ワイナリーと謎の酔っ払い(前編)
「あれ? そう言えば何か忘れてるような……?」
突然始まったショコラティエお菓子工房暴走騒動? は何だかよく分からないうちに鎮静化した。
原因は魔塔から派遣された技術者である魔女達のご乱心らしいが、意外にも工房への被害は少なく、むしろ新しいお菓子の誕生に伯爵は大喜びだった。
陛下への献上品はそのお菓子にする事となった。ちゃんとした物を作るには少し時間がかかるらしいので、その間に自慢のワイナリーを見学してはいかがかと伯爵に提案されて、俺達はワイナリーへと向かっていた。
ワイナリーはフルーツパークのすぐ近くにあり、ブドウを始めとしたフルーツを醸造して作られるそうだ。
工房では試飲も出来るらしいので、俺達は意気揚々とワイナリーへ向かった。移動は相変わらず乗り心地のいい荷馬車だが。
「団長は記憶力がヤバイですもんねー」
「結構な頻度で事件に巻き込まれる身にお前もなってみろ。1人1人なんか絶対に覚えていられないぞ」
「悪役令嬢に絡まれるのは団長の特技だからなぁ、俺にはマネ出来ねッス」
「何か最近は悪役令嬢亜種というかただのやべぇ女にも絡まれて来てますしねぇ」
「それ、ただ女運悪いだけじゃね」
「その言い方だと俺が付き合った女がヤバイやつみたいだが……言っておくが俺は今まで誰とも付き合った事も無ければ良い感じになった事も無い。潔白だぞ」
「いや潔白の童貞自慢されても……」
「それで、忘れてるのは悪役令嬢か何かの話ですか?」
「いや……」
何だろう……何か重要な事を忘れた気がする。ま、いっか。思い出せない位ならさして重要でもないだろう。
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「あ、あれじゃね?」
しばらく山道を戻った先に見えてきたのは煉瓦造りの建物だった。周りにはブドウ畑が広がっている。
建物に近づくとブドウの香りが強くなり、木桶に山積みになったブドウが沢山置いてあった。
「ワインといえば主にはブドウを圧搾して発酵させたものだけど、ここでは他のフルーツを使ったワインも作られているんスよね。りんごとか苺とかメロンとか」
「おお、それは楽しみだな。なかなか城だと雑務で忙しくてゆっくり飲み会も出来ないしな。陛下にもお土産に持ってってあげよう」
ワイナリーの入り口近くに荷馬車を停めて降りたのだが、建物はしんと静まり返っていた。
「あれ? ワイナリーに着けば誰か出迎えてくれるって父さん言ってたよな……」
「何か様子がおかしくないか?」
建物の入り口は空いていた。その近くには数本のワインの瓶が転がっていた。
警戒しながら中を覗く……すると沢山並ぶワイン樽の近くに何人もの工房員らしき人が倒れていた。
「お、おい! 大丈夫か?!」
「こ……これは……」
倒れていた1人に近づいて抱き起こす。
……酒臭い。
その人はワイン瓶を片手に酔いつぶれて眠っていた。
「あー……こっちも完全に酔いつぶれてますね」
「みんな単純に酔っ払って寝てるだけみたいッスけど……何で昼間から皆こんな状態なんだ?」
ワイナリーの中の人達は全員、ワインを飲んで酔いつぶれていた。どこの部屋を見ても皆が潰れている……そこまで来ると異様だ。単純に昼間から酒盛りしてしまったにしては度が過ぎている。
「何かの事件っスかね……」
「うーむ……」
「団長ー、何かこっちに変な奴いますよー」
奥の蔵を見に行った三つ子の1人が俺達を呼びに来た。
そいつが指し示す方には、確かに変な黒いマントを羽織った女が浴びるようにワインを飲んでいた。いや本当に浴びていた。
ワインまみれの女はこちらに気づくと手招きをした。
「……なんれ、あんたらシラフなわけ?」
「シラフって何だ?」
「多分……『何で酒飲んでないんだ?』みたいな事だと思うけど……何でと言われても今来たばかりだからなぁ」
俺達が困惑していると女はコップにワイン樽からワインを注ぎ始めた。
「のめ……そしてあらしの話をききらさい!」
「え、いや……」
話を聞きたい気持ちは山程あるが……
「勝手に飲んでいいのか?」
「いーの、あらしがここの責任者みたいらもんらから!」
「いやお前が責任者なんかい」
「まぁ、どの道なんでこうなったか聞き出さないといけないので……大人しく従っときますか」
そんなこんなで、俺達はワイナリーに着いて早々に何の事件に巻き込まれたのかも分からぬまま酒盛りをする羽目になってしまった。
俺はワインの事は全然分からんし実は美味しさも分からないから正直苦手だったのだが、そのワインは飲みやすくて中々に美味しかった。
「ん? 結構いけるな……」
「でしょう? 団長ワイン苦手だって言ってたから、一度うちのワインを飲んで欲しかったんスよね。こっちのデザートワインとか炭酸入ってるヤツとかも飲みやすいですよ」
三つ子の1人に教えられたワインを飲むと、確かに甘くて飲みやすい。ワイン好きのヤツが勧めるのはコク深いだの渋いだののワインが多かったのだが……こんなのもあるのか。流石地元で作ってるヤツらのおすすめは違うな。うんうん。
「それで、何の話を聞いてほしいんスか?」
そうだ、俺達はただ飲みに来たんじゃなかった。理由を聞かねばならんのだ。
すると女は大泣きし始めた。
「聞いれくれるのー? 聞いれよー!! あらしはねー、あらし、ここれまいにち頑張っれるろろー! それなろりひろいんろろー!! あらしのころ世間じゃ悪もろあつかいひれーー!! あらしはれー!! あらしはーー」
「……」
うーん、何言ってるか全然わからん。
「なぁ、これ……話聞くには酒が回り過ぎて遅いんじゃないのか?」
「あのー、少しお水飲みません?」
三つ子の1人が水を持って来たが、女はそれを受け取る事なく怒り出した。
「あーん? みるー? みるなんかのめるかーーい!!!」
女が指を鳴らすと樽のいくつかの蓋が開き、俺達の上に次々と中身が降ってきた。
「ぶわっ!!」
「うわっ、ひでぇ……」
「きゃははははは!!! みるも滴るいいおろこらろー……」
女は派手に笑い、眠そうに目を伏せ始めた。
「おいこら、勝手に寝るな!」
女を揺するが、酔いが余計回ったのか、目をくるくると回し始めてバタンと倒れてしまった。
「あー……ダメだこりゃ」
「しばらく寝たら酔い覚めますかね……」
酔いつぶれて寝てしまった女をそのまま寝かす。
さっきの樽酒攻撃のせいか、動くと少しくらっと来た。
「ヤバイっスね、さっきのヤツで俺達も結構回ったかも」
「そうだな……水を――」
水を取りに行こうとした時、三つ子の1人が俺の手をガシっと掴んで止めた。
「……ん?」
「ふ……ふ、ふふふふふふ」
見ると1人だけ何故かかなり酔いが回っていた。何故1人だけそんなに?
「……? 何でこいつだけめちゃくちゃ酔いが回っているんだ? お前らほぼ一緒だったよな。まさか1人だけ弱いなんてこと無いだろうし……」
残りの2人に問いかけたが、2人とも顔を青くした。
「あ……」
「えーと……」
え? 何……?




