復讐者の誕生
今、一輝の班と可奈は避難所である神凪神社にいる。
そこで一般人と一緒に怪我の治療と魔力の補給をし、次の戦闘の準備をしていた。
可奈の班員の二人もそこにいた。彼女らは恵ともう一人の生徒の死を悲しんでいた。
皆がそれぞれの治療を受けている中、一輝は一人、外で壊された街の風景を眺めていた。
デバイスで被害状況を聞く度に彼は奥歯を噛み締め、手の平から血が出ているのにも気づかないで拳を握り締めていた。
数分後、「待て市川!」という声と共に、怪我人を回復魔法で治療していた男子生徒が、未だ傷が癒えていない状態でもお構いなしに出て行こうとする一輝を止めた。
男子生徒は回復魔法が下手ではあるが使えたため、猫の手を借りたかった救護班は彼にも治療をさせていた。
そんな彼はかつて一輝の友人だった者で、一輝が強くなろうと無茶し始めてから離れていった者達の一人である。
「止めるな柏崎」一輝はそう言って男子生徒、柏崎忍を一瞥した。
一輝の魔力は既に回復し、後は傷を癒すだけだった。
しかし、怪我などどうでもいいと言って彼は忍の治療を受けなかった。その結果、忍は彼を止めに救護テントから出てきた
忍は確かに彼から離れていったが、仲間が死地に行くことを良しとはしなかった。
彼も本当は戦場に出て戦いたかった。
だが、先の通り救護班に回された彼は、デバイスで友人がいた班が全滅したことを知り、絶望していた。
自分だけ生き残るのなら、彼は戦場に出て友人達と一緒に死んだ方がマシだった。
そんな思いからか、自分の判断で戦場に行くことができる一輝を許せなかった。
「どうしても行きたいのなら、俺を倒してからだ」彼はそう言って構えた。
だが
「お前が俺に適うわけないだろ」一輝はそれを聞いて直ぐに彼との距離を詰め、鳩尾を殴って彼を気絶させた。
「すまない」彼はそう言って未だ一般人が避難している神社の石階段を駆け下りていった。
下では階段の脇に班長が腕を組んで立っていた。
「行くのか?」意外にも彼女はそういう以外何もしなかった。彼はそれを頷いて肯定する。
「そうか」それっきり彼女は何も言わなかったため、彼は街へと走り出した。
「この大馬鹿野郎」彼女の呟きは風に避難してくる者達には聞こえても、彼には届かなかった。
一輝は街に着くと、未だに避難が完了していないことに驚いた。
先程階段を上っていたのはその中の一部だったのだと彼は知った。
最後尾では魔物と戦っている生徒が見える。
彼は近くに来た魔物を倒して最後尾へと走った。タイコンデロガよりも遙かに弱い魔物に苦戦する生徒達に助太刀し、どのくらいで避難が終わるのかを聞いた。
すると、まだまだ先という答えが返ってきて、彼は驚きを隠せなかった。
その時、再び魔物が現れる。彼は一撃でそれを仕留めると、ここは任せると言って街中へと行こうとした。
だがしかし、そんな彼に声をかける者がいた。
一般人の男性だ。男性は彼に、「逃げるな、俺達を守れ」というようなことを言った。
魔法使いは自分達を守るべきだ。つまりその見習いでもある生徒も勿論自分達を守って当然だ。そう言う女性も現れた。
彼はそれを聞いて無表情になった。そして、未だ何か言おうとしている男性の頬を、魔力を込めずに全力で殴りつけた。勢いよく男性は地面に倒れ、意識が無くなってしまった。
彼の脳裏に恵の死ぬ間際の顔が浮かび上がる。
「ふざけるな!」彼はそう叫んだ。その迫力に、今まで煩かった周囲が一瞬で静かになる。
彼はその後、街の中央へと走って行った。一般人からは恐怖の、生徒達からは感謝の念をその背中に受けながら。
が、この時生徒達は、何故彼は班員を連れていないのだろうと疑問に思った。
そして彼らの内、生き残った者は彼の目的を知って驚いたのだった。
その後、彼は一心不乱に魔物を討伐していった。しかし、幾ら討伐しても魔物に対する憎しみは消えることは無かった。
多くの魔物を倒していく中、彼はさらなる力を欲した。例えその力の代償が自分の命であってしてもだ。
そしてそれは、思わぬ形で手に入ることになる。
彼が血塗れの状態で十何匹目かの魔物と戦っている際、魔物の傷口から噴き出る霧を、彼は自分の中に取り込めたらと思い、その様子を想像し、そして、無意識のうちに命令式を頭の中で描いてしまった。
カチリという音が近くで聞こえた気がした。
次の瞬間、魔物の傷口から出ていた霧が彼の方へと流れてきた。彼はそれを新たな攻撃手段かと思い、しかし浸食されるのを望んでいた彼は好都合だとも思い、抵抗することはなかった。
霧が、いつの間にか胸元に浮かび上がっていた命令式に吸い込まれていく。
すると彼の身体に激痛が走った。あまりの痛みに思わず声が出る。
だが、その痛みを耐えれば更なる力を手に入れることができると知っている彼は、地獄のような時を耐え抜こうとした。
しかし、魔物はそんなことはお構いなしに彼に攻撃する。
触手を一本に集束させ、それを使用して跳躍し、彼を押し潰そうとした。
「邪魔をするな!」もう少しで彼の上に着地するかと思われた魔物は、彼が腕を一振りしたことによって、元々強くはなかった個体だったため、一瞬で討伐されてしまった。
討伐の際に一気に放出された霧が彼の中へと入っていく。彼は先程よりも酷い痛みに、立っていることができなくなった。
─これを……あいつは耐えていたのか…
やがて、徐々に痛みが引いていく。彼は息が絶え絶えになっていたが、身体の奥から沸き上がってくる何かを感じていた。
「はは…ははは……」自然と笑みが浮かび上がってくる。あれだけの苦痛を味わっても尚、不思議と恐怖は感じられなかった。
霧に侵された者には死しか待ち受けていなくとも。
─死ぬのを怖がる?何を言っている。
自分は死ぬためにここに来たのだ。
自分がどんなに身勝手で馬鹿げたことをしているのかはわかっている。しかし、もう彼を止める者は存在しない。
例え力で押さえ付けたとしても、彼は死ぬまで抗うだろう。
たった一人の少女のために己を鍛えてきた男の心は、彼女の死によって粉々に砕けてしまった。
もう人類の未来など知った凝っちゃない。せめて仇である魔物を、この街にいる魔物を全て倒す。
それが彼の考えであった。
─力が…溢れてくる……
沸き上がる何かを彼は力だと、魔物を倒すための力、魔力だと理解した。
さすがに減った魔力が回復するなんてことはなかったが、魔法の威力は上がっていると感覚でわかった。
これなら勝てる。
何に?
水無月風子に、生天目つかさに、武田虎千代に、そして、銀髪の少女に!
否!
そいつらを凌駕する強さを持った魔物に、俺は勝てる!
彼はその後、視界に入った全ての魔物を討伐し、その度に出てくる霧を吸収していった。
勿論、魔力が無くなれば元も子もないため、近くにあった店を休憩所として利用し体力と魔力の回復を図った。
しかし、それ以外の時間は全て討伐と吸収の繰り返しだった。
そんな彼の容姿はすっかり変わってしまった。
元から黒だった瞳は紅に染まり、同じく黒色の髪の毛は毛先から銀に変色し、最終的に六割は銀色になっていた。
そして、運命の時がやってくる。