お菓子の家の魔……女?(後編)
俺、漆黒の騎士団長ジェド・クランバルと、同じ騎士団の三つ子の騎士ガトー、ザッハ、トルテはこれまでで最大級かもしれないピンチを迎えていた。
何のピンチなのかは分からない。命か……それとも命以外の何かなのか。
「……どう思います? あいつ……マジでどっち狙ってるんスかね?」
「命か……タマか……?」
「上手い事言ってる場合かよ。全く笑えないんだよ」
いろんな意味で不安がっている俺達を尻目にマリリンは何かを準備していた。因みに、尻目にとは目尻でちょっと見やる事である。間違っても尻は関係無い。
色々と気にするあまり、ついつい言葉に過敏になってしまう……
「あ、マリリンが何か取り出したぞ?」
マリリンが取り出したのはオリーブオイルだった。
……じゃあ、食事として食べられるって事かな?
「……て、あれって食用のオリーブオイルだよな……?」
「食用以外に何に使うんだよ……」
「やめろよ! 嫌な想像しちゃったじゃねえか!」
うん? じゃあ、食用ちゃうのかー?
そうこうしている間にマリリンは次に鞭を取り出した。……それを使うなら食用じゃないよな。
「アレって、やっぱ趣味で痛めつける方のヤツだよな……?」
「いや、魚とか肉の調理法でたたきって言うのがあるらしいからな。叩いて柔らかくするのに使う線も捨てきれないぞ?」
「それって鞭でやるもんなのか?」
……じゃあ、食用なのか?
マリリンは次に薔薇を取り出した。
……いや、何に使うんだよ。
「アレは流石に何に使うか分かんねー……」
「薔薇の刺で痛めつける……?」
「いや、付け合わせかもしれんぞ?」
「あーーー!!! 結局どっちなんだよーー!!」
マリリンの目的が結局どっちなのか判断できず俺達はイライラしてきた。だが、俺は急に冷静になり1番大事な事を思い出した。
「なぁ、そもそも食用だろうがそうじゃなかろうが、どっちも嫌だから関係なく無いか?」
「……た、確かに」
マリリンに惑わされた俺達は、脱出する事をすっかり忘れていた。何で食べられる前提で話しなくちゃならんのだ……
「あら? 武器も無く、見張られた檻の中からどうやって脱出するわけ?」
「ぐ……確かに……」
そういえば俺達は手枷で繋がれて、鋼鉄の檻の中だった。
「ふふ……まぁ、せいぜい足掻きなさい。元気なオトコは大好物よ……うふ☆」
そう言ってマリリンは何かの下準備に部屋から出た。だからどっちなんだ。
「そっかー、武器無いんだよなぁ。窓もない地下牢じゃなあ」
「団長、何かチート能力とか無いんスか? 公爵家でしょう?」
「ねえよ。公爵家だからって何でも出来ると思うなよ?」
「何か無いかなー……」
皆、武器になる物が何か無いかとゴソゴソと服を探り始めた。俺もポケットを探す。流石にポケットに武器は無いよなぁ……都合良くペンとかピンとか……そんな小説みたいな事ある訳ないし。仮にあってもピンで鍵を開けるシーフみたいな技術は無いし。
「団長、何か落ちましたよ?」
「ん? 何だっけこれ……」
俺のポケットからゴトリと落ちたのは黒い石だった。何だっけ……この模様……
「あ、そうだ。これアレじゃん。黒い火出るヤツ」
「黒い火って何すか? そんなんありましたっけ?」
「ああ。これは変た――魔塔主から貰った物だ。何でも1番熱い火の種類だとか」
「え、じゃあこの檻とか溶かせたりしませんかね?」
「うーむ……威力が想像出来んが」
俺は試しに黒い魔石を檻に向けてかざしてみる。魔力が少し吸い取られた気がした。
次の瞬間――
ボワーーーーー!!!!!!!
何かとんでもなく凄い火が出た。
三つ子達は熱さに驚き端まで退避していた。不思議と俺は熱くなかったが、ビビッて一瞬で魔石を離したので火はほんの数秒で消えた。だが、火が消えた後に見えたのは檻を通り越して向こう側の壁もだいぶ黒炭化してえぐられていた悲惨な様子だった。いや威力。
俺は何つーもんをポケットに入れて忘れていたんだ……ポケットで発動していたらズボンが破れるじゃ済まなかったよな……ズボンから黒い炎を放つ漆黒の騎士団長にならなくて良かった。今度ちゃんと装備出来る様に加工しよう。
「何?! 今の音は何なの?!!」
音に気付いて慌てて来たマリリンを俺達は待ち伏せし、全員で取り押さえた。
「ギャアア!! あん! 痛いわ!」
「おい、答えろ。何でお前はこんな事をしているんだ! 何が目的だ!」
「……くっ」
「お前、もしやお菓子の家の昔話に出てくる魔女なのか? 魔女かどうか知らんが……」
マリリンを締め上げる。話の通りに人を食う魔女ならばこのままにしておく訳にはいかない。
「魔女? 話? 何の事!? アタシは単純にあなた達を料理にしようとしただけよ?」
「やっぱ食用だったのか……」
「食べるならお菓子の家の話の魔女だろ!」
「誤解よぉ! そりゃあ薬を盛った事は謝るけど! こんな事誰も引き受けてくれないし!!」
「こんな事……?」
こんな事とは何だ? と思っていたら、マリリンの持っていた紙がパサリと落ちた。
紙には調理図面のようなものが描かれていた。
「何だこれ……イケメン……菓子アート????」
「???? 何それ???」
それは、イケメンがお菓子の服を着てデコレーションされている作品みたいなものの設計図であった。薔薇を咥えて鞭を持っているのはどんなコンセプトなんだ……??
「……何だこれは。色々と謎が深まるんだが」
「実は……今度、お菓子アートコンテストがあるのよ。他の作品も前衛的な菓子アートばかりでなかなか強豪揃いなのよね。それで、アタシの作品はその設計図のようなイケメンがお菓子の服を着るという前衛アートにしようと思ったんだけど……誰も引き受けてくれなそうだし、そもそもいいイケメンが居なかったのよ。そんな中、貴方達が来たってワケ。睡眠薬で3日位寝てて貰えばコンテストも終わるからそのまま黙って帰そうと思ってたのよぉ!!」
……つまり食用は食用でも、お菓子アートコンテスト用だったらしい。
他に被害者が出てないのは良かったが……
「そんな事は立派に犯罪だからもうするな。ダメ、絶対」
「分かったわぁ。コンテストには他のを考えるぅ。残念だけどぉ」
危険な目にあったが……反省しているみたいなのでもうしないならば解放する事にした。正直、陛下もこんなヤツ連れて帰られても困るだろうし……
「2度目は連行するからな。真っ当に生きろよ。ったく」
「ところで、そのお菓子アートの菓子ってコンテストが終わったらどうなるんだ? こんな、服にしたらもう食えないんじゃないのか?」
「あらぁ、そんな食品ロスはご法度よ! もちろん……スタッフが美味しく頂く予定だったわぁ」
マリリンはそう言ってウインクして舌舐めずりをした。
やっぱそっちの意味で食べる気満々だったんじゃねえか!!!




