獣王アンバー再び……え? お前……(前編)
「あ、お客さん、昨日はお楽しみ――ヒッ!」
子供の夢の村で1晩童心に返りはしゃぎまくっていた漆黒の騎士団長ジェド・クランバルは、宿に戻ると鬼のような形相のオペラにボコボコに殴られてしまい翌朝には顔がパンッパンに腫れていた。
最早人相が分からない位にボッコボコの俺は、『人相は分からないけど多分漆黒の騎士団長ジェド・クランバル?』である。
「うわぁ……めちゃくちゃ腫れてますねぇ……」
「何があったのか知らないがめちゃくちゃ怒られた」
「ドッキリでもこんなに怒る人は珍しいですけどね……これに懲りずにぜひまた来てください」
「ああ。ありがとう」
宿を出るとオペラとシャドウが待っていたが、オペラはまだぷりぷり怒っていた。シャドウは何だか気まずそうだったが、一体何があったのだろう……ただ子供になっただけだよな?
「早く行くわよ」
そう言ってオペラはまた凄いスピードでセリオンに向けて飛んで行ってしまった。
「なぁシャドウ、昨晩何かあったのか?」
「……何もありませんが、騎士団長はあまりオペラ様を怒らせるような事をしないで頂きたいです……」
「いつも難しい顔してるから童心に返って貰おうと思っただけなんだけどなぁ。見た目はあんなに可愛かったのに」
「それは……まぁ」
シャドウも満更じゃ無い位小さいオペラは中々に可愛かったから、たまにはここに来てもいいんじゃないかと思うのだが……あの怒りっぷりだと2度と来てくれなそう。ちえっ。
俺達は急いでオペラの後を追いかけた。
草原を駆け抜けて行くと周りに旅人が沢山見えた。以前は乗り物動物に乗っている旅人が多かったのだが、マジで不足しているのか乗り物動物はまばらだった。代わりに歩いたり俺達のように走ったりしている人が何人もいる。
世界中の飛竜が引き上げられただけでこの困りよう……既に戦争が起こるより困っている気がする。
旅人が歩いたり走ったりする中、セリオンの方向に向けて一直線に飛ぶオペラの姿は目立った。見失わなくて良いが、他の人達も有翼人が珍しいのかガン見していた。
チラチラ見える容姿が綺麗なのもそうなのだが、何というかその、スカートがね、うん。際どい。
あっちの冒険者達はポーション飲みながら身体強化をかけ続けて全力でついて来てますしね。人増えてね??
オペラは全く気付いてないが、大量の旅人達を引き連れていた。何これ何の修行?
「……」
「ぎゃっ!」
「わっ!!」
見かねたシャドウが他のグループに近づいて足をかけて転ばせたり妨害し始めた。
次々と団子になって転倒していく冒険者達。
「……?」
オペラが異変に気付いて振り向くが、既に冒険者達は遥か後方で転がっていた。
俺とシャドウがブンブンと何も無かったように首を振るとオペラは気にせずそのまま飛んで行った。
「うーむ、世間知らずというのも困り物だな」
「……そうですね……はぁ」
シャドウもため息を吐いていた。そういう隙のある女の子は正直好きだけどこういう時に困るんだよなぁ。うんうん。
それから順調に草原を走ると、時期にセリオンの街並みが見えてきた。
獣人の国セリオンは、木で出来た街並み全体が森のようになっていて、プレリの草原の中にこんもりと存在する。その中心の小高い岩山がセリオンの王城である。
街の入り口は相変わらず甲冑の間からもふもふの尻尾や耳が見える獣人の衛兵が守っていた。
前に来た時は子供の姿だったのですんなり通る事が出来なかったのだが、今回の俺はバッチリ大人なので大丈夫だ。何ならパンツの下まで見てもらって構わないよ?
「次の方……えーと、聖国の女王オペラ様……?!」
ガタンと衛兵が立ち上がり、オペラをマジマジと見た。他の衛兵達も振り向く。え? 何かしたの?
オペラも困った顔をしていたが、衛兵達はコホンと咳払いを1つして席に着いた。
「いえ……何でもありません。で、帝国の騎士シャドウ様と、騎士団長のジェド・クランバル……」
衛兵が俺の顔を見て、書面と見比べた。え? 何かデジャヴなんだが。
「あの……失礼ながら……顔が腫れ過ぎていて身元が分かりづらいというか。そちらの甲冑の方はそう登録されていますが、ジェド様は人相描きと一致しないと……」
そう、俺は宿からずっと顔が腫れていた。普通すぐ治ると思うじゃん? 何か知らないけどオペラのビンタっていつも治りづらいんだよね。聖石を斬ろうとした時位痛い。聖国にら何か俺にだけ効く不思議な力でもあるのだろうか? 何それ怖い。
「……どうする?」
「ジェド様と言えば獣王のお知り合いだろ? 嘘をついてるとは考えにくいしなぁ。とりあえず獣王の所に行ってもらうか……?」
「でもなぁ。身分を証明出来ない奴を通すのもなぁ……」
衛兵所で散々協議した結果、特例でとりあえず獣王の所へは通して貰えるようになった。……ただし
「すみません、決まりなもので」
「……」
俺は首輪をつけられていた。あれだ、前と同じやつ。犬や猫に着けるアレで、やはりちゃんとご丁寧に首輪にはジェドと書かれていた。
この首輪、身分の特定出来ない俺のような者はコレを着けるのが決まりなんだよね……そうね、また着けるの?
「……貴方、まるで犬ね」
オペラが冷たい目で嘲笑した。
「違う趣味に目覚めそうだからそういう目で見るのは止めてくれ」
「? どういう意味なの?」
「何でもないです。あてっ」
シャドウが無言で俺の頭を叩き、衛兵から冷やしタオルを貰っていた。お前、騎士団長の頭を叩くんじゃない。
岩山のような城の門が開き、王城へ案内される。
王の謁見所は赤い絨毯が敷かれ、その先に毛皮に覆われた椅子に筋骨隆々で立髪のように髪を逆立てる獣王アンバー・ビーストキングが座っていた。
前と様子が違うのは凄く忙しそうな所。
犬や猫の家臣達が書類を持って忙しなく動き、アンバーが暗い顔でごつい手にそぐわない小さなハンコを付いていた。
「獣王様、お客様です。帝国の皇室騎士団長、ジェド・クランバル様とそのお連れ様です」
「おお、ジェドか……」
アンバーは何か窶れていた。心なしか自慢の筋肉も萎んでいる。
「どうしたんだ? って……やっぱ竜の国の飛竜の関係か?」
「ああ……奴らが急に世界中の飛竜を予告なく引き上げたから各国が困っているんだよ。特に運送系はかなりストップしちまってな。こちらも空を飛べる乗り物動物はあまり所有してないんだが、それでも大型輸送動物への問い合わせが後を絶たない。お陰でこのザマだ……」
「それは災難だな」
「所でお前、その顔はどうしたんだ?」
だいぶ腫れが収まってきたものの、まだ赤々としている俺の顔を見てアンバーが不思議そうな顔をした。
「これはちょっとな……」
「竜とほぼ裸の状態で戦ってもピンピンしているようなお前に怪我を負わせるとはどんな強敵なんだ? あと、そちらの連れは帝国の者か?」
正にこちらの連れの方に殴られたんですけどね。
「騎士団長、裸って何――」
「ああ! アンバー、こちらは騎士団のシャドウと聖国の女王だ」
いかん、裸の事はシャドウに話したら絶対に陛下にまで届いてしまうから駄目だ。俺は即座に話を逸らす為、2人を前に出した。
オペラがパサリとフードを取り、アンバーに挨拶をする。
「わたくしは、聖国の女王オペラ・ヴァルキュリア。お目にかかれて光栄ですわ。獣王アンバー・ビーストキング様」
「せ、聖国の女王だとっ?!!!」
アンバーは手にしていた書類とハンコを落とし立ち上がった。
「聖国の女王と言えば、非情にして冷酷、聖国の為ならば汚い事にも手を染める美しき有翼人の女王だな???!!」
「まぁ、そうだな。お前……本人を目の前にしてそれを言うのはどうなん――」
「それはつまり、悪役令嬢だな!!」
「うん……? まぁ、そう……かな?」
興奮したアンバーは、ポカンとしているオペラの両手をガシッと掴み、更にとんでもない事を言い出した。
「俺と……結婚を前提にお付き合いしてくれ!!」
「は?」
「……は?」
……あ、そういやコイツ悪役令嬢が好きなんだっけ?




