魔塔の主人は変なヤツ(後編)
造形が狂ったような魔塔内を漆黒の騎士ジェド・クランバルと魔塔の主人シルバー・サーペントは駆け抜けていく。
シルバーは異変のある箇所が分かっているのか、迷い無く走っていた。俺にはどこに向かっているのか見当もつかない。
そもそも単純にデッサンが狂っているのか、元のデザインがおかしいのかすら見分けが付かなかった。
マーブル模様の壁があったり変なキメラの像がいたり重力を無視して流れる変な色の噴水があったり……一体どこからどこまでが異変なのだろうか? 混沌が異変のせいで更に混沌と化し、悪い夢を見ているような景色に酔いそうだ……
「ところでシルバーはワープの魔法を簡単に使えるんだよな? 何故すぐに犯人の所に行かないんだ?」
「ふふふ……君には分からないかもしれないが、ネズミはこうしてじっくり追い詰めるのが楽しいんじゃないか。森で狩りをする時だって魔法は使わないだろう?」
……こわ。分かりたくも無いです。事件は早く解決した方が絶対いいだろ。
「まぁ、というのは半分冗談で、実は異変は数カ所同時に起きているんだ」
「半分本気なのかよ。……数カ所? 複数人いるって事なのか?」
「ああ。それも手に収まる程じゃない。かなりの人数の人間が動いている。そしてその全てがまるでこの魔塔内部を完全に理解しているかのように効率的に動いているんだよね」
「……魔塔内部に手引きをしているヤツが居るって事か?」
「その可能性は大いにあるねぇ。困るなぁ、魔法の発展を志す同志だと思っていたのに。ま、魔法使い内では魔塔には挑戦自由で、穴があったら襲っていい事になっているんだけどね。そうする事で穴が分かり、より強固になる……素晴らしいシステムだと思わないかい? やっぱりこれからの時代の防護や防壁魔法はこうやって発展させていかないとねぇ」
……いや公認なのかよ。
どこが多少マシなんだよ……やっぱり1番ロクでもないヤツじゃねえか。
ウキウキしながら走っているシルバーが急にスピードを緩め始めた。
「ジェド、避けた方がいいかもしれないよ」
「え?」
通路の死角から急に禍々しい魔法陣が現れた。そこからいくつもの氷の矢がこちら目掛けて乱射される。
大きな氷柱から細かい結晶までが刺となり襲いかかって来た。俺はすんでの所で伏せたが、シルバーはシールドを張ることもなく全て受けた。え? お前予測してたよな?? 何で避けないの???
氷が刺さったシルバーは平然としていた。よく見ると氷柱はシルバーに刺さる前に溶けていたのだ。
「氷は1番いけないねぇ。何のシールドを張らなくても私の魔力が発する熱で溶けちゃうから。威力は良いんだけど、私に向けるには向いてない。とは言え魔法陣自体は美しいし結晶までもが刺となって刺さる攻撃力は評価する。10点かな?」
何を言っているのか全然分からんが、そう言ってシルバーが魔法陣を描くと壁の影にいた者をシールド空間に包んだ。犯人らしき人はローブで隠れて分かりづらいが女性っぽい。シールドを喚きながら叩いている。
「うんうん。よし、次行ってみよう」
シルバーはまたウキウキしながら魔塔内を探し始めた。これ……どっちが悪いヤツか全然わからんな。むしろシルバーが鬼なんじゃなかろうか……
しばらく走ると今度は突然床に魔法陣が現れ、足元が無くなり2人して落ちる。
長い縦穴に落ちて行く途中の壁に魔法陣が描かれると、そこから鉄製の見た事の無い様々な銃が現れた。
「ほうほう、なるほどなるほど。異世界の武器との組み合わせ魔法とな。うんうん」
「うわああああ!!!」
俺は剣を抜いて可能な限り弾いた。何発かは肌や服を掠っている。
シルバーには当たってはいなかった。よく見ると小さな魔法陣に当たった弾が反射し他の弾を弾き、それが更に他の弾を弾くを繰り返して全ての弾を跳ね返していた。どういう理屈なのかさっぱり分からないが全部当たらなかった……
俺が壁に剣を突き立て止まるとその上にシルバーが乗った。いや魔法使えよ、浮くヤツとか。
「無限に続く縦穴に異世界の武器の罠を組み合わせたのは実にいいね。だが武器の威力がイマイチかなぁ。弾にも多少魔法要素があった方がいい。あと、罠という物はあくまで私のように迂闊に歩き回る者向きであって守りの要素が強い。相手が動かない場合には向かないかなぁ。浮いたらすぐに回避出来そうだし。という訳で君も10点」
シルバーが壁に魔法陣を描くと、壁の中からシールドに包まれた女性が現れた。
「お? 合わせ技かね?」
上を向いてそう言うのでそちらを見上げると上から水が押し寄せて来た。その中には鉄製の銛がいくつもあり、水と共にこちらを襲って来る。
シルバーが魔法陣から鉄製の傘を取り出し差す。え? そんなんで防げるの???
降り注ぐ水と銛は確かに防げてはいたのだが……
「ぐ……重い……」
「意外と防げる物だねぇ」
「防げない可能性もあったのかよ……」
「ははは。あ、雨が上がったら剣を引っこ抜いた方が身の為だよ」
「は?」
水がひとしきり落ちきると今度は下から青い炎が吹き上げて来た。かなり遠くからでも熱いので、普通の炎ではない……多分めちゃくちゃ熱い。
「青い炎を使うのは良いねぇ。でも、どうせならこっちを使った方がいいよ?」
シルバーが口を開けると舌に黒い魔法陣が描かれていて、そこから真っ黒な炎が出て青い炎目掛けて吹き出した。青い炎は黒い炎に完全に飲み込まれて焼失する。
その炎のぶつかり合う反動で俺たちは穴の外まで投げ飛ばされた。穴の外から見ていたローブの女2人がシルバーの作ったシールドに拘束される……またしても女であった。
「……お前の口の中どうなってんだよ」
「ふふふ、私は幼き頃ドラゴンに憧れていてね」
ドラゴンブレスの事か? ドラゴンに憧れるって、ドラゴンみたいになりたいって事じゃなくないか? あと、黒い炎って初めて見たんだが……それはちょっとカッコいい。俺も使いたい。
「上は洪水、下は大火事……というユーモラスに溢れた攻撃は中々いいが、威力に難ありだね。テーマ性だけで20点かな」
加算点そこかよ。
「それにしても、何か女ばかりじゃないか? 魔塔って女の魔法使い多いのか?」
「いや? そんな事は無いと思うけど……あまり魔塔の男女比については気にした事は無かったけど、確かに女性ばかりだねぇ」
シールドに拘束した4人は皆女性だった。偶然という可能性もなくは無いが……
次に出た所は広い場所だった。閑散とした空間に水晶だけがポツンとある。
「ここは?」
「ここは魔塔の監視の中枢さ。あーあ、そんなに壊れやすい訳では無いんだけど壊されてしまったみたいだねぇ。でも大丈夫、そんな事もあろうかと想定済みさ」
シルバーが水晶に手をかざすと割れていた部分がまき戻したかの様に元に戻っていく。
「魔力を込めれば修復する鉱石だ。希少なんだよね」
水晶が元に戻ると部屋が暗くなり、水晶の光が部屋中に反射してその一つ一つに魔塔各場所の映像が映し出された。
「映像石……?」
「ああ。これで各場所が一度に見られて、何が起こっているのか分かるだろう?」
そこに映し出された映像では、各場所で男の魔法使いが女の魔法使いに攻撃されて縛られていた。
「……やっぱ犯人全員女性っぽいな」
「ふむ……確かに。女性魔法使いばかりだねぇ」
「彼女達の目的は魔塔への挑戦なんだろうか? どう見てもめちゃくちゃ恨みを持って攻撃してるように見えるんだが……」
「何か他に理由がある、という事なのかね?」
「多分……」
ああいう目をした女性は何度も見た事がある。相当な怒りを男の魔法使い達にぶつけていた。めちゃくちゃ怖い……
「ではここが1番集まってそうだから行ってみよう」
シルバーが乱闘になっている場所の映る映像へ手を触れるとそのまま壁をすり抜けて行った。俺もその後ろを一緒にすり抜けると、景色が一瞬で変わる。
そこでは魔法使いと魔法使いが乱闘になっていた……いや、男の魔法使い達が一方的に女の魔法使いの攻撃を受けていた。
男達は魔法を受けて恍惚としている……何これ。
「なぁ、何でヤツらはあんなに喜んでいるんだ?」
「分からないかね? 我々魔塔の魔法使い達は魔法に耐性が付きすぎて、自身のシールドを打ち破る程の攻撃に飢えているんだよ。『死ぬ時は何か全然知らない魔法で死にたい!』が我々魔法使いのモットーだからねぇ。今受けているのは彼らでさえ防ぎきれない高等魔法ばかりなのだよ。ああ……私もあんな風に攻撃を受けたいなぁ。羨ましい」
……魔塔はど変態の巣窟じゃねえか。ただの魔法オタクの集まりかと思ったら魔法マゾであった。そりゃあうちの宮廷魔法使いも人気が無い訳だ。魔法使いやべえな。
いや、全ての魔法使いが変態になる訳じゃ無いと信じたい……ノエルたんが心配になってきた。
「あのまま放っておいていいのか?」
「うーん……男性陣が皆幸せそうな所を邪魔するのは忍びないが……ま、あの中にも私を楽しませてくれそうな物は無さそうだし。終わりにしようかねぇ」
そう言ったシルバーが腕の装飾を外すと、シルバーの周りに魔力が溢れ始める。
指が幾つもの魔法式を描き、複雑な魔法陣がシルバーの周りに沢山描かれた。
乱闘をしていた魔法使い達がピタリと動きを止め、その姿に目を奪われる。
「『拘束の鎖』」
その場にいた全ての人の前に魔法陣が現れ、全員が蛇のような鎖に拘束された。
女性魔法使いは暴れて喚いていた。遠くの方まで聞こえていた破裂音も聞こえなくなったので、どうやら争っている全ての魔法使いが拘束されたようだ。
「……何で男の魔法使いも拘束しているんだ?」
「おかわりを欲しがって暴動が起きそうだったからねぇ。これが手っ取り早いだろう?」
確かに。男達も恨めしそうに見ていた。
「あーあ……もう少し遊びたかったのだけど、挑戦以外の理由があるならば聞かねばならないからね。残念だよ」
魔塔には漏れなく魔法変態しかおらんのか……早く帰りたい。
シルバーは拘束されている女性の1人の口に伸びる鎖を外した。
「それで、何で女性陣はこんな暴挙に出たんだい? 挑戦ならば全然構わないのだが、他に理由があるなら聞かせてくれないかねぇ?」
シルバーはニコニコしながら女性に問いかけたのだが、女性は怒りを通り越して泣きそうになっていた。
「婚期……」
「ん?」
「魔塔に入ってしまったばかりに婚期を逃してしまったのよおおお!!!!」
その女性が泣き始めると周りの女性達もシクシクと泣き始めた。
「魔塔には魔法使いのエリートが沢山いるっていうから頑張って入ったのに……蓋を開けてみたら魔法と結婚したいみたいな変態魔法オタクしかいないし……他で婚活しようにも魔法研究が忙しすぎて全然暇ないし……そもそもこの大陸、魔法オタクばかりだからいい男全然見つからないし……魔塔になんか入るんじゃなかったと思って……」
「……ふむ?」
シルバーが他の女性達の口の拘束も解いてあげると同じように次々と話し始める。
「金回りは確かにいいのよ。流石魔法使いのエリートが集まる魔塔よ……でも、稼いでも使う所が全然無いのよ……」
「周りの男達は魔法の話しかしないし、こっちがいくら綺麗にしても興味無さそうだから……次第に綺麗にする事も止めてしまって……喪女まっしぐらで……確かに魔法は好きだけど……もう、うんざりだったの」
「だから爆発した恨みをぶつけて私達の気持ちを分らせてやろうと思ったのに……コイツら魔法使えば使うほど喜んでて全然効いてないし」
女性達が頷きながら泣いている。つまり、魔塔があまりにも魔法変態みたいな男ばかりで、婚期を逃した女達が暴動を起こしたという事だったのか。悲しすぎる。
「そうか。うーん……それは配慮がなって無かったねぇ。では、その辺りは何とかなるように手配して--」
「いいえ……私達、分かったんです」
「ん?」
女性達は何故か急に納得し頷き合った。
「あの……魔塔主様の魔法、美しかった」
「あれを見てしまったら……私……婚活とかどうでも良くなってしまって……」
「わかる……魔塔主様以上の魔法も男もいる気がしない……」
「コイツらが恍惚で魔法受けてるの全然分からなかったけど……あんな魔法なら……受けたい」
女魔法使い達は皆、シルバーを見てうっとりとしていた。
「ジェド、つまり……どういう事と捉えたら良いのだろう?」
「……女性陣は納得したみたいなのでこれにて解散という事で」
かくして、魔塔の暴動騒ぎはシルバーの魔法に女性陣が魅せられた事であっけなく解決した。
女性達は前よりもより魔法研究に励み、魔塔主を驚かせる魔法の研究開発を争い競っているとか……
尚……後日、今度はもう1度女性陣の魔法を受けたい男性陣達の暴動が起きて、また魔塔が戦禍となったとかならないとか。
やはり魔塔は魔法変態ばかりである……




