竜の修行道はロマゾ道(後編)
「少しでも知っているならば教えてくれ!! あの女は未だ最強の剣士なのか?!」
「えーと……」
この何だか分からない壮年の剣士は、どうやら親父と因縁があるらしい。しかも男になる前の。
親父から話を聞いた後なので俺は色々分かるが、彼に何と説明したら良いものか……
「いや、その前に貴殿の話を聞かせてくれないか。こちらはちょっと事情が複雑で……話を聞いた上でじゃないと順を追って説明が出来ない」
「……分かった。ではまずこちらから話をしよう」
そう言って壮年の剣士は剣を置いて座った。
「俺の名はクレスト。幼き頃から剣の道を志す者であり……光の剣士チェルシー・ダリア様を助ける10人の選ばれし剣士の1人だった」
その名前を聞いた時、思い出して手をポンと打った。このオッサンの顔、何か見覚えあると思ったら、親父と母さんが差し出した【恋する☆光と闇の剣士】とかいう異世界の乙女ゲームの箱に描かれていたイケメンの1人じゃん。
かなり年月は経っているようだが間違いない。
「騎士団長、何か分かったのですか?」
「ああ……というか、貴殿はゲームの事を知っているのか?」
闇の剣士ジャスミンは確かに悪役令嬢だが、それはあくまでゲームの設定上での話である。だが、確かにこのオッサンは悪役令嬢って言ったよな……
「もしや……君も知っているのか? そうだ。我々選ばれし10人の剣士は、光のお告げにより光の剣士チェルシー様がヒロインである事――そして闇の剣士ジャスミンが悪役令嬢である事を知らされた。だから当然のように誰かがヒロインと恋をして、その力でジャスミンを倒すものばかりだと思ってあらゆる恋のパターンの為に準備していたのだ。……所が」
「あー……親じ――じゃない、ジャスミンとチェルシーは攻略対象者のイケメン達を無視して互いに競って戦い合ったんだな……」
「ああ、そうだ。俺達選ばれし剣士達はこのままではアイデンティティが失われてしまうと思い、闇の剣士に挑み……そして、完膚無きまでにやられてしまった。ついでにチェルシー様にも皆完膚無きまでに打ちのめされた。チェルシー様にはすでに我々選ばれしイケメン剣士達は必要無かったのだ。我々のアイデンティティはそこで粉砕して無くなった……」
何も言えず黙り込む。本当にうちの親がちゃんとしてなくてすみません。
「ええと……それで、クレストさんは何故ここに? それに他のイケメン剣士達はどうなったのですか?」
「我々には最初から攻略対象者としての資格が無かったのだと、そう皆は悟った。ヒロインの方が強いし。そして皆、散り散りに修行の旅に出ることにしたのだ。いつか闇の剣士を倒すのだと……俺もその1人で、1番の難関である竜の山の修行道に入った。入るまでに修行に幾月……そこから長い年月をかけてやっとここまで辿り着いたのだ」
竜の修行道ってそんなにかかるのか……気が知れないんだが。親父達だってどんなに遠くに行っても月に1度は帰って来るぞ……?
「さぁ、俺の事は話したぞ。今度はそちらの知っている事を話してくれ」
「え……マジかぁ……」
シャドウ達もじっと俺の話を待っていた。
出来れば家の事はあまり話したくなかったのだが……仕方が無い。
「クレストさん……驚かないで聞いてくださいね。その悪役令嬢ジャスミンは……俺の親父です」
「……は?」
「ついでにチェルシーは俺の母さんです」
俺は、目を丸くするオッサンに親父と母さんの経緯を全て話した。
★★★
「ほー、ジェドの父さんは悪役令嬢だったのか。それは羨ましいな」
何処ら辺が? 俺は何1つ嬉しく無いし聞いた時はショックすぎて何日も引きずったのだが。
「……そんな、チェルシー様が既に結婚していたなんて……それもジャスミンと……」
クレストのオッサンは何か凄く落ち込んでいた。
いやオッサン、何年経ってると思っているんだよ……流石の母さんも結婚するだろ。……いや、強い男が現れなければそのまま独身だったかもしれんが。
「まぁ、そんな訳なのでもう諦めて――」
「いや、諦めない! ジャスミンの息子ジェドよ! 私と勝負してくれ!!」
「は?」
何で今の流れでそうなった? 俺何も関係なく無い?
「普通に嫌ですが。何で俺が戦わなくちゃいけないんだ……?」
「俺は、幾年月もかけて竜の修行道を通り抜け、やっとの思いでここまで来た。未だ竜に出会えてはいないが、もうすぐ竜と戦えると思った時に……本当に自分のして来た修行が正しかったのか不安になっていたんだ。だが、ここでジャスミンの息子である君に出会ったのは試練の1つだと確信した! 君と戦い、竜に挑み、そして私はジャスミンに挑む!」
いや何も分からん。勝手に竜に挑んで親父と戦えよ。何で俺を挟むんだよ……勝手に試練にするな。
後、オッサンが何年も修行している間に巷じゃ竜は普通に乗り物として利用されてましたし、なんなら今、谷下にわんさかおりますからね。
「いいじゃねぇか戦う位、受けてやれば」
「話は全然理解出来ないけど、悪いのは貴方の親なのでしょう?」
俺が嫌そうな顔をしていると外野が軽いノリで言い始めた。自分には関係ないと思ってお前ら……
「まぁ、騎士団長に勝てない位なら帝国の剣、クランバル公爵家当主には絶対に勝てないですからね……手合わせ位で良ければどうですか?」
「その位なら……」
それは確かにそうなんだが……ま、いいか。俺は仕方なく立ち上がり剣を抜いた。所でシャドウって親父に会った事あるんだっけ?
「おお! 受けてくれるか! ありがたい!」
クレストも立ち上がり剣を抜いて構えた。
お互い見据えて動かぬ間にアンバーが梅干しの種を放り投げた。種が地面に落ちた時、お互い動き出す。
カキン!!!
流石に選ばれし10人の剣士の1人なだけあって、クレストの剣はかなり鋭く速かった。適当に遇らうような事は出来ず、俺も少し真面目に戦った。
だが、打ち合っているうちに妙な違和感を覚えた……確かにクレストの剣は鋭いが、何故か時折わざとらしい隙が出来るのだ。
最初は隙をわざと見せて引き込む作戦かと警戒したが、それにしたってわざとらし過ぎる。
俺の撃ち込んだ1撃を防いだ時に体勢を崩し、流石にその体勢で罠という事は無いだろうと2撃目を入れた。
俺の剣はクレストの身体にめり込み派手に吹っ飛ぶ。
「……?」
身体強化だろうか……? にしては何だか感触が妙だった気がする。
「……ふん……いい1撃だな……流石2人の息子だ」
起き上がったクレストの腹の辺り、剣の入った所は服が切れていたがその下に見える肌は赤くミミズ腫れのようになっているだけで斬れてはいなかった。
「妙な感触がした訳だ……少しは斬れてると思ったんだがな」
「驚いただろう? これが俺の修行の成果だ。ジャスミンに負けた時に俺は悟った……あの鬼のような剣を防ぎきれないならば、もっと強靭な肉体を手に入れればいいと。避けるからいけないのだ、全て受け切ればあの女の剣は効かないも同然だと! 俺は鍛えに鍛え抜いた! これが俺の修行の成果だ!! さぁ、俺の修行が正しかったかどうか試させてくれ!!!」
そう言ってクレストは上半身の服を破り、上を露わにして向かって来た。ぅえー? マジか……
「なるほど。それは一理あるな。ジェド! 本気で行けー!」
アンバーは理解したみたいだが、俺には全く分からない。普通に剣の腕で競いません?
まぁ、クレストは剣の腕もちゃんとあるのだが。
仕方なく俺は結構力を入れて撃ち込んだ。ちなみに鉄の檻だって剣で斬れるんだが……何でこのオッサン傷1つ付かないの?? マジで何年も修行しただけの事はあるな。
クレストの剣を防ぐ。撃ち込む。また防ぐ。撃ち込む……クレストは攻撃はするが防御はしない。確かに言ってる意味は分かるような気がした……だが……
「はぁ……どうした? ……はぁ……その程度か?? ……はぁ……もっと撃ち込んでいいんだぞ? はぁはぁ……もっと力を込めて斬らんか!」
「……」
しばらく撃ち合いが続いていた時に、外野がポソリと呟いた。
「……何か、意味変わって来てません?」
奇遇だな。俺もそう思っていた所だ。
俺の1撃は確かにクレストにはあまり効いておらず、身体にはミミズ腫れが出来るだけだった。
その腫れが増える度にクレストは高揚しワクワクし楽しそうで元気が出ていた。
……アカン……コイツ、ロマンを追い求めるマゾとかじゃ無くて……ただのマゾじゃないのか?
俺はピタリと剣を止めた。
「どうした??? 何故剣を止める!! 俺はジャスミンの剣を受けるために修行したんだ! まだまだ受け切れるぞ!」
そう言って剣を置いて両手を広げた。もうこれ確実にアレじゃねえか。
「オッサン、親父達に打ち負かされて違う方に目覚めてんじゃねーか!!」
「なっ、何の話だ?! 俺はただ純粋に強くなろうとしてるだけだ! そんな変態みたいな言い方は止めて貰おうか?!」
「純粋に強くなろうとしている剣士が剣を置いてんじゃねぇよ!!」
俺はもう戦う気力は失せていたが、クレストは戦いたくてしょうがない顔をしていた。その感じは親父達に似たものを感じる……
「頼む! お願いだ!! 何なら俺は一切攻撃しないから!」
「だから趣旨が変わってんだよ!!」
俺はクランバル家秘伝の技を1つ思い出した。余りにもしつこく向かって来る相手を突きと剣の風圧で吹き飛ばす千本撃風剣……そんな物いつ使うんだと思っていたが、今だったのか。
「うおおおおおおおお!!!!!」
「ぬわあああああああ!!!!! 流石だ!! 流石だジャスミンの息子よおおおお!!!!」
千本激風剣を受けたクレストは、叫びながら竜が長蛇の列を作っている谷底へと落ちて行った。
「……無駄な物を見たわね」
オペラ達がシートを片付けながらため息を吐いた。アンバーだけは感心していたが……
本当にな。こんなに無駄な戦いは中々無いぞ……願わくばもう2度と出会いたくない。
帰ったら両親に文句を言わねばと決めながら、俺は剣を鞘に収めた。
昼休憩を済ませた俺達は、遠くに薄ら見えるラヴィーンの首都を目指して青空の続く山々を歩み進んだ。




