クランバル家の光と闇の剣士(前編)
「何の騒ぎだ、ジェド」
家中の騒ぎを一通り見てきた親父は地下倉庫に俺を探しに来た。母さんも隣にいる。
俺の親父――ジャスター・クランバル。帝国の剣・クランバル公爵家の当主であり、帝国一の剣の使い手である。
その剣の腕は世界中に知られる有名人ではあ るのだが、よく2人で何処かに出かけていつも不在なので普段何しているのかは俺にもよく分からない。
昔は陛下に剣を教えていたりもしたんだが、俺に教えていたのとはどうも違うらしい。皆クランバル家の教えはめっちゃスパルタとか言うけど……スパルタだったかなぁ。
「これは魔塔の主人、シルバー・サーペント様。それに、貴方はベリル様の息子だね。今の魔王様……お会い出来て光栄です」
呼ばれたアークは父親の名前を聞いてビクリとした。
「……父を知っているのか?」
「ああ。一度戦ってみたかったのだが……無駄な争いはしない方だった。魔王なのにね」
「そうですか……」
親父と話をしたアークだったが、何故かその後微妙な顔をして俺を見た。え? 何で? 今の流れに俺、関係無いよね?
「あなた……現、魔王様は確か……」
「そうか、心が読めるんだったね。いい機会だ。いずれ言わなければならない事だったんだよ……」
母さんと話す親父は、沈痛な面持ちでこちらを見た。え? だから何なの……夫婦揃って何でそんな顔してんの?
「ジェド、父さんはね……実は、悪役令嬢なんだよ」
……は?
―――――――――――――――――――
客間に戻った俺達は、テーブルに用意されたお茶を飲んでいた。
さち子人形は窓際に置かれ飾られている。
シルバーがさち子人形の前に紙を置き、手にペンを持たせると字を書き始めた。どうやらさち子との意思疎通はそうやって出来るらしい……だが、空気を読んでくれ。今それどころじゃ無いんだよ。
「急にそんな事言われてもなーんにも分からないわよねぇ」
母さんが深い溜め息をついた。母さんの名はチェルシー・クランバル。その昔は女剣士として名を上げ、親父と戦った事もあるらしい。まだまだ剣の腕は衰えておらず、親父と一緒について旅をしている。ちなみに、地下倉庫にある変な剣は全て2人の土産である。
「そうだな。ジェド、お前が悪役令嬢によく絡まれるという話を聞いてから、いつ話そうとずっと悩んでいたのだ。黙っていて済まないな」
うん……いや、黙っていて済まない事なのかは謎である。親父が悪役令嬢とかパワーワードすぎて頭が追いつかない。今まで見てきた悪役令嬢の中で1番衝撃すぎたわ。
「一体、何がどうなって親父が悪役令嬢とかになるんだよ」
両親2人は頷き合い、1つの薄い箱をテーブルに出す。それは、見た事も無いような素材のもので表に沢山の男達と、剣を手にした2人の女が描かれていた。
その上には【恋する☆光と闇の剣士】と書かれている。……何これ?
「おや、これはまた珍しい。異世界の素材で作られた物だねぇ。これを何処で手に入れたんだい?」
シルバーが裏表をしげしげと見つめ、中を開く。中には小さな円盤が挟まっていた。何の魔術具なのか、はたまた装飾なのか……サッパリ分からない。
「これは……私達がまだお互い戦っていた時の事。山奥で激闘を繰り広げていた時に見つけたんだ。異世界の……ゲームだ」
「2人でこれを見つけた時、私達は全てを悟ったわ。私達2人とも、このゲームでイケメンを取り合って争う……光と闇の剣士なのだと」
……は?
★★★
――それは、今から30年近く前
この世界1の剣士の名を争う2人の女剣士がいた。
光の剣士と呼ばれる彼女の名はチェルシー・ダリア。美しいプラチナブロンドの長い髪を靡かせ、大剣を踊るように振るう美しき剣士であった。
闇の剣士と呼ばれる彼女の名はジャスミン・クランバル。黒い長い髪を下ろし、暗黒剣と呼ばれる呪いの剣を持つ者。
彼女は呪いに操られる事を鍛錬で乗り越え、鬼のように剣を振るった。その鬼気迫る様相から剣鬼とさえ呼ばれた。
2人の女剣士はお互いに自分が1番強いと信じ、度々ぶつかり合った。
ジャスミンが呪いの剣に手を出したのも、絶対にチェルシーに負けたく無いからと――その強い執念からであった。
幾度も剣を合わせた。強い剣士は惹かれ合う……絶対に負けたくは無い、それと同時にこの相手を倒すのは自分でなくてはいけないというお互いへの執着もあった。
女同士でそこまでの執着を? ――そんな事はどうでも良かった。何故ならそれは恋とか言う生温い物とは全く違う。
仮に他の人に負け、殺されたら絶対に許さない。それは剣を合わせた2人だからこその愛であり憎しみであった。
いつからか2人はお互いを倒す以外の事は考えられなくなった。
2人に近づく男は沢山いたが、男に感けた方が先に負けるだろうと思っていた。ジャスミンが最初にそう蔑むと、チェルシーも負けじと応戦した。誰しもが鬼気迫る2人の戦いに割って入る事は出来なかった。
ある日、いつものように山で決闘を繰り広げていた時の事――
チェルシーの降りた足場が光り、ジャスミンの次の手に気を取られてた一瞬でその足元が崩れ、谷に落ちそうになった。
「チェルシー!!!」
ジャスミンがチェルシーの手を掴む。チェルシーには何故彼女がそんな事をするのか分からなかった。
「あなたを倒すのは、私の剣でなくては駄目よ!! それ以外では絶対に許さない!!!」
「ジャスミン……」
そうして2人は谷底に落ちて行った。まるで、何かに呼び寄せられるように……
……
「……ここは?」
2人は気がつくと、谷底の洞窟に居た。多少擦り剥いてはいたが、怪我は少ないようだった。
剣士の最期が谷に落ちて――などと言う恥ずかしい結果ではなくて、良かったと2人は安堵した。
同時に2人は、どうせ死ぬならばこの女の剣で死にたいと一瞬思ってしまった。
それは友情でも何の感情でも無い。ただ、お互い、剣が好きなのだ。
強い魔法使いは、死ぬ時はそれより強い魔法で死ぬのが夢だという話はよく知られている。それと同じように死ぬならば強い剣に、斬られた事さえ忘れるような斬られ方をして死にたいと強い剣士も常に思っているのだ。
それを可能にしてくれるのは、多分この女だろうとお互い思っていた。
「……何処まで続いているのかしらね。この洞窟」
2人は一旦戦いを止めて洞窟を歩いた。不思議とそちらに行かなくてはいけないかのように……洞窟の奥へと入って行った。
洞窟の突き当たりに到着すると、そこは石の祭壇のようになっており何かを祀っていた。
気になってその祭神を覗き見ると、それは1つの小さな薄い箱だった。
2人は驚いた。そこに描かれていたのは剣を手にするチェルシーとジャスミン――
「恋する……光と闇の剣士……?」
その名前を口にした時、お互いの剣が光出し――2人の脳裏に全ての記憶が入って来た。
(――この世界は……ゲーム……?)
2人は知った。お互いが、このゲームの登場人物である事を。
チェルシー・ダリアは光の剣士であり、このゲームの主人公であった。
ジャスミン・クランバルは、このゲームでチェルシーの恋の邪魔をする悪役令嬢……
様々なイケメン達と恋をしながら力を手に入れ、ジャスミンを倒すという乙女ゲームだったのだ。
「くっ……くっ……」
「……ふっ……あはは」
2人は見合って大笑いした。
全てが今更なのだ。2人は既にこの絵に描かれた沢山の男達を振り、己の力だけで最高の剣士となった。2人の間には男達は絶対に入れなかった。
「あっはっはっは! ジャスミン、あなたよくも邪魔してくれたわね! お陰でゲームみたいな甘い恋愛し損ねちゃったじゃない!」
「くっくっく、仕方ないでしょう、悪役令嬢なんだから邪魔をするのは。貴女だって何で真に受けて男達を振ってるのよ! 乙女ゲームなんだからイケメンと恋しなきゃ駄目でしょ! そんなエンド無いわよ!」
2人は涙が出る程笑い合った。既にこのゲームのような展開は無くなってしまったが、それでいい。それが自分達の人生なのだから。
そのパッケージを手に取り、ジャスミンとチェルシーは洞窟を後にした。
「で、どうするのよ」
「さぁね。こうなったら探すしか無いでしょ」
「何を?」
★★★
「……というのが、私達がコレと出会った時の話よ」
ふーん、なるほど……?
「いや、ちょっと待て……母さんと、親父の話だよな?」
「ああ。父さんが悪役令嬢だからね」
親父は至って真面目な顔で頷いた。
「……親父がジャスミンなのか?」
「まぁ、そういう事になるな」
「もう、あなたは説明が足りないのよ。ジェドも最後まで話を聞いてね」
そう言って母さんは笑った。
隣で聞いていた田中は青い顔をしていた。うん、分かる分かる。俺も情報過多でしんどいわ……




