漆黒の騎士団長は服が着たい
「あ! お客さん、元に戻れたのですね! 良かった」
漆黒の騎士団長ジェド・クランバルと疲弊の魔王アーク、闇堕ちから帰還したハムスターのハムは子供の夢の村に戻って来ていた。
すぐにでもゲートに向かい自由大陸に戻らなくてはいけないのだが、その前に服を回収する為立ち寄ったのである。
「あれ? お連れの方、ぐったりしていますがどうされたのですか? あと、何で手足を拘束されているのですか?」
魔王は相当な魔気を持って行かれて回復が追いつかないのか未だハムの上で力なく寝ていた。
最初よりは顔色も少しマシになったのだが……ナーガに対する怒りで魔気を相当な量放ってしまい、かなり吸い取られたらしい。
魔力もそうだが、そういう力って生命力を削るから中々回復し辛いんだよなぁ。魔力はポーションとかで回復出来るが、魔気は何で回復するのだろう。
「……アークがぐったりしている理由については話せば長くなるから割愛する。あと見ての通り、大きくなった時に服を持って無くてこんな格好になってしまったんだが……俺の服、この宿に置き忘れてなかったか?」
「やっぱりお客さんのだったのですね! ありますよー、ちゃんと。何か申し訳無く思って丁度洗濯していた所です。乾いてるかなぁ……ちょっと待ってて下さいね」
そう言って犬のお姉さんは庭に出て行った。
生乾きでもいいから早く服を着たい……
「これから何処に行くんだ? ルーカスの所に戻るのか?」
「いや、先にその拘束具を何とかしないといけないだろ。剣で無理矢理ぶっ壊してもいいが、何が起こるか分からないから力づくで取るのはやめた方がいいと思うんだよな。魔王の魔気をこんなになるまで吸い取っちゃう位の拘束具だし」
「ハァ……俺も平和維持にばかり気を取られてないで、ちゃんと鍛え直した方が良さそうだな。ルーカスは平和な帝国を治めている王のくせに何でそんなに強くなる必要があるんだとは思っていたが……いざという時はちゃんと来るのだと知った……」
「まぁ、陛下程まで鍛える必要は無いと思うが、訓練するなら付き合うぞ? で、その拘束具なんだが、鍵が付いてるならば魔塔に行けば外してくれると思うんだよな。その鍵が魔法であれ呪いであれ物理であれ、シルバークラスの魔法使いなら解けない事は無いと思うんだ」
「じゃあアンデヴェロプトか……もういい加減この状態が辛過ぎる。色んな所が痛くなって来たから早く取ってほしい――」
ガタァアン
庭の方で小さな悲鳴が聞こえた。
「何だ?!」
俺は急いで庭に駆けつけた。アークを乗せたハムも後ろからついて来る。
庭に出ると犬のお姉さんが物干し竿の下で地面に尻をついて洗濯物を指差していた。
「あ……あ……」
「おい、どうした?! 何かあったのか!?」
「洗濯物が――縮んでる……」
「何?!」
お姉さんが指差す方を見ると、確かにハンガーにかかった俺の服が全部縮んでいた。ご丁寧にパンツまで縮んでいる。
「…………何で?」
「それが……まだ生乾きだったので急速乾燥の魔法をかけたら――こうなりました」
「いやそうはならんやろ」
「もしかして、洗濯用にいつも脱臭洗剤効果のある茸を入れて洗っているのですが……それと急速乾燥の魔法が合わなかったのかしら……」
――また茸?
「あ、でも上着は洗い方が分からなかったので無事です! あとブーツも!」
天日干しされていた騎士団の上着とブーツは元の大きさでお日様のいい香りがした。
俺は悲しく縮んでヒラヒラと風にそよぐ哀れなブラウスやズボンを見た。
何とか着れないかな……と思ったが、着れるような大きさではなかった。くぅ……
「……仕方ない。コートとブーツだけでも着て行こう」
「お前……ただの裸の男か、帝国の騎士団のコートを着た変態か……究極の2択だな」
コートを羽織り、ブーツを履いた俺をみてアークは真顔で言った。
確かに、タオル1枚よりもコートの中身が裸の方がより変態度が増してる気がする。しかも帝国の騎士団の紋章がバッチリ入っているこのナリでゲート都市を通らなくてはいけないのか……
「だ、大丈夫ですよ! そういうファッションだって顔すれば多分……いける……かなぁ……」
犬のお姉さんは無責任な事を言って目を逸らした。本当コイツ……俺が今まで出会った悪女の中でもこんなに漆黒の騎士団長を苦しめた奴はおらんぞ。今の所ベストオブ悪女だわ……いや、ベストではないか。
―――――――――――――――――――
プレリ大陸のゲートから帝国のゲート都市に戻って来ると、都市は相変わらず旅人で賑わっていた。
が、俺を見るなり鎮まり道を開ける。
プレリのゲートの時も俺は何食わぬ顔かつ紳士的な態度で窓口に立った。
こういう時は、何か問題でも? みたいな顔をすれば大体突っ込む奴は居ないのだ。
ちゃんと騎士団の制服を羽織っているし、身分証も間違いない。今度は子供では無いからな。
だが、身分証を出す度に公爵家子息、皇室騎士団長ジェド・クランバルは変質者です! と名乗っているような気がして心が折れそうになった。
いや、ダメだ。今折れちゃいけない。まだ目的地までは遠いのだ。
俺は自分に言い聞かせてた。これは心の汚れた者には見えない服なのだ。何かそういう童話を見たような気がしたから。
ちなみにゲート都市で服屋を探そうとしたが、何故か服屋は無かった。何で無いんだよ……身ぐるみ剥がされた旅人とか困るだろ……
「はい、次の方どう――ぞ……」
アンデヴェロプトへのゲートの入り口、入国審査所で書類を差し出す俺を係員は二度見した。
「何か書類に不備でもありましたか?」
「ええと……帝国の騎士団のジェド・クランバル様……身分証も書類も問題ありませんが……その……服……」
「え? 服がどうかされましたか?」
「あ……いや……その……もう秋ですから寒くなるので風邪引かないようお気を付けて……」
「いえいえ、秋と言えどまだ暑いですよ。はっはっは」
よし! 乗り切った! 俺はカッコいい顔をしてゲートへと向かった。ザワザワする通りすがりの旅人達からは「何なんだあのタオル……もしかして1枚でも守備力高いのか?」「魔王領温泉って書いてあるぞ」「魔王領に温泉なんてあったか?」「知らないのか? 最近人気なんだぞ……」などと聞こえてくる。俺は魔王領温泉の歩く広告塔になっていた。
「……変な宣伝をしないでくれ」
「俺だってやりたくてやってる訳じゃ無いんだが」
ゲートを潜ると見覚えのあるアンデヴェロプトの魔塔や魔法都市の街並み、変な色の山々が見えて来た。つい最近来たばかりなんだが……また来てしまった。
魔法都市で服を買うべきか悩んだが、シルバーなら洗濯で縮んだ衣類を元に戻す魔法とか知ってるんじゃ無いかと思い、真っ直ぐ魔塔に向かった。もうスースーする下半身にもだいぶ慣れてしまったしな。
魔塔の下まで来た俺は塔を見上げる。
「この塔、入り口が無いみたいだがどうやって入るんだ?」
「……そういや前に来た時はシルバーの魔法で移動したから分からないんだった」
うーむ……困った。
俺達は辺りに魔法使いが居ないかキョロキョロと見回した。すると、急に地面からボコっと手が生えて来た。ギャアアアアア!!
「何だこの手……」
地面の手は土をかき分けながら這い出て来るようだった。ゾンビか??
「亡霊系だったらお前の管轄だろ! あれ何なんだ!?」
「いや……魔族じゃ無さそうだが……」
「これが普通の人間である方がより怖いんだが……?」
得体の知れないヤツはそのまま地面から這い上がり、俺達の前に歩いて来てニヤニヤと笑った。
「やぁジェド、こんな所で何しているんだい?」
「それはこっちのセリフだ! 何なんだお前は」
土まみれになっていたのは魔塔の主人シルバー・サーペントだった。
「これね、土を移動するモグラやミミズの気持ちを知ろうとして編み出した地面を泳げる魔法なんだけど、地面の中にいるうちはいいが上がると土が不快だねぇ」
シルバーは相変わらず訳の分からないヤツだった。
「それより君こそどうしてここに居るんだい? 何か用があったのだろう? まぁ、君の格好といいアークの様子といい……何か無い方がおかしいよね。さぁ、私の部屋に移動しよう。温かいお茶を入れてあげるよ。寒そうだし」
そう言ってシルバーは地面に魔法陣を描いた。一瞬にして辺りの景色が変わり、シルバーの部屋へと移動する。テーブルにはすでにお茶が用意してあり、ご丁寧にハムの餌まであった。
「それで、何からして欲しいんだい?」
シルバーは椅子に座ってニコニコ笑った。うーん、頼りになる笑顔に安心が押し寄せるぅ。
「とりあえず……乾燥で縮んだ衣類を元に戻す魔法ってある?」
「……え?」
何よりもまず――服が着たい。




