悪役令嬢は悪役令嬢になる前は天使だったりもする(前編)
ナディアは記憶を取り戻した。
皿洗い中に急に思い出したので衝撃のあまり皿を落としかけた。いけない、その皿はめっちゃお高いのだ。
この世界は、彼女が前世で散々プレイした『聖女の初恋kiss〜魔法学園は異世界のイケメン花園』にソックリであった。
そして……何と言ってもこの、ナディアがメイドとして働くお屋敷のお嬢様――ノエルこそ『聖女の初恋kiss〜魔法学園は異世界のイケメン花園』に出てくる悪役令嬢ノエル・フォルティスなのだ。
このままゲームの時間軸になれば愛するお嬢様が悪役令嬢として数々の悪行を断罪され、家は没落。
「―――私は路頭に迷う事に……そんな未来には絶対にしたくない! ……という訳なので騎士団長様、お力をお貸し下さい」
「なるほど、そういうパターンで来ましたか」
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公爵家子息で騎士団長のジェド・クランバルは悪役令嬢呼び寄せ体質である。
道を歩けば悪役令嬢に当たる、厄介ごとを抱えてる前世の記憶持ちの悪役令嬢は俺を頼る。
異国の信仰で神に願い事をかけて社から石を持ち帰るものがあり、その御礼参りとして願いをかけた石の他にもう1つ石を増やして奉納していく……みたいなものがあるらしいが、その石並に増えていくのだ。
先日は悪役令嬢のせいで魔王領まで行く羽目になった。命がいくつあっても足りない。
いや、結果としては、魔王領は全然危なくも何ともなかったのだが。
魔王アークとは妙に気が合い、魔王領のもふもふカフェにも良く遊びに行くようになった。
俺が過去に何度も悪役令嬢に絡まれた話をすると、可哀想な者を見るような目をされたが、そんな目で見ないでほしい……惨めになるから。
ちなみに魔王領では『ファンタジーみたいにどうしようもない悪役令嬢にしつこく追われる騎士』呼ばれ、略して『フンどし騎士』と影で呼ばれていた。何か、響きが異国のパンティのようで遺憾の意である。
話がだいぶ逸れすぎたのだが……今回の悪役令嬢案件は、悪役令嬢本人ではなく悪役令嬢に仕えるメイドのナディアからの相談である。
前世の悪役令嬢関連の記憶を持ってる人にはそんなパターンもあるのかと感心したが、何で揃いも揃って俺のところに来るのだろうか。
「悪役令嬢の運命を変える程の財力や権力があるのは公爵様しかいないと相場は決まっておりますので……」
ほー、相場が決まっているのですか。だがしかし、公爵家はまだ親父が現役バリバリ当主であり、俺には何の財力も権力もありませんので悪しからず。
「話は分かったが、その話のノエル嬢も今はまだ幼い子供なのだろう? ならば悪役令嬢にならないように説得したり育てたりすればいいのではないか?」
「ところがどっこい、そう簡単な話ではないのです」
……どっこいって何?
異世界の記憶がある奴らって意味不明な言葉を使うのが好きだよな。最近こっちにまでその変な口調がうつって来ている気がする。わけわかめ。
庭園でお茶を優雅に楽しむ幼き令嬢。
彼女が後に『聖女の初恋kiss〜魔法学園は異世界のイケメン花園』で断罪される悪役令嬢ノエル・フォルティスである。
ナディアに連れられフォルティス家に来た俺は、庭の茂みに隠れてその様子を見せられていた。
仮にも公爵家子息の俺が庭に隠れて幼女を観察する必要があるのだろうか? この間のロリコン疑惑が忘れられたばかりなのにまた浮上してしまいそうで、正直勘弁していただきたい。
「こうやって影から見守る理由は一体……堂々とノエル嬢とお茶をしながら話をするのでは駄目なのだろうか?」
「いい訳無いじゃないですか! お嬢様が断罪される悪役令嬢だなんて……そんな悲惨な未来が待ってるなどとお伝えしたらどんなに悲しむか。それに物語を知っている者が登場人物にネタバレするなんて、何が起こるか分かりませんからね!」
おお、そうなのか? そんな所に気を使う転生者に今まで会ったことが無いので目から鱗である。
だが経験上、自分の運命を知って簡単に諦める悪役令嬢は1人もいなかったので大丈夫だと思う。あ、いや……1人、死のうとする令嬢はいたっけ。
ネタバレについても心配する必要は無いと思うけど……割と登場人物が他の物語と被っていたりするから。皇帝とか何回登場した事か。
「それで、その『聖女の初恋kiss〜魔法学園は異世界のイケメン花園』というのはどういう話なんだ?」
「よくぞ聞いてくれました!『聖女の初恋kiss〜魔法学園は異世界のイケメン花園』はその名の通り、魔法学園に入学した聖女が魔法を覚えながら同じ学園に通うイケメン魔法使い達と恋に落ちるという乙女ゲームです! イケメンの好感度を上げる事によって主人公の魔力が上がり、恋愛と育成をしながら最終的に闇に堕ちた悪役令嬢を倒します」
悪役令嬢もついに魔王みたいな扱いになってしまったのか……
ノエル嬢をもう一度見る。そこには天使のように幸せそうな顔でケーキを食べている少女がいた。可愛すぎる。
「ノエル嬢に何があって闇に堕ちて倒されるような子に育っちゃうんだよ……」
「そこについてはゲームで知る事が出来たので安心してください。制作者は悪役令嬢であるノエル様に想い入れがかなりあるらしく、ノエル様のサイドストーリーやどんな闇を見て主人公を憎むに至ったのか、最後はどんな気持ちで断罪されてその後一族末裔がどんな目にあったのかまで事細かに描かれています」
それって想い入れがあるのか相当恨んでるのか、これもうわかんねえな。
「ノエルは最初は天使のような女の子でした。そんな彼女が変わったのは、ノエルが5歳の誕生日を迎えた年……両親がノエルの淑女教育にと付けた教育係のジョアンヌ夫人。彼女は優秀な教育係という評判とは裏腹に、幼きノエルを両親の目を盗んで虐めることで自分を満たすような人物であった。ジョアンヌ夫人から恐怖とその狡猾さを学んだノエルは、その正しく清らかな心を次第に歪めていくのであった。とノエル様の回想1で有りましたね」
「なるほど……」
と思ってノエル嬢の方を見ると、反対側から鞭を持った怖そうなおばはんが歩いて来た。
ちょっ、お前やーーー!! ジョアンヌやーーー! 顔めっちゃこわーーー!!
えっ、優秀な教育係という評判って言ったよな? よく両親許したな! ちゃんと本人確認した???
ダメでしょう偽の評判に騙されちゃ!! あいつのせいで一族末裔まで大変な事になっちゃいますけどーー????
完全に裏で虐めます、むしろ表でも堂々と虐めます、みたいな凶悪な顔したおばはんがニタニタ笑いながらノエル嬢に近づいて来た。完全に鬼である、世間を渡る鬼である。
「ノエルさ――ンぐっ!」
「えっ……? あら? 今、呼ばれたような気がしたのに……気のせいかしら? ケーキおいしいな。幸せ」
鬼ことジョアンヌ夫人がノエル嬢に挨拶しようとしたので首トンで気絶させ、ノエル嬢が振り向く前に光の速さで回収した。最早これ騎士団長じゃなくて暗殺者だわ。
だが、目の前で起こる悲劇は回避しなくてはいけない。ジョアンヌ夫人には別の遠い国で教育係の斡旋をしよう。しっかりして強いタイプの令嬢とかを選べばいいだろう。ノエル嬢にも違う教育係を手配しよう。公爵家ならば容易い事だ。
これで万事解決だな……今回は楽だった。
「よし、これでもう彼女が悪役令嬢になる事も無いのだろう? 俺の役目は終わりだな」
「いえ、そうではないのです。ノエル様の回想2によりますと……」
……え? まだあるの?




