魔法都市は少し肌寒い(前編)
「それで、やはり同じ作者の本なんだねぇ」
「……ここまで来ると何か不気味だな」
魔女エヴィルが見た『真白き美しい姫と闇の魔女』という本。
俺達はこの本を回収して再びシルバーの部屋へと戻った。良かった、今度はお茶菓子は増えてない……
元々あったオペラの本の横に林檎が書かれた本を置く。どちらも作者はワンダー・ライター。
「こうも偶然が重なると必然だと思えてこないかい?」
「でもエヴィルは、この本を見たのはもう随分前だって言ってたし、しかも自宅なんだろう。益々わからんな……」
あの後、エヴィルにこの本をどこで手に入れたのか聞いた。もしかしたらオペラに手渡したヤツと関係があるのかもと思ったのだが、この本はエヴィルが自宅で偶然見つけた物らしい。
エヴィルはもうこの本には運命を左右されないと、本の回収に了承してくれた。まぁ、鏡に写る1番美しい者はシルバーですからね。その時点で本とはかけ離れた展開だろう……
「この鍵付きの本は預かり物なのだろう? お返しするよ。私はこちらの本について調べてみようかねぇ」
「ああ。頼む」
よし、用件は済んだしとっとと帰ろう。
俺は足早に席を立とうとしたが、シルバーに服を掴まれた。え……流石にもう無いでしょ?
「君、何か忘れていないかい?」
「……いや、もう魔塔には何も用事は無いし早い所帰りたいんだが」
「賭け、私の勝ちだよね?」
「……」
しまった。綺麗さっぱり忘れていたが、犯人が悪役令嬢かそうでないか賭けていたんだった……
「いや……悪役は悪役だけどさぁ、悪役魔女じゃないか?」
「その点で逃げようとしても無駄だよ。本来他人の娘を令嬢と呼ぶが、そうでなくても彼女は貴族のご令嬢でね。君は諦めが悪いねぇ」
「ぐ……」
ダメだ、完全なる俺の負けである。シルバーがニコニコとこちらを見て笑っていた。
「分かったよ、認める。で、お前は俺に何を望んでるんだ?」
「まぁ、それについては後に取っておくよ。君の事は色々と興味深くてねぇ、すぐに権利を使っちゃうのは惜しいと思わないかい?」
シルバーは手を握ってきてニヤニヤとした。いや、こちらとしてはすぐに権利を使ってほしい……
何かとんでもないヤツに何でも1回言うことを聞く権利を与えてしまった……肩たたきとかで許してはくれないよなぁ。はぁ。
握った手に何かを渡してきた感触がした。手の中には黒い魔石があった。
「それはそれとして、せっかく来たんだから魔法都市に寄って一緒に買い物でもしないかい? それは付き合ってくれるお礼にあげるからさぁ」
黒い魔石は、シルバーの口から出たあの黒い炎が出せるヤツである。わーい!!
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魔塔の下に広がる魔法都市は、様々な店が並ぶ商業都市である。
魔術具や魔石、魔法が付与された武器に防具はもちろん、護符や魔法書、魔法に関する様々な依頼等……とにかく魔法に関する店が立ち並んでいるのだ。
他の国にも多少そう言った店はあるが、この魔法都市が魔法における最先端であり、同時に最古でもあった。
魔法に関する物を売ると同時に買取も行われている。ダンジョンで発見された珍しいマジックアイテムや魔石等の買取店が軒を連ねる。
ちなみに昔は魔獣の素材が沢山持ち込まれ魔獣狩りが横行したのだが、今は魔王領で素材用の魔獣が飼育され安定供給されているので安心だ。魔獣の絶滅危惧種の乱獲は犯罪です。
シルバーと街中を見て回る。賑やかだとは聞いていたが、かなりの人で溢れていた。
「話には聞いていたが、魔法都市は賑やかなんだな」
「ああ、この街の賑やかさが魔法の発展を表していると思わないかい? 嬉しいねぇ。だが、世界はまだまだ不思議に溢れているからねぇ。ファイヤの魔法1つに取っても、威力や種類も様々ならば使われ方も多様なのさ。うーん、奥深い」
魔法変態が1人の世界に入り始めた。コイツは本当に魔法の事となると見境ないな……
「ここには君の知らない店や場所が沢山あるからね。色んな所を案内してあげるよ」
「案内して貰うならば可愛い女の子が良かった……」
「ん? 女の子が御所望ならば変化の魔法でも使おうか?」
「ガワタだけで中身は男なんだろ。勘弁してくれ……」
街中を歩いていると、薄暗い骨董品の店が目に入った。
買取の店だろうか? 薄汚れた壺や人形等の雑貨が並んでいる。
「その店が気になるかい? こういった古い物には魂が宿ると言われているんだよ」
「魂?」
「異世界にもそういう話があるらしいんだけど、あちらでは付喪神と言って100年使い込んだ古い器物には霊が宿って悪戯するとされているらしい」
そんな話があるのか。100年って案外すぐだぞ? どこの家にも代々伝わっている道具や家宝があるが、そいつらが全部悪戯し始めたら大変だろう。
「ま、あちらの言葉を借りるならば迷信だねぇ。ただ、魔塔ではあまりに魔力を長い間与えすぎた物は力が宿るとは言われているけどね。暴走した人工精霊みたいに、研究が追いついていないものもいるから一概には否定出来ないけど」
「……不思議な事は沢山あるからな。だがちなみに、俺は霊とかの類は一切見えないからいくら脅かそうとしても無駄だぞ」
「霊が見えない……確かルーカスも似たような事言っていたね。ゴーストとか幽霊の類が見辛いとか」
「俺はそういうのは全く見えない」
前に幽霊令嬢にとり憑かれた事があったのだが、俺だけ全く見えなかった。多分そういった物を信じてないというのが理由なのだが、ゴースト等の実際そこに居る者まで見えないのはそういうものを感じ取る感覚がそもそも鈍いのだろう。
奥に並ぶ人形の1つが目に入った。女の子の格好をしている人形で、だいぶ汚れていた。相当古いものだろう。
店の奥を見ると何か涼しげな空気が流れてきた。冷感魔術具でも使っているのだろうか。
「欲しい物でもあるのかい?」
「いや……」
俺達は特に用事も無いので骨董品の店を出た。
「あれは何の店なんだ?」
「ああ、魔法旅行の旅行代理店だよ。」
「魔法旅行……?」
俺が気になって見た場所は、沢山の木札に旅行先や詳細が書かれていて壁に並んでいる店だった。
「今ね、魔法旅行が流行っているんだよ。魔法の絨毯や飛行船で旅行したり魔石の発掘旅行とか、魔法修行コースに様々な魔法によるロマンティック演出のされた魔法新婚旅行。サプライズ旅行とかで恋人や熟年夫婦なんかにも人気だね」
「魔法使った商売の幅凄くないか?」
「そうやって魔法の需要があり、魔法が発展するのは素晴らしい事じゃないか」
「なるほどな……」
木札が掛かる壁に鏡がかかっていたのでふと目に入った。その時一瞬、鏡ごしの自分の後ろに何かが見えたような気がした。
何かあるのかと振り返って見たが何も無い。再度鏡を見ても何もいなかった。
「ジェド、どうかしたのかね?」
「ん? いや、気のせいみたいだ」
「あ、あちらに魔法都市の名物料理の出店が並んでいるのだよ。小腹が空かないかい?」
シルバーが連れてきたのはスイーツの屋台だった。
「これは何のスイーツなんだ?」
屋台に並ぶスイーツは独特な色をしていた。魔塔で出されたお茶菓子もそうだが、変なマーブル模様をしていて味の想像が出来ない。
「魔法都市名産のマジックフルーツだよ。酸味と甘みが何種類も感じられるフルーツでね、味わい深いだろう?」
魔塔で食べたお茶菓子は、何というかジュースを何種類かミックスしたような味がした。色んな物を混ぜているのかと思っていたが1つの果物だったのか。
俺は変な色した手持ちのケーキを1つ頼む事にした。
「すまない、こちらを1つ貰えないか?」
「はい! ただ今――ひっ!!!」
振り返った店員のお姉さんがこちらを見て恐怖に怯えていた。え? 何???
「な、何か……?」
「え……あ、あれ? ……今……あ、ごめんなさい、気のせいだったみたいです」
店員さんはキョロキョロとした後、何も無かったようにケーキを包んでくれた。
……一体なんなのだろうか。俺はあまり女性には縁が無い方なので、そんな顔をされると傷つく。
「ジェド、買えたかい?」
いつの間にかシルバーはやはり変な色のタレのかかった串焼きを買っていた。だからそれは何なんだよ……
「あ、このタレはマジックエッグで作られたタレなんだよ。ふふふ……あ、あちらに景色のいい湖があるよ。せっかくだからボートに乗ってみないかね」
シルバーの指差す先には七色に光る湖があった。何が悲しくて男2人でボートに乗らにゃいかんのだ……
誘われるがままにボートに乗って買ったスイーツと串焼きを半々に交換した。
最初は乗り気では無かったが、乗ってみると案外楽しい。
湖はボートが進むにつれて色がキラキラと変わる。シルバー曰く、この湖には魔法はかかってないのだが特殊な反射によりそう見えるらしい。
湖の中には珍しい綺麗な魚が泳いでいた。串焼きもケーキも美味しかった……今度は彼女と来たい。
「……ん?」
湖に魚以外の何かが見えて思わず覗き込んだ。
湖の中に見えたのは――あの骨董品屋の人形だった。
「なっ?!」
驚いた瞬間、凄い力で湖に引き込まれた。
手足に絡まる水草……その中で……確かにあの人形が俺の足を引っ張っていた。




