プレリ大陸でオペラはまんまと夜に泣く(後編)★
――布団に入らずに椅子に腰掛けて考え事をしていたら、そのままウトウトとしていたらしい。
どの道今日は布団で寝るつもりは無かった……流石にこの姿では少し小さめのベッドで寝れる気はしない。
ふと、窓の外が騒がしいなと思って目を開ける。
「あ、起きたのかシャドウ。お前、そんな所で寝てていると明日身体痛くなるぞ」
聞こえて来た言葉。想像している人物にしてはやけに声が若いと違和感を感じてそちらを見た。
そこに居たのはやはり想像していた人ではなく、微かに見覚えのある子供だった。
「……え? ……えっと、あっ……騎士団長……?」
「お前も夕食食べれば良かったのにな。あ、シャドウって夜鳴き茸効くのかなぁ……」
服を着替えながら言うその言い方は、すでに現状が何か把握しているようだった。
「ちょっと待って下さい、どういう――」
『なっ、何なのよこれはーーーー!!!!』
隣の部屋からオペラの叫び声が聞こえて来た。
「おお、ちゃんと子供になったみたいだな。しめしめ」
「……騎士団長? 一体何なんですかこれは……貴方、完全に知ってますよね?」
「それがさー、前にもこの村に来た事があるんだけど『夜鳴き茸』とかいう毒茸のせいで1晩だけ子供になってしまう不思議な村なんだよな。ああでもほら、ああして皆楽しんでいるみたいだし、一晩経てば元に戻るから大丈――」
「ジェド・クランバルーーーーー!!!!」
扉を開けて入って来たのは、本当に子供になっているシーツを羽織ったオペラだった。
1枚しかない羽まで小さくなっていたその姿は可愛らしいが、顔は鬼のように怒っていた。
「貴方、知ってて黙っていたのね!!!!」
「うわ、そんなに怒ると可愛い顔が台無しだぞ?
ほら、一晩だけだからオペラも童心に返って楽しんでみたらどう――」
「黙りなさい!!!」
調子良く話すその様子は更にオペラを怒らせた。オペラの周りに雷が迸る。温存するはずの魔力が……
「まぁまぁそう怒るなって! シャドウ、後は頼んだぞ!」
そう言い残し、そのまま窓から飛び出して居なくなってしまった。
「待ちなさい!!!」
オペラも追いかけようとするが、流石にシーツ1枚で出るのはマズイと思い必死に彼女を止めた。
「ま、待って下さい! そんな格好ではダメです! あの、これ……多分オペラ様の分ですから、せめてこちらに着替えて下さい……」
先程服を着替えていた場所の隣に女の子物の服が置いてあった。最初から用意していたのだろう……
「あの男……最初から。……捕まえてボコボコにして差し上げるわ……」
そう言いながら服を掴んで着替え始めた。女児とは言え流石に見るのはマズイと思い反対を向く。
あまり着慣れない服だったのか引っかかったりと苦労しているようであった。聖国の女王に本当に何をしているのだと呆れて頭が痛くなった。
「もう宜しくてよ」
振り返ると先程はシーツに包まっていたので中々マジマジとは見れなかったが、いつもの感じをそのまま小さくしたようなツンツンした子供のオペラが居た。フンっ! と眉を寄せる顔が何だか妙に可愛い。
「さぁ、あの男を追いかけるわよ!」
と、小さな羽をパタつかせて跳ぼうとしたが、いかんせん羽が小さいので物凄く遅い。諦めて走ろうとするが、リーチが短く……やはりとんでもなく遅い。
「……あの、オペラ様が嫌で無ければ抱き抱えて走っても宜しいですか?」
「え?」
小さいその身体を抱き抱えるが、オペラは死ぬ程嫌がった。
「こんなの嫌に決まっているでしょう?!! わたくしを誰だと思っていますの?! 聖国の女王オペラ・ヴァルキュリアがこんな子供のような!!」
今は完全に子供なのだが、本人が嫌がるならば仕方ない……
「これだったら良くてよ。シャドウ、貴方は馬よ」
そう言ってオペラは肩に乗っかった。これは一般的には肩車で、抱き上げるよりも子供ではないのかと思ったのだが、肩車なんて知らないのだろう……本人が良いならばコレで行こう。
肩車をしたまま外に出ると、村中が子供達で溢れ賑やかなお祭りになっていた。そこら中に無人の屋台が有り、そこにはお菓子や遊び道具、可愛らしい形のランプがあって次々と子供達が持って遊びに飛び出して行く。
「なるほど……子供の夢の村ですか。大人達が忘れ去った子供時代を一晩だけ思いっきり楽しめる村なのですね」
村中が子供で溢れていた。皆楽しそうだがこうも子供ばかりだと、肝心の逃亡者を探すのは大変そうである。
「これじゃあ騎士団長を探すのは難しいですね……」
「……そうね」
子供達はとにかく元気過ぎる。中身は大人なのだろうが、大人だからこそ普段出来ないような大騒ぎをしているのだろう。
足元を勢いよくぶつかって来る子供も居て危ないので、オペラを肩車をしていて良かったと心底思った。
「かわいい……」
「……え?」
呟く声が聞こえて目の前を見るとヒヨコの形のランプが置いてあった。
「……これですか?」
ヒヨコを指差すと、オペラは我に返ったようにぶんぶんと首を振った。
「なっ、わたくしがそんな子供みたいな物、欲しがる訳ないでしょう!! わたくしを誰だと思っていますの??」
その下りはさっきも聞いた気もしなくもないが……。ランプを取って心底申し訳無さそうにお願いした。
「すみません、薄暗くてよく見えないので良ければオペラ様にコレを持っていて貰えると助かります」
「え……ま、まぁそういう事なら仕方ないわね。不本意だけど貴方の為に持って差し上げるわ」
そう言って嬉しそうに受け取る様子が何だか可愛くてクスリと笑ってしまった。
しばらく探したが一向に見つからないので、少し休もうと人通りの少ない木陰にオペラを下ろした。
木にも発光魔石の装飾が散りばめられ明るく幻想的である。
屋台にあった苺色の飲み物を渡すと上品に飲み見始めたが、1口飲んで不思議そうに飲み物をまじまじと見た。
「……わたくし……あまりこういう物は飲んだ事が無いのだけど、子供はこういう物が好きなのかしら?」
手渡したのはミルクに苺が溶け込んでクリームで蓋をしたようなものだった。帝国では良くカフェで売っているのだが、聖国にはあまり馴染みが無いのだろうか?
「帝国では子供だけじゃなく大人も甘いものが好きで良く飲まれますよ」
「そう……」
「オペラ様はあまり他国には行かれないのですか?」
「そうね。今まで興味が無かったから。聖国の外に出たのだって、魔の国に行った時と、この間何回か帝国に行った時位ね。ああ、ルーカス様の戴冠式にも行ったかしら。どれもゆっくり食事なんて出来なかったけど」
「え……? オペラ様、魔王領に行った事があるのですか?」
問いかけると、オペラは寒そうに肩を震わせた。
「ええ……。戦が起きる前にわたくしが魔王を消そうと思って魔の国に行ったわ。でも、魔王はルーカス様が消していた……」
オペラは記憶を思い出すように遠くを見ていた。恐怖の後に眩しいような目をしてあの時を思い出す。
「不安だったし……怖かった。けど、ルーカス様が救ってくれたの。あの方は……誰も助けてくれなかったわたくしを、唯一助けてくれたの」
「……そう……だったんですか。でも、陛下は……」
「貴方の言いたい事は分かるわ。ルーカス様は聖国の為に魔王を倒した訳じゃ無いし、その後魔族と手を結んだ事にはわたくしも驚き、怒りさえ覚えましたもの。ただ、わたくしはその時から……言い様の無い不安をあの方を想う事で支えられましたの。……わたくしはルーカス様がす――」
そこまで言ったオペラは我に返って立ち上がった。
「い……今、わたくし……何か言いまして……?」
「あ……いえ、何も……」
ガシッと胸の辺りを掴まれて揺すられた。
「シャドウ! 貴方、今聞いた事は忘れなさい!!! 何も聞かなかった事にして!!! もしくは今ここで記憶を消す……」
「うわぁ!! だ、大丈夫ですから! 誰にも喋りませんから!!」
「絶対によ……」
オペラが顔を真っ赤にして苺色の飲み物を飲み始めた。……どうしたものかと明後日の方を見た時、空が明るんでくるのが見えた。もうすぐ夜明けである。
「あ、オペラ様、もうすぐ夜明け――」
そこでハッと思い出す。確か夜鳴き茸の効果は1晩……
パサッと飲み物が落ちる音がして振り返ると、オペラが青い顔をして震えていた。心なしか少しずつ身体が大きくなり、服が小さくなってビリっと切れ目が入る音がした。
「……ふ、服が……」
「??!!!」
即座に抱き抱えて宿に走り、窓から部屋に飛び込んでベッドの中にオペラを放り込んだ。
反対を向いた瞬間、服の破れる音がして頭を押さえた。
「ジェド・クランバルゥゥゥゥ!!!!」
チラリとそちらを向くと、シーツに包まりながら真っ赤な顔をして鬼のように怒り狂うオペラがそこに居た。




