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ラヴィーンの洗礼はとんだハプニング(3)


 

 竜の国の女王ナーガの前に放り出された漆黒の騎士。その意識は朦朧としていた。


「ふふ……1番邪魔な男がこうも簡単に片付くとは。呆気ないものねジェド・クランバル」


 ナーガは嬉しそうに笑った。朦朧とする意識の中でナーガの向こうに見えたのは赤黒い液体のタンクだった。

 ……うわぁ……もしかしてアレ、ナーガの血じゃないのかな? どんだけ溜め込んでるの???


「この男を呪いにかければ流石の皇帝も困るでしょうね」


 いや……皇帝は俺が呪いにかかろうがかかるまいが常時困ってますので結構です。

 それよりもその口ぶりだと俺にそれ飲ませる気……? 勘弁してください。


「もう打つ手段は無いわね。貴方も終わりよ……」


 そうか〜……俺ももう終わりか……200話目前だったんだけどな……行きたかった……な。


 ナーガの声の他にも深刻さも無い軽い声が聞こえてくる。


「ジェド、貴方ここでこんな風に終わっちゃうんですか? ……貴方ならもう少し楽しませてくれると思ったんですけど……」


 あー……この声誰だっけ。何で俺にそんな変な期待してるの? 言っておきますけど、あ、いや言えてないけど……俺は今まで誰かの期待に応えた事なんて多分無いぞ? だって俺はいつだって巻き込まれているだけなんだもん……


「ワンダー、貴方が何の期待をしているか知らないけどその男に何か出来ると思っているの?」


 ああそうそう、ワンダーとかいう何か皆が探しているヤツだわ。

 ワンダーよ、ナーガの言う通りだぞ。俺は何も出来ない……この通り手も足も出ないぞ……意識は朦朧としていると思っていたが、意外としっかりしてるかもしれない。


「何のというか、ジェドがどんなミラクルを起こすかなんて予想も出来ませんからね。僕が期待しているのはそこなんですが……」


 ほほう。俺が何かのミラクルを起こすとな? そんな物が起きるの? 1歩も動けないし対闇の万能御守りも無い俺が? そんなバカな……


「くっくっくっ、指ひとつ動かせないこの男に何のミラクルが起こせるのだ。私を煩わす忌々しい守りももう無い。そこで見ているがいい、この男が何も出来ずに我が手先として血に濡れていく様を……」


 ナーガも俺と全く同じ事言っとりますがな。意見が完全に一致していた。とんだミラクルだ。いやそうじゃない……え? あ、もしかして血飲ませタイムですかね? いや本当無理。俺レバーとかも苦手な男……モツ系は食べたくない漆黒の騎士。言う事聞くから飲ませるのだけは勘弁して……あー、ナーガがめっちゃグラスに注いでるぅ! いや、数滴で良くない?? そんなに飲めないよぉ!!


 ナーガがグラスに並々と注いだ血を俺に近付けて来た。ああ……オワタ……詰んだ。不味そうな血を飲まされる上に真の漆黒の闇の騎士となってしまうのだ。

 悪役令嬢なんてしりません! は今日で終わりです……188話まで読んでいただきありがとうございました……


 何か、終わると思うと走馬灯のように今まであった色々な事が記憶に蘇ってきた。ノエルたんには心配されてたけど結局何回も負けてる気がするし、陛下も色々面倒かけてごめん……半裸で歩き回った事は俺が俺じゃなくなってもバレませんように。ああ、あと俺が唯一の友達なんじゃないかというシルバーは他にいい友達見つかるといいな……


 ――ん? シルバー? そういやアイツ何か言ってなかったっけ……


 キラリと指に納まる指輪が見えた。アイツが勝手に嵌めて取れないからずっと着けているヤツである。


『困った事があったらいつでも私の事を呼んでくれて構わないからね。友達の君の為なら何処にでも駆けつけるから』


 いや……お前のその気持ち重過ぎんだろ……そんなんじゃ新しい友達出来ないぞ……


 生臭く嫌な匂いのするグラスが近づいて来た。ギャアアアアア!

 重過ぎる友情でも何でも良いからこの状況、何とかして!


「シ……ルバー……」


 ナーガの血が唇に触れかけ、声を絞り出して名前を口にした瞬間――指輪が割れた。


「なっ!?」


 衝撃でナーガが吹き飛び、グラスの血が飛び散った。あばばば、ちょっとかかった……


「な、何なの……!」


 俺の前に立っていたフードの男がニコニコとして振り返った。


「ジェド……いつ呼んでくれるのかと思って、ずっと待っていたんだよ?」


 魔塔の主人、シルバー・サーペントがそこに居た。


 シルバーは周りをキョロキョロと確認した。その目線の先、黒い魔法陣が城全体に張り巡らされていた。


「ふむ……なるほど」


「貴様、何者――」


 ナーガとワンダーが驚き目を見開く前でシルバーは装飾を次々と外した。


「何か珍しい魔法を使うんだねぇ。全部を壊すのは、結構ことだね。楽しみだなぁ……」


 シルバーが装飾を外す度にシルバーの髪に光が走る。笑ってる……笑ってるよぉ……

 髪から漏れ出す光が溶けて流れ、沢山の魔法陣を描き出した。魔法文字は壁にめり込んでいき、ひび割れを作る。

 ……え? ちょっと待って……もしかして城ごと壊すつもりじゃないでしょうね? この城、確か地下に延びてるんじゃ無かったっけ……

 え? 生き埋め……


「なっ!」


 ナーガが言葉を発する前にシルバーの魔法陣が完成してこの部屋を中心に大爆発した。

 その直前に本が落ちる音がしたから……ワンダー、アイツはまた逃げやがったな……


 ああ……何かとんでもないヤツを呼び出しちゃった気がする。これって、俺が操られた方が被害少なかったんじゃない? いや……血は絶対飲みたくなかったからいいか……



 ★★★



 一方その頃、街中で竜族の一般市民が見守る中アンバーとルーカスは殴り合いを続けていた。


 大斧と配管は遠に折れ、お互い素手で殴り合っていた。拳と拳がぶつかり合い、両者血だらけである。


「何でお前がそこまでするんだ……」


 アンバーはフラフラと膝をついた。ルーカスと戦ったのは最初に会った時以来だ。その時だって手合わせ程度でここまで戦ってはいなかった……


 ルーカスもまたフラフラとしていた。アンバーにやられたダメージもあるが、どちらかというと精神的な疲れと眠気で朦朧としている。


「何で何でって……それ、答えなきゃダメなの?」


「いや、だってお前の事だろ……」


「……自分でもよく分からないし返答に困っているんだよ……」


 アンバーは呆れた顔をしてルーカスを見た。


「お前……俺が言うのもなんだけどもう少し色々考えずに本能のままに素直に生きた方がいいぞ?」


「……私は君みたいに能天気には生きられないんだ。皇帝だぞ」


「いや俺も国王なんだが」


「君はもう少し色々考えろよ」


「じゃあ、色々考えなくちゃいけない皇帝様は諦めるという事で、白馬の王子様ならぬ獣人の王様が囚われの女王を迎えに行くからそこで大人しく待っていれば――」


「答えないからと言って、良いとは言ってないだろうがこのスットコどっこい!!!!」


 さらっと王城へ向かおうとしたアンバーをルーカスは飛び蹴りで後ろから張り倒した。

 そしてまた決闘が始まろうとした時――


 ドガアアアン!!!!


「?!」

「何だ??」


 突然王城の方から爆発音が聞こえた。その瞬間、空にあった巨大な魔法陣も消え、スライムの雨は止まった。


「何だこりゃあ……城で何かあったのか? あの爆発……」


 アンバーがが遠くを指して見た城は小さめのドーム型だった。だが、爆発はその下の方から聞こえ、下にどんどん崩れているようだった。


「ラヴィーンの王城は地下なのか?!」


「ああ、もしかしたらその何処かで爆発して城ごと崩れてるのかもな……」


「くそっ!」


 ルーカスが走り出し、その後をアンバーも追いかけた。


「なあ! 俺が先に辿り着いたら今度こそ俺の気持ちをオペラに受け取って貰うぞ!!」


「……だから、君は既に勝手に告白しているだろうが! 何で彼女が受け取る前提で話しているんだよ!! 相手の気持ちを考えろ!!」


「お前は考えてるような口ぶりだが考えてるのか?」


「は? 今関係無いだろ?!」


 またケンカが始まり、アンバーとルーカスはスライムの残骸をぶつけ合ったり攻撃を仕掛けながら崩れ行く王城へと走って行った。



「……やっと居なくなった……」


 ルーカス達が走り抜けた後、避難していた竜族達はゾロゾロと外に出た。


「スライムもよく分からんがアイツらも迷惑だったなぁ……」


 市民達は積み上がった黒いスライムとルーカスとアンバーが壊した建物の残骸を見てため息を吐いた。2人の戦闘の被害は街全体に広がり、ラヴィーンの街は瓦礫とスライムの山と化していた。



 ★★★



 そして更に一方その頃……囚われのオペラは地下牢で倒れていた。手には拘束が付けられていて、聖気を使おうとすると拘束に力を吸いとられて行く。対魔族用のそんな装置があるとジェドから聞いていたが、まさか聖国人用にも作っていたとは思わず、感心すらした。

 オペラは飛ぶ事も出来ず諦めて倒れていた。


「ふふ、良い様ねオペラ。アンタの惨めな姿を見る度にアタシの心は満たされるわ」


「……本当、性格歪みすぎよ……」


「アンタのおかげ様でね」


 ロストは倒れているオペラの長い髪を掴んで引っ張った。


「アタシは、生まれた時からアンタに全てを奪われていたの。誰からも望まれはしなかったし、力も無かった。男としても望まれず、女の服を着せられた挙句に勝手に生まれたアンタに鞍替えされて用無しになるし……散々よね」


「……そんなヤツらは聖国にはもう居ないわ」


「アンタは居るじゃない。オペラ、アンタが居る限りアタシの憎しみは消えないのよ」


「……可哀想なヤツ……」


 オペラの頬をロストの平手が打ち付けた。床に崩れるオペラの胸倉を掴み持ち上げる。


「生意気な口もいつまで叩いていられるかしらね。……アタシね、知ってるのよ。アンタ、好きな男がいるんでしょう?」


「?!」


 オペラの表情が変わり、ロストの口が嬉しそうに歪んだ。


「ナーガが最も憎む相手……帝国の皇帝ルーカスでしょう? 丁度いいわ。今頃ナーガがあの男を支配している頃ね。皇帝の友人であり、最も信頼する騎士団長のジェド・クランバルが支配されれば……どうなるかしらね? 流石の皇帝も苦戦するんじゃないかしら?」


「ルーカス様には……手を出させない……」


「ふふ、良いわねぇ。ナーガは愛する人の仇であるルーカスを八つ裂きにしたいって言っていたけど……その前にアンタの前で苦しめてあげようかしら? どんな目に遭わせてほしい? ふふふふ……」


「このっ――」


 ドガアアアン!!!!


「?!」

「!!!」


 突然何処かで爆発する音が聞こえ、城全体が揺れた。崩れる音さえ聞こえて来る。


「な、何?!」


 オペラはロストが目を離した隙に両腕に嵌められていた手枷で思いっきり頭をぶん殴った。


「ぎゃっ!!!」


「……わたくし、こう見えて腕力もありますのよ?」


 ロストが倒れた横をすり抜け、空いた牢屋の入り口を飛び出してオペラは走り出した。城全体が大きく振動し、瓦礫が上からどんどんと降ってくるのを避け、地上を目指す。

 聖気が使えず飛べない上に両手が塞がれ、崩れる壁に身体を何度も打ち付けた。


「何が起きてるのよ……」


 そう呟くが、もう大方予想は付いていた。人が囚われているというのにこんな無茶苦茶な事をやらかすのは1人しか居ない。聖国を滅茶苦茶に破壊された時は腹が立ち過ぎたが、ムカつくナーガの城がこんなに破壊されると気分が良い。その点だけはあの男を連れて来て良かったと思った。


 ナーガに支配された訳で無いのならば、ロストの言うようにルーカスに危害を加える事も無いだろう。自分の身よりもそれだけが心配だった。


「!!」


 走り抜けていた足元が崩れ、床が抜けた。オペラは羽を広げ跳ぼうとしたが、その動力となる聖気は拘束具に吸いとられていった。


 だが、瓦礫と一緒に崩れて落ちるその身体を誰かが抱き止めた。

 その感触は知っている。この旅で何度も助けてくれた甲冑が見えた。


「……シャドウ……?」


 オペラが顔を見ると、そこに見覚えのある兜は無かった。その甲冑の中身は知っていたはずだった……だが、オペラが前に一瞬見たあの顔とは違う。ハッキリとしたその髪と目の色……それに同じ顔でも確実に違うと分かった。何度も目に焼き付けたその顔――


「……うそ……本物の……ルーカス様……?」


 その顔を見た時、オペラの目から涙が溢れた。居るはずがないと思っていたからか? それとも、このまま死ぬから最後に夢を見ているのだろうか? と、訳も分からず状況も分からず……何故か分からないが色んな感情が溢れて泣いてしまった。


 傷だらけのその姿とその顔を見たルーカスは、オペラを強く抱きしめた。

 ルーカスにもまた、何だかは分からないが……色んな感情が溢れていた……

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