悪役令嬢と魔族ともふもふキャワワ
「思うに、お前のその体質は何かの呪いではなかろうか?」
呪いか……地味に痛い電気の呪いならば先日受けたのだが。この現象が呪いの類だとすると……呪いをかけているのは誰なの。神か何かかな?
「まぁ、聖女とかこの世界への影響力も考えると呪いにしては規模が大きすぎるな。第一、意味がわからない。やはり単純に運が悪いだけか? 因果応報という言葉があって、過去や前世で悪い事をするとその報いが来るというものがあるらしいぞ」
仮にそれだとすると、前世の俺は何をしでかしたんだ……? 今世の俺はそんな大した事はしていないぞ。
「……あまり深く考えない方が良さそうだな。俺が悪かった。そんな事よりこのモフモフかわいい小魔獣カフェで癒されてくれ。嫌な事は忘れるがいい」
ここは、魔王領にあるモフモフカフェ。
ふわふわな小魔獣と触れ合いながら楽しめるカフェなのだが、最近このモフモフ・かわいい・癒し、辺境で静か……という魔王領のカフェが癒しの穴場として噂され、知る人ぞ知る密かなブームとなっているらしい。知る人ぞ知る密かなのは流行ってるのか分からんけど。
魔王が持ってきた飲み物の上には泡とクリームで作られた立体的なくまさんがいてウインクしている。
ウワー! ナニコレかわいい!!! 飲むのもったいなーい!
「……漆黒の騎士、ジェド・クランバル様とお見受け致します。どうか、私をお助けくださりませんか?」
聞き覚えのあるフレーズが後ろから聞こえてきて俺はくまさんカップを持つ手を止めた。
魔王領にも悪役令嬢っているんだ……
あー、くまさん溶けちゃう!
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公爵家子息、漆黒の騎士団長ジェド・クランバルは今日も今日とて悪役令嬢を呼び寄せていた。
どこか遠い異国の街では、毎日必ず殺人事件が起きてその度に子供が解決するという怪談のような伝承があるらしいが……俺の悪役令嬢にまつわる話はもはや後世に史実として残るレベルだろう。いや、もう史実に成る程の逸話は揃っているのでこれ以上来ないでほしい。お腹いっぱいです。
今回は療養も兼ねて魔王領のもふもふカフェに来ていた。先日の呪い騒ぎは思いの外長く尾を引いたので(主に精神的に)皇帝陛下が休暇を余分にくれたのだ。
何故か呪い騒ぎのあと騎士団のアッシュは『血塗られた唇〜Bloody lips(略してBL)』や『壊された唇〜Broken lips(略してBL)』『黒い唇〜Black lips(略してBL)』などと密かに呼ばれていた。アッシュの唇どうかしたの?
今回の悪役令嬢はそのもふもふカフェを経営している魔族である。魔族にも悪役令嬢とかあるの……?
「我が領内にも貴族は沢山いるからな。だが……ベル、お前が悪役令嬢とは初耳だが」
「はい。私も今戻ってきたものでして」
悪役令嬢ベルは今さっき、悲劇の未来から戻ってきたばかりらしい。ついに悪役令嬢もピンポイントに俺がいる所に逆行するようになってしまったのか……もうなりふり構わずである。やはり神の呪いか何かかもしれない。
「数年後、この魔王領に異世界から少女が現れます。彼女はこの世界がゲームの世界であると言っていました。ゲームの内容は全て知っている、イケメン魔王もイケメン魔族も全て落とす方法は分かるのだ、と」
なるほど……? いよいよ設定が複雑になってきたな。
「俺を簡単に落とせる、とは良い度胸だな。その異世界の人間の小娘は」
「私も愚かな事をと思っておりました。……ですが少女の言っていた事は本当でした。アーク様も他の魔族達も彼女に落とされ、魔王領を守ろうと最後まで足掻いた私は反逆者としてついに処刑され……気がつくとここに戻っていたのです」
めちゃめちゃ疲れたのか、ベルは逆行前を思い出して死んだような目をしていた。いや、1回死んで来たのか。
さっきまで愛想よくニコニコと接客していたのだが、同じ人物とは思えない。
「そんな事が本当に起こるのか?」
「はい。その少女が言うゲームとやらの名は『キャワワ天国☆ミ〜育てて愛するかわいい魔族』というものです」
……何それ。
「……何だそれは」
「『キャワワ天国☆ミ〜育てて愛するかわいい魔族』は、2頭身のかわいい魔族にお菓子やゲーム等、好きなものを与えたり運動させて育てる育成ゲームだそうです。トイレは小まめに綺麗に掃除しないと逃げてしまうとか」
異国のゲームで卵の中で動物を育てるというものがあるらしいのだが、そういう系のやつ……?
「そんなふざけたゲームのように育成されるというのか? この気高き魔族が……?」
うわぁ、魔王怒ってますけど。魔王は怒りを抑えきれず黒い獅子の姿に変化していた。周りの空気が紫色に淀んでいる。
「アーク様……これを」
「これは……!」
ベルは先端にふわふわした物がついている棒を取り出した。
魔王はそれを凝視したまま動かなくなる。いや、ふわふわが揺れるたびに目が追いかけていた。
「これは……アレじゃないのか? 猫じゃらしでは?」
「はい。猫じゃらしです」
やはり、見間違いじゃなく猫じゃらしである。更に見間違いじゃなければ魔王が今にも戯れようとしている。あれ? 君、猫だっけ……?
「ベル、お前……気高き魔王を馬鹿にしているのか? 俺がそんな物に夢中になるとでも……?」
言うとりますが、言葉とは裏腹にめちゃくちゃ夢中で戯れていた。獅子の先祖は猫だという話を聞いた事があるが……本当だったのか。
「アーク様、体は正直な様子ですが?」
「くっ……殺せ!」
囚われた女騎士みたいな事を言ってひとしきり弄ばれた魔王様はようやく元の姿に戻った。
「……このように、魔族といえど好きな食べ物もあれば否応なく夢中になってしまうようなものもあるのです。異国には猫が好む香木があるといいますが、かの少女はそれらを使ってゲームの登場人物である魔族達をその手に納めていきました」
「それはもう聖女とか救世主とかの類ではく異世界からの侵略者だな」
ちなみに吸血鬼なんかは光の魔法やニンニクや十字架等の苦手なもので縛り付けて躾けるらしい。キャワワ要素どこ行った?
「ハァ……そんな害悪な少女はこの世界に来られないようにすべきだな」
「はい。そこで、ジェド様に頼みがあります」
だからその流れで何で俺なの……?
俺の意見など一切聞かず、ベルは奥から何かを取り出して来た。
「この魔獣は淀んだ魔気や悪意を吸い取って力を溜め込みます。その力が限界に達し暴走した時……異世界から少女を呼び寄せ、魔族を制御すると言われています」
なるほど、魔族が強い力をつけすぎて暴れないように異世界から魔族をキャワワに育成しにくる少女が現れる、という事か……いや、そうなっちゃったならキャワワ要素挟まずに普通に退治しに来いよ。
「しかしながら魔王領は魔気が強い上に、最近平和を聞きつけてか人口も増えています。今は平穏が保たれているといえ、いつ魔獣が異世界から少女を呼び寄せるかも分かりませんので、比較的魔気や悪意の薄いジェド様の国の方で育てては頂けないでしょうか?」
そう言ってベルが開けた箱の中には黒い子猫がいた。
「……かわいい」
「淀んだ魔気や悪意が溜まりすぎると凶暴に育つので出来るだけ愛を持って育てて下さいね。噛まれると凄く痛いどころじゃ済まないので」
えっ……何それこわいんだけど。




