男湯が平和だと……思っていた時期もありました(前編)
「もう大丈夫なのか?」
「ああ。世話をかけて済まない……楽になった」
魔法学園の保健室で休んでいたアークの様子を見に戻るとだいぶ顔色も良くなっていた。異世界の生薬のおかげである。
ノエルたんも心配で来ていたみたいだ。
「魔王様、ごめんなさい。私があんな方法を取ったばかりに……」
「いや、お前のせいじゃない。拘束を解いてくれてありがとう。それにソラとは仲良くやってるみたいで良かったよ」
アークもノエルたんも互いに済まなそうにしていた。2人とも優しいからなぁ。ちなみに悪いのはシルバーだと思うんだが。
「じゃあ、魔王領まで送ってあげるよ。いいね?」
「ああ」
「あ、あの騎士様……」
シルバーが魔法陣を書き始めている時にノエルたんに呼び止められた。
「ノエル嬢。どうしたんだい?」
「何だか色々大変そうですが……無理しないで下さいね」
ノエルたんが何かを心配していたが、俺は無理も無茶も何もしているつもりは無いので何と答えたらいいものか……
「俺はそんな頼りなく見えるかい? 君が思っているよりも強いし絶対負ける事はないから安心していいさ」
そっとノエルたんの頭を撫でた。そう、俺は一応皇室騎士団長で一応剣聖。今の所、剣の腕で敗北したのは親父と陛下くらいである。男としての敗北は……何回もあるけど。
「騎士様……私、立派な魔法使いになって早くお役に立てるよう頑張りますね!」
「ありがとう。魔法学園の制服、よく似合っているよ」
俺はノエルたんにそう言って微笑んだ。ノエルたんはそのままで十分ですがね。俺に今1番必要なものは癒しだから。ノエルたんは顔を赤らめていたが、照れるノエルたんも可愛いなぁ。あぁ〜心が浄化される。
「もうそろそろいいかい?」
俺とノエルたんの間にシルバーが割り込んできた。お前、邪魔するなし。
「騎士様、また……」
「ああ、またね」
恥じらいながら手を振るノエルたん。シルバーが手を掲げると魔法学園の景色から一瞬で魔王領へと移動した。移動魔法って便利だな〜。まぁ、便利すぎるからそんなに簡単に使えないんだろうけど。
移動した先は魔王領温泉だった。
ハムに乗ったアークが温泉へ入って行く。何だか凄く疲れてる様子にデジャヴを感じた。
「聖国から移動魔法で帰ってきた時の陛下もあんな風に疲弊していてそのままダウンしたよなぁ。何か俺と出かけると皆疲れてる気がするんだけど気のせいかな?」
「ふふ、ジェドはちょっと特殊だからねぇ。まぁ、私はそんな事にはならないから、困った事があったらいつでも私の事を呼んでくれて構わないからね。友達の君の為なら何処にでも駆けつけるから」
シルバーはニコニコ笑いながら手を握ってきた。言ってる事は頼もしいが、この間からやたらと友達を強調してくる所が何か怖い……後で高額の絵画とか壺とか買わされないよな?
「ん……? 何これ」
シルバーが手を離すと指に指輪が嵌められていた。
「残念ながら私はちょっと忙しくて帰らないといけないからね。それで君の位置も声もちゃんと分かるから、呼ばれればすぐに行けるよ。ふふ」
……ちょっと意味変わって来ないか?
え? 何コイツちょっと怖い……
「念の為聞くが、お前……本当に俺の事、友達と思っているよな?」
するとシルバーは何故か嬉しそうな顔をした。
「もちろんだとも。君も同じ気持ちでいてくれると嬉しいなぁ」
うん、友達と思っているで正解なんだよな……? だとするとそれはそれで重すぎない? 同じ気持ちにはなれないけど? すまんな。
まぁ、便利そうだからいざという時には助けてもらおう。俺は深くは考えない男、ジェド・クランバル。
「じゃあね、また近いうちに会おう」
シルバーはまた移動の魔法陣で消えて行った。高度な魔法のはずなのだが、ホイホイ使えて羨ましい。
「あ、そういやハムを回収しないと……」
ハムはアークを乗せて温泉の中に入って行ったのだが、獣王から貰った大事なハムスターだからちゃんと帝国に連れて帰らないと。
俺は急いでアークの後を追いかけた。
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「あ! ベル、アークを見なかったか?」
温泉施設の廊下を探していると掃除中のベルに出会した。
「アーク様でしたら男湯の方に行きました。何だか今までに無い位疲れてるように見えたのですが、何かあったのですか?」
「それは……まぁ色々」
先代魔王の件とかデリケートな話はアークから話すのがいいだろう。疲れてる理由はそれだけでは無いかもしれないけど。
「そうか、分かった。ありがとう」
「あ、ジェド様、良かったらこれどうぞ」
ベルはタオルを渡してきた。いや、別に温泉に入るつもりで来た訳じゃないんだけど……
渡されたタオルには前に腰に巻いていた物と違い、魔王領温泉のマスコットキャラクターが描かれていた。かわいい。
タオルを持って男湯の脱衣所に行くと、アークはもうタオル1枚だったし何故かハムも頭にタオルを乗せていた。
「何でハムまで入る気満々なんだよ……」
「お前も温泉に入って行ったらどうだ? 長旅で疲れているんじゃ無いのか?」
「まぁ……そうか?」
早く皇城に帰らなくてはいけないような気もするけど、風呂位入る時間はあるだろう。
男風呂には流石に悪役令嬢は来ないだろうし厄介事もそうそう起こらないはず。
俺はアークの誘いに頷いて、着たばかりの漆黒の騎士団の制服を脱ぎタオル1枚の騎士に戻った。
「……何かその格好、見慣れすぎていつものジェドに戻ったような錯覚に陥ってしまう。逆のはずなんだけどな……」
「……実は俺もなんだ。タオル1枚の開放感に慣れてしまったせいか妙にしっくり来る……」
「しっかりしろ。それは変態予備軍だぞ」
確かに……変態は漆黒じゃないから絶対になりたくない。気をつけよう。
大浴場の扉を開けると、中は比較的空いていた。丁度昼時だからだろうか。
草原や山に行って来た後だから髪に草も凄く付いてるし、あまり綺麗ではないので風呂に入って正解だな。
アークはもうすでにお湯の中だった。
ずっと歩き回ったせいか結構足がパンパンなので温泉が身に染みる……
「あぁ〜生き返るとはこの事だ。魔気がすごく回復する……」
「何で魔王領に温泉があるんだろうってずっと思っていたんだが、魔族の魔気回復に使われているとは知らなかったな」
「以前もたまに普通の動物とかが傷を癒しに来ていたりしたから、魔族以外にもそれなりに効能のある秘湯と言われてはいたんだ」
そうなのか。まぁ効能がどうであれ温かいお湯に浸かるだけでも疲れが取れる気がする……
そういや前に陛下と第1部隊の騎士団員で来たけど、またみんなで慰安旅行したいなー。
ハムはトコトコと砂風呂と書かれた看板の方に入って行った。ハムスターって砂風呂に入るのか。
2人でのんびり温泉に浸かっている時に――それは突然現れた。
「何っ?!」
最初に気付いたのはアークだった。急に振り返るので俺もつられてそちらを見ると、1人の男が立っていた。
温泉の従業員の服、手にはデッキブラシ……黒髪の異世界人らしき様相は見覚えがあった。
「魔王……アーク……この勇者十六夜白夜がお前を倒し……この世界に平和をもたらす……」
うっすらと口から漏れる仄暗い声。フレーズはデジャヴなんだが、明らかに様子がおかしかった。
「高橋……? どうしたんだ?」
そう……コイツは異世界から来た勇者、高橋。何故か十六夜とか名乗っている奴で、確かアークと戦おうと意気込んで来たが思い直して魔王領温泉で真面目に働いていたはず……一体どうしたんだ?
高橋の目は虚な闇に染まっている。ふわりと前髪が揺れた時に、額に見覚えのある刻印が見えた。
おおう……その刻印は……
「ジェド、あれって……牛のヤツと同じものだよな」
「うん……アレだね」
高橋はどす黒いオーラを漂わせながら1歩ずつ近づいて来た。
前も思ったんだけど風呂で襲って来るのさ……卑怯すぎないか勇者さんさぁ。




