悪役令嬢は投獄される
「……という訳で、私は破滅の未来を変える為に頑張っている訳です……」
「分かる、分かるわ〜! 頑張って! 私も頑張るから!!」
「私もよ! こんな投獄に負けてらんないわ!」
「……」
漆黒の騎士団長ジェド・クランバルは、ゲート都市の地下牢に投獄されていた。
前回はともかく、今回は何で投獄されたのかマジで分からない。強いて俺の何かが悪かったとすれば……運だろう。ちくしょう。
そんでもって、投獄された牢屋では例によって悪役令嬢が語り出していた。だが、今回は凄いぞ? 投獄されたヤツら、みんな悪役令嬢なんだぜ? そんな事ある???
向かいで今話しているのが、ある日突然前世の記憶を思い出して乙女ゲームの破滅展開から逃げようとしているイザベル。その隣の牢屋で共感しているのか破滅の未来から巻き戻って来たタイプの悪役令嬢エミリー。その向かいで話を聞いているのが異世界から憑依転生して来た悪役令嬢のオフェリアで、俺の両隣が悪役令嬢のシンディと悪役令嬢のパトリシアらしい。
もう名前を覚えるのすら大変なんだが……過去の悪役令嬢と名前が被っていたって分からんぞ。まぁ、世の中同じ名前の人も居ますからね?
んでもって、話を聞いていると大体が断罪追放破滅の未来を持つヤツである。
ここのところサンドワームだ剣だ階段だのと個性的な悪役令嬢の見過ぎで、ノーマル悪役令嬢がいっぺんに現れても頭が追いつかない。濃い味のご飯を食べた後の薄味のスープ位分からない。まだ牢屋で分けられいるから見分けが付いているが、同じ牢で喋っていたら分からなくなっていた所だ。個室で良かった。
「それで……私は悪役令嬢を救ってくださるという漆黒の騎士、ジェド・クランバル様を探して旅をしていた所なの」
漆黒の騎士ジェド様ですかー。そんなに悪役令嬢を救うとか評判の騎士がいるのかーそうかそうか。そんなに評判なら俺に関わる奴らも代わりに救ってくれませんかね……ん? 漆黒の騎士ジェド・クランバル?
――俺ですかね。
「まぁ、奇遇ね。私もよ」
「何を隠そう私もなの」
「私もよ」
「……」
マズイ。俺はすぐに上着を脱ぎ、剣も収納魔法に仕舞った。シャツが辛うじて白いので、漆黒ではない事を主張した。今の俺は白シャツの騎士ジェド・クランバル。
「ジェド・クランバル様、貴殿を名乗る偽者が見つかりましたよー」
扉を開いて関門所の職員が入って来る。その後ろから憲兵が黒騎士風の男とゴロツキみたいな男達を連れて牢に入って来た。いやタイミング。
「「「え?」」」
牢屋の悪役令嬢達が一斉にこちらを見た。
「いや、待ってくれ。もしかしたらそちらが本物で俺が偽者という可能性も捨てきれんぞ?」
「何を言ってるんですか? 本人が偽者だって自白しているんだから本物は貴方ですが……」
「何か弱味を握られているかもしれないだろ?」
「貴方……出たくないんですか?」
職員が心底不審な目をしている。いや、出たいんだよ。だが、タイミングというものがあってだね……
すると黒騎士風の男が俺の檻の前に来て土下座し出した。
「貴方が本物の漆黒の騎士、ジェド・クランバル様でしたか!! 本当にすみません!! 俺が偽者です!! 自分の不運を履き違えて貴方の真似をしようとしてました!! 本当にすみませんでした!!」
いや、お前……何で俺の真似をしていたのかはさておき、そんな大声で主張しないでくれ。今はマズイんだ。
俺は小声で返した。
「うん……分かったから、全然気にしてないからもう少し小さな声で……」
「許して下さるんですか?!! 流石漆黒の騎士ジェド・クランバル様!!! 噂よりも凄くイケメンだし……俺は何の自信があって貴方のふりをしようとしていたんだ!!!」
ああもううるせえ。他の牢屋の悪役令嬢が完全にこっち見てる……
「……アレク?」
その中の1人が呟いて偽者がそちらを向いた。お前がアレクなのか?
「え……? イザベル……?」
「私……貴方と婚約破棄までして破滅の運命から逃れて来たのに……どうして? まさか、貴方……私の事を助けようと??」
「あ、いや……その……」
「嬉しい……」
急に何か始まった。何だか分からないが、どうやらアレクはイザベルの婚約者だかで、イザベルが破滅の運命を変える為に婚約破棄したが、それに負けずに追いかけてきた……? らしい?
何で俺のフリをしていたのかについてはサッパリ分からないのだが、イザベルも嬉しいとか言ってるし訳の分からないうちに1人の悪役令嬢の件が解決したようで良かった良かった。
だが、アレクが微妙な顔をしている所へ、違う牢屋の悪役令嬢が声を発した。
「……どういう事? アレク。貴方、私を助けに来てくれたんじゃないの??」
「え? 君は……パトリシア……?」
「アレク、何なのその女達は!」
「アレク!!」
「どういう事???」
「嘘だろ?! シンディ、オフェリア、エミリーまで――ど、どうなっているんだ」
何という事でしょう。この地下牢に悪役令嬢が集まったかと思ったら、全員俺の偽者の知り合いだったらしい……
何というミラクル。流石、俺の真似をしているだけある。
「どういう事?? まさか、アレク貴方、浮気していたって事???」
「ちっ、違う!!!」
悪役令嬢に凄まれぶんぶんと青い顔で首を振るアレク。それを見かねたのか、ゴロツキの男達が口々に文句を言い始めた。
「どういうも何も、勝手に振ったのはお前らじゃないか!」
「そうだよ!! アレクはちゃんと振られて立ち直ってから新しい恋を探してんだぞ!!」
「虫のいい事言ってんじゃねえよ! アレクに謝れ!!」
「みんな……」
つまり、どういう偶然か分からないが……アレクは悪役令嬢に振られてはまた違う人と付き合い、また悪役令嬢に振られては……を繰り返すミラクル人間だった。
俺が言える事では無いが、何という不幸なヤツ。
「なっ! 私達が悪いって言うのー!!?」
「全面的にお前らが悪いだろうが!!」
「そうだそうだ!!」
最早アレクと俺と職員を置いてけぼりにして、悪役令嬢ズVSゴロツキの口論が勃発した。アレクはモテモテで人望も厚くて羨ましいなー。いや羨ましくはないか……アレクは蒼白としていた。
「……何なの、この状況」
オペラが俺達を見てため息を吐いた。
偽物を捕まえ俺を迎えに来たオペラとシャドウは、余りに出てこない様子に待ちくたびれて問い合わせた所……困り顔の職員にここまで案内されたらしい。
白熱する口論が解決するまで勝手に帰れるような雰囲気ではなく、アレクと俺と職員と憲兵は座り込んで死んだ目をしていた。
「あ、シャドウにオペラ……何なのかは俺にも分からない。何かここに居る女が皆アレクの元カノらしい」
「……悪役令嬢で振られたとかいう? そんな事あるの?」
「信じられないが、あるからこうなっている……」
「流石、貴方の真似をしようとするだけあるわね。というより、貴方の呪いなんじゃなくて?」
俺は被害者なのだが酷い言われようである。多分そうかも。すまんなアレク。
「それで、アレクはどうしたいの? この悪役令嬢達の中から誰かを助けて復縁するのかしら?」
オペラの言葉に、口論していた悪役令嬢達が一斉に振り向いた。ゴロツキ達も黙ってアレクを見守る。
「俺は……」
牢屋中がアレクの言葉を待った。悪役令嬢ズの圧が凄すぎて可哀想だ。誰を選んでも争いは起きる気がする……
「俺は、誰とも復縁しません!!」
「「「?!??」」」
アレクの言葉に悪役令嬢全員が驚愕の表情を見せた。
いや、まぁ……でしょうね。
「俺は自分で考えてハッキリ分かりました……今まで何人もの女性とお付き合いしましたが、最終的に信じてくれたのはこの仲間達でした。皆は、俺が振られる度に慰め飲み会開いてくれるし、こうして一緒について来て協力してくれた。どんなに信頼出来る仲間か……心底分かったんです」
「アレク……」
「お前……」
ゴロツキ達は泣いていた。
「皆、俺……結婚とか恋人とかもういいよ。無理して探すもんじゃなかったな。皆みたく、本当に信頼出来て、お互い大切にして相手を思いやれるような女性が見つかれば、そのうちそうするよ。それまでは仲間でまた一緒に、バカやろうぜ」
「馬鹿野郎……結婚したって俺たちは仲間さ」
「友達だろ?」
ゴロツキとアレクは仲間同士の友情を再確認したらしくめでたく解決した。……いや、してない。悪役令嬢ズが相当沈んでいた。君達もそんなに落ち込むなら何で振るのさ。
「あー……えっと、とりあえず皆さん没落とか断罪とか将来に不満があるようでしたら皇城に相談窓口がありますので、1人で抱え込まずに相談に来られてはいかがでしょう? 結婚相談所とかもありますし、辺境への転居希望も要望に沿った形でお聞き出来ますし……」
シャドウがおずおずと提案すると、悪役令嬢ズは無言でメモを取り始めた。
「帝国ってそんなを事しているの?」
「はい。騎士団長がそういう悩みを持つ人を連れて来るので……帝国民よりも異世界人の相談件数の方が多いですが」
「ふぅん……流石ルーカス様ですわね」
オペラは感心しながら笑った。そうだろう? さす帝こと陛下のおかげで皆幸せなのだ。うんうん。
こうして、偽者騎士団長と大量悪役令嬢事件は解決した。
ちなみにアレク達が身分を偽って関門所を抜けた事は罰金で済み、街で女性達を騙していた事については被害が無いのでお咎めなし。
悪役令嬢ズは何で投獄されていたかというと、持ち込んじゃいけない植物や生肉を持ち込もうとしたり、申請し忘れたりというしょうもない理由だった。断罪や処刑じゃないんかい。




