フルーツパークは女達の戦場(前編)
漆黒の騎士団長ジェド・クランバルと三つ子の騎士ガトー、ザッハ、トルテは三つ子の故郷のショコラティエ領に来ていた。
トラブルに巻き込まれてしまい、なかなか目的に辿り着けない俺達だったが……
鏡の事件の翌日、俺達は三つ子の父であるシャトー・ショコラティエ伯爵の案内で領地の見学に出た。
「いやぁ、絶好の見学日和ですなぁ。何を隠そう私、晴れ男とも呼ばれる位天気には恵まれておりまして。まずは自慢の果樹園が集まるフルーツパークへご案内しますので楽しんで下さい」
ショコラティエ伯爵は白い歯を光らせた。小麦色の肌、麦わら帽子……どう見ても農家である。それに――
「……なぁ父さん。貴族がこの馬車はどうかと思うんだけど……」
三つ子の1人がうんざりした顔で馬車を走らせていた。それは、馬車というか……うん、農家の荷馬車だねこれ。
ショコラティエ伯爵と三つ子の1人……多分ガトーが荷馬車をそれぞれ引き、その後ろに俺達が乗っていた。何故か素材も良く乗りやすさは馬車より良いかもしれない……けど何故荷馬車?
「はっはっは! うちは大地と共に生き、土と刃を交える農業貴族だからな。だが、ちゃんと荷馬車は良い木を使っているんだぞ? 小回りも良く効くし乗り心地も悪く無いだろう?」
荷馬車に小回りや乗り心地を追求する必要はあるのだろうか……?
「荷馬車にそんなもん追求するの父さんだけだよ」
「そうか? さぁ、ここからちょっと道が悪くなるので揺れますからお気をつけ下さい」
そう言うと伯爵は凄い操馬テクニックで山道を走り抜けた。うーん、確かにこりゃ小回り要るな。
山を超えた先に見えたのは巨大な観光農園であった。
「ここは我が領地のシンボルともなりますフルーツパークです。ここでは季節毎に果実の収穫も出来ますし、それと同時に様々な果物や野菜の研究も行っております。さぁ、行きましょう!」
荷馬車を降りて農園へと進んで行く。夏から秋にかけたこの時期は特に果物が多く採れるようで、色とりどりの果物が甘い香りを振りまいていた。
見た事のある品種から、ここ独自のものまで様々である。四角いスイカとか初めて見たんだが……美味しいのそれ?
珍しい果物を見ていると、農園で働くスタッフと目が合った。よく見るとスタッフの格好をしていたが、まだノエルたん位の子供のようだった。
……しかし、どこかで見た事あるような……
少女もこちらを驚いた顔で凝視して固まっている。
「あ、あなた……漆黒の騎士、ジェド・クランバル様……」
え? 誰……? 誰だかは全然分からんが、俺を知ってるという事は俺がお世話して巣立った悪役令嬢かな?
「おや? フェリシア嬢とお知り合いですかな? そうですな、彼女は帝国の首都に住んでおりましたからね。その若さで田舎でスローライフを送りたいと陛下に願い出てこちらへ引っ越してきたんですよ」
ん? 田舎でスローライフ……?
「もしや、悪役令嬢フェリシア? あの皇室を愛慾にまみれさせようとした」
「そうよ。いや、愛慾にまみれさせようとしたのは私じゃなくて異世界の花嫁なんですけどね」
そう……彼女はだいぶ前、遡りたい人は最初の方から見た方が早いんじゃないかって位前に出会った悪役令嬢5歳児フェリシアである。
アラフォーとしての前世の記憶を持つ彼女は、確かに田舎でスローライフを希望していた。
ちなみに彼女をお世話したのは俺じゃなく陛下だ……俺は何もしてないのにただロリコンの汚名を着せられただけだった。
「フェリシア嬢はこんな少女に見えて前世の記憶である異世界の知識があるらしく、こうして農園で作物の世話をしたり品種改良の手伝いをして下さっています。先程の四角いスイカも彼女から教えてもらった物でして、食べられはしませんが観賞用として人気なんですよ」
四角いスイカはさっき三つ子の1人も珍しそうに見ていたなぁ。
そうだったのか……田舎で充実してそうで良かった。
「食べ頃のものならあっちのマップに書いてあるわ。丹精込めて作ってるんだから美味しい時に食べて頂戴ね」
俺達はフェリシアに言われるままマップの方へ歩いた。三つ子も農園内の珍しい作物を見て楽しそうである。
今朝は三つ子のうち2人は元気なさげというか微妙な顔していたので心配したのだが……今じゃすっかりいつものペースに戻ったみたいで良かった。2人は一晩中鏡の中だったからなぁ、疲れたのだろうか。
「そう言えばお前ら三つ子は農業はやらないのか?」
「俺達はどちらかと言うと母さん似で、農業より剣の方が好きで騎士になる為に成人してすぐ地方に出てしまいましたからね」
「父さんは大地の民とか呼ばれる位農業が好きな家系なんですが、母さんは武道の家の生まれなので」
だから鏡の中で投げ飛ばされたのか。
三つ子達は子供の頃に少し手伝った位で何を研究したり作ったりしているのかは分からないらしい。
「ああ、ちょっと温室に寄っていくのでフェリシア嬢に案内して貰ってください」
そう言って伯爵は違う方へと入って行った。
「ところで、大地の民って……何か地の魔法が使えたりするのか?」
「うーん、地の魔法とかじゃないんですが……とにかく大地に愛されているというか……」
「さっき晴れ男とか言ってたけど、本当に父さんが晴れて欲しいと思ったら晴れるんス。ショコラティエ家ってそういう不思議な力が代々あるんスけど、特に父さんは歴代の中でも1番その力が強いとか」
「強いなんて、生易しいものじゃないわ」
三つ子の話にフェリシアは足を止めて振り向いた。
「貴方達三つ子は伯爵の仕事っぷりを知らないから。あれは――魔性の男よ」
「魔性……の……?」
「いや全然分かんないんだけど……」
恐ろしい物を見たような形相でフェリシアが更に語った。俺達は1個も分からなくてポカンである。
「彼は……作物に愛される天才なの。仮に作物を女だとしましょう。彼女達は伯爵に愛される為に競って実をたわわに実らせ、芳醇な香りを振り撒くわ。彼に1番愛され、1番綺麗で美味しいとされるのは自分だと。皆、競っているの。あんな作物たらし男……見た事無いわ」
「……何を言ってるのか1つもわからんのだが……」
「信じてないのね! でも、実際に見たら後悔するわよ……自分の無力さを。そんなに愛された事無いと嫉妬すら感じるわ」
嫉妬……? 誰に? その話の流れからして伯爵に嫉妬するんだよな?? 何言ってんのお前……どうしたの??
ガシャアアアン!!!
温室の方で何かが倒れる音がした。
「何だ? 伯爵に何かあったのか?」
「温室の入り口はあっちよ!」
俺達はフェリシアに続いて温室へと走った。少女のフェリシアはリーチが短く足が遅かった。もっと早く走って……
フェリシアが開いた扉の向こう。温室の中に見えたのは――
ツタに包まれて身動きの取れない伯爵の姿だった。
……何事?
「父さん! 大丈夫か?!」
伯爵は悲しそうに眉を寄せた。
「うう……作物が……作物が……私を取り合って戦争になってしまった……」
……なんて?




