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閑話・アンバー・ビーストキングという男★

 

挿絵(By みてみん)


 獣人の王、アンバー・ビーストキングは獣人の国セリオンの若き王である。


 その男の記憶の始まりは未開の密林だった。

 気が付いたら密林で目が覚めた彼は、生き延びる為に強さを求めた。

 頼れる者は己のみ。過酷な生活を乗り越え、彼が密林を出て草原へと旅立った時、まだ彼は人間でいうと成人するより少し前の年齢だった。


 その頃のセリオンは人間に恨みを持っている者も多かった。後で聞いた話では奴隷や過酷な労働環境に置かれた獣人が数多く居たらしい。


 だが、アンバーには何も関係無かった。

 密林で育ったアンバーを最初に助けてくれたのは人間だったから。

 その人間から、この草原にはセリオンという国があり、そこには自分と同じ獣人がいる事を聞いた。


 その人間に教えてもらった通りセリオンに行くと、そこには確かに同じような獣人が沢山いた。


 その頃の獣人達は、戦争がしたい者と争いを止めたい者、疲弊する者に分かれていた。

 アンバーを助けてくれたその旅人も、人間がこの国ではなかなか受け入れて貰えず、そこに来て戦争を仕掛けたいような不穏な動きもあると困っていたのを思い出した。

 若者や女子供は特に疲弊していた。


 密林で生き残る為だけに育ったアンバーには憎しみや野望や打算等はよく分からなかった。だが、困っているならば止めようかと思い、この国をどうしたらいいのかと困っている者に尋ねた。

 この国で全てを止めるには力が必要らしいと知った。


「? そうか。誰を倒せばいいんだ?」


 アンバーは言われるがままに城に行き、そして言われるがままに王と戦った。気が付いたらこの国の王になっていた。

 そこで、この国では決闘をして勝てば王になれるのだという事を初めて知った。


「うーん……? なるほど?」


 とりあえず皆に戦争を止めろと言った。反対する者はいなかった。この国では力がある者が法律だったのだ。


 よしよし、概ね困っている者の希望は叶ったなと――とアンバーは思いながらもはたと気が付いた。


「で、その後どうしたらいいんだ……?」


 アンバーには何一つ分からなかった。

 ふと、旅人の言葉を思い出した。彼は帝国から来たと言っていた。帝国という所もまた王が変わったばかりだが、その若き皇帝は国の事、民の事を第一に考えていて未来を見据えた方だから良い皇帝に……良い国になるだろうと言っていたのだ。


「なるほど。よく分からんが、そいつに聞いてみよう」


 思い立ったアンバーは帝国の若き皇帝を尋ねた。


 皇帝は何故か驚いていた。何で驚いているのかはアンバーには分からなかったが、よくよく話を聞くと獣人が帝国を訪ねる事すら珍しいのに、獣人の王自らが会いに来るなど前代未聞で、ついに戦争を仕掛けに来たのかと思ったと汗を拭きながら話していた。


「済まないな。俺にはその……常識とかそういうのが一切分からない。気が付いたら王になっていた。だが、俺が王にならないと困る人も沢山いるのだ。お前は良い王だと、俺を助けた人間から聞いた。俺の……力になって欲しい」


 アンバーが何故良い王になろうとしたのかは誰にも分からない。だが、何処の誰から生まれたのかも分からない彼は、誰よりも獣人の未来を考えていた。闇雲に死ぬより、生きる大切さを知っていたから。


「私で良ければ……いや、それは帝国にとってもこの上無い申し出だ。共に国を善く導こう、アンバー王」


 そうして、ルーカスの手助けによりアンバーは色々なことを学び、今の獣人の国セリオンが築かれて行った。

 人間を恨む年寄り達の蟠りはまだ完全には解けてはいないが、アンバーに文句を言う者は誰もいなかった。


 これが獣人の国セリオンの王、アンバー・ビーストキングという男の話である。



 それはそれとして、このアンバーという男――お分かりのように色恋という物を一切知らずに育った。

 セリオンに来てすぐに王となり、国を導かなくてはいけない運命に置かれた彼にはやる事が多すぎてそんな暇など無く……そもそも恋なんて全く知らない。


 たまに街中で恋人を見た時に、そういう物があるのだなと思う程度でそもそも興味が無かった。



 そんな中、アンバーの元に行商人が本を売りに来た。


 字はある程度教えてもらい、勉強の為本は読んだりもしたのだが、物語という物はアンバーにはあまり身近ではなかった。だが、勧められるがままとりあえず何冊か買ってみた。最近国の運営も順調で丁度時間も出来た所だったのだ。


 アンバーは早速寝る前の暇つぶしとして寝所で買ったばかりの本を読んでみた。


「物語か……俺がそんな物で楽しめるだろうか?」


 最初に手に取った本は、『荊棘の道の先にある恋物語』という恋愛小説で、主人公の女が悪役である女に虐められながら男と恋に落ち、最後に幸せになる……という内容だった。虐めていた女は報いを受けて処刑された。


(なるほど、確かに悪い事をすればそうなるな。自業自得だろう。主人公も幸せになって良かったな)


とまあまあ納得した。そして、恋愛小説とはこんなものか……と本を閉じた。


 そんなに面白いものでは無いなと本を閉じたが、ふと隣に詰んであった本に『荊棘の道の先にある恋物語(改訂版)』というのが見えた。


「……改訂版?」


 気になってアンバーがその本を捲ると、それはさっき見た物語とは180度違う話だった。

 主人公は元の小説の女ではなく、虐めていた悪役の女の方だった。しかもその悪役の女は異世界人であり、自分が悪役令嬢として処刑される事を知っていたのだ。

 アンバーは全てが『???』だった。元の小説とまるで違う。

 悪役令嬢はその運命を逃れる為に奮闘した。誤解されて嫌われている自分を何とかしようと健気に頑張っている姿は涙無しでは語れなかった。

 最後に運命を打ち破り、婚約者とは違う男とハッピーエンドになった一文を見た時……アンバーの目から涙が溢れていた。


(なんて事だ……なんて事だ……)


 と、アンバーは本を濡らした。


 はっと気がつき積んである本を見た。そこにはやはり『(改訂版)』と書いてあるものやそうでない物もあったが……アンバーはそこに描かれている様々な悪役令嬢にハマってしまった。

 時にツンデレとかいう普段ツンツンしているのに急にデレっとした態度が可愛い女の子がいたり、また時にはクールなのにドジっ子みたいな女の子が出てくる物もあった。

 または悪人顔から悪役令嬢として誤解されている可哀想な女の子の話もあった……


「……世の中にこんな物があったとは……」


 気がつくと朝だった。


 アンバーは信用の置ける側近を呼び出し告げた。


「……済まんが、俺はしばらく留守にする。その間の事を任せていいか?」


「えっ? まぁ、今のこの国に謀反を起こしたりアンバー様に挑戦するような野心の有る者など居ないはずなので大丈夫ですが……どちらに行かれるのですか?」


「俺は……本物の悪役令嬢が見たくなった」


「悪役令嬢……とは?」


「……コホン。つまり、嫁探しの旅に出る」


「?! そ、それは素晴らしい!! 我々一同、全面的に協力しますので! 心置きなく行ってください!! 国の事はお任せを!!」


 家臣達は心優しき王が国の事にかまけ過ぎて余りにも色恋に興味が無いので心配していた。が、やっとその気になってくれたことに心から喜んだ。

 皆、王の不在中の国の事は何とかしなくてはいけないと心から協力した。



 ……という事があり、アンバーは旅支度を整えてジェドの泊まる宿に向かったのである。

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