みんな出たいな聖国武闘会
「いやぁ、急展開だねぇ」
応接間に戻ると、先に知らせを聞いていたシルバーがニヤニヤと笑っていた。とんでもなく楽しそうである。性格の悪い奴め……
「オペラがそんなに早くルーカスを見限って恋人を募集するなんてね。しかもこんなに大々的に。で、ルーカスは何て言っていたんだい?」
「何も……」
「ほうほう何も?」
アークと俺は顔を見合わせた。
―――――――――――――――――――
書面を見て固まった陛下だったが、すぐに机へと戻り無言で仕事をし始めた。
俺達は声を潜めて話し合う。
「……なぁ、アーク。陛下の心ん中、どうなってる?」
「まぁ……動揺してるな」
「動揺しながらも仕事しているのは凄いというか……」
「いえ、アレは何かに手を付けてないと自我が保てなくなる位動揺しているんじゃないですかね。私も前世で推しが結婚した時に同じように動揺して3日間位残業していた記憶がありますので……」
「仕事人間は仕事をして気を紛らわすのか。難儀だな」
俺は書面と陛下を交互にチラリと見た。
「……で、コレ実際どうだと思う? 武闘会。本当にオペラが陛下を諦めて新しい恋人探しとかするか?」
「オペラ様はその様な方ではありません」
「だよなぁ……」
俺はコソコソ喋りながらも陛下の様子を見ていたが、陛下は話が聞こえているのだろう。俺の言葉に一瞬ペンが止まった。
俺はアークを見て頷く。アークも頷いた。これは煽るしかない、陛下の為に。
「とは言え、武闘会に優勝すれば恋人になれるかもしれないって事だよな? だったら俺、出ようかな」
「え?! 騎士団長出られるのですか??」
「ジェドってオペラ様の事が好きだったの……?」
いや……好きかと聞かれても困るんだが。俺の好みはもう少し胸が……コホン。今それは関係ないか。
「好きかどうかはともかく、俺だって恋人が欲しい。な、アークも出るだろ??」
急に話を振られたアークは心底嫌な顔をしていたが、俺はバチバチとウインクした。アークは余計嫌な顔をした。
いや、お前、陛下の為なんだから嘘でも一肌脱いでやれよ。
「……俺は魔族だぞ?」
「別にいいじゃん誤解も解けそうなんだし。この際、魔族と聖国の友好を築く為に結婚したら?」
「……まぁ、それも悪くないか」
俺とアークがチラリと陛下を見るとペンが折れていた。よしよし、動揺している。
異国の風習で、何かやるのを嫌がっている奴がいたら周りが手を挙げて「俺がやるぞ!」「俺もやるぞ!」と言うと釣られて手を挙げてしまい、どうぞどうぞとなる流れがあるらしい。陛下が手を挙げるのを俺達は待った。
「……私も出ます」
シャドウが珍しく乗って来た。お前も陛下の為にどうぞどうぞするのか?
「……騎士団長達みたいに軽い気持ちの方が沢山集まる様ならば……阻止しなくてはなりません。ましてや、ハッキリと気持ちを伝える事も出来ない方にも渡せませんから」
そう言ってシャドウは出て行ってしまった。あれ? お前はどうぞどうぞしないの??
「エースも出る?」
「……いや、私が武闘会なんか出たら瞬殺ですよ。ただのサラリーマンですし……」
「そっかぁ。騎士団の皆も出るかなぁ……アイツら皆恋人募集中だし」
「聖国の女王が美しいんじゃないかって噂は結構広まっているからな、世界中から猛者が集まるだろうなぁ」
俺達はチラリと陛下を見たが、黙って折れたペンで器用に仕事をしていた。
アークを見ると、肩を竦めて首を振ったので多分ダメだろう。
俺はため息を吐いてどうぞどうぞを諦めた。
「武闘会は3日後らしいな。陛下も出るならどうぞ」
「……」
俺は机に書面を置いたが、陛下は黙って仕事を続けていた。
俺達が出て行き執務室は静かになった。
★★★
「と、いう訳だ」
「なるほど。じゃあ君達も武闘会に行くんだね」
「まぁ……何というか成り行きで。本当は陛下が行くって言うのを期待したんだけど何も言わないし。いずれにせよ変な国の猛者とかに優勝されても困るから、せめて俺達で何とかして陛下に献上しよう」
「……オペラは優勝トロフィーか何かか?」
「じゃあ私も出ようかな?」
話を聞いたシルバーがニコニコとして乗って来た。
「え? お前も陛下とオペラの為に協力してくれるのか?」
「いいや? 優勝したら結婚してもらうよ?」
「????」
「????」
ニコニコするシルバーの意図が読めず、俺達は顔を見合わせた。ちなみにシルバーの頭の中はアークでも読めない。
「……お前、いつの間にオペラを好きになったの??」
「いや、そういう訳じゃ無いんだけど。彼女って古代の神聖魔法を使いこなせるほどの聖気の持ち主じゃない? だから結婚したら毎日魔法使ってくれるだろうから、結婚相手には申し分無いだろう?」
シルバーがキラキラした眼で恍惚とした。……駄目だ、優勝させちゃいけない変な国の猛者が正にここにいる。シルバーの期待に漏れず、結婚したら毎日のように攻撃されるだろう……コイツは人を苛々させる事に長けているし。
「……まずもってお前の優勝だけは阻止しないといけないな」
「ふふふ、本気の私を止められる人間がどの位いるか楽しみだねぇ」
いや、無理だろ。
シルバーはめちゃくちゃ楽しそうである。こんなに戦うのも攻撃されるのも楽しにしているヤバイ奴他にいるかな? コイツこそ魔王だろ。アークは見習った方がいいぞ。
「こりゃあ、総力を挙げて武闘会に挑んだ方が良いな……なぁ、お前らも出ないか?」
騎士団の皆に声をかけると、皆ブンブンと首を振った。
「いやいや、騎士団長に魔王に魔塔主様が出る時点で誰が勝てると言うんですか」
「そうッスよ、俺達出たって無意味っしょ……」
「彼女は欲しいけど……勝った所で陛下に献上じゃやる気も出ないし……何の得も無い」
「……俺達がいつも通り帝国の警備しているから安心して行ってきてくれ」
騎士団員達は皆うんうんと頷いた。
何だよお前らー、もうちょっと気合い入れていこうぜー? アークとかなんてすぐに倒せると思うぞ?
そんなこんなで俺とアークとシルバーは3日後の武闘会に向けて帝国を出発する事になった。
シャドウの姿はもうすでに無く、エースに言って先に聖国に向かったみたいである。アイツも何か怒ってたからなぁ。うーむ、仲良し帝国組が最近仲違いしがちである。今度また皆で温泉にでも行こうかな。
ん? 良いじゃん、陛下とオペラが仲直りしたら皆で魔王領温泉行って、聖国と魔王領の仲直りもしつつ疲れも取りつつ。うーん、それ良いなぁ。
「……お前は本当に平和なヤツだよな」
「ん? そう?」
「旅行の前にまずは3日後の面倒事を片付けないとだろ……ハァ。俺は正直行きたくない……」
アークは聖国に行くのはあまり乗り気じゃ無さそうだ。確かに、以前までは聖国人全員が魔族を勘違いして嫌っていたからな……
いや、そんな弱気じゃ駄目だろ。魔族は何も悪くないって分かったんだから強気で行こうぜ?
俺は旅の準備をする為に一旦家に戻る事にした。出発は明日の朝である。
アークは皇城で休むらしいが、シルバーは俺ん家に来たいらしいので一緒に帰った。
……正直、シルバーが女子と結婚する気がある事が分かってホッとしたけど。
★★★
皇帝の執務室……折れたペンと割れた机。
皆が出て行った静かな執務室でルーカスは黙々と仕事をしていた。
いつからこんな風に、国の事の他に気を取られるようになってしまったのか……
城を開ける事が多くなり、仕事は溜まって行った。
エースやシャドウ、他の家臣達も手伝ってくれるので思っていたよりは溜まらない。
書面には『誰よりも強い者が女王の恋人になる資格がある』と書かれていた。
あの時――オペラを助けて抱きしめた時に、自分の心は分かった。だが、今度は相手の気持ちが分からなくなってしまった。
アークが言うように、ちゃんとお互い言葉に出さなくてはいけなかったのだ。そんな事も分からずに国を導く皇帝などと、よく言えたものだ。国どころか、1人の女性相手に苛々したり狼狽えたりしているのが、余計に情けなかった。
「……陛下?」
控えめに開かれた扉。エースが執務室に入りルーカスに声をかけた。
「……もし、また城を留守にする事を心配しているのであれば、そちらは気にしないで下さい」
「……エース、私は別に……」
「陛下は働きすぎなんですよ。帝国を善く導こうという気持ちは十分に分かります。……ですが、陛下は忘れていますが……皇帝ルーカス様も帝国民の1人なんですよ? 貴方がそんな様子だと、皆が幸せに暮らせているとは言えません」
エースは宥めるように言った。
「もう少し自分の好きなようにしてはいかがですか? 嫌なんでしょう、他の人に取られるのは。だったら良い機会じゃないですか、武闘会に優勝して堂々と聖国の女王を手に入れて、ついでにご自身のお気持ちもお伝えしましょうよ」
「…………」
すくっと立ち上がり、執務室の入り口に向かった。
「……エース……すまない。後は頼んだ」
「勿論ですよ、陛下」
「……ありがとう」
皇帝の言葉にエースは微笑み、閉じられる執務室のドア越しに笑って手を振った。




