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プレリ大陸でオペラはまんまと夜に泣く(前編)


 

「ここがプレリ大陸……」


 プレリ大陸に通じるゲートを通り抜けると爽やかな草原の風が吹き抜けて来た。

 草原と竜の棲む山、密林のあるプレリ大陸の景色が広がり、初めて見るだだっ広い草原をオペラは心なしかはしゃいだ様子で見ていた。

 帝国には良く来ていたような気もするが、あまり外には出かけた事は無いのだろうか? 確かに今まで魔族だなんだと躍起になっていたからなぁ。うんうん、思う存分はしゃぎたまえ?


「……コホン」


 俺が微笑ましく見ていると、その様子に気づいたのか咳払いをして俺を睨んだ。何でだよ、俺はただ可愛い所もあんじゃん? と思っただけだろう。オペラはもう少し素直になった方が陛下に好かれると思うぞ。


「それで、竜の国に行くにはどうしたらいいの?」


「竜の国ラヴィーンはあの遥か遠くに薄っすらと見える山々だ。前はあの谷にある抜け道のゲートから入ったが……あのゲートは壊して来てしまったからなぁ」


「そう。わたくしも出来れば力を温存しておきたいのだけれど、方法が無いのであれば移動魔法を使った方が良さそうね」


 オペラはまだ完全に回復した訳では無い。竜の国に行っても穏便に済ます事が出来なさそうだし、大幅に魔力や体力を消耗する魔法を使わないで行けるならばそれに越した事は無い。帰りだってすんなり帰れるとも限らないしな……


「……セリオンの獣王アンバーに相談してみようか。プレリ大陸やラヴィーンの様子だって前と同じとは限らないし、まずは情報を少しでも集めた方が良さそうだな」


「それもそうね。……何か貴方がまともな事を言うと不気味だわ」


「何でだよ」


 俺だってまともな時位あるわい。皇室騎士団長なんだぞ?

 ところで、さっきからオペラとばかり話をしているのだが、いつもなら優しく間を取り持ってくれるはずのシャドウの口数が少ないような気がした。


「どうした、シャドウ? 何かあったのか? 変なもの食べてお腹でも痛いのか?」


「……え? あ、ああ……いえ、そ、そうなんです。ちょっと先程の都市で食べた物に当たって……」


「ふーん……お前にしては珍しいな」


「あはは……あ、騎士団長、あの列は何でしょう?」


 シャドウが指差す先に長蛇の列が見えた。アレは前にも見た事がある、乗り合い動物の停留所だ。


「ああ、あれな。プレリ大陸を移動する時は、馬ではなく巨大動物に乗って移動するんだ。大型馬車みたいな物から1人乗りの小さな物まであるんだが、見たら驚くぞ」


 前に来た時は巨大な猫やハムスターに驚いたな……ん? あれ、そういやハムの事忘れてたけど、魔王領に置きっぱなしじゃないか?

 完全に忘れていた……まぁ、アークの事だから大事にしてくれているとは思うが、後で引き取りに行かないとなぁ。

 とりあえず乗り物に乗る為に列に並んだものの、列は一向に動く気配が無かった。


「前はこんなに混んで無かったんだけどなぁ……」


「困っちゃうよねぇ。やっぱ竜が居ないから他の国に貸し出していて、乗り合い動物が不足しているって噂は本当だったんだな」


「え? 竜が居ないってどういう事ですか?」


 前に並んでいたドワーフの商人のおじさんが困り顔でボヤいていたが、聞き覚えの無い話が入って来た。


「知らないのかい? まぁ、ここ最近だからねぇ。何でも、急にラヴィーンが竜の貸し出しを止めて一斉に自国に引き上げたそうだ。飛竜を借りていた国は困ってしまい、代わりにセリオンの動物を借りているらしいよ。だからプレリ大陸の移動手段である動物達が不足しているんだ。急ぎならここで待つより歩いた方が早いんじゃ無いかね?」


 俺達は顔を見合わせた。シャドウも難しい様子で考え混んでいる


「もしかして……戦争の準備でもしているんですかね」


「まだ分からないけど、だとしたら早く行った方が良さそうだけど」


「うーん……とりあえずセリオンまでは大変ですが歩きましょう。少し急げば……数日で着くかとは思いますし」


 えー……徒歩かぁ。まぁ、乗り物が無い以上仕方ないかぁ。


「オペラ様は大丈夫ですか? もし歩くのが大変でしたら私が……」


「わたくしをバカにしないで頂きたいわ。セリオンはあちらの方角ね」


 オペラはそう言うと、ローブから1枚羽を大きく広げて飛んで行ってしまった。


「……結構大丈夫そうですね」


「うーむ……完全に置いて行かれたな。仕方ない……」


 俺とシャドウもその後を追いかけて走った。セリオンまで歩くかとは言ったが……走るとはひと言も言っていないんだが……



 ★★★



 しばらく走ると、日も落ちて辺りが一気に薄暗くなって来た。草原に沈む夕日は綺麗だったが、黄昏時からポツポツと灯りが灯る時間帯もなかなか趣深い。

 こんな薄暗い時間帯は逢魔が時とか言って、何か出そうで危ないからそろそろ休めよとか言われる。まぁ、実際は魔族に会ったら親切にされるし魔族だって夕方は夕飯の準備をしているのだが。


「そろそろ暗くなって来たから何処かで休もう」


「そうですね。あの辺りに宿場がありそうですがそちらにしますか?」


 シャドウの指差す先に見えたのは、見覚えのある宿場だった。3回目だから分かる。あの村である。


「『子供の夢の村』……? 変な名前ね」


 オペラが看板を見て不審な顔をした。

 俺はそっと荷物を確認する。ワンダーに貰った薬もまだある……うん、大丈夫そうだ。


「騎士団長、どうしたんですか?」


「え? いやぁ、今日はここで泊まって行くのがいいんじゃないかな? うんうん」


「……何? 何かあるの?」


「いや、何にもある訳ないだろ。ほら、他の客だって沢山居て繁盛してるんだから変な宿ではないはずだ」


「……確かに」


 シャドウとオペラは不審な様子で俺を見たが、他の客が和気藹々と宿に入って行く様子を見て納得したようだった。俺はニヤリと影で笑った。


「あれー? お客さん! また来てくれたんですね!」


 前と同じように犬のお姉さんが元気よく迎えてくれて、服が元に戻った様子に安堵していた。あの節は本当にな。だが、俺は根にもたない騎士、ジェド・クランバル。


「あ、ああ。済まんが今回は女性も居るから2部屋お願いしたい」


「かしこまりましたーあ、お客さん、お連れ様はご存知なんですか?」


 俺の連れが違う人だと見て、お姉さんがコソコソと耳打ちしてきた。


「いや……あ、また服って借りられる?」


「ふふ、大丈夫ですよー」


 俺達はニヤリと笑った。そうか、この村にリピーターが多い理由が何となく分かった。ここは良からぬドッキリを仕掛けるには持って来いなのだ。


「ではお部屋にご案内しますねー! あ、女性はこちらです!」


 犬のお姉さんの案内でそれぞれ部屋に通された。案内された部屋はやはりファンシーで小さめで可愛らしかった。

 すぐに夕食が運ばれて来たが、そちらも相変わらずお子様用の可愛らしい食事だった。卵たっぷりのオムライスやハンバーグには見覚えのあるキノコが入っていた。味はめちゃくちゃ美味しいんだけどなぁ。前はえらい目に遭ったからなぁ。


 俺は気にせずモグモグと食べていたが、シャドウは食事に手を付けていなかった。


「あれ? シャドウは食べないのか?」


「あ……えーと、その……あまり食欲が無くて」


「そうか、お腹痛いとか言ってたもんな。大事にしろよ……チッ、シャドウはダメか」


「え?」


「あ、いや、何でも無い」


 残念ながらシャドウはキノコを食べなかったが、俺は今夜を楽しみにしてニヤニヤが止まらなかった。

 オペラはきっと小さい頃からあんな感じだったんだろう。たまには普通の子供の気持ちになって羽を伸ばしたらいいと思う。有翼人なだけにな。



 ★★★



 その夜、早めに就寝したオペラは、ウトウトと微睡の中で昔の夢を見た。


 普段はあまり昔を思い出す事など無かった。魔族に襲われた時の衝撃、それから立て直した聖国、それにルーカスの事……オペラの頭にそれ以外が入る余裕は無かったのだが、先日、死んだと思われた兄に会ってから色んな出来事が思い起こされた。


 記憶の中の兄は女の子の格好をしていた。

 こちらを憎しみの目で見続けるのは死ぬまで変わらず、再会してからも同じだった。

 兄以外で近付く者は表面上は敬い讃えてきたが、明らかに裏で利用しようとして考えを押し付けて来るその目に、オペラはうんざりしていた。

 母も同じように嫌いだった。

 美しい聖国の景色と遠くから聞こえる子供達の声がオペラの安らぎだった。


 あの時のように子供達の楽しそうな笑い声が遠くで聞こえる。

 聖国もあの悲劇から徐々に元に戻って行ったのだ。景色だけは何故か何度も破壊されるのだが……


 オペラはいつもと同じように目を開けた。まだ夜中だったが、天井がいつもと違う事をぼんやりと不思議に思った。


(――そうか、今は旅の途中だったのね)


 ゆっくり状況を思い出すが、夜中なのに外から子供の声が聞こえて来る事に違和感を感じ、ガバッと起き上がった。


「……何? どうなって――」


 ふと、自分の手が小さくて着ていた服が大きい事に気が付いた。

 ベッドの脇にあった可愛らしい鏡で確認すると、それは夢で何度も見た姿。兄の憎しみの込められた瞳に映っていた頃の自分だった。


「な、な、な、何なのよこれはーーーーー!!!!!」


 オペラは宿中に響くほど叫び声を上げた。


 またしても、ジェド・クランバルにしてやられたオペラであった。

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