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聖国の危機再び……だが俺には遠すぎた(中編)


 

「騎士団長……大丈夫でしょうか」


 入管を通り抜けてしまったシャドウはただ待ってる事しか出来なかった。

 まさか騎士団長の方が引っかかるとは思いもよらなかったのだが、よく「フラグ」とか「前振り」とか言われるのはああいう事なのだなと学び、また1つ賢くなった。

 だが、賢くなった所でシャドウに出来る事は無く、諦めるしかなかった。自分がジタバタした所で何の解決もしない……ただ待つしか無いのだ。

 自分の分身である皇帝陛下は、長年よくあの騎士団長と一緒にいるものだと自分ながら尊敬すら覚えた。

 海から砂漠に行った時といい今といい、騎士団長と一緒にいるのは大変なのだ――いや、そんな人だからこそあの陛下と対等に居られるのか……とシャドウは少し落ち込んだ。

 シャドウには圧倒的に経験が足りない。力も、能力も、何もかも足りないのだ。

 それはしょうがない事だと分かっていた。今のルーカスがあるのは彼の並々ならない努力があっての事だ。

 今までは何とも思っていなかった妙なコンプレックスの欠片がシャドウをちくりと刺した。


 ゴソゴソと大切に保管してある落とし物を袋から探り、手のひらに乗せて見る。


「陛下は何でも出来ていいなぁ……」


 シャドウは知らなかった。皇帝陛下は別に完璧でもなく、女心も分からないし……何ならジェドの扱いも良く分かっていないという事を。


 ただ、そんな事はつゆ知らず、自分の無力さだけを知り落ち込んだ。



 ★★★



「……これ、いつまでかかるんだろう」


 漆黒の騎士団長ジェド・クランバルは鉄格子の窓から外を見た。


 正直こんな格子など斬って打ち破る事は簡単なのだが、不正入国して更に脱走までしたとなっては、今後ゲートを利用出来るかも怪しくなるので困る。

 公爵家の権力も皇室騎士団長の立場もこの秩序重視の帝国では意味が無いのだ……悪い事をしたらちゃんと平等に定められた罰を受けなくてはいけない。それが帝国。

 ……すまないノエルたん、負けないとか言ってても流石に秩序には勝てないわ。そもそも破る俺が悪いのだが。


「はぁ……仕方ない、待つか」


 ゴロンと転がると色々な事を思い出し考えてしまう。

 そういや、投獄されるのって初めてじゃないんだよなー。人魚の時とか竜の国とか……

 俺の過去の投獄のその影には、やはり悪役令嬢がいた。ま、流石に今回は関係ないだろうとゴロンと寝返りを打つと――向かいの牢でゴソゴソとしているドレス姿の令嬢が見えた。


 ……絶対関わってはいけないような気がして寝返りを打ち直し壁を向いたが、ゴソゴソゴリゴリととにかく煩い。


「あーー! 煩い! すまないかもうちょっと静かにしてくれないか?!」


「それは出来ません。私にはもうこれしか無いので……」


 女は真顔でスプーンを握っていた。よく見るとそれで一生懸命穴を掘っている。


「……それは、脱獄じゃないのか……?」


「いえ、完全に濡れ衣で無実の罪で投獄された身ので、ここから逃げるのはそういうのではありません」


「いや、無実だろうが何だろうが逃げるのは脱獄だろ……そもそも無実ならちゃんと話せば出してくれるんじゃないのか?」


 ここはあくまでゲート都市である。投獄されるのは通行における不正を働いた者ばかりだが、大概は俺のように確認が取れれば素直に出してくれる。何もわざわざ脱獄しようとする人など1人もいない。


「そうだよなぁ。脱獄なんて良くないぞ、俺は持ち込んじゃいけない植物で引っかかったんだけど、明日には出られるぞ?」


「私もちょっと土産の生肉を申請せずに持ち込んだ位だからすぐ出られるわ。あんた何したのよ」


 他の牢の投獄者達もザワザワと話に混じり出した。本当に皆しょうもない理由で投獄されてんな。


「だから濡れ衣で無実ですってば!! 私だって好きでこんな事してる訳じゃないのよ!!」


 脱獄令嬢がスプーンをカンッと床に投げつけた。よくそんな物で穴掘ろうと思ったよな。何年かかるんだよ……


 他の投獄者達も困ったように顔を見合わせていたが、その中の1人が同情し尋ねた。


「なぁ、良かったら何があったのか話してくれねえか?」


「そうよ、私達に何が出来るかって言われると話を聞く位しか出来ないけど」


「ああ、どうせ暇だし話だけなら聞けるぜ」


 投獄者達は口々に声をかけた。流石しょうもない事で投獄されるだけあって口ぶりが無責任である。

 そんな無責任な声に女はポツリポツリと話し始めた。俺が言うのもなんだが、見ず知らずの無責任な連中に簡単に身の上を話すの良くないと思うよ。


「私はミリア。さる貴族の令嬢です。そもそも我が家門は然程裕福ではありませんでしたが、それなりに暮らしていたのです……が、私がまだ幼い頃……第1の濡れ衣が起こりました」


 何だよ第1って……もしかして第2第3もあるのか?


「私には幼なじみの男の子がおりました。彼はよく私の家に遊びに来ていて、とても仲良くいい関係だと思っていました。ところが……ある日彼と庭で遊んでいる時に、彼が私の為に木に登って花を取ろうとして……誤って木から落ちて怪我をしてしまったのです。彼は我が家より身分の高い貴族だったので、両親は何とか許しを乞いました。彼の家は私が婚約者となればそんな責任を負う事は無いとそう言いました」


「……なるほど? で、婚約した訳だ」


「はい。婚約には特に不満はありませんでした。まぁ、そもそも貴族の結婚とは大半が親の決めるものですので。それから数年して彼が成長すると、今度は彼に沢山の女性達が寄って来ました。私は彼への責任から婚約者になっているだけなので特に口を出す権利もありませんでした。ところが……階段近くですれ違った女性が自ら階段を落ちて私に押されたと言い、何か知らん女性は私に持ち物を破かれただの水をかけられただの言い、更に見た事ないヤツまでお茶会で急にぶっ倒れて毒を盛られただの言い…………全部私のせいになりました」


「……」


 シーンと静まる牢屋内。これはまた久々に正統派悪役令嬢が来ましたね。いや、悪役もクソも本人は何もしてないんだが……


「でも、そんな嫌がらせもまあまあ大丈夫でした」


「それは中々に強靭な心の持ち主だな」


「まぁ、彼を愛していれば怒ったかもしれませんが、義務で婚約してますので。そうして、ついに彼と結婚間近となった時、まさかの婚約破棄されました」


「そこまでやっといて更に何があったんだよ。気になるわ」


 他の投獄者達も話を真剣に聞いていた。


「あー、ジミーさん、そろそろ出ても大丈夫ですよー」


「ちょっと待ってくれ! 話が気になりすぎる!! まだ出たくない!!!」


 看守に呼ばれたジミーとかいうオッサンは開かれた牢を内側から閉めて泣き叫んだ。うん……聞き始めちゃった以上、話途中では帰れないよね。


「何でそういう話になったのかは分からないのですが、彼が突き付けてきたのは私の数々の悪行と不正、更に黒魔術に生贄に悪魔召喚、借金に整形、過去の男遍歴のでっち上げ……どれも身に覚えのないものでした」


「悪役令嬢の悪事欲張りセットかよ。全部本当なら逆に相当凄いヤツだぞ」


「濡れ衣もそこまで来ると凄いわねぇ」


「当然濡れ衣だと分かっていたのですが、両親にこのままではどんな処罰が下るか分からないと逃亡するように促され、私は故郷を離れました。ところが……」


「まだあるのかよ」


「一緒について来た従者は実は盗賊の頭で、元婚約者の家に族をけしかけようとしていました。偶然従者が族と話している所を聞きつけ、後ろから殴って縛り上げたので事なきを得ましたが……。そんな事もあって、私は従者を置いて単身旅に出ました。そしてここゲート都市にたどり着いた時に気付いたのです。……荷物、全部従者が持っていたわ、と。途方に暮れた私は、戻ろうかどうしようか悩んでいた所……心優しい旅人達が一緒に連れて行ってくれるからと喜んで申し出を受けたら……不正入国の詐欺グループでした。そして現在に至ります」


「……そこまで来ると濡れ衣って言うよりただの不幸令嬢だな……」


「その通りです。なので、私はもう黙って流されるのは止めようと思い、こうして抵抗して逃げようと試みています」


「最初の悪事が脱獄とはまた思い切ったな」


「そういう事ならちゃんと申し出れば済む話じゃないのか?」


 何かザワザワするなと思ったら、看守が増えて一緒に話を聞いていた。結構な人数が話の途中で帰りたくないと駄々をこねている為どんどん迎えに来た看守が増えたみたいだ。気持ちはわかる。


「そうだ!! ミリア! 君が悪くないなら何故黙っているんだ!!」


 看守に混じって変なテンションの男が居た。誰ですか?


「アルベルト……何故ここに?」


「君を追いかけて来たに決まっているだろ! 婚約者なんだから!」


 お前がその婚約者かよ! しかもお前から婚約破棄したのでは……? 何故ここにいる。


「どういう事? 婚約破棄したはずでしょう? 貴方に追いかけられる理由は無いはずだけど……」


「全て誤解なんだよ!! そもそも……君が……君が僕の事をちゃんと好きになってくれないから!」


「えっ……」


「あの幼い頃も、何とか君を手に入れようと自ら怪我をした。言い寄る女達だって……君が僕を頼ってくれれば何とかしたのに! 女達の嫌がらせも何も心に響いてないから……だから悪事をでっち上げて婚約破棄をチラつかせれば、流石に泣いて僕に懇願すると思ったんだよ!!」


「……」


 おお……久々に見る正統派最低クズ野郎だな。あまりに典型的の度が過ぎて皆黙ってしまったわ。これには途中から聞いていたはずの看守も皆も困惑顔である。


「何アイツ……」

「やばくない? アルベルトこそ投獄しといた方が良いのでは……」

「ミリアが気の毒過ぎるだろ……」


 投獄者達からもヒソヒソと非難が漏れ始めた頃――牢屋の奥の扉がバタン! と開き、看守に止められた従者らしき男が現れた。


「お嬢様!!!!」


「?! ダン!?」


 その従者は両腕がロープに巻かれていたので、多分アレだわ。盗賊の頭だとかいうヤツ。お前もどうして来た……?


「……すみません、もう盗賊からは足を洗ったはずなのに……あまりにあの男が胸糞悪すぎて、昔の仲間をけしかけようとしてしまいました。ですが、まさかお嬢様がそれを望んで居なかったなんて……申し訳ありません……」


「ダン、どうして……そんな格好で追いかけて来たの?」


「私は、幼き頃からお嬢様の幸せだけを想っていました。お嬢様が不幸になる姿をただ見守るだけしか出来ず……申し訳ありません。でも、これからはちゃんと……」


「……ダン」


 おっと?? 流れが変わったぞ? どうするんだアルベルト。今の所お前、だいぶ不利だぞ……


「ミリア! 騙されちゃダメだ! そいつは盗賊なんだろう! 君を幸せにするとか言って騙そうとしているに決まってる!!」


 いやお前、どの口が抜かすんだよ……


「お嬢様、私は……お嬢様の決めて頂いた選択に従います……でも、もし私を選んで頂けるのであれば……」


「ミリア! 俺と一緒に帰ろう!! ずっと愛しているんだ!」


 衆人環視な囚人看守の集まる中、ミリアに迫られる2択。皆が息を呑み見守った。

 ミリアは従者ダンの前に来て手を出すと――


「お嬢様……」


「見守ってないで助けんかい!!!」


 そのまま檻越しに出した拳をダンの腹にぶち込んだ。


「ぐはっ!!!」


 皆が意外な選択に一瞬驚いたが、ミリアは蹲るダンをそのまま檻越しに抱きしめた。


「……これからは……ちゃんと守ってね」


「お嬢様……必ず……」


 ウオォォ!!!!!!!


 観客達から祝福の歓声が漏れた。ただ1人、アルベルトだけががくりと項垂れている。


「……そ、そんな……」


 項垂れるアルベルトの腕をを看守の1人が掴んで引き上げる。


「いくら貴族とは言え、侮辱罪やでっち上げによる名誉毀損は立派な罪だ。帝国に引き渡すまでそこに入っていろ」


 看守がアルベルトを牢に打ち込むと、周りから割れんばかりの拍手が起きた。


 ミリアは詐欺グループに巻き込まれただけだとすぐに分かり釈放された。ダンと一緒に幸せそうに出て行く姿を皆で暖かく見送った。


「いやぁ、なんやかんやで解決して良かったなぁ」


「あんな話、途中じゃ席立てないわよねぇ」


 他の投獄者達も看守と一緒にゾロゾロと出て行き始める。うんうん、良かった良かった。よし、俺もそろそろ――


「あ、ジェド・クランバル様はまだ確認が取れてないのでダメです」


 そう言って看守は牢屋の奥の扉をパタンと閉めて出て行った。……まだダメかー……そうなのか。

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