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始まりは子供の夢の村★


 

 漆黒の騎士ジェド・クランバルと魔王アークは、酪農について専門家に学ぼうと、その業界に詳しいという獣人の国に来ていた。


 獣人の国の首都に行くにはプレリ大陸の大草原を数日走らなくてはいけないのだが、ゲート近くで巨大ハムスターの乗り合いタクシーに乗る、という出だしからよく分からない状態のまま走り出した俺達だったのだが……

 そのまま寝泊りに立ち寄った宿場町で、また訳の分からない事態に巻き込まれていた。



「……子供になってしまった」


 子供の遊ぶ声に起こされた夜中――俺とアークは2人、ダボダボの服を着て顔を見合わせていた。


 お互いを見る限り、歳は4から6歳位。夢かと思い頬をつねってもみたのだが、どうも夢じゃない。

 窮屈だったベッドは広く天井も高くなっていた。

 服はそのままだったので袖が長くて動きづらい。アークも上着を重そうにバタバタとしていた。


 外が子供の遊ぶ声で騒がしく、窓を開けて外を見ると夜にも関わらず沢山の子供達が遊んでいる。


「あんなに子供いたっけ……?」


「……あの子供、恐らく昼間見たオッさんだろう。思考が一緒だ」


 アークの指差す先には、確かに昼間見たオッさんによく似た子供がはしゃいでいた。


「うーん……つまり、昼間見た大人が子供になっているって事か?」


「或いはこちらが本当で昼間が大人になっているだけなのか……何にしても俺達までこんな姿になっているのには何か原因があるのだろう。とりあえず誰か説明してくれそうな人を探そう」


「そうだな――あでっ!」


 ベッドから降りて歩こうとすると長いズボンに足を取られ転んでしまった。


「……まずは服をどうにかしないとだな」


 俺達は荷物の中から比較的薄手のシャツとズボンを取り出した。ベルトは長さが足りないので紐で結び、袖や裾を織り込んで何とか外に出られるような格好にした。


 宿の入り口に降りてみたが、受付に人は居なかった。

 外に出ると子供達だけでかなり沢山の人数がいて、皆が思い思いに遊んでいる。

 村に着いた時は薄暗くて分からなかったのだが、宿の近くにはかわいい遊具のある公園があった。道で落書きして遊んでいる子供、鬼ごっこをしている子供……とにかく子供だらけで大人は1人もいない。


「隣の宿にも、そっちの宿にも……大人は1人も居ないな。やっぱ全員子供になってしまったって事だろうか」


「いや……子供になってない奴もいる」


「え?」


 アークが指差す方、泊まっている宿の小屋の巨大ハムスターは大きくなっていた。……というよりは俺達が縮んだのでその分大きく見えただけだが。


「はしゃいでる子供の中には獣人もかなりいるが……だとすると同じようにハムスターも子供になっていていいはずだ。だが、あいつは大人のままだ」


「……俺にはあの巨大ハムスターが大人なのかもっと大きくなるのかはあまりよく分からないが」


「ああ見えて思考は結構大人だぞ」


 アーク曰く、ハムスターはあんな平和そうな顔をして難しい事を考えているらしい。


「んー、しかし益々分からんな。何で俺達も含めて宿泊客だけ子供になっているんだ?」


「……食べ物か」


 確かに、ハムスターには最初の関門所で課金して買った野菜をあげていた。対して俺達は宿で出された夕食を寝る前に少し食べていたのだ。


「そういえば、宿の受付の獣人の女が『初めてですか?』とか、『楽しんでくださいね』と言っていたな……どう考えてもこうなる事を知っていてそう言ってたようにしか思えない」


「そういや宿に居なかったけど……どこに行ったのだろう」


 子供が遊び回る街中をかき分けてしばらく探し回ると、噴水の所に座る1人の女性を発見した。確かに宿で見たお姉さんだが、ため息をついて妙に疲れてるように見えた。


「あれってそうだよな。何か……何だろう? ああいう顔……どこかで……」


 ああ、何か育児疲れしてるお母さんとかがする顔に似てる。家族多い家のお母さんとか乳母とかが疲れた時あんな顔するなぁ。


「いや、マジでそんな顔らしいぞ」


「んそうなの?」


「……はぁ。疲れた……」


 犬の獣人のお姉さんは宿に入った時の和かな笑顔はなくぼんやりとしていた。


「あの……」


「え? ああ、あなた方は今日初めて来られた方々ですね。楽しんでいますか?」


「いや……というか、俺達何も知らずにここに来てしまったんだが……ここは一体何なんだ?」


「え……何も知らずに? そんな人がいるんですね。ここって草原の中でも小さな村で名前も怪しいし見た目も変だから目的が無い限り中々泊まりに来る人も居ませんけどね」


 ……言われてみればその通りだ。何で何の疑問も持たずに泊まったのだろうか。ハムスターのファンシーさに驚いてそこで判断力が鈍っていたのだろうか。それとも何かに吸い寄せられたのだろうか。


「ここは『子供の夢』の村と書いてあった通り、一晩だけ子供に戻ることが出来る村です。夜鳴き茸というこの草原にしか生えない特殊な毒キノコを食べると一晩だけ子供になれます」


「……毒キノコ」


 ああ……確かに夕食にキノコ入ってたわ……


「しかし何で草原にこんな村があって、しかも割と流行っているんだ?」


「……ジェド、それはあまり聞かない方がいいかもしれないぞ」


「ん?」


 アークは途中から何か色々察したのかお姉さんと同じように疲れた顔をしていた。


「……実は、私子供が大好きで。つい出来事で宿に泊まりに来る人にこの辺りに生えているキノコをコッソリ食べさせていたんです」


「それまた何か特殊な話だな」


「誤解しないでください! 本当に子供の寝姿とかを楽しんでいただけなんです! 私たち獣人は特に子供が大好きな種族が多くて、それにこのキノコの効果は一晩だけなので朝には元に戻ります。所が、ある時夜中に目を覚ました子供がいて……バレてしまったんです。私、てっきり咎められるかと思っていました。けれど、何故かそのまま喜んで外に遊びに出かけ、満足して帰っていきました。そしてその方はまた後日同じように泊まりに来たのです」


「……一晩だけでも子供に戻れたのが楽しかったのか?」


「そうみたいです。何か、その方忙しい商人だったのですが、仕事に疲れていた心が解放されたって言っていました。そして、また同じように疲れた仲間を呼び泊まりに来て……噂が噂を呼び、いつの間にか一晩だけ子供に戻れる夢のような宿場として知る人ぞ知る特殊な村と化してしまったのです……」


 疲れた涙を流しながら犬のお姉さんは語った。

 あー、確かにちょっと子供の寝顔を楽しむだけが、毎日毎日年配の人が子供になりに来て夜もこの騒ぎだったら疲れるよなぁ……


「そりゃ、普通にバイトなり人を雇った方がいいんじゃないのか? 需要があるなら立派な産業だろうし、獣王に相談してはいかがだろうか」


 アークが至極真っ当な事を言い出した。確かに。変なヤツが始めて変なヤツが集まっているとは言え需要が沢山あるみたいだしなぁ。


「こんな事を相談して国として受け入れてくれるかしら……」


「まぁ、その辺りは相談してみないと分からんがな」


「分かったわ。ありがとう。ただ、私、この宿場村をほぼ1人で切り盛りしていて離れられないの。貴方がた、もしこれからセリオンの首都に行くようなら獣王様に書簡を届けて頂けないでしょうか」


「丁度その獣王に会いに行く所だ。ま、これも何かの縁だからその話受けるよ」


「ありがとうございます」


「ところで、この姿……いつ戻るんだ?」


 流石にこの姿で獣王に会いに行くのはなぁ……


「ああ、キノコの効果は一晩で消えます。明日の朝になれば元の姿に戻るでしょう」


 そうか、良かった良かった。


 国に相談する為の書簡は明日の朝までに用意するとの事で、俺達は宿に戻り朝までゆっくり休む事にした。

 やはり漆黒の騎士団長がこんな『ちっこくのきちだんちょー』だと格好つかないしな。朝にはカッコいい俺に戻っているだろう……



 ★★★



 うつらうつら、ふわふわした夢の中、外は大人のザワザワとした声で賑わっていた。


「おい――ジェド――」


 うっすらとアークの聴き慣れた声が聞こえて目をゆっくり開けた。そこには大人に戻ったアークの姿があった。


「ああ……もう朝か? 良かった……元に戻ったんだな……」


 アークは何故か青い顔をしていた。そしてそのまま俺の腕を引き、また鏡の前に連れて行く。


 そこに居たのは元に戻ったカッコいい俺……ではなく『ちっこくのきちだんちょー』の俺のままだった。


「……え?」


 何で???



挿絵(By みてみん)

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