表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/7

復讐者の末路

 一輝はとある店の奥で壁に背を預けて座り、休憩していた。左手に握られている合成食糧を一気に口に詰め、足下のペットボトルの水で胃に全てを流し込む。


 その間、視線は常に外へと向けていた。いつ襲撃されてもいいように警戒しているのだ。


 先程武器にしていた標識の破片が道路に散らばっている。この店に入る前に少し強い個体と戦って折れてしまったのだ。


 先程魔物がこの店の前で一人の女子生徒の死体を弄っていた。


 魔物を倒した後でそれを確認したが、赤い戦闘服と赤いリボンの生徒は見覚えがあったものの、何という名前なのかは忘れてしまった。


 せめてもと思い店内に運び、店にあった布を被せて奥で寝かせておく。


 数分後、彼女から出る臭いが店中に充満したが、彼は気にしなかった。


 彼はその戦いで変化が生じた右腕に触る。


 その時、外から小さな足音が聞こえた。


 足音の主はゆっくりとこちらに近づいてくる。


 音の感じからして女子、それも彼よりだいぶ年下と思われるほどの身長。更に、この状況でここまで来ることができるのは魔法使いしかいない。


 しかし、生徒ならば班を組む筈である。単独行動は通常ではありえない。


 では大人の魔法使いか?否、彼の記憶の中でそこまで背の低い魔法使いは存在しない。


 ならば誰か?彼には思い当たらなかった。


 否!一人だけ、学園生であり、単独での行動が許されるほどの実力を持ち、そして、自分よりも身長の低い女子を彼は知っている!


 その人物は…


 足音が店の中に入ってくる。彼女は一輝の目の前まで歩み寄った。


 十一月、絶体絶命の危機に一輝を救った銀髪の少女…


 「誰かと思えば、おぬしじゃったか」彼は少女の顔を見る。


 東雲アイラがそこにいた。



 彼女の見た目はどう見ても幼い少女であったが、そこから漂う雰囲気はその年齢からは考えられないものだった。


 彼女は時々自分のことを吸血鬼だと言っていたがそれを聞いて信じる者は殆どいなかった。


 だが、今の一輝ならばわかる。彼女は年齢を偽って生きている。


 恐らく、何らかの魔法で生き長らえてきたのだ。その上で、吸血鬼だと名乗る羽目になってしまった事もだいたいは予想がつく。


 そうでなければ髪の毛のほぼ全てが銀に、否、白に染まり、自分よりも深い紅の瞳をしている理由に説明がつかない。


 「まさか…あんたが霧に侵されていたとはな」一輝は自分を見下ろす少女そう言った。


 「おぬし……何をした」アイラは彼の急激な容姿の変化に困惑を隠せなかった。


 「………体質だ」彼はこの事が魔法によるものだとは言わないことにした。


 自力であんたの謎を解き明かしたんだ。あんたも俺の謎を解いてみろ。


 これはそんな意味を込めた彼なりの挑戦状だった。それを彼女が理解するかは別ではあったが。


 彼女は彼の右腕を見た。青く太く変化したそれはもう人間のものではなくなっていた。顔色も悪い。息が絶え絶えだ。


 「もう長くないな」彼女は哀れみの目を向ける。恐らく保ってあと一時間だろう。


 「なあ、あんたは何年生きてきた?」彼女が彼にとどめを刺そうとしたとき、不意に彼が質問した。彼女の動きが止まる。


 「あんたってさ、転校してきた時からずっとその姿だよな?こんな痛みを背負って今日まで生きてきたなんて、凄えよあんた。一体どんな魔法を使ったんだ?」彼女は口元に手を置いた。


 言うか…言わずに彼を楽にさせるか……


 「三百年じゃよ」彼女は彼の冥土の土産に教えることにした。


 何度か他の生徒に言ったことはあったが、誰にも本気にされたことはなかったこの話は、目の前で苦しむ自分の未来の姿のような少年にようやく信じてもらえたのであった。


 「三百かぁ……」彼は天を仰ぐ。ざっと計算して十一万日だなと続けた。


 「時間停止の魔法でこの姿のまま生きておる。この魔法のせいでわらわは不老不死じゃ……死ぬこともできん」彼女の言ったことに興味が湧いた。


 「それをかければさ、こんな姿の俺でも生き延びることができるのかねえ」彼女の目を見る。


 「まさか自分にそれをかけてくれと言いたいのか?」彼女はまさかと思いながらもそう聞いた。


 「ご名答」彼女は呆れてしまった。


 「想い人の仇を取るために復讐の鬼にでもなるつもりか?」彼は肯定した。


 「それがどんなに苦しいことかをわかっておらんじゃろ?」彼は認めた。


 「死ぬのが怖くなったのではないのか?」彼は否定した。


 確かに、最初の彼は死ぬ気だった。そのために一人で魔物と戦った。強い魔物と戦って殺されたかったが、弱い魔物を倒して得た力で強い個体と戦い、勝利する快感を覚えてしまった。


 するとどうだろう。仇討ちの事は忘れなくとも、もっと強くなりたい、もっと魔物を倒したいという欲求が彼の中で芽生え、それと同時に、死への恐怖が生まれてしまった。


 「哀れじゃな」彼女は思わず笑ってしまった。


 「女のために強くなった狂戦士は目標を失って怒れ狂い、更なる力を得ようと暴れ回るも、ふとした事で死への恐怖を抱き、たった一人の女に縋り付く…か」彼はそれを失笑した。


 「死ぬのは……怖いさ」そう言う彼の目は変わり果てた腕に向けられていた。


 「確かに、わらわはお主に時間停止をかけられる」一輝は自分が笑顔になるのを感じた。


 「なら…」直後、それは消える。


 「だがダメじゃ」彼は絶句した。


 「そこまでして戦うのは、わらわだけで充分なのじゃよ」彼は彼女を見る。その目には憂いが込められていた。


 数秒の沈黙。彼女の胸元の宝石が輝いた気がした。


 「ふざけるなよ……」沈黙を破ったのは一輝だった。彼の左手が力強く握られる。


 その時だった。遠くで大きな物音が聞こえてきた。それは徐々に大きくなっていく。


 彼は直ぐにわかった。これはタイコンデロガだと。彼は壁に手をつきながら立ち上がる。


 東雲アイラは振り返っていた。彼女は魔法でどんな相手かを確認していた。


 「どうやらタイコンデロガのようじゃな。直ぐに片付けてくる。お主はここで待っ……!」言葉は最後まで続かなかった。


 彼女が彼の方へと顔を向けた瞬間、彼が彼女を頭から腹部にかけて右手で、魔物のような右手で切り裂いたのだ。


 彼女は血の海に倒れる。


 「………なんだ…不死なんて、嘘だったのか……」右手はもう自分の物ではないように思えた。


 彼女を切り裂いた感触も、その手から伝う血の温度も何も感じられない。

 

 黒く鋭く変化した爪は彼女の血液がべっとりとついている。


 しかし、彼はそれを気にする事無く店を出た。


 丁度近くのT字路から魔物が出てくるところだった。


 彼は一度だけアイラを見る。何も変化が無い。


 「すまない」彼は雄叫びを上げて魔物へと走っていった。



 「グウッ!」激痛に耐えながら霧を吸収する。今回の魔物は今までのよりも強力だった。


 しかし、その分得られる力は物凄く大きい。倒したときの爽快感はとてつもなかった。


 彼は全てを吸収し、力が溢れてくる感覚を味わった。


 だが、それは突然やってきた。


 「ガァッ!?」彼は急に苦しみ始めた。まるで身体の中で霧が暴れているようだった。いや、その通りだ。


 今まで抑えられてきた霧が彼の意識を乗っ取ろうと暴れているのだ。


 彼は自分の目線が高くなっているのを感じた。否、これは自分の足が魔物化して大きくなっているのだ。左腕がおかしい。否、これも魔物化の影響だ。


 徐々に徐々に意識が霧に浸食されていく。


 外見はもう完全に人型の魔物であった。今まで吸収してきた霧が、魔物の身体を作っていく。


 あと少しで彼の意識が無くなると思われたその時、突如左胸を何かで貫かれた。



 痛みは無かった。



 彼は残った気力で首を動かして貫いた者の姿を確認する。


 先程殺したはずの東雲アイラが片手をこちらに向けて、店の前に立っていた。先程胸を貫いたのは彼女が放った魔法だ。


 少しずつ、体の形が崩れ、霧に還っていく。


 ─嗚呼、俺は死ぬのか……長かったな…


 一輝はようやくその事を理解した


 いつの間にか、アイラが近くに立っていた。


 「許せ。お主を救うにはこれしかなかった」目を閉じ、彼の死を悼む。


 彼の体は地に伏している。その顔はとても安らかなように彼女は感じた。


 「必ず仇は取るからの」彼女はその場を離れる。


 その小さな背中にはいったいどれほどの想いを背負っているのだろうか。


 第8次侵攻を敗戦にした最大の原因となるムサシ級が現れたのは、その数時間後であった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ