いすぎてボロボロである。金と明日のパンツは大事だと異国の旅人も言っていたしな。
「ジェドの兄貴!!」
公爵家に入ると知らせを聞いた妹(?)のジュエリーちゃんこと田中が走って来た。
「おー、田中! 元気にしていたか? ごめんな、中々帰れなくて」
走り寄ってきた田中を抱き上げると、田中はモジモジと恥ずかしそうに言った。
「……兄貴……その、田中は苗字というか……あっちの世界じゃクランバルって呼んでいるようなものなんだ。だから、俺の事は大輔って呼んでくれると嬉しい……」
「ダイスケ? いい名前だな。お前らしいよ」
「!! へへ……」
ダイスケは嬉しそうに笑った。うむ、最初にジュエリーちゃんの中身が男と聞いた時は絶望したが、弟も可愛いじゃないか。将来どうするのかはさておき。
「あ、そう言えば父さんと母さんが帰ってきてるんだ。兄貴が家に居ないから心配してたよ」
親父達も帰って来てるのか。2人も全然家に居ないからたまにしか会えないんだよなぁ……
俺が大輔を抱えてシルバーと一緒に応接間に行くと親父達はお茶をしていた。
「ジェド、帰ったのか」
「心配かけて済みません。ちょっと色々ありまして……」
「ふふ、心配なんてしてないのよ? 私達の子供である貴方が誰かに負けるとは思っていないもの」
母さんはニコニコと微笑んだ。怖い。
負けたり投獄されたりしていたなんて……とてもじゃないが言えない。
「あら? ジェド、貴方その剣……」
母さんは俺の腰にある2本の剣の1つを見た。そうだ、忘れていた……光のオッサン剣……
気持ち悪いので家に置いていこうと思っていたのだ。
剣を見ると何故かカタカタと震えていた。
『チェルシー様! そして……ジャスミン・クランバル!!!』
オッサンの声が聞こえると同時に剣が光り、光が治まると裸のオッサンがそこに居た。
「ここで会えるとは! ジャスミン・クランバル!!」
「まぁ…………誰だったかしら。あなた、知ってる?」
「ううむ……」
親父達は裸のオッサンこと、マゾ剣士クレストを見て首を傾げていた。
その前にとりあえず服を着ろ……裸でマゾのオッサンはヤバイだろ。
―――――――――――――――――――
「――という事がありまして、こちらの剣士クレストさんはチェルシー・ダリア……つまり母さんを助ける選ばれし10人の剣士の1人らしいですよ」
「まぁ……ねぇあなた、そんな人居たかしら?」
「ううむ……確かにパッケージに映っていたような気がするけど……母さんが覚えて無いなら私が覚えている訳無いだろう」
2人はクレストのオッサンの話をしても記憶がふんわりとしていた。それもそのはず、何せこの剣狂いの2人は最強の剣士しか見てないのだ。2人の乙女ゲームの攻略対象であろうと、雑魚に興味は無い。それが光と闇の剣士である。
「……俺は今までチェルシー様の為にジャスミンを倒そうと……うう……30年前から全然変わってない冷たさ……」
オッサンにはタオルを貸した。タオルを腰に巻いた半裸のオッサン、クレストは泣いていた。そりゃそうだよな……30年も修行していたのに全然覚えてないとかね。
――と、同情して見たらオッサンちょっと喜んでるじゃねえか……うわぁ、真性マゾって放っておかれてもご褒美なのか、やべえな。
「話は大体分かった。クレスト、貴殿は私を倒す為に修行したのだろう? ならば戦っても良いぞ」
「え……? 本当に??」
「だが私と戦うのはジェド、お前だ。クレストは光の剣としてお前の所有物になっているのだろう?」
親父は俺を見て頷いた。……は?
「は? え? 何で俺を巻き込むの?? アレはオッサンが勝手に……」
「お前はそういう恩知らずな所がいけないぞ。クレストの剣があったから竜の国の女王を倒せたのだろう? だったら力になってやってもいいはずだ。それに、丁度お前の腕を試したいと思っていた所なんだ」
親父は剣を持ってテラスから中庭に歩いて行った。ダメだ……親父が一度決めた以上は戦うしかない。クランバル家家訓、一度戦うと決めたら逃げる事は剣を捨てる事と同じ。
ちなみに俺は面倒な時はよく逃げてますがね。
俺はクレストのオッサンを見てため息を吐いた。
「……親父が一度決めたらやるしかないから。クレストさん、剣になって戦って貰っていいですか?」
「いやジェド君! 剣としてでも30年の時を経てジャスミンと戦う事が出来るのならばこんなに嬉しい事は無い! さあ、俺を使ってくれ!」
オッサンは光り輝き変なエフェクトをかけて剣になった。……前からそんな変身の仕方だったっけ?
「うわぁ……魔法少女みたい」
大輔が軽く引いていた。魔法少女?
少しじめっとする光のオッサン剣を持って中庭に出ると、親父は禍々しい剣を抜いていた。
アレは親父がずっと使っている剣だ。
先日聞いた話では、あれは闇の剣士ジャスミンが使っていた呪いの剣で、神の罰に触れた時に使えなくなったはずなのに今は使えているみたいだ……恐ろしい。
俺も光の剣を身構えた。
『おお……これは……チェルシー様にソックリだ』
そう。俺のこの上品な剣の構えや所作は全て母さんから教えて貰った物である。
親父からは色んな技を教えて貰ってはいるが……何でかというと、親父の構えは柄が悪い。
「……」
ニタァと笑う親父は頭陀袋でも引き摺るかのように剣を引きずっていた。呪いの剣は親父の腕に纏わりついていた。……相変わらずビジュアルがキモい。
これが帝国の公爵家当主、剣聖ジャスター・クランバルで良いのか……? 剣の腕は間違いないのだが、もうこれ悪役以外の何者でもない。流石元悪役令嬢だ。
「ジェド、お前に聞きたい事があるんだが」
「ん? 何?」
「お前……聖国の女王の恋人を決める武闘会に出るらしいな」
「……ええ、まぁ……」
噂の回りは早いのか、もう親父達の耳に入っているらしい。もしかして、急に俺の腕を試すとか言ったのはその為だろうか?
「ジェド……お前、お付き合いしている人が居るんじゃないのか?」
「……お付き合い?」
彼女いない歴=年齢の俺が……? 誰と……??
★★★
「いやぁ、ジェドと公爵の戦いが見れるとは思わなかったねぇ。楽しみだなぁ」
シルバーはワクワクしながらチェルシーや大輔と一緒に中庭の2人を観覧していた。
テラス席にはお茶が用意され、ゆったりと寛げるようになっている。
お茶を手に取った時、ふとチェルシーが何か本を読んでいるのに気が付いた。
普通の小説にしては厚みの薄いその本が何となく気になり、失礼ながら覗き込むと――そこには漆黒の騎士と魔塔の魔法使いが出ており、恋人同士でしかも全年齢ではとても口に出して言えないような事になっていた。
「……夫人、横から失礼かもしれませんが……何を読んでいるのでしょうか?」
「あら、コレ? 何でも帝国の作家が書いた本で凄く流行っているのよね。旅先で見つけたのだけど、この本に登場している騎士ってジェドにソックリだと思わない?」
チェルシーはふふふと笑った。が、目は笑って無かった。
「あら、そう言えば魔塔の魔法使いも貴方に似ているわね。ねぇ魔塔主様、私達ね……旅先でこんな本を発見してしまってビックリして急いで戻って来たの。そうしたらね、ジェドが貴方を連れて家に帰って来るからやっぱりって思ったのよ?」
「か、母さん……それ多分同人誌――」
青くなっている大輔の言葉を遮りチェルシーは続けた。
「私達はね、息子の趣味にとやかく言うつもりは無いのよ。恋愛は自由ですもの。でもね、ジェドが聖国の女王の恋人を決める武闘会にも出るって聞いたのよ……私達、どんな気持ちだったか分かる?」
チェルシーからは怒りのオーラが禍々しく出ていて思わず大輔は口を閉じ引いた。
「浮気なのかフェイクで結婚するのか全然分からないけど……そう言うの、良くないわ。クランバル家の恥よね。そう思わない?」
チェルシーとジャスターの様子と本の作者の名前を見てシルバーは納得した。
「ふむ、誤解というのはこういう風に重なって行くんだねぇ。ふふふ」
シルバーは楽しそうに頷き、とりあえず成り行きを見守る事にした。
「ジェド! お前がどうしたいのかは知らないが、私に敗れるようならば武闘会出場は許さん」
「??? 何でそんなに怒ってんの?? あと、クレストさんの為に戦ってんだよね??」
「そちらはついでだ! ジェド! お前の真意、剣に問わせて貰うぞ!」
ジャスターの柄の悪い剣筋がジェドへと落ちてくる。
ジェドだけが状況の分からぬまま、クランバル親子の決闘が中庭で始まっていた。




