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竜の国ラヴィーンも優しくはない(2)



 アークはぼんやりとした意識の中に、魔王になる前のまだ子供の頃の記憶を思い出して見ていた。



 竜の国ラヴィーンに来たのはまだ母が生きていた頃。母が死ぬ前の記憶はあまり覚えておらず、モヤがかかったように薄っすらとしていた。


 父である先代魔王ベリルは、滅多に国を出る事は無かった。ただ、一度だけ母の具合が悪い時に竜の国に薬草を求めて来た事があった。

 そう、丁度今のジェド位の年頃でアンバーと同じように父が抱き上げてくれていた。記憶の中の父はアンバーほどムキムキではなかったが。


 父と竜の国の女王ナーガは前から知った仲のようだった。父の方は特に他の者と変わり無く接しているようだったが、ナーガの父を見る目――

 アークは子供ながらに良くは分からなかったが、特別執着があるような目を父に向けている気がしていた。



「ベリル様! 来て下さったのですね!」


 父を見たナーガは脇目も振らず駆け寄って来た。だが、父が抱くアークを見た時――ナーガは表情を凍らせた。


「……ベリル様……その子供は……?」


「私の息子だ。国にいる妻の具合が良くなくてな、竜の国の薬を分けて貰いに来たのだ。貴女ならば力になってくれるかと思いやって来た」


「……まぁ、そうでしたのね。他ならぬベリル様の頼みですもの、尽力致しますわ」


「そうか、ありがとう」


 ナーガは笑顔を父に向けていた。

 そう、先ほど謁見した時に心が読めなくて不気味に感じたもの……それは子供の頃、ナーガに初めて会った時に味わったものと同じだったのを思い出した。


 ナーガの貼り付いたような笑顔からは何も読み取れなかった。


「――――――」


 父の元を離れた時、ナーガが自身に何かを言ったような気がした。


 だが、それが何なのか余りにも記憶が曖昧すぎて思い出せなかった……



 ★★★



「ベリル様……」


「え……?」


 意識がはっきりとした時、目の前にはナーガがいた。


「ここは……」


 周りに視線を送ると、そこは柔らかな布が沢山敷き詰められていた。そこは竜の寝床のよう。

 辺りを探してもジェドやアンバーの姿は無く、自分1人だけが手足を拘束されたままそこに横たわり、ナーガに見下ろされていた。


「お前……っ」


 ナーガの目はあの時父に向けていたものと同じだった。――特別な執着心。今それを向けられてハッキリと分かった。この女は……父に焦がれていたのだ。


「分かってると思うが、俺は魔王ベリルじゃない」


「……知っているわ。あの時の子供でしょう? ……ベリル様と同じ緑の美しい髪、同じ匂い……」


 背中がぞくりと寒くなった。何を考えているのかは全く分からなかった……が、髪に触るナーガの指がまるでどす黒い染みのように自分に粘りつくようだった。

 言葉を発せぬままナーガの手が目の前まで降りて来た時、その表情は恋い焦がれるものからあの記憶の中と同じ、貼り付いた笑顔に変わった。


「でも……その目だけはダメね。あの女の紫の宝石眼と同じ色だから」



 アークは思い出した。あの時も同じ顔で幼い自分に言っていた。



『その目だけはベリル様に似ていないのね。……誰のなの?』



 ★★★




「……この檻ってお前のその無駄な筋肉でぶち破れないのか?」


 一方その頃、檻に閉じ込められていた漆黒の騎士団長ジェド・クランバルと獣王アンバーは何とか脱出しようと頑張っていた。


 だが、いかんせん俺は今子供なのである。子供が何を頑張ったって無理に決まっているが……


「無駄な筋肉とは何だ! 筋肉に無駄なぞ無いぞ。だが……多分痺れるような薬が入っていたのだろう。確かに何かジャリジャリするなぁとは思っていたが、喉が乾きまくっていたので何杯も飲んでしまった。この通り力が入らん」


 頼みの筋肉獣人も手に力が入らないのか檻を少し歪ませるだけだった。いや、ジャリジャリしてたら言えよ。何お前だけ余分に盛られに行ってんだよ……


 諦めて檻の外を観察すると、そこには何をするのか分からない設備があった。一瞬拷問器具に見えたが、それにしてはナイフの類が小さいような気がするし、薬や包帯などの回復用具も沢山置いてある。何ここ。


「なぁ、この檻の外に見えるヤツって何に使うんだろうな? 捕まえて拷問、とは何か違うような気がするんだが……」


「うーむ……そういえば竜の国は医療や薬の研究が盛んとか言っていたが……あ! もしかして人で実験してるんだったりしてな。おお、ならば竜の国に若い健康そうなヤツがよく入国し易いのは、もしかしてそういう実験に使うからって事か?!」


「バカ、お前そういう話は止めろよ。洒落にならないだろ……いやマジで」


 ……


 シーンと静まる。


 ガチャリ


「?!!」


 静まったタイミングで檻の外の扉が急に開いたので俺達は身を寄せて檻から飛び退いた。

 お願いだからヤバイ人体実験は勘弁してください!!!

 ――と、やべえ医者や狂った研究者が入って来るのを想像したが、そこに入って来たのは想像とは違う1人の優男だった。


「……ん? あれ?」


 その男はこちらを見て驚いたようにくちをぱくぱくさせている。

 そういえば……何か見覚えがあるような気がするんだが……誰だっけ?


「え??? 貴方は……というかこんな所で何やっているんですか????」


 男は俺を指差し、狐のような目を細めて困っていた。え? やっぱ俺の知り合い? えーっと……?


「あー! お主、本の行商人じゃないか! いやぁ、どの本も素晴らしかったぞ! ヤバイ、人生観が変わった! 会ったら礼をせねばと思っていたのだ!!」


 アンバーもその男を知っていたのか、その姿を見るなり嬉しそうに言った。


「ん……本? ……あーーー!!! あれだ! お菓子工房に居た変なヤツ!! え?? アンバーも知り合いなのか???」


「……もしかしてまた僕の事、忘れられていたんですか?」


 狐目の男はガックリと肩を落とした。



 話を聞くと、どうやらセリオンの王城でアンバーに悪役令嬢の本を売りつけたのはこの男らしい。なんて迷惑な事を……あ、いや、そのおかげで助かった所もあるから迷惑ってばかりじゃないのか。


「ええと……そう言えばそなたの名前を聞き忘れていたな」


「それは失礼しました。僕はワンダーと申します。あの本を気に入って頂けて嬉しいです。獣王様ならばきっと気に入って下さると思っていたのですよ」


 狐目の男、ワンダーはニコニコとして上機嫌に檻越しに話をした。


「そうか……で、ワンダーはこの国にも本を売りに来たのか?」


「あ、まぁそんな所です。こちらの女王は定期的に新しい本を購入してくれるお得意様でして。何回も来てるから慣れていると思ったんですが……迷っちゃったみたいで。ハハ……それより、ここ実験室ですよね? 何でお2人はこんな所で檻に入っているんですか?」


「……何でなのかは俺達が聞きたい位なんだが。ん? ワンダーにはここが何の部屋だか分かるのか?」


「ええまぁ……何せ、ここに入荷しているのが医療系の本ですから」


 ワンダーは鞄の中から、バサバサと本を出した。

 そこには見た事の無い人体の図解や薬品、薬草、マジックポーション……等、辞典や図鑑が沢山出てきた。


「こちらの女王がそちら系の資料を御所望なので結構前から入れているんですよ。ほら、ここに書いている人体の解剖図とか、あちらの魔術具で調べたり実際に見たり出来るんですよ確か」


 ワンダーが指す本を見てゾッとした。え? マジでここ……そういう所なの?


「ううむ……これは、冗談では無くなってきたかもしれないな。ただの噂かと思っていたが……竜の国は一体何を行っているんだ?」


「早い所出た方が良さそうだな……なぁ、その辺にこの檻の鍵とか無いか?! いや、それよりワンダー、お前ってこの檻壊せる位の力とか! ……ある訳無いよな……」


 ダメ元で聞いてみたが、ワンダーは困った顔で肩をすくめた。


「いやぁ……申し訳ないんですが、僕は特技も何も無い、ちょっと本に詳しい位のただの行商人でして……」


 ほらほら、とワンダーは鞄から本を出しまくった。……そう言えば何かコイツの鞄、大きさの割に本がめちゃくちゃ出てくるんだが……マジックバックか何かか?


「……なぁ、ちなみになんだが、アレルギーの本とか、直す方法とか薬とかに詳しい本って……あったりする?」


 流石にそんな都合の良い本がある訳――


「ああ、ありますよ」


 ワンダーは鞄をゴソゴソと探し、何冊かの本を取り出した。いや、あるんかい。

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