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ショコラティエ伯爵家の鏡(後編)


 

 どこまでも続く鏡の迷路の中を、ガトーとザッハは時折ガラスにぶつかりながら走っていた。


「団長とトルテまでこん中にいるとはなー」


「探しに来てくれたっぽかったけど、無事が確認出来て良かったな。早く合流しようぜ」


「ああ。そういや父さん達や家の皆は無事なのかなぁ。朝は早くから街に出てるはずだけど、今何時かもわかんねえしなぁ……ん?」


 走る2人の前に人影が現れた。それは見覚えのありすぎる女性――そこにいたのは母のスイートだった。


「母さん?!」


 オロオロうろたえていた彼女は、2人を見つけると安堵の表情になり駆け寄ってきた。


「ああ! 急にこんな所に来てビックリしたわ。ガトー、ザッハ、あなた達も無事で良かった……」


「……父さんは一緒じゃないの?」


「お父さんとははぐれてしまって、探していた所なのよ。一緒に探して頂戴」


「分かったよ、母さん」


 3人で駆け出そうとした時、ガトーとザッハは目線でお互いを確認するとそのままスイートを2人で取り押さえた。


「えっ?! 貴方達、何をするの?!」


「……お前誰だよ! ここに引き込んだヤツなんだろ?!」


「残念だったな! うちは父さんも母さんも誰も俺達三つ子を見分けられ無いんだよ! 俺達がガトーとザッハだって分かったって事は、この鏡の中で話聞いてた犯人に決まってんだろ!!」


「ちっ!」


 スイートが2人から逃れようと暴れる。


「お、おい! 暴れるな――」


「危なっ――」


 揉み合っているうちに後ろのガラスにぶつかり。派手に亀裂が入って割れた。倒れ込む先に割れた破片が散らばる。


「!!」



 ★★★



 トルテと俺は行けども行けどもある鏡にうんざりしていた。途中で太ったり痩せたり見える変な鏡もあった。


「しっかし……何で鏡って変な事起こりやすいんだろうな。この間も魔法の鏡とかいうやつのせいで酷い目に遭わされたし……」


「鏡には不思議が付き物らしいっスよ。特に合わせ鏡には色んな噂とか伝承とかありますからねー。未来が見えるとか、13番目の自分は違うヤツだとか合わせ鏡で違う世界に行けるとか……」


 どれもこれも人伝てで聞いた怪談話だと思っていたのだが、こうも不思議が重なるとどれもありそうで怖い。


「そもそも鏡って魔力とか増幅しやすかったり、真実を写しだしたりとかするからよく魔術具にはなってるみたいですしねー」


「やけに詳しいなお前」


「俺、離れて暮らしてた時に魔法都市でバイトしてたんスよ。ま、魔力は全然なんですけどねー」


「そうなのか……」


 ガシャアアアアン!!!


「何だ?!」


 先の方でガラスが割れる音がして女の悲鳴が聞こえた。


 俺達2人が急いで向かうと、そこには割れたガラスの破片の中にガトーとザッハと――2人に抱き起こされた伯爵夫人がいる。ガラス片には大量の血が流れているように見えた。


「なっ! どうしたんだ――」


「それはいけないなぁ」


「え?」


 後ろからトルテとは違う声が聞こえたような気がして振り向くと、そこにはトルテしかいなくて「?」と首を傾げていた。

 空耳かと思って向き直り駆けつけると、血が凄く出ていたと思われた夫人の怪我は思っていたより軽そうだった。


「――え? あれ?」


「おい、2人とも、何があったんだ? 何で夫人がここに……」


 2人が我に返って状況を話出した。


「あ……いえ、コイツは母さんじゃないんです……多分ここに引き込んだ張本人だと思う……だけど……」


「ガトーが割れたガラスに倒れ込みそうになった時に……押し除けて庇ったんだ。危ないっ! って言って……」


 三つ子は親にも見分けが付かないはずだが、見分けたそいつは明らかに怪しかったそうで捕まえようとしたが、そのうちに揉み合いになり怪我をしたそうだ……

 夫人と同じ顔……恐らく彼女がシュガーだろう。


「う……ん……」


「あ、気が付いた」


 気を失っていたシュガーが目覚めた。

 三つ子の1人が深刻な顔をしてシュガーに問いかける。


「なぁ……あんた、母さんの鏡の中の妹、シュガーなんだろ?」


「……まさか見破られるなんて思ってなかったわ」


 観念したように夫人のふりをしたシュガーが呟く。そうか、ザッハは昨夜本を読んだから知っていたのか。


「なぁ、何でこんな事を……何が目的でこんな事をしたんだ? まさか、本の通りに母さんを恨んで皆を鏡の世界に取り込もうとして……」


「ち、違う!! 私は姉さんを恨んでなんかない!」


 シュガーは悲しそうな顔で語り出した。


「私は……鏡のあちらから姉さんが語りかけてくれたのが本当に嬉しくて……いつ頃からか鏡の中の人格として生まれたの。鏡の向こうからずっと姉さんの事を見守っていたわ。だけど……あの本。鏡越しに見えた本には私達の事が書いてあった。姉さんを恨むだなんて、私はそんなつもりは絶対に無い! ……けど……本当にそんな事は起きないのか怖くなって。だから姉さんが語りかけても絶対に答えないでおこうって思ったの。でも…… 」


 シュガーは愛おしそうに三つ子を見た。


「貴方達を見て……」


「俺達?」


「ええ。ずっと見守ってきた三つ子が成長して立派になって帰って来たのが嬉しくて。姉さんと義兄さんが抱きしめていた時……私も叶う事なら抱きしめたいって思ってしまったの。まさか、本の通りに鏡に引き込む力が本当にあるなんて……私ビックリして。でも、ほんの少しだけ、抱きしめたら元の場所に戻して私は消えようと思っていたのよ……本当に。ごめんなさい」


 シュガーは本のような恨みを持った鏡の中の悪女ではなく、本当に三つ子の叔母のようだった。


 ガトーとザッハは困ったような顔で見合った。


「……なぁ、何とかならないのかなぁ。何か可哀想になってきた」


「そうだよ、このまま戻ったって本の通りにしなければいいんだろだったら少しくらい……」


「……そう言ってくれただけで嬉しいわ。ありがとう」


 シュガーは微笑みながら皆に手を伸ばして――1人ずつ鏡に向かって投げ飛ばした。俺は背負い投げされた。え?



 ★★★



「どわっ!」


「ぎゃっ!」


「ぐえっ!」


 投げられた順に、俺達は1人ずつ鏡の世界から伯爵家に戻ってきた。


「あら? 貴方達……一体どこから」


 出た先は廊下の鏡の所で、朝の仕事から帰ってきた伯爵と夫人が並んでいる。


「母さん……はぁ……戻って来ちゃったのか……」


「叔母さん、本当にこのまま消える気かなぁ」


 落ち込む空気の中、トルテが思い出したように手を叩いた。


「あ、もしかしたら……母さん!」


「え?」



 客間に集められた俺達は、トルテが用意した2つの大きめの鏡を囲んで見ていた。


「母さん……この鏡を今から合わせるんだけど、13番目の鏡に自分が見えたら引っ張ってみてもらえないか?」


「えっ? 引っ張る?」


 夫人は戸惑いながらも、トルテが合わせた鏡が沢山見えると言われた通りに鏡を摘んで引っ張る振りをしてみた。


「――え?」


 夫人が摘んだのは鏡ではなく、鏡から出てきた指だった。合わせ鏡の13個目からは夫人がもう1人出てきたのだ。


 鏡から出てきた夫人はビックリして固まっていた。その姿を見た夫人は、幼い頃にしていた遊びを思い出したのだ。


「もしかして……貴女は、シュガー……なの?」


「スイート……」


 2人は涙を流しながら抱き合った。

 伯爵は驚いていたが、事情を話すと快く歓迎してくれた。その日、長らく鏡に遮れていた姉妹は再会を果たした。



 ★★★



「それにしてもよくあんな方法知ってたな?」


 予定していた観光は明日に回すことにしてその夜はシュガーの歓迎会になった。


 パーティが盛り上がる中に騎士団長を置いて、三つ子はバルコニーで古い本を囲んで話をしていた。


「いやー、騎士団長と鏡の伝承とか不思議話みたいなのの話題になって、たまたま思い出したんだよ」


 トルテは照れ笑いをしながら本を鞄に入れた。


「それにしてもこの本が母さんに見られる前で良かったよ。これはコッソリ皇城に持ってって陛下に見てもらわないとだな」


「ああ……」


 ガトーとザッハはトルテを怪しんでいた――というのも


「なぁ、お前……あの時シュガー叔母さんを治したよな。酷い傷だったのに一瞬で軽い傷になったし……」


「いくら魔法都市に居たからってトルテがそんな魔法使えるかよ……それに、いくらなんでもあんな解決方法すぐに思い出すなんて……トルテな訳あるか」


「昨日から……いや、ずっと違和感だったんだよ。お前――誰だ?」


 鞄に本を仕舞ったトルテはニヤニヤと笑った。


「いやー、父さんと母さんは騙せても……流石に三つ子は騙せないよねぇ」


 トルテの頭の先から全体に巻きついていた魔法陣が解けていく。


 夜のバルコニー。そこに現れたのは、ニヤニヤと笑いジャラジャラと装飾を付けた魔法使いだった。


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