ワイナリーと謎の酔っ払い(後編)
ワイナリー見学に来た俺達は、何故か酔っ払った名前もよく分からん女に酒を飲まされていた。
女が酔いつぶれて寝てしまったと思ったら……今度は何故か三つ子の1人がめちゃくちゃ酔っ払っている。3人共同じように飲んでいて何故コイツだけ弱いんだ……?
「おーい、ジェド、ここに座りなさい」
「え?」
おいコラ、お前今呼び捨てにしたよな、我騎士団長ぞ?
と思ったら他の2人が慌ててそいつの口を押さえ止め始めた。
「ば、バカ! いくら酒の席は無礼講だからって呼び捨ては良くないぞ!」
「なー、トルテ、お前は騎士団長の部下のトルテなんだぞー? 口の聞き方には気を付けろー!?」
どうやら1人だけ酔いがかなり回っている奴はトルテらしい。所でこいつら何でそんなに慌ててんだ?
「んー……? あー! そうだった! 私……じゃなかった俺は今三つ子のトルテだったねー! こいつはいけねぇっス! あはははは!」
「……なぁ、何かコイツおかしくないか?」
「え?! 嫌だなぁ、気のせいっスよ! ワイン飲み過ぎましたかねぇ? はははは」
「団長もほら、飲んで飲んで!」
ガトーとザッハがワインを注ぎ足して来た。うーん、変なのは酔っているせいなのか? まぁ、同じ三つ子の2人がそう言うんだからそうなんだろう。俺は深く追求はしない、心の大きな男なのだ。うん。
「ジ……じゃない団長ー、団長はわた……魔塔主の事どう思いますかー?」
「え? 何で急にシルバーの話?」
「あ、ああー! こいつ確か、以前魔法都市でバイトしていて魔塔主様と知り合いらしいっスよ!」
「やっぱ知り合いの事は気になりますよねー?」
「ん? そういやそんな事言ってたな。アイツと知り合いなんて可哀想なやつ」
2人がほっとしたように息をついた。なんなんお前ら……
「可哀想……」
トルテは何故かシュンとしていた。お前も何で?
「やっぱ……団長も魔塔主と一緒にいる奴は可哀想だと思います……?」
「まー、だってなぁ……あいつ魔法の事ばっか考えてるし、魔法での襲撃推奨してるとか強力な魔法受けたい願望とかヤバすぎるだろ。そのせいでこの間どんな目に遭ったか……ん?」
近くでカタカタ音が鳴るなと思ってそちらを見たらワインの瓶が1つふわふわと浮いていた。なんだろうこれ。幻覚……?
「まぁ、度が過ぎる所はあるけどあいつの魔法にかける真剣さは単純に凄いとは思うが……」
ん? 何故か今度は瓶が下がった。何だ?
「だからって魔法マゾまでなっちゃうのは引くよなぁ……」
ん……? また浮いた。何これ? どういう仕組みなの??? 何と連動してるの???
すると気が付いた三つ子の1人がその瓶を掴んで後ろ手に隠した。
「あはははは!! 何かここのワイン生きがいいっスね!」
生きがいいと浮くのか……? 全然分からん。ダメだ、何か飲み過ぎて流石に正常な判断が出来なくなってきた。
「……やっぱり団長はそんなヤツ嫌ですよね……」
トルテが泣きだした。何コイツ、泣き上戸? 何でそんなにアイツの肩持つの??
「まぁ、お前が何でシルバーの心配してんのか全く分からんが、俺は別に特別嫌いとか無いぞ」
落ち込んでいたトルテが驚いた表情でこちらを見た。
「え??? だって、魔法が好きすぎて周りに迷惑かけてる性格悪いやべえ魔ゾだよ??」
いや……俺はそこまでは言って無いと思うが? お前魔塔主に失礼すぎん?
「俺は別に、性格が悪かろうがヤバかろうが今まで特段人を嫌いになった事は無い」
「あー、団長ってあんなに悪役令嬢に絡まれても、二度と来るな! とか面倒臭い、とか口では言うけどちゃんと相手してやってますしねー」
そう。俺はどんなヤツでも特段誰かを嫌いになった事は無い。昨日あった嫌な事は寝て忘れるタイプだしな。あと世の中にはやべえヤツ山ほどいるからシルバーなんてまだマシな方である。マシか……? うーん。
「え……じゃあもっと迷惑かけてももっと変なヤツでも嫌いにはならないって事……?」
「いや……まぁ度合いにもよるが、多分大丈夫だと……思う。多分。なんなんだその質問」
俺の返答にトルテは機嫌が直ったようでニコニコした。コイツ……酒飲ませたらこんな面倒臭くなるのか。
「そういやシルバーは皇城で大人しく調べ物しているらしいからなぁ。何かお土産買っていくか。トルテはシルバーが何欲しいか知ってるか?」
「ふふ、多分何でも喜ぶと思うっス、ふふ」
何が嬉しいのか分からんがめちゃくちゃ上機嫌になりニコニコ笑っていた。その様子を見てガトーとザッハが安堵の溜め息を吐いている。兄弟が機嫌直って良かったな。
「ジェド殿、お前たち、これは一体……」
お菓子工房のひと段落がついて到着した伯爵が、ワイナリーの様子を見て唖然としていた。
ああ、そう言えば俺達何でこうなったのか原因を探ってたんだった。本当、一体何なんでしょうねコレ。
「あ! コバルト様!!! もしやと思ったら……やっぱり貴女の仕業ですか。ああ全くもう」
「ん? 伯爵はこの様子が何だか分かったのか?」
「というかその人、責任者って言ってたけど……」
そう言われて伯爵は困ったようにコバルトを見た。
「まぁ……責任者で合ってるが。彼女はコバルト、腐食の精霊です」
「腐食って物を腐らせたり発酵させたりするって事か」
「はい。彼女は元々精霊国にいたのですが……そういう精霊だから散々悪者扱いされて精霊国を出て来たのです。その途中でこの領地に立ち寄った際に、ここの仕事を手伝ってくれないかと打診しました。コバルト様はよく働いて下さりました。ここのワインの質はコバルト様が管理して下さってからぐんと上がりました。今度チーズ作りもお願いしようかと工房建設を予定している位なんですよね」
「なるほど……じゃあ順風満帆じゃないか。何でこんなに飲んだくれているんだ?」
「実は……この間、立派に役に立っている姿を自慢しようと精霊国に戻って見たものの、なかなか信じて貰えずやはり悪者扱いされて泣いて帰って来たのです。やるなーとは思いましたがここまで飲んだくれる程落ち込んでいたとは……コバルト様、コバルト様」
「ううーん……シャトー……私は……役に立ってるよなー」
「もちろんですとも。貴女がいないとこのワイナリーはやっていけません。それに、新しい工房も建設する予定でしょう? 故郷に行かずとも、世に貴女の作った品々を広めて見返してやりましょうよ? まだまだ貴女の力はそんなものでは収まりませんぞ?」
「シャトー……」
コバルトは伯爵に抱きついて泣いた。……ん? 何か、大丈夫な感じコレ? 既婚者だよな伯爵……
「ありがとう、私は元気になったぞ。酔いもだいぶ醒めた。ところでこの方々はどなたかな?」
おいコラ。散々酒を浴びせておいて覚えてないんかい。
「彼は皇室騎士団長のジェド・クランバル様で、そこにいる3人が私の息子のガトー、ザッハ、トルテです。3人とも皇室騎士団員なのですよ」
こちらをまじまじと見たコバルトは顔を赤らめた。
「なるほど、素晴らしいイケメン揃いじゃないか! やるな、シャトー! 私はイケメンが沢山いて、仲良くしているのを見るのが非常に好きなのだ。よし! 元気でたから働くか! お前らー! 起きろー!」
コバルトは元気が出たのか寝ている工房員を蹴り起こし作業に戻った。男が仲良くって……腐食の精霊だから……?
何にしてもはた迷惑な精霊である。




