絶望
数分前、一輝は恵を発見した。全力で走ったため息が絶え絶えだった。
しかしそれでも彼は魔物と戦わなければならない。何故なら恵は彼の─
突然、爆発が起きた。次に魔物の悲鳴が響く。
何があったのか、彼はわからなかった。
だが、あえて彼が見た光景を記るすとしたら、恵のたった一発の魔法が、無傷の魔物を仕留めたとすれば良いのだろう。
一輝は理解できなかった。可奈の話を聞いていればこの状況にもついていけたのだろうが、聞いていなかった彼はただただ呆然と立ち尽くすだけであった。
恵の実力は学園でも中の上。そして相手していた魔物は一輝なら楽勝だが、彼女は本来ならば適うはずがない程の強さだった。
何故そんな魔物を彼女は一人で倒せたのか。その答えが見つからないまま、一輝は彼女に向かって歩き始めていた。
当の本人は疲れたのか、その場で膝をついて休息していた。その行動は周辺に魔物がいないからできるのである。
「恵…」一輝は声をかけた。油断していたのか、彼女の肩が跳ねるのを彼は見ていた。
彼女は自分が夢でも見ているのかと思った。何故なら彼は今一番来て欲しかった人物だったからだ。
もう自分の命は少ない。そんな時、彼が近くにいてくれたら…彼女の願いは天に届いたのだった。
「恵…」彼は彼女の傷だらけの体を見た。彼の顔は悲痛なものであった。
彼の強さへの執着は彼女を守りたいという理由だった。生徒会長に言ったことなどただの後付けでしかない。
彼女は自分の傷を見られ、ばつの悪そうに笑った。流石に、この姿だけは見られたくなかったなと呟く。
だが、嬉しいという事には変わりはなかった。
その時、直ぐ近くから魔物の咆哮が聞こえた。二人は一瞬で臨戦態勢に入り、辺りを見回す。
近くの曲がり角からタイコンデロガ級の魔物が現れた。
一輝は今回はまだタイコンデロガとは戦っていなかった。
しかし、彼は日頃からそれらと同じような強さの魔物相手に互角に戦っていたため、今回も同じように倒せると思っていた。
だが、今回は違った。タイコンデロガにも強さの位があるのなら、今目の前にいる相手は中の下だろう。
自分が今まで相手してきたのは下の下か、下の中辺りだったのだと彼は理解した。
今まで戦ってきた経験から、今の自分では勝てないと直感でわかる。
しかし、恵は諦めなかった。彼女は自分の身長よりも大きな氷を出現させると、魔物目掛けて発射した。氷は魔物の目に刺さり、たまらず相手は悲鳴を上げた。
「一輝くん!」彼女は彼に呼びかけた。呆気にとられていた彼は正気に戻ると、自身を魔法で強化し、魔物に突撃した。
そして魔物の触手を掴むと、交差点の中央でハンマー投げのように魔物を振り回し、今しがた遠くに現れた弱い個体に目掛けて投げ飛ばした。
弱い個体は彼の攻撃を避けきれず、飛ばされたタイコンデロガの下敷きになってしまう。
「恵!」彼は彼女を呼び、二人で同じ火球の魔法を放つ。二つの火球は魔物に着弾すると火柱を上げた。魔物の断末魔と思わしきものがこちらまで届く。火柱が消えた時、魔物の姿は無かった。
彼はため息をついて膝に手を置いた。強い個体を倒して一安心したのである。
しかしその安心は彼女の苦しそうな声で不安へと変わった。
彼女は歯を食いしばって身体を駆け巡る痛みに耐えていた。息が詰まり、目の焦点が合わなくなった。
彼は彼女に大丈夫かと、明らかに大丈夫てないのに聞いてしまった。
数秒間その痛みは続いたが、その間の時は一時間もあるのではないかと思う程の、とても苦しい痛みであった。
一度深呼吸して乱れた息を整える。
彼は彼女に何があったのかを聞いた。
彼女は可奈が話したものと同じ内容を彼女視点で伝え、更に、自分は霧に侵されていると言った。
その回答に、彼は絶望を隠せなかった。
霧に侵された者の末路は、霧に浸食されて魔物になるか、あまりの苦痛で死ぬかのどちらかであった。
つまり、彼女の命は残りわずかだった。
だが、霧に侵されている者の魔法はとても強力になる。彼女はそう教えた。自分だけで魔物を倒せたのも、この力の御陰だと彼女は言った。
代償はとても大きな物であったが…
「恵…」一輝の目には涙が溜まっていた。自分が守りたかった者は、自分が近くにいなかったばっかりにもうじき死ぬ。
これでは、何のために自分は強くなったのだ。彼はそう思い涙を流した。
彼女は、恵は一輝の想い人だったのだ。
「…恵」彼は少しして、意を決した。自分と同じ時期に転入し、十一月までバカやって共に笑い合い、その後周りが離れていく中いつも自分を心配してくれていた人物、矢坂恵に市川一輝は自分の想いを伝えた。
所謂告白というものだ。
今までしなかったのは、自分に決意が無かったからだ。しかし、彼女との時間はもう少ないと知り、ならば、玉砕覚悟で告白し、未練を無くそうとした。
最初は沈黙だった。しかし彼女はやがて涙を流し始めた。嬉しかったのだ。彼女も彼を想っていたのだ。今まで言えなかったことを彼が言ってくれた。十一月までの彼に戻って欲しいと何度も願った。そしてそれは自分の死が間近に迫った時に実現した。
そこにいたのは十一月までの彼であった。
彼女の返事に彼は喜んだ。二人はこの時とても幸せだった。
しかし、そんな彼らの幸福は、突如出てきたタイコンデロガによって崩された。
その直後に何があったのかを彼は覚えていない。突然タイコンデロガによって壁に叩きつけられた彼は、意識を失ってしまった。
目を覚ますと、恵と魔物が同時に攻撃し、彼女の魔法が魔物に着弾する直前、魔物の触手が彼女の右胸を貫いた。魔法は魔物に当たり、魔法は一撃で霧になっていた。
「恵!」彼は倒れる彼女を支えた。彼女は深紅の血を吐き出す。肺を貫かれたのだ。
「ごめん…ね…」そう言って彼女は息を引き取った。
彼は気が付くと大声で泣いていた。それに気づくと、泣くのを止め、涙を拭いた。
そして、彼女の死体を抱き上げ、来た道を戻った。道中、魔物は現れなかったが、彼の心の中は魔物に対する憎悪で満たされていた。
それが、先程彼の身に起きた出来事である。