閑話・甲冑騎士の中身★
帝国の街道をハムスターに乗って歩く魔王アークは、聞き覚えのある声を感じて振り向いた。
漆黒の騎士団長ジェド・クランバルが獣王アンバーから貰ったハムスターのハムを魔王領温泉に忘れたまま帰ってしまったので、届けに行く所だった。
別に魔王領で世話をしても良いのだが、ハムがジェドに会いたくて寂しがった。ハムは意外とジェドに懐いているのだ。
「お前……甲冑はどうしたんだ?」
それはアークがよく知る人物だった。皇帝ルーカスに似た雰囲気を持つが、考えている事は全く違うのでよく分かる。そして何より見た目の色合いが違う。その存在は未だ自分を保てないかのように薄っすらと透けていた。
だが、少しは自分というものを自覚してきたのか、前より少し濃くなってきたように見えた。
「……そりゃまた、何でそんな事したんだ?」
ニコリと笑うシャドウの手には砂糖で作られた白い小鳥が居た。
―――――――――――――――――――
話は少し前、ゲート都市に遡る。
オペラの為に黄色い小鳥を探しに行ったシャドウの前に現れたのは皇帝ルーカスだった。
「――陛下?」
「はぁ……探したよシャドウ」
ルーカスは息を切らし、急いでこの都市に来たように見えた。だが、何故ここに居るのかその理由はシャドウには分からなかった。
まさか騎士団長の事が心配で――という事は無いだろう。今更心配しても無駄なのだ。
今回も一緒に旅をしてシャドウにはよく分かったのだが、件の騎士団長にとって厄介事は日常茶飯事だった。
「聖国の女王は一緒じゃないのか?」
「オペラ様……ですか?」
「ああ……かなりの怪我をしたと君の書面にあったが、大丈夫なのか?」
シャドウは驚いた。オペラの気持ちは理解していたが、ルーカスの方も少なからず彼女を気にかけていたのだ。
手に持った小さな包みを見ながら、少し嬉しい気持ちになった。
……だが、それと同時に何だか胸がモヤモヤとして首を傾げながら胸に手を当てた。
「オペラ様の怪我はかなり大きく、羽の大部分を失って今は力がかなり落ちています。怪我に関しては聖気を消費すれば治るみたいですが、それよりも今は竜の国をどうにかするとの一点張りで……」
「そうか……」
「あの……」
「え?」
「陛下は、その……オペラ様をどう思っておいでですか?」
「は?」
シャドウは思わず聞いてしまい口を押さえた。ストレートに聞きすぎたと後悔した。
シャドウには関係の無い話であり、2人の間に悪戯に介入するなんて、また彼女を傷つけてしまうのではないかと――シャドウは落ち込んだ。
だが、シャドウの落ち込みを他所に、出てきた答えは歯切れの悪い物だった。
「どうって言われても……分からないよ……」
(――分からない、とはどういう事だろうか?)
その曖昧な返答にシャドウは苛立った。記憶があり、心があり、人として完成しているのに何故分からないのか。シャドウですら自分の心が分かるのに。
と、そこまで思ってシャドウはハッと気付いてしまった。
(――そうか、自分は……)
「……分からないならば、ご自身で確かめてはいかがですか?」
「……え?」
シャドウは兜の留め金を外して脱ぎ、それをルーカスに渡した。受け取ったルーカスは訳が分からずに固まる。
「え、ちょっと待って、もしかしてだけど……私が着るの?」
「そうです」
シャドウは次々と甲冑を外して脱いだ。
「まさかとは思いますが、何も気付いてないなんて事は無いですよね?」
「え……? 何も、とは……」
シャドウが苛立っている理由は分からないが、シャドウが言わんとしている事はルーカスには分かった。その件についてら余りに思い当たる事が多すぎてルーカスも戸惑っていたから。
「……もし、それでも陛下が何も思って居ないのならば……ちゃんとそのご自身の口でお伝え下さい。私はそれまで待ちます」
「え??? ちょっと待って、何を???」
「……これ、オペラ様に渡してくださいね」
シャドウはニコリと笑って包みの中の白い小鳥を取り出して、残りをルーカスに渡した。
「私は皇城に戻って陛下の仕事を引き継ぎますので不在中の帝国の事は心配なさらないで下さい」
「あ、シャドウ、待って、私はまだ――」
「……陛下、そのつもりが全く無いなら今すぐ答えを出して頂いても構わないんですよ?」
ニコリと笑うその姿はいつものシャドウとは思えなかった。ルーカスはジェドに微笑みながら怒っている時の自分を思い出した。
「はぁ……分かったよ。納得の行く答えが出るかどうかは分からないからね」
ため息を吐きながら、渡されたシャドウの甲冑に着替えた。
★★★
「そりゃまた、お前も中々やるな。アイツは俺の知る限り一度も女とそういう感じになった事が無いから、本気で分からないんだろうがな」
ハムスターに乗りながらシャドウとアークはのんびりと皇城に向かいながら話をしていた。
「それは、自分ながら情けない話ですね」
「ルーカスは国を善くしたり、その為に力をつける事にしか頭が向かなかったからな。お前みたいにちゃんと他の事も勉強した方が良いと常々思っていた所だからいい機会だ」
アークは呆れながらシャドウを見た。段々ルーカスに似てきたと思っていたのだが、実は中身は全然違う。
ルーカスより少し長い髪はルーカスと違い伸ばしているのだろう。何にせよ、色んな形で自分を見つけ、情緒も順調に育って来ているその姿に満足して、アークはうんうんと頷いた。
シャドウはモヤモヤの憂さ晴らしも兼ねて、歯切れの悪い皇帝が少しでも困れば良いと思っていたのだが、シャドウの想像以上にその人が困っていた事を知る由も無かった。




