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お菓子工房と誰だかよく分からない男(前編)


 

 山道を走る荷馬車。

 俺達はフルーツパークで採れた野菜や果物を乗せてお菓子工房へと移動していた。


「これから行く工房は、ショコラティエ領の自慢の美味しい湧水を利用して氷菓や餡菓子等が作られています。フルーツパークで採れた果物も運ばれてその材料になるんですよ」


 山道の合間、景色の開けた先に大きな工房が見えてきた。近くには川も流れて湖が見える。確かに透き通った美しい色をしているが……美しい湖には嫌な思い出があるんだよなぁ……


「ささ、着きました。こちらがショコラティエお菓子工房です」


 前にお菓子の家で嫌な思いをしたこともあってどんな工房かと身構えていたのだが、そこはお洒落な白壁の建物だった。森の緑と青空とのコントラストが美しく、それだけで絵のような美しい景色であった。


「本当は安定した仕入れ場所があれば、乳製品を使ったお菓子も沢山作りたいんですがね、生憎私はそちらには詳しくなくて。今度獣人の国か魔王領に相談しようかとは思っていたのですよ。魔王領の方が近いですが魔獣の牛がどんなものか未知でしてねぇ。もしそちらにつてがあればご紹介いただきたいです」


 魔王領につてはあるが……魔獣の牛? 確かに温泉で牛乳を飲んだ気がするけどあれって魔王領の牛なのだろうか……


 到着するとすぐに工房の人達が収穫した作物の籠を受け取りに来た。皆帽子を被り白い服、口は布で覆っていたので顔は分からない。女性が多めだろうか。


「この新鮮な果物や野菜でスイーツを作ります。陛下に献上するものはその中から選びましょう。時間がかなりかかりますので、良かったらお菓子作りの様子を見学して行ってください」


「工房でお菓子作っている所なんて初めて見るなぁ」


「俺達もあまり来た事はないんスよね」


「小さい頃見た気もしなくもないけど、その頃はこんなに大きい工房じゃなかったし」


 皆ワクワクしながら工房の中へと歩き出した。

 中へ入ると沢山の工房員達がそれぞれ作業をしている。

 お菓子工房というからもっと厨房みたいな感じかと思っていたのだが、思いの外よく分からない魔術具の機械や魔法使いっぽいヤツも何人もいた。


「あの、お菓子工房……ですよね?」


「はっはっは、ビックリされますよね! れっきとしたお菓子工房ですよ!」


 どう見ても怪しい呪術か何かの機械の実験にしか見えないが。引いていると三つ子の1人が俺の疑問に答えてくれた。


「何か最近じゃこういう生活に寄り添った魔術具や機械、道具の研究って盛んらしいっスね。ほら、ここの所帝国を中心に平和じゃないですか、だから仕事にあぶれた……というよりは新時代に向けた魔法使いの生き方改革っつーんですか? こういう需要がかなり伸びてるんスよね。魔法使い自体も魔法学園開いたおかげか人数も増えて多様化してますから」


「お前……やけに詳しいな」


「あ、ああ、トルテは昔魔法都市でバイトしていたんだよ。なぁ」


「そうそう」


 そうなのか。そういや三つ子は一時期離れて暮らしていたとか言っていたな。今度その頃の話もゆっくり聞きたいものだ。


「さぁ、今度はあちらを見てみましょう」


 伯爵の案内で通路を歩き始めた。工房は思っていたよりもめちゃくちゃ広く、各作業場が回廊のように延びる通路で繋がれていた。屋外に出た所では果物が天日干しされていたり、餡子が煮出しされていた。かと思えばまた屋内で絞られた果物が飴のようになっていたり……これ、1人だと確実に迷うなぁ。


 それにしても魔法都市かー。魔塔の主人があんな変なヤツだから悪いイメージしか無かったけど、ちゃんと世の中に貢献してるんだな。確かに研究でめちゃくちゃ忙しいとか言っていたし。そういやシルバー元気かなぁ。流石にそんなに忙しいならそろそろ魔塔に帰っているか……ん?


「あ、あれ?」


 ぼんやり考え事をしているといつの間にか皆とはぐれてしまったらしく、気がついたら1人だった。え?


「え? どこ行った?」


 急に不安になり、辺りをキョロキョロしながら歩いていると、角を曲がって来た人にぶつかってしまった。


「どわっ!」


「うわっ!」


 全然前を見てなかったので、相手に思いっきりぶつかり……相手が派手に転んだ。俺は悲しいかな鋼鉄の騎士団長なので転ばなかった。見ず知らずの人、申し訳ない。


「あの、大丈夫ですか?」


 見ず知らずの人に手を差し出すと、その人はこちらを見て驚き明るい表情になった。


「ああ、貴方は! 奇遇ですね」


「……??? えっと……」


 確かにその狐のように笑う男には見覚えがあった。だが、何処で会ったのか全然思い出せない。


「あれ? 忘れちゃいました? リトの街でもお会いしましたよね?」


 リト……? と言えば聖国に行く前にちょっと立ち寄って買い物した所だよな……


「あー、はいはい! イエオンの商店街で隣にいた人!」


「思い出してくれて良かったです。あの時も何かピンと来てない感じだったので……」


 ん? そういやあの時茶色の旅人じゃなかったっけか……? それに、あの時もって事はその前にも会ってたのか……? 本気で思い出せん。


「いやぁ、実は僕も道に迷っていた所で焦って心細かったんですよ……良かったら一緒に行きませんか?」


 僕もって、まるで俺も道に迷っていたように言うねぇ君。……その通りだ。よく見抜いたな。何なら俺も心細かったよ。うん。


 俺達は当てもないが、とりあえず出口っぽい雰囲気のある方へと歩いた。何か矢印も書いてあるしそっちに進めばいいはずだ。


「あ、僕見た通り行商なんですけど、せっかくこんな遠くまで来たのだから美味しい物でも食べようと思いましてね。この工房に立ち寄ったんですよ。ショコラティエ伯爵領ってやっぱり美味しいスイーツが有名じゃないですか? 僕、本で見ましてね。ああ、これです」


 この男、歩きながらもよく喋る。仕事でこちらに来ているらしいが……よく喋ると思ったら商人だったのか。なる程。

 見せてくれたのは諸国を巡る旅の紹介本で、印の貼ってある所を開くとショコラティエ領の名所や名物が沢山載っていた。


「へー、こんな本があるのか」


「最近は諸国を観光目的で巡る人も増えてますからね。こう言った諸外国の紹介本の需要が高いんですよね。毎年更新されますし、新しい情報とかはギルドでも高く買い取りしているらしいですよ」


 うーむ、工房の導入っぷりといい世間の様子といい、確実に新時代に向かっているなぁ。


 ……所で、さっきから俺にはずっと気になっている事がある。


 この人……名前何なの?

 実はずっと会話で探っているのだが、全然自分の名前を言わないからこの人をなんて呼んだらいいか分からないのだ。よくよく考えたら自分で自分の名前を呼ぶヤツなんかあまり居ないよな。俺が急に「ジェド的には……」とか言い始めたら「何?」って思うだろうし。

 さっき前回が初めてじゃないような口ぶりだったからもしかしたらその前で自己紹介してたのか……? だが全く記憶が無い……ウーン。

 ……ダメだ、諦めて素直に聞こう。

 漆黒の騎士団長ジェド・クランバルは普通の騎士と違い、分からない事は正直に聞けるタイプなのだ。だからあの陛下の元で騎士団長をやっていられるのだ。


「……すまないが、その……貴方の名前を教えてはくれないだろうか? もしかしたらすでに教えてくれていたのかもしれないが……申し訳ない」


「え?」


 男はビックリした顔でこちらを見た。そんなに驚くって事はやっぱりすでに聞いていたんだろうな……本当記憶力弱くてすみません。


 だが、男は気を悪くする所か大笑いして俺の肩をバシバシと叩いた。


「あっははは、何だ、てっきりもう知っているのかとばかり……すみません、そういや貴方にちゃんと名乗ってませんでしたね」


 いやお前名乗ってなかったんかい。分かるわけないだろ! 気を使った俺のこの時間何だったんだよ!!


 俺の遺憾の意が通じたのか、男は肩を叩く手を止め済まなそうに言った。


「いやぁ、いけませんね……すぐ知ってるありきで話を進めちゃうの、僕の悪い癖です」


「別に構わないが……で、結局誰なんだ」


「ああ……僕はワ――」


 ドカアアアアン!!!!! ビチャビチャビチャ


「なっ?!」


「え?」


 急に通路のドアから爆発音と共に大量の液体が洪水のように流れてきた。それは7色で甘い香りが立ち込めていた……恐らく果汁。

 だが、その何の果汁か分からない液体は、まるで意思を持ったスライムのようにこちらに物凄いスピードで迫って来ていた。


「は??? な、何ですかねコレ」


「とにかく、逃げるぞ!!」


 普通の果汁ならば多少浴びてもベタベタするだけだろうが、今迫って来ているのは明らかに普通じゃない。俺は男の腕を掴んで壁を走るが、まるで逃げているのが見えているかのように果汁がこちらに伸びて来た。やはりこいつ……何かのスライムか?!


「あ、あの! あそこに!」


 突き当たりに重そうな扉が見えたので、急いでそちらを開けて固く閉めた。その直後、ガンッ! という激しく扉にぶつかった音と共に隙間から少しだけ果汁が漏れていた。


「はぁ……何なんだアイツは……」


「あの……」


 男が青ざめて指差す方を見上げると、上に大量の氷柱がぶら下がっていた。入った所は冷凍庫だったようだ……だが、氷柱のつき方が尋常じゃない。


「まさかとは思うが……」


 予想通り氷柱は俺達のいる所を順番に狙うかのように凄いスピードで落ちて来た。避けても避けてもまた狙ってくる。


 男を掴んだまま逃げていたが、その途中で踏んだタイルの足場が開き、俺達は地下へと真っ逆さまに落ちて行った。

 目まぐるしく変わる状況……一体、何が起こっているのだろうか。……えっと、ここお菓子工房だよね?


 落ち行く穴の中で原因を考えながら……俺はまた何か重要な事を忘れたような気がした。

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