竜の国ラヴィーンも優しくはない(5)
「ハァ……何か疲れた……」
満身創痍の俺達は山の石畳をトボトボと歩いて下った。
大人に戻る目的は果たせたものの、精神的にはかなり疲れたし……俺は何か人間の尊厳を失いかけたし。
アークはかなり落ち込んでいたて、拘束具に魔気を大量に吸われたらしくぐったりしていた。
「うーむ、常時魔気を吸い取る様子は無さそうだから大量に出すと吸い取る物だろう。いずれにせよ造りが複雑すぎて迂闊に壊せん。誰かこういうものに詳しそうな人に取って貰うのが良さそうだな」
「詳しそうな人かぁ……アイツかなぁ」
確かシルバーが魔法だけじゃなく色んな分野に精通してるって聞いた気がする……あまり魔塔には行きたくないが行ってみるか。その前に服を取りに行かないとだけど。
「牧場もどうにかしないといけないしなぁ」
「あ、それなんだけど……もしかしてこの御守りが使えるんじゃないかな? 前にあの牛の黒印と同じものに侵食されかけた時にコレに守られたんだよな。上手く行くか分からないが、試してもいいと思う」
「なる程。しかし……何故それがナーガに効いたんだ?」
「さぁ……」
アイツも呪われているのか……それとも、呪いを撒き散らしてる張本人……? ウーン……やっぱまだ解決してない事が多すぎる気がする。
「いずれにせよ、一度帰って調べ直した方が良さそうだな。直接竜の国との国交は殆ど無いにせよ、出入りした者や……はたまたあの牧場のように呪いに侵食された者がいるかも知れないし」
「俺も、陛下に報告しないといけないしなぁ。……ん? そういえば、何か忘れてるような気がしないか??」
「何か……そう言われてみれば確かに……」
俺とアンバーは顔を見合わせて悩んだ。だが、剣馬鹿と筋肉馬鹿が2人知恵を合わせても何も思い出せる訳は無かった。何だっけ……何か重要な事を忘れているような……
★★★
「グアアアア!!!!」
身体中の焦げを煙と共に蒸発させ、ナーガは元の姿に戻った。全身が黒焦げになる程の火傷だったが、竜の治癒力が勝り元の美しい身体に戻る。
「………もう少しで……手に入るはずだったのに……あの男……」
ナーガが手にしかけた物はまたしてもその手を擦り抜けて行った。漆黒の騎士ジェド・クランバル……そしてその背後にいる皇帝ルーカスのせいで。
悔しさのあまり暴れ出しそうだったが、必死に堪えた。実験室はめちゃくちゃにされたが、まだ殆どの研究室が無事だった。それを壊すわけにはいかないのだ。
地面に爪を立てていると、後方の瓦礫から人が這い出て来た。男は土埃を払いながらナーガに近付く。
「いやぁ、酷い目に遭ったな。本当にもう、予想の斜め上過ぎて理解が追いつかないんだけど……あ! 女王様、やっと見つけましたよ。すみませんね、いつも遅くなってしまって。僕もあっち行ったりこっち行ったりで中々立ち寄れなくて。はい、ご注文の本ですよ」
男は鞄の中から真新しい本をいくつも取り出した。その表紙は印刷技術が精巧で、とてもこの世界の物とは思えなかった。他にも古い文献や呪い、古代の神聖魔法の本も混ざっている。
ナーガがそれを受け取ると男はニコニコと笑った。
「……其方が何なのか詮索はしない。だが、何故人間が私に協力するのだ?」
「協力? うーん……協力というか。僕はただ、貴女がしたい事があるなら僕に出来る限りで尽力するだけなんですけど。貴女がそうしてどうなるのか、それが知りたいだけなので……」
「食えない輩よ……まぁいい」
「僕の事はお気にせず、利用してくださいね」
罪悪感も何も無く、さも物語の行く末を見守るかのように現実味が無く笑う男……
胡散臭さを感じるが、ナーガにとっては大した問題では無かった。男に背を向け、ナーガは本を持ってその場を去る。
それを見送ると、男は鞄から本と赤いボールペンを出した。
表紙には美しい竜の女王の絵――その上に『竜の女王が堕ちる時』と書かれていた。
「うーん……だいぶ元の本から展開変わっちゃってるなぁ。でも凄いのが、自力で軌道修正しようとしている所なんだよなー。やっぱり竜の悪女ともなると中々つよい」
男はペンで展開を書き込むと、それを見て狐のような目を更に細めて笑った。
「どんな展開と結末になるのかなぁ……」
パタンと閉じた本の背表紙には作者の名前が――ワンダー・ライターと書かれていた。
★★★
「あ、あれ! 村が見えてきた」
石畳を下った先には抜け道の村が見えた。相変わらず閑散としているが、人間に変身している竜族達がズラっと待ち構えている様子も無く静かならばラヴィーンの騒動も知らないのだろう。
ここはスッと立ち去った方が良さそうだ。
何事も無かったかのように紳士の顔をして村を横切ろうとしたが、俺達を見るなり村人達が驚愕の表情をして何処かに走り去ってしまった。
「何でだ? 何か怪しい所あったか?!」
「いや、どう考えてもお前のその格好だろ。怪しさの塊だぞジェドお前」
アンバーが呆れたように俺を指差す。そういえば裸にタオルを巻いて剣を持っただけのただの変質者だった事を忘れていた……何処かでせめてマントか何かを手に入れたいけど、早く離れた方が良さそうなのでとりあえず村で何かを仕入れるのは諦めた。引き続き俺の尊厳を守ってくれるのは魔王領温泉のタオルだけなのであった。
ジェド達が去ったその村の宿の地下。また再び緊急招集がかけられて村民である竜族の女達が集められていた。
「皆……見たわね」
「見ました」
「しかとこの目で」
女達は先日の会議後、ある程度の結論を出していた。獣王と魔族はただならぬ関係で、子供は獣王の連れ子であり2人で育てているのだろうと。流石に魔族と獣人の子供が人間のような子供な訳が無い。恐らくは獣人と人間のハーフか何かだろうとも。
どちらが妻かについては論争が白熱しすぎて結局決まらなかったが、そこはご想像にお任せする方が皆が平和で幸せになれるだろうとグレーにした。白黒をつける事だけが正義では無いのだ。
村に平和が戻って来た矢先――先の旅人達が戻って来た。獣王に担がれた魔族は何故かぐったりしていた。手足には拘束。
そして……子供は何か大人のイケメンになっていた。しかも何故かタオル1枚に剣を携えるという破廉恥を通り越して意味が分からない格好。イケメンの厚い胸板や割れた腹筋は眼福だったが、本当に意味が分からない。
「まず第一に……何で魔族は拘束されていてぐったりしていたのだと思う……?」
大きな疑問の前に、小さな疑問の方から解決して行こうと皆は思った。ぐったりしていた魔族も中々のセクシーイケメンで皆が沸いた。拘束がまたセクシーを引き立てていて高得点である。
「やっぱり……獣王に担がれていたし、束縛愛ですかね?」
「違いない。ぐったりしていたのもきっとそういう事でしょう。何とは言えないけど愛するが故に傷付けてしまう何かがあったのでしょうね」
「納得だわ。やはり獣王の方が旦那よ」
「ちょっと待って、そうとは限らないわよ」
また論争が始まりかけたので議長が皆を鎮めた。
「静かに! そこについては想像に任せようという話で落ち着いたじゃないか! 以後その手の争いは禁止だ。で、こちらが本題だが――何でショタが裸のイケメン剣士になって戻って来たのだと思う……?」
ザワザワしていた皆がシーンとなった。想像力をフル稼働するも、納得の行く結論が出てこない。
「ダメだ……私達の陳腐な想像力では何も思い付かない!!!」
「くっ……勉強不足過ぎる……どうしても納得のいく結論が出てこない」
「私の頭よ! 想像力よ! 働けっ!!」
皆が苦しみ出した、涙した。こんな小さな村では、想像力など人並み以下にしか育たないのだ。
ふと、議長の目に何度も回し読みしてクタクタになった薄い本が映った。
それを抱きしめると――議長は皆に告げた。
「あの御方を……探そう。皆で……行こう。あの御方の元へ」
「?!」
「私達村民は……元々ラヴィーンが合わなくてこんな村で監視を行いながら静かに暮しているだけの事。ラヴィーンに未練も無ければ、この村だって訪れる者は殆ど居ない。こんな村、閉めてしまおう! 皆で――先生の所に行くのだ!!」
「議長……」
「ついて行きます……」
「私も……」
その日、ラヴィーンへの抜け道の村は閉鎖された。
その村からは11人の竜族の女達が本を胸に抱き、旅立った。
その薄い本の奥付には……帝国の住所と、作者レイジー・トパーズの名前があった。
11人のその後は番外編の方に書きたいと思っていますのでそちらをお楽しみにして頂けると幸いです。




