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悪魔令嬢は悪役か?(前編)


 

 医務室のベッドに横たわるアーク。

 顔色がだいぶ良くなって来たはずだったのに、先ほどの試験のせいでまたグロッキーになっていた。


「魔気はね、中々回復し辛いんだよ。聖気と違ってそうそうその辺に溢れてる物じゃ無いからね。聖石や聖樹はそこら中にあっても魔気の補充出来るような物は魔王領にしか無い。ある程度は自分で回復出来るようにはなっているけど、ここまで疲弊していては回復効率も悪いから。……まぁ1番は早く魔王領に帰って温泉にでも入る事かねぇ」


「あの温泉って魔気を回復出来るのか? そんな所に普通の人間が入っていいのかよ……」


「聖気を浴びても別に人間は大丈夫だろう? 魔気も一緒だよ。まぁ、温泉のお湯を聖国人が飲めば具合が悪くなるかもしれないけど……普通の人間だったら血管拡張作用で血行が良くなったり魔気で殺菌効果がある位だね」


「ただの温泉じゃねえか」


「だから普通の人にはただの温泉なんだよ。ま、今の所はこれで回復するんじゃ無いかな?」


 シルバーは懐から小瓶を取り出してアークに飲ませた。


「何だそれ?」


「ん? これはね、10数種類の自然の生薬が入っている酒で、薬効成分で血行や代謝を良くして自然治癒力を高める異世界の飲み物だよ」


「何かそれ前にも何処かで……」


 飲んだアークは確かに少し顔色が良くなって来た。異世界の薬すげぇな。


「体力がもう少し回復したら移動魔法を使ってあげるからそれで戻ろう。ハム、アークの事を運んであげてね」


 シルバーはハムを優しく撫でた。基本的にはいいヤツなんだがなぁ……変な所で変な性癖が出ちゃうからなぁ。


「――ん?」


 ハムを撫でる手が止まり、シルバーがキョロキョロと辺りを探り始めた。


「? どうしたんだ?」


「ふむふむ……なる程ね」


 ……分からん。シルバーやアークはもう何か特殊すぎて説明も無く急に納得する事がある。恐らく知らない所で何かが起きたのだろう……凡人の俺を置いて行かないでほしい。


「いやぁ、また厄介な事してるなぁ」


 シルバーがニヤニヤ笑い出した。え?? 何??? マジで何なの??


 完全に置いて行かれてる俺の手を引き、壁に魔法陣を描いてそこに向かって飛び込んだ。俺は何だか分からないまま壁に引っ張られ、壁を擦り抜けた先はまた違う景色が広がっていた。先程の部屋は窓があり外の景色が見える2階だったが、こちらは窓も無く土臭い地下だ。


 黒いローブを羽織った魔法使い達が囲んでいる真ん中には蝋燭の置かれた真っ赤な魔法陣があり、そこにはコウモリのような羽が生えた女が凶々しいオーラを放ち浮いていた。


「我を召喚したのは誰だ? 契約し願いを叶えてやろう。ただし……対価は、しっかり貰うぞ。クックック……」


 怪しく笑う女を見てシルバーはニヤニヤ笑った。


「悪魔だねぇ」


 ……やっぱりこれ……悪魔なの?



 ―――――――――――――――――――



 漆黒の騎士団長、公爵家子息ジェド・クランバルは何かもう様々な事件に巻き込まれて、なんやかんやで魔法都市に来ていた。

 大体の事件に悪役令嬢とか悪女とかが絡んでいるのだが、今回は悪女どころか悪魔の令嬢が現れた。最早悪役の垣根を超えている。


「所で悪魔と魔族って違うのか?」


「いい質問だねぇ。この世には魔法だ事の魔気だ魔石だ事のと、やたらに魔を使いたがる輩がいて紛らわしいんだよねぇ――


 ――それはこの世界に要素が多すぎるところに来て、更に異世界や多重世界から持ち込む人間が多い事に原因があるのだよ。

 そもそも魔族が生まれる前から魔法は存在していたのだけど、先代魔王である始祖ベリルが生まれた時に忌み嫌う意味で人が『魔の王』と呼んだのが魔族の始まりさ。対して魔法は古来から不思議な事やよく分からない現象を広くそう言ったんだね。

 さて、じゃあ悪魔は何かというと魔族が魔王ベリルの眷属なのに対し、悪魔は悪神の眷属なんだねぇ。

 殆どの神は理があり地に姿を現す事は出来ない。異世界人に力を託して勢力を送ろうとするのはその為さ。だが――悪魔だけは召喚に応じる事が出来て、契約を結べば実態となり力を使う事も出来る。


――という訳で、名前は似ていてもそれぞれ違うのだよ」


「おおー」


 黒いローブの魔法使い達もメモを取って頷いていた。


「……何で真面目に聞いてるんだよ。そもそも召喚したのはお前らじゃないのか?」


 黒ローブ達は困惑しながら顔を見合わせていた。シルバーは辺りを見回してうんうんと頷いていた。


「君達、召喚士科の生徒だね。何で悪魔なんか召喚したんだい?」


「いやぁ、まさか本当に召喚出来るなんて思ってなかったから……」


「ちょっとお遊びのつもりで……召喚に必要な素材だって揃わなかったから、似てるヤツを集めたなんちゃって召喚だったんだけど……」


 確かに、よく見ると赤い魔法陣は血に見えたがトマトソースだし、目玉が置いてあるかと思ってビビったがゆで卵だし、カエルも玩具だしお香も蚊を取る線香じゃないか?


「こらーーーー!!!!!! いつまで無視してるのよーーー!!!! あとなんちゃってって何なのーーー!!! いい加減にしろーーー!!!!」


 かなり長い時間放っておかれた悪魔令嬢さんがついに怒り出した。むしろもう少し早く怒れよ。


「私を誰だと思っているの?! 極悪非道の悪魔侯爵家の令嬢、レヴィアよ?!!?? ひれ伏しなさい!!!」


 何か凄く怒ってるし勝手に名乗られても悪魔社会とか貴族とか知らんがな……


「なぁシルバー、何かお怒りだけどマズくない?」


「うーん、ここの子たちも正しい知識が無いみたいだからちゃんと勉強しようね? まず、契約前の悪魔は実態がありません。したがってこの契約書が無いと何の力も無いので、当然平伏す必要も理由も全く無い訳だね。だから、こうして……」


 シルバーは床に落ちていた契約書らしきものを火で炙って下からチリチリと燃やした。


「契約書を燃やせば強制送還されます」


「いやーーー!!! ちょ、ちょ、ちょ待て待て待ってーーーー!!!!」


 火の勢いと同じスピードで召喚された魔法陣に飲み込まれるレヴィアが必死で止めたので、シルバーは燃やすのを止めてあげた。魔法で契約書を復元すると地面から戻ってくる。


「ぜえ……ぜえ……何で燃やすのよ!!! せっかく召喚した悪魔よ?!! しかも高位貴族よ???」


「はい、そう、このように高位貴族の悪魔は安易に契約するのは良くないんだよねぇ」


「あのー、普通の悪魔と貴族の悪魔は何か契約とかに違いがあるのでしょうか?」


 黒ローブの1人が手を挙げて聞いた。


「一般悪魔よりも使える力が大きい分代償もでかいんだ。悪魔との契約は怖いからねぇ。慎重にしないと、自分の魂を奪われるだけで済めばいいが下手したら周りの人達皆道連れだよ。という訳でこんな物はこうして破り捨てた方がいいねぇ」


 シルバーが契約書を破ろうと切れ目を少しずつ入れるとレヴィアの上の方に切れ目が入った。


「ギャアアアアア!!! やめて! 止めてストップストップゥ!!! 今なら代償も軽いヤツでサービスするからぁ!!」


 泣きながら全力で土下座するレヴィアの訴えが届いたのか、シルバーが契約書を破る手を止めて紙をテープで補修した。


「というように、簡単に値切れるから高い代償を安易に払う前に駆け引きしないといけないね」


 シルバーがニヤニヤと笑ってレヴィアをおちょくっている。何だか気の毒になってきた……


「おのれ……人間の分際で悪魔を愚弄しおって……実体化出来ないからと言って何も出来ないかと思っているようだが舐めるなよ……」


 レヴィアがついに怒り出したのか……いやもうだいぶ前から怒っているが、部屋が揺れ、周りの物が浮いて部屋の中がビリビリし始めた。何かヤバそうな雰囲気じゃないのか?


 それを見たシルバーは無言で契約書を握りつぶして絞り出した。


「ギャアアアアア!!!!!!」


「こうして驚かして契約を結ばせようとするけど、全部ハッタリだからね。悪魔は平気で騙したり嘘吐いたりするから安い嘘に騙されちゃダメだよ?」


「ギブ!!! ギブ!!! 本当すみません!!! もうハッタリとかしませんから!!!! 許してええええ!!!」


 レヴィアは苦悶の表情で泣きながらシルバーにすがり付いていた。お前流石に鬼すぎん……?


「あの、魔塔主様……流石に悪魔令嬢さんが可哀想になってきたんですが……」


「泣いてるし、まだ何もしてないのでそろそろ許してあげた方が良いのでは……」


「ん? 許すも何も私は別に何かに怒ったり恨んだりしている訳ではないのだけどねぇ」


 黒ローブ達もドン引きである。何の恨みも怒りも無くやってる方がやべえだろ。

 シルバーは契約書を開いて丁寧にシワを伸ばした。


「ううう……私、やっと召喚されて……ひぐっ……色々構想を……ううう……話すら聞いてもらえないなんて……」


「何かこれ演技でも無く本心で泣いてないか?」


「魔塔主様の説明通りなら別に話聞くだけでもしてあげたら良いと思いますが……」


「悪魔令嬢さんはどんな感じで召喚されたかったんだ? 俺達、悪魔呼び出すの初めてだから正解とか分からないし……」


「みんな……」


 悪魔よりも悪魔な魔塔主のせいで謎の同情がレヴィアに集まってしまった。最早注意喚起してるのか悪魔に協力してるのかこれもう分からんぞ。


「そう言えば私も、いつも悪魔は容赦無く吹き飛ばすか、契約してから魔法の実験台にして吹き飛ばすかの2択だからあんまり話聞い事なかったなぁ」


 お前はどこまで非道なんだよ。

 レヴィアも青い顔をしていたが、ここまで脅しとけばもう嘘をつく気にはならんだろ。


「私……私……いつか召喚されて極悪非道の悪役になる為に頑張って来たのよ!! お願いだから私に悪事を働かさせてよぉ!!!」



 うーんなる程、悪役令嬢希望者か……なる程?

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