ついに辿り着いた聖国は最初からピンチ(3)
オペラはぼんやりと目を開けた。近くにルーカスが居たような気がしたが――気のせいだったみたいだ。甲冑の騎士が茶葉の中にいた。
よく見るとオペラ自身も茶畑の中で葉っぱに埋もれていた。
「あ、気がつかれましたか?」
「…………貴方、誰なの?」
「えーと……私は、帝国の皇室騎士団のシャドウです」
「騎士団……? 何でここに居るの? というかわたくしは何でこんなに草まみれにされているの?」
オペラの上には大量の世界樹の葉がかけられて山になっていた。身を隠すにしてもかけ過ぎである。
「……やはりかけ過ぎですよね。私もそんなにかけなくても良いと思ったのですが……騎士団長が沢山あれば回復も早いだろうと言って山にして行きました」
「……またあの男」
草と葉っぱをかき分けながらむくりと起き上がる。
もう少しやり方ってものがあるだろうと思ったが、悔しいかな確かに聖気が少し回復して身体も楽になっていた。
「あの……これ」
「?」
シャドウはゴソゴソと胸元から袋を出し、そこから何かを取ってオペラに差し出した。
その掌に乗る小さな葉っぱのモチーフを見てオペラは固まった。
「こ、これは――何故これを……」
「あの、オペラ様の物ですよね」
「……どうしてそれを……?」
オペラは声を震わせながらそのイヤリングを凝視した。確かにそれはオペラが落とした物で間違いない。何故この甲冑がそれを持っているのか、何処で拾ったのか、何故オペラの物だと知っているのか……
「……オペラ様、陛下の寝室から出入りされていましたよね? その時に落とされた物だと思うのですが……」
「?!!」
――何故知っている??!!
と、一瞬焦ったが、よくよく考えてみれば確かに刻印のせいで意識の無いまま皇城に行った時に寝室から出入りした気もするし、この甲冑を見たような気もした。
そうか、その時か、と納得した。
その口ぶりではあのベッドで捕まった時の事を言っているのでは無さそうだとオペラは少し安心した。
安心しながらもあの日の事を思い出して顔から火が出るほど赤くなった。連鎖的に襲撃事件の時の事まで思い出して恥ずかしくて死にそうになった……オペラの心のダメージは葉っぱなどでは癒えないのだ。
「わ、わたくしったら、あの襲撃した時の記憶はあまり無くて、まさかイヤリングを落としていたとは知らなかったわ。そんな所にあったのね。記憶が曖昧で良く覚えてなくてよ」
真っ赤な顔で誤魔化しながらイヤリングを受け取った。そう、オペラはあの日以前には皇城になど行って無いのだと心に言い聞かせた。
「あの……顔がだいぶ赤いようですが、大丈夫ですか? かなり怪我をされているみたいですし、熱でも……」
「そんな事は無くてよ。今日は心なしか暑いかしらね。わたくし、少し気温が上がっただけでも赤くなってしまいますのよ」
オペラはパタパタと手で煽ぎながら何とか自分を保つ。
「そうでしたか。あ、オペラ様がこれを落とされたのは多分その前ですよ」
「――え? その前……?」
その前と言えば一度、ルーカスの様子を覗き見に行った時があった。だが、その時は誰にも合わなかったはずなのだ。
と、オペラは急に理解して顔から熱が引いた。
あの不自然な飴……
「まさかとは思うけど、飴を撒いたのは……貴方???」
シャドウはそこまで喋ってハッと口を押さえた。自分は見ていない体だった事を失念していたのだ……
「あ……いや、あの、私は何も見ていません!」
「それは……見たと言っているのと一緒なのよ……」
消さなければ……そう思い、回復したての身体で魔法陣を描いた。オペラの殺気がシャドウに刺さる。
「す、すみません! 貴女の秘密を見ようとか、そんなつもりでは無かったのです!」
「だったらどんなつもりで黙って後ろから見ていたのよ!!」
「私はただ、貴女が気になって……」
「結局秘密を見ようとしていたんじゃない!!」
シャドウが弁明すればする程オペラの怒りが増していくようだった。もう正直に、誠意を持って謝ろうと思いシャドウは兜の留め具を外した。
「すみません……私は……人の想いが分からないのです。だからその……貴女が何を探しているのか気になって、後をつけてしまいました……」
「は……? 何を言って――」
兜を外したシャドウの素顔がオペラの赤い瞳に映った。薄く向こうが透けているが、それは紛れもなくルーカスの顔だった。それを見てオペラは固まった。
「え……ぇえ?? え?」
「私は、ルーカス陛下が記憶を失った少しの間に生まれた記憶の一部が分離した存在なのです……だから、それ以外の記憶も無く何も分かりません。少しでも人の事を知ろうとして……無神経な事を……」
オペラは真っ赤な顔をしながら兜を奪い、シャドウに勢いよく被せた。
「わっ、あ、あのオペラ様??」
「分かったから、その顔を見せないで!! お願いだから!!」
「あ……えーと……」
シャドウはハッと自分の顔を思い出して、落ち込んだ。そう、この顔はオペラの想っている人と一緒だったのだ……
「私は……また、何も考えずに……本当にすみません」
シュンとして謝り、とぼとぼと離れて座り込んで落ち込むシャドウ。その様子が余りにも暗過ぎてオペラは怒りや焦りが何処かに行ってしまった。
「……貴方、何でそんなに落ち込んでいるの? 落ち込みたいのはわたくしの方なのだけど」
「そうですよね。落ち込ませてしまって本当すみません。私はルーカス陛下の一部でありながら、記憶も無ければ力も知識も無く、陛下が国を守りたいように大切な物も無く……更にデリカシーも無く……たまに自分は何なのだろうと落ち込んでしまうのです……」
「はぁ?」
シャドウは小さく丸まり、消えて無くなるかと思うくらい落ち込んだ。
「何だか知らないけれど……貴方ルーカス様とは違うんでしょう? なら比べる必要など無いのではなくて?」
オペラは、何で女王である自分が他国の一騎士を慰めなくてはならないのだとため息を吐いたが、ルーカスと同じ顔で落ち込まないで欲しいというのが本音である。
「ルーカス様は完璧だけど、貴方まで完璧である必要は無いでしょう。それに、貴方が思っている程皆ちゃんとしている訳ではなくてよ」
「ちゃんとですか……」
「……少なくとも反省するだけあの男よりはマシね」
オペラの指すあの男とは騎士団長であろうとシャドウは思った。反省もしない、同じ過ちを繰り返し……1日で3回も投獄されてしまう。
本当は強いはずなのに、その能力はいつも殆ど発揮されなかった。だが、騎士団長はそこがいいのだ。
シャドウは色々思い出してクスリと笑った。
「……そうですね。私は少し考え込み過ぎかもしれないですね。でも……貴女を悪戯に陰から見ていたのは、本当にすみません……」
「別にもう良くてよ。……それに、貴方のおかげで辿り着けたのだし」
オペラはふんと外方を向いた。
「それで、あの男達は何処に行ったの?」
気を失う前、シャドウの他にブラックリスト入りの男が2人居たはずだと思い出した。
「お2人でしたら、荷物を探しに行きました。武器とか刻印を何とか出来そうな御守りとかを奪われてしまったので」
「……そもそも、何で貴方達そんな大事な物を奪われて更にしっかり捕まっているの? あの胡散臭い男はともかく、貴方達2人は騎士よね? 何か弱みでも握られたの?」
「何でといいますと……騎士団長だからとしか……」
シャドウはここにたどり着く前にすでに色々ありすぎてもう慣れていたが、子供に水をかけられて奪われたなどと話をして騎士団長の名声は大丈夫なのかと躊躇した。
名声など今更かもしれないが……
★★★
その騎士団長ジェド・クランバルと胡散臭い旅商人ワンダーは、奪われた上着や武器を取り戻すべく関門所にいる子供達を陰から見ていた。
やっと探し当てた荷物は全て子供達が持っていた。大きめの上着や剣で遊び、ワンダーの鞄から本を取り出してキャイキャイしていた。
「ああ……あんまり乱雑に扱わないで欲しい」
取り出しては投げられている本にワンダーがはらはらとして青くなっていた。
「見たところ大人の兵士達は居ないみたいだし……子供達だけなら剣を使わずとも楽勝だろう。
「よし、行くぞ!」
2人で飛び出した瞬間……思いっきり落とし穴を踏み抜き、2人して泥塗れになった。
その様子を見た有翼人の子供達はきゃいきゃいとあどけなく笑っていた……くそぉ……闇の刻印で邪悪になった子供め……




