ついに辿り着いた聖国は最初からピンチ(1)
薄暗い牢屋に打ち捨てられたオペラは、冷たい床の感触と全身の痛みに目が覚めた。
まさか聖国人全員を相手にするとは思わなかった。
少しは抵抗したのだが、子供までけしかける狡猾さ。巻き込まれそうになった子供を庇おうと油断した時にその子供に刺されてしまった。それから全身の力が抜けて動けなくなってしまってこの様である。毒針でも刺されたのか。
普通の毒ならすぐに治す事が出来る。だが、それはまるで意思を持っているかのように血液を回り、全身に魔気が流れた。
息も出来ない位苦い。
「これって……まさかとは思うけど、魔族の……血?」
下衆な事をするものだ。同じ聖国人にこんな仕打ちをさせるとは、いろんな意味で吐き気がする。
それから意識が朦朧とし、気がつくと牢に打ち捨てられていた。
目覚めた時に背中に違和感を感じた。
7枚の羽のうち6枚が無い。
(……けれど、完全に力を失った訳では無い。1枚残しているのはそういう事……まだ利用する気ね)
その利用価値がありがたかった。1枚だけでも残っていれば、聖気をかなり使ってでも再生する事が出来るから。
とは言え、今の満身創痍ではとてもじゃないけど無理だった。全身に考えたくも無い毒が回り、怪我も酷くて小指1本も動かせず寝ているしか出来ない。
非情にして冷酷、美しく気高い聖国の女王が台無しである。
(やはり自分には非情とか汚い事は向いてないのかしら。あの時兄に譲れば良かった……クソ……。クソなんて言葉、いけなくてよオペラ。一度国を背負って立つと決めたのだから、ちゃんと最後までやり遂げなくては。そう言えば……)
今の今まで忘れていた昔の聖国と、そして兄の存在をふと思い出した。
聖国がまだ平和だった頃……その陰に隠れる、クソみたいな存在が聖国には何人か居た。
あの事件のどさくさで大人達と一緒にこの世から居なくなってしまったと思っていたのに、先程チラッと見えたような気がした。
(まさかとは思うけど、竜の国と手を組んで、聖国に魔族を引き入れて、そのままトンズラしていて……今になって聖国を手に入れる為にまた竜の国と手を組んで戻って来た……なんて事は無いわよね……?)
いやそれは流石にまさか、とオペラは首を振った。典型的かつ安易過ぎる。いくら自分を恨んでいるであろう、あの兄とは言えそんなまさか。
ふつふつと怒りが湧いて来た。確証は無いが、もしそれが本当だとしたらぶん殴りたい。
オペラにはぶん殴りたいリスト入りの人物が何人か居た。その1人こそ、この世から居なくなったと思っていた実の兄だ。
ちなみに他に殴りたいリストに入っているのはルーカスの横にいつも居て邪魔な漆黒の騎士と、新たに加わった変な狐目の男である。
ガヤガヤガヤ
ガチャン、ドタンバタン
やけに牢屋の外が騒がしくなった。重い目をこじ開けて騒ぎの方を見ると……そこには殴りたい男が2人……
漆黒の騎士ジェド・クランバルと、何だか分からない変な狐目の男。
そして、皇城でチラッと見かけたかもしれない変な甲冑(?)
の、3人が何故か向かいの牢屋にロープで縛られて打ち捨てられていた。
「……は……? な、何で……??」
―――――――――――――――――――
何でそうなったのかは少し前に遡る。
漆黒の騎士団長ジェド・クランバルと甲冑騎士シャドウは動く階段で世界樹を終点まで登った。
明るく光さす世界樹の頂上へ出ると、青空が果てしなく広がり、その空には聖国の空中回廊が見える。
ただ、やはり展望所は観光客もおらず閑散としていて、関門所にも誰も居なかった。
「やっぱ誰も居ないか……」
「あの、騎士団長……あそこに誰か座っているみたいですけど」
「ん? 本当だ」
展望所の景色が1番良く見える所で1人、本を開いている男が居た。
何故そんな所でわざわざ本を見ているのだろうか? と思ったが、男は本を見ながらチラチラとエレベーターゲートの降り口を見ているようだった。
「あのー……すみません」
「え!? あれ?! どこから……」
振り向いた男は見覚えのある顔だった。確か――
「あ、お前、えーと……確か、ワンダー? だっけ? ここで何をしてるんだ?」
その男はいつぞやの本の行商人のワンダーだった。
竜の国で助けてくれたりお菓子工房で助けてくれたり、変な時に変な所で出会い、何だか分からないうちに居なくなっている変な男である。……いや、どちらかというと何だか分からないうちに居なくなったのは俺の方か。
ワンダーは狐のような目を更に細めて困ったように笑った。
「え? あー、何というか……人を待ってました」
「もしかしてエレベーターゲートから来る人を待っていたのか? エレベーターゲートは今は故障中だぞ。聖国人の攻撃を受けたとかで……というかここに居て知らなかったのか?」
「え?!!? 聖国人そんな事していたんですか?! ……通りで誰も通らないと思った。観光客も少ないし、そんな事になってたんですね。そりゃあ待てど暮らせど来ない訳だ……」
知らずに待っていたのだとしたら何というのんびり屋だ。
「本当……何考えてるんだか」
「あの、騎士団長……この方は?」
「あ、シャドウは知らなかったな。ワンダーという本の行商人らしい」
「本の行商の方でしたか。私はシャドウと申します」
「シャドウ……ですか」
ワンダーはシャドウをまじまじと見た。
「何だか不思議な雰囲気の方ですね。お顔を拝見しても……?」
「あ、いや、シャドウは顔は決して見せれないんだ。そ、そう、酷い古傷を負っていてな」
「そそそ、そうなんですよ!」
「そうですか……」
ワンダーは残念そうだったが、陛下と同じ顔で何か薄っすらとしたシャドウの素顔なんて見せれる訳はないのだ。すまんな。
「所で、何でこんな所で待ち合わせなんだ? もっといい場所があるだろう」
「あ、いや、待ち合わせという訳では無いんですが、本当は聖国で待っている予定だったんですけどあまりにも遅過ぎて迎えに来ちゃったというか……」
「なるほど……ん? なぁ、ワンダーはもしかして聖国に結構出入りしたりしているのか??」
「え? え、ええ……まぁまぁ……」
「丁度良かった。俺達、これから聖国に様子を見に行く所なんだが、暇だったら協力してくれないか? どうせエレベーターゲートが使えないんだから待ってるヤツもしばらく来ないだろうし」
「……それは、全然構わないのですが」
話を進めようとしている途中でシャドウがコソコソと耳打ちしてくる。
「あの、騎士団長……この方ってそんなに信用して大丈夫な方なんですか?」
「ん? ああ、何かなんやかんやで前も助けてくれたし大丈夫だと思うけど……シャドウ、いかんぞ。人を疑ってかかるのは。世の中は助け合いで出来ているんだ。人という字は人と人が支え合って出来ているとどこかの先生も言っていたらしいぞ」
「……騎士団長はそう言って毎回騙されている気もしなくもありませんが……まぁ、でも見た感じそんなに強そうな気配も悪そうな気配も無いので大丈夫ですかね。刻印も無さそうですし……」
ワンダーはこちらを見て苦笑いしていた。そもそも何か企んでる悪いヤツならとっくに何かしてるだろうし、竜の国であんなに助けてくれたりしないだろ。シャドウ、お前は漆黒の騎士団長の目が節穴とでも言うのかね? お前一応騎士団の新米騎士なんだからね。我、上司で先輩ぞ?
ワンダーは頭をかきながら関門所を指した。
「とりあえず、関門所に人が居ないみたいなので通ってみますか? ただ、空中回廊に行くゲートは聖気が無いと使えないので、聖国人が居ないと無理ですよ?」
「ま、その時は俺が背負ってジャンプするしか無いかな」
「背負ってジャンプ……?」
ワンダーが微妙な顔をしていた。なんたって漆黒の騎士団長ですから、あの位ならば1人くらい背負っててもギリ届きますよ。
俺達は人の居ない関門所を潜った。が――
バシャン!!!
「ぶわっ!!!」
「なっ?!」
「うわっ!! ちょ、水はやめて!?」
その瞬間、頭上から水が3人目掛けて降ってきた。
1番先頭にいた俺が1番被害を受けた。上を見ると有翼の子供達が関門の上からバケツで水を落としている。
「……君達、何をしているんだい?」
「あっ、ごめんなさい……」
「僕たち、見張りごっこしていたの」
羽のある子供達が関門の上からわらわらと飛んできた。
「見張りごっこ? 何を見張っているんだ?」
「あのね、曲者を見張って水をかけてるんだよー!」
元気よく笑う子供達。
あまりにも平和な子供達の洗礼に脱力してしまった俺は、上着を脱いで服を絞った。
「ねえねえ、剣カッコいいね、絞るの邪魔なら持っててあげるよ」
「そうか? すまないな」
子供はカッコいい武器が好きなものだ。受け取った子供達は嬉しそうに剣を見てきゃいきゃいしていた。
「き、騎士団長……」
「ん?」
シャドウの震える声が後ろから聞こえて服を絞りながら振り返ると、聖国の入り口の大きなゲートから聖国人兵士達が大量に出て来ていた。お、おおう……
「君達、剣を返し――」
振り返るが、すでに空に逃げていた子供達の背中には刻印が見えた。うん、俺の上着と剣が悪い子達に持って行かれてますね。
そうこうしている間に多勢の聖国人がゲートから飛び出し、俺は押し潰された。お前ら色々卑怯だぞ……せめてまともに戦わせてくれよ……ワンチャン武器奪えるとかあるじゃん。数で押し潰すて……
押し潰された状態の隙間からシャドウとワンダーが見える。ワンダーはすでに諦めて両手を上げていた。シャドウは結構抵抗しているようで、メイド戦でボロボロになった鎧が更に傷だらけだった。おかしい……何故かシャドウだけが1人でずっと戦っている。
そのシャドウもすぐに捕まった。何かごめん。
★★★
「ぶへっ!!」
武器を奪われロープでぐるぐる巻きにされた俺達3人は牢屋に入れられた。1日で3回目の牢屋である。そんな事ある??
ワンダーもマジックバックか何かの鞄を奪われてガックリしていた……
「巻き込んで何かごめん……」
「いえ……それは全然構わないんですが……僕、あれが無いと色々困るんです……」
本の行商人だしな。すまん……お前の鞄は必ず取り返す。
「騎士団長、だからもう少し考えて行動してくださいと――」
呆れてため息を吐くシャドウだったが、向かいの廊下に何かを発見したらしく固まっていた。
俺達もつられてそちらを向くと、同じようにこちらを驚いた顔で見ているボロボロのオペラが居た。
うおお……想像していたよりだいぶ何かあったようだ……
「……ちょっと色々……理解が追いつかないのだけれど………とりあえず、何で、捕まってる……の?」
そんな訳で、話は冒頭に繋がる。




