閑話・曲者侵入事件再び
先日、皇城で1番強くて偉いはずの皇帝の部屋は何者かによって破壊された。
城に住む誰もが謎に思った。
(……一体誰が?)
この厳重な警備の皇城で陛下においそれと近付き、OFFモードとはいえ簡単に攻撃を許して、更に陛下を簡単に吹っ飛ばす程の威力を持つ爆発――
そんな事が出来る人物が本当に居るのだろうか? と。
城中の皆が考えたが、結局原因は分からず。この事件は陛下が寝ぼけて爆破させたのだろうという事で落ち着いた。
だが、居たのだ。皇帝ルーカスを吹っ飛ばす程の実力があり、厳重な警備の皇城に忍び込みおいそれと陛下に近付けるような人物が。正確にはおいそれと近付いた訳では無くイレギュラーだったのだが。
そして、その人物はまたしても皇城の窓に降り立った。
「ふぅ……相変わらず空への警戒心が薄すぎてよ。どうなってるのかしら、ここの警備は」
聖国の女王、オペラ・ヴァルキュリアである。
オペラは羽の間から美しく靡く白い髪を束ねた。一応侵入者なりの行動を取るべく羽も小さく畳み、白いマントの中に隠した。オペラは本来7枚の羽を持つのだが、こうして自由自在に小さくする事も出来るのだ。
オペラは辺りをキョロキョロと見回した。
今日は誰も居ない。爆発の後片付けがされた誰も居ない寝室を見てホッと胸を撫で下ろす。
先日は失敗してしまった。取り乱して爆発させるなど有り得ない行動をしてしまった……とオペラは酷く落ち込んだ。
以前の自分はもっと高貴で非情、気高くクールな女王だったはずなのだ。オペラが忌々しく思うあの男のせいで、いつも失敗するばかりか、ペースが乱されてあり得ない自分すら出て来ている気がしていた。元を辿れば全てあの漆黒の騎士のせいである。あいつだけはいつか始末しよう、とオペラは心の中のブラックノートに名前を書き殴っていた。
今回また皇城に来たのは他でもない――やはりルーカスの事が心配だったからである。
相変わらず間者は不在で報告が無い。
前回、ルーカスの手に回復魔法をかけたはずなのだが、そもそも大爆発を起こしてしまった上にちゃんと治ったのかも確認出来ぬまま逃げ帰ってしまっていた。
帰ってから寝室に伏せた後、暫くデコチューのダメージでバタバタとしていたが、後になってその事を後悔した。
そうして思い立ったオペラは再度皇城に侵入する。
皇城は、あんな事件の後なのに警備体制が全く見直されてはいなかった。てっきり侵入が難しくなっているかと思って警戒してきたオペラは肩透かしを食らった。
とは言えあまり外をウロウロ飛ぶのも誰の目に止まるか分からないので、寝室のドアを開けて辺りを警戒しながら、コッソリとルーカスの様子を見に行くべく部屋を出た。
今回は遠くから様子を見るだけでいいのだ。あんなに近付くのは心臓が持たないから。
辺りに人の気配は無かった。オペラは体温や存在感知の魔法を張り巡らせながら廊下を歩いた。
★★★
体温や存在感知の魔法とは――ある程度の存在が認識できる魔法である。
もちろん体温や存在の希薄なゴースト類は感知出来ないが、皇城に居る兵士達や家臣は近くに居れば分かるのだ。虫やネズミ等存在の小さな取るに足りない者に見つかったとてどうって事はない。
だが、オペラは気付いていなかった。体温も存在も気薄な存在が……皇城に1人だけ居た事に。
その存在は寝室を掃除する為に向かっていた。廊下を曲がり寝室が見えた時、陛下の部屋から女性がキョロキョロと辺りを見回して出てくるのが見えて掃除用具を落としかけた。
「え? ……だ、誰? 何で陛下の部屋から……」
ルーカスから分離した記憶、薄らとした見た目を隠す為に甲冑を着ている騎士――シャドウであった。
シャドウは柱の陰から物音を立てないように様子を探った。
女性は何かの魔法を使って辺りを感知しているようだったが、それに頼りすぎるあまりすぐ近くにいるシャドウに気付いていない。
(誰だろう……白い髪に赤い目。帝国ではあまり見ない方だなぁ。……というか何で陛下の部屋から出てきたのだろう)
変わった容姿。何処かで見たような気もしたが、あんなに綺麗な人が知り合いに居るわけもない。他国人だろうかとシャドウは警戒した。
現にその女性はキョロキョロと辺りを警戒しながら何かを探している様子。
一瞬、皇帝陛下の寝室爆発事件を思い出し、陛下を狙う暗殺者かとも思った。だが、目の前の女性は明らかに道に迷っているようだった。さっき通った道にまた来てしまい、それに気付いて焦っていた。分かる分かる、この城造りが分かりづらくて迷うよなぁ……とシャドウは共感して頷いた。
ふと、砂漠で女心を学んだ時を思い出す。きっと何かのっぴきならない理由があるのだろう。せめて目的が分かったら力になれるのに……と、シャドウは困っていた。
(いや、砂漠の守り神の女王が教えてくれたじゃないか。女心は察するものだと)
シャドウは頑張って観察しながら彼女が何の為に何をしに来たのかを察する事に専念した。
「……これは」
彼女が目を止めたのは騎士団の出勤札である。ここは騎士団の詰所の前。
(彼女は騎士団に用があったのかな?)
彼女は第1部隊の1番上にある騎士団長――ジェド・クランバルの札を凝視していた。
騎士団長に用があったのだろうかと思ったのだが、その札を外して床に投げ付け思いっきり踏んだり蹴ったりしていた。余程札の主に恨みがあるのだろう。
(あ、騎士団長に用がある悪役令嬢の方でしょうか?!)
と、シャドウはピンと来たつもりだったが、そのまま踵を返して行ってしまった。
騎士団長はどの道不在だが、用があるのは騎士団長ではなかったのだ。シャドウは哀れな札を元の位置に戻した。騎士団長に用がないのであれば恐らく悪役令嬢では無いだろう。
一度外に出たり、また戻ったり、中庭に出たり、また陛下の寝室に戻って来たり……彷徨って疲れていた女性を見てシャドウは気の毒になった。
もういい加減皇城で回って無い所は無いんじゃないかと言うくらい歩き回った。よく他の者に見つからないものだと、そこだけは感心した。使っている感知魔法の精度がかなり凄いのだろう。何故かシャドウだけは感知出来てないが。
他に見てない所と言えば……と、シャドウは陛下の執務室を思い出した。
確かに執務室はかなり分かりづらい所にあり、窓の外から登って入った方が早いんじゃないかという位置にあった。寝室より侵入し辛い執務室もどうなのかとシャドウは思った。
だが、本当にそこが目的ならばどうしたものかとシャドウは悩んだが、ふと厨房にキャンディの瓶があったのを思い出し、急いで取りに行った。
取りに行って戻ると、やはり女性はまだ同じ所をウロウロしていた。
声をかけてあげた方が良かったかなとも思ったが、ここまで警戒しているのだから見つかりたく無いのだろう。シャドウは女心を察した。
今いる場所から執務室に向かってキャンディの包みを1つずつ目印に置いて行く。子供向けの童話にそんな話があったはずだと思い出したのだ。
「シャドウ、何してるの?」
執務室の前に来た時、ルーカスがシャドウの様子に気付いてドアから出てきた。
「陛下、私は女心について勉強中です。見なかった事にしてください」
「……君、本当よく分からない方向に育ってるよね。私から独立してくれるのはいい事だけど、あまりジェドの影響は受けないでね」
ルーカスはため息をついてドアを閉めて戻ろうとした。
「あ! 陛下、もし誰かが執務室を覗いても気付いたり見たりしてはいけませんからね! 絶対に仕事に専念して下さい!」
「……君がそこまで言うのも珍しいね。分かったよ」
執務室のドアが閉まってしばらくすると、首を傾げながらキャンディの包みを辿ってくる女性の姿が見えてシャドウは物陰に隠れた。
彼女は執務室のドアを見るなり、見覚えの無いドアだと気付いたのか驚いた表情をしていた。そして恐る恐る執務室のドアを少し開いて中を覗き見ていた。
やはり目的地は執務室だったのだと、シャドウは心の中でガッツポーズをした。
だが、安心するのはまだ早い。彼女の目的が分からないのだ。執務室を覗く彼女をシャドウは観察した。ここまでして暗殺者だったらどうしようかとハラハラしたが、執務室を覗く彼女はウンウンと嬉しそうに頷いたり幸せそうな顔をしていたのでシャドウは安心した。暗殺者がそんな顔はしないだろう。
彼女は一頻りルーカスの様子を確認すると、またキョロキョロと辺りを見回して窓へと向かった。
そして、窓の桟に足をかけるとそのまま飛び降りてしまった。
シャドウは慌てて窓の下を見た。ここは皇城でもかなり階層が上で、女性が降りて大丈夫な高さでは無い。
だが、そこから見える庭園に女性の姿は無かった。
上の方から羽が落ちるのが見えて見上げると、束ねた白い髪が解け、美しい長い髪の間から1対の羽が生えて空に飛んで行くのが見えた。
女性はそのまま空に飛んで見えなくなった。
「……えーと……」
結局、何だったのかシャドウには分からないまま侵入事件は終わった。
執務室のドアが開き、ルーカスが顔を覗かせる。
「君が言うから気にせず仕事していたんだけど……結局誰だったの?」
「あー……えーっと……私にもよく分からなかったです」
「……何だそれは。ま、いいや。仕事手伝ってくれない?」
シャドウは気にせず仕事に戻る事にした。また次に来る事があれば、今度は名前を聞いてみようと思った。
「所で陛下、先日の爆発の時って怪我はされなかったのですか?」
「あれしきで私が怪我する訳無いだろう。何か頰を叩かれたような痛みはあったけど……アレ、本当何だったんだろう」




