始まったと思ったら終わった恋(後編)
聖国の空中回廊、広場の真ん中に白い神聖魔法の魔法陣が出来た。
オペラが帰って来たのだと子供達が集まってきたが、いつも子供達に向ける優しい顔のその人ではなく……魔法陣から出てきたオペラは泣いていた。
「オペラさま?? どうしたの??」
「なにかあったの??」
子供達が集まって来てしまったが、オペラは何も無いように首を振って子供達から離れた。トボトボと広場に描かれた絵の横を通る。ルーカスによく似た絵の横を通ると涙がまた溢れて来て肩を落としながら歩き出した。
「どうしたのかな……オペラさま」
「いつも嬉しそうにあの絵を見るのに……」
帰還した女王の様子がおかしいという噂は聖国中に広まった。
執務室に篭ってぼんやりと仕事をしているオペラに、家臣達は仕事をしないで休んでほしいと気遣ったがオペラは忙しい方が紛れるからと頑なに休まなかった。
聖国の片付けは終わり、オペラが不在の間に壊れた場所も綺麗に直した。
オペラが大好きな茶畑の東屋をまず直し、大好きなお茶の時間をオペラの好きな太陽の色の絵柄の入ったかわいいティーカップで過ごしてもらおうとしたが、「庭・太陽」辺りでまた泣き出してしまい家臣達は動揺した。
あの非情にして冷酷と自負しているオペラが人前で泣くなんて重症である。
何があったのか、一体誰がオペラを傷付けたのかと聖国人達は憤った。だが、理由がわからない……
せめてオペラの望むようにしようと、若い兵士やメイド、子供達は皆細心の注意を払った。オペラにこれ以上悲しんで貰わないようにしようと……
そんな中、オペラはポソリと呟いた。
「わたくし……もう潔く諦めた方が良いのかしら……」
周りに居た聖国人が皆オペラを振り返った。
未だぼんやりした様子のオペラだったが、何気に呟いたそれこそが悩みに違いない! と最大限にオペラの意を汲もうと観察した。
「あの……オペラ様、諦めるのはもしや恋……とか?」
1人が恐る恐る聞くとオペラの目からまた1粒涙が溢れて、聞いたヤツは他の兵士にタコ殴りにされた。
が、間違いない。どこぞの男がオペラをたぶらかし、傷付けたのだ。
我等が美しく気高い聖国の宝になんて事を――と、誰だか分からぬ男に聖国人達は激しい恨みを抱いた。
だがここで皆は思った。今、諦めると言ったのだ。つまり、その男の事はキッパリと諦め、新しい恋に目覚めるという事ではないのか?? と。
そうだ、オペラを傷付けた男など忘れて別の者と幸せになるのが1番だ。聖国人達はうんうんと頷いた。
「オペラ様、もし宜しければ舞踏会など開いてみてはいかがでしょうか……?」
「……舞踏会? ……そうね。そろそろ聖国も他の国ともっと交流しなくてはいけないものね。聖国に来たい者を広く招待するといいわ……」
オペラはぼんやりしながらもそれは良い機会だと許可を出した。
「良い人が居るかもしれませんしね」
「良い人……? そうね」
オペラは、悪い人間にはあまり入って来て欲しくないという意味で答えた。
家臣達は、新たな恋をする男として良い人、と捉えていた。
オペラから許可が出たのだ。これは、オペラの恋人候補を広く募集する舞踏会を大々的に開くしかない。そう皆は決意した。
だが、計画段階で子供の1人がポソリと意見を出した。
「オペラ様って、ダンスが上手い人……好きなのかなぁ?」
皆はハッと我に返った。良い恋人を探すには人間の貴族の間では舞踏会が定番らしいが、ダンスが上手いだけの弱い男にオペラを守れるはずがない。我等が女王は間違いなく聖国最強である。ならば彼女を守れる程強くなくてはいけないのは最低限の条件だ。
「……そういえば、商人から聞いた事があるんだが……帝国では前に皇帝の花嫁候補を決める為に武闘会を開いた事があるらしいぞ」
「何で武闘会? 花嫁が強い必要あるか?」
「まぁ、皇帝は強いらしいからな。女の趣味がそっち系なんじゃないのか? ま、オペラ様が出ていれば間違い無く優勝していたがな」
「そうか……じゃあ新しい恋人候補を決める武闘会でいいんじゃないのか? 皇帝はともかく、女王を守れる強い男を探すならば変じゃ無いよな」
「確かに……よし、秘密裏に広くお触れを出して武闘会を開こう!」
幸い、オペラはぼんやりと仕事をしているので気付いてはいなかった。が、オペラの知らない所で世界中に広くお触れが出されてしまって、大変な事になっていた。
★★★
「そうかぁ……そりゃあ陛下が悪いっちゃー悪いな。俺が言うのもなんだが女心全然分かってないなぁ」
応接間に集まって俺達はエースの話を聞いていた。
実際オペラの話を聞いた訳じゃないから何とも言い難いが、多分陛下が悪い。
「……オペラ様は、恐らくお互いにちゃんと気持ちを伝えていなかったから不安だったのでしょう。そこに陛下が謝って来たのだから……変な勘違いをしてしまったのだと思います」
「だからってシャドウに当たらなくても良いじゃんなぁ……」
「……それは……まぁ、私にも原因があるので……」
シャドウは何か言い澱んで居た。何? お前も言い澱まないでハッキリ言ってくれ。
「……俺が説得してくるわ」
魔王アークがスクッと立ち上がり執務室へと向かい出した。
「え、俺も行く」
「……私も……」
俺とシャドウも立ち上がりアークについて行く。俺が居ると余計苛々するんじゃとも思ったが……一応幼なじみだしなぁ。心配っちゃー心配なのよ。
執務室のドアを開けると、やはり不機嫌な顔をした陛下が居た。
「何だ? 誰も入って来るなと言ったはずだが……」
「……頭の中仕事どころじゃ無いくせによく言うわ」
「読むな」
うわ……めっちゃこわ……
陛下の怒りの混じった声。冷たい空気が執務室に漂っていたが、アークは構わず机に手をついて座った。
「お前さぁ、ちゃんとお前の気持ち伝えたのか?」
「は? 君には関係ないだろ」
「なぁ……お前らは俺じゃねえんだよ」
「何を言って――」
「俺は、聞きたくなくてもお前が何を考えてるのかちゃんと分かるけど……お前らは違うだろ?」
「……」
「何で急に帰ったのか気になってるんだろ。何で顔を見せてくれなかったのか、どんな顔をしていたのか、自分の言った事をどう捉えていたのか、そう言う事って何だったのか……全部ちゃんと聞けば良いじゃねえか。帝国最強の皇帝が何怖がってるんだよ、らしくないな」
「……」
陛下はアークの言葉に考え込んで、心なしか落ち込んでいた。
「陛下……」
シャドウが恐る恐る喋った。陛下はシャドウを見た。そこに不機嫌そうな顔は無かった。
「……オペラ様は、陛下が何も仰らないから不安だったのです」
陛下がシャドウを驚いて見た。え? もしかして陛下、ちゃんと言ってないの? いや、まぁ……そりゃアレ見たら分かるだろって思うけどさぁ……
「何も言わなくても相手の心が分かるのは俺だけなんだよ。良いのかよこのままで……居なくなってから後悔しても遅いぞ」
アークは寂しそうな顔をした。もしかして誰か気持ちを伝えたい人でも居たのだろうか? と一瞬思ったが、多分家族の事だろう。絶対。だってコイツは俺達と同じ寂しい男なはず……
アークがこちらを睨んで怒っていたので多分合ってる。良かった。ズッ友の俺を置いて彼女を作るのは陛下だけで勘弁してほしい。
「陛下……」
「……」
陛下がペンを置いて立ち上がろうとした時、エースが急いでドアを開けて飛び込んで来た。
「た、た、大変です!!! こ、これ!!」
エースが持っているのは魔法文字で送られた、お達しの書かれた書面だった。
確か郵便魔術具ですぐに知らせが送られたりしてくるやつ……エースは何かファックスとか呼んでいたが。
エースが掲げたその書面に書かれていたのは……
『聖国の女王の恋人候補を決める武闘会開催!』
との文字だった。優勝すればオペラの恋人になれるらしい……
「……は……?」
陛下はその書面を凝視したまま固まった。




