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第8次侵攻

 西暦二千十四年九月二十七日


 突如孟山にて大量発生した霧の魔物は、一年前に半壊した国軍のさらに大多数を消滅させ、近くにある村を町を破壊し、人々を殺戮していった。


 国軍が使えなくなったため、日本で唯一の魔法使い養成機関である私立グリモワール魔法学園は生徒を最前線へと送り出した。


 普段は弱い魔物としか戦ってこなかった学園生達がいきなり強い個体と戦っても、成果など得られる筈もなく、イタズラに生存者を減らすという行為にしかならなかった。


 仲間が死んでいく中で彼らは絶望し、戦うことができずにその場で動けなくなってしまう者もいれば、その場から逃げ出す者もいた。


 心を強く持ち、勇敢に戦う者もいるが、その殆どが己の生きている時間をただ短縮させるだけであった。


 健気に戦う少年少女達の命が次々に消えていく。


 しかし、彼らに降りかかる絶望はそれだけではなかった。


 彼らが守るべき一般人が、戦意喪失した生徒を見て、「もっと戦え」「俺達を守れ」「休んでないで魔物を倒せ」と言って、自分達の孫や子供、或いは自分と同じ年代の、それも精神的にまだ未熟な少年少女達を、相手の強さに絶望している生徒達を再び戦わせようとし始めた。


 最初は極一部の彼らに差別意識を持つ者が言うだけだった。しかし、守られる者は次第に傲慢になっていく。


 避難している際に魔物に襲われ、避難誘導していた生徒がそれを倒す。再び襲われ、そして倒す。一般人は、生徒達は自分達を守るべきだと思い始める。


 やがて、彼らに手に負えない程の強大な魔物が現れる。本来ならば一時撤退するのだが、今の彼らは守らなければならない者達がいる。


 さらに彼らは常日頃から一般人を守るようにと教えられてきた。


 その結果、例え仲間が死亡しても一般人の避難が完了しなければ自分達は避難できないため、どんなに無謀だろうと魔物と戦うしかなかった。


 もし魔物に恐怖し、戦えなくなっても、先の言葉を浴びせられるだけである。


 もちろん、生徒達に感謝し彼らに「自分達を気にしないで逃げろ」と言う人もいる。


 しかし、人の同調圧力とは恐ろしいもので、そんな声はかき消されてしまった。


 あまりにも非道な扱いに、生徒と一般人との衝突が何件か報告されている。


 魔物の侵攻は止まらない。人類の敗北は目に見えていた。


 生徒の一人である市川一輝は、周りが班を組んで魔物を集団で討伐する中、単独で魔物を討伐していた。


 彼は一年前の十一月、仲の良かった女子生徒を自分のせいで亡くしていた。


 国軍が半壊したのはその直前で、結果、当時負傷した班員を逃がすために戦っていた彼と彼女の前に、一体の「タイコンデロガ級」という、通常の魔物よりも数倍強く、巨大な魔物が現れた。


 最初、班員達は逃げることを主張した。が、彼はそれを却下し、魔物と戦うと言った。


 さらに彼女も、ここで魔物を足止めしなければ、他の生徒にも被害が出ると主張した。


 班員達はそれを聞いて、彼らに足止めしてもらうことを選んだ。選んでしまった。


 結果、彼女は一輝を庇って致命傷を負い、一輝も魔力切れ寸前になり絶体絶命になってしまった。もしあの時、銀髪の少女が近くを通りかからなければ、彼も死んでいただろう。


 その後、彼は当時の自分の判断を悔やみ、そして、己の弱さを憎んだ。憎む原因となったのは、二人掛かりでも倒せなかった魔物を、少女が一人で仕留めたのが大きかった。


 自分にもあの力があれば、彼女は死ななかった。そう考えると、自分自身が許せなくなった。


 このままでは大切な人を守れない。


 その後彼は一人で魔物を倒すようになった。自力で魔物を探し出し、討伐していく。それも、クエストを設けることも無く。


 今まで毎日出ていた授業は、週に二度出るかどうかという状態になったが、その甲斐あってか、新年度で彼は学園の中でもかなりの実力者になっていた。


 しかし、彼の行いは風紀委員、更には生徒会にまで目をつけられるようになった。


 何度生徒会長に注意されただろう。何度教師に叱られただろう。何度友人達に止められただろう。周りの人間は、それを忘れるほど魔物と戦い続ける彼から次第に離れていった。残った者は僅か数名だった。


 時には他の生徒が設けたクエストに乱入し、周りの人間そっちのけで暴れ回り、血塗れになっても戦い続けたという報告までされていた。


 何故そこまでして魔物を倒すのか。現生徒会長水無月風子はそう尋ねた。


 彼は答えた。


 曰く、己の力を鍛えるため。


 曰く、多くの場数を踏むことで、その場その場の状況に合わせて戦いやすくするため。


 曰く、自分が強くなり、一人で戦えるようになれば、余計な被害を抑える事ができるから。


 最初の二つは学園でもできると論破しようとした風子であったが、最後の一つを聞いて押し黙ってしまった。


 以前の、風紀委員長であった頃ならばそれさえも直ぐに論破できただろう。


 しかし、彼女は動揺してしまった。


 風子が生徒会長になってから、生徒達の士気は下がっていた。理由は明白で、前生徒会長である武田虎千代という存在がいなくなってしまったからである。


 彼女はとても強かった。勿論風子も強い。


 しかし、それより遙か上の強さが虎千代にはあった。それこそ、タイコンデロガを一人で倒せる程の強さである。


 学園はそんな彼女と、それと同様の強さである生天目つかさがいたからこそ、魔物との戦いに絶望することはなかった。


 しかし、そんな彼女達がいない今、風子は新たな方針を建てようとしていた。


 上級生を目標にし、下級生を育てるというものだ。一つの力に拘らず、最上級生を上級生が目標にし、上級生を下級生が目標にして力を強くしていく方針だ。


 故に、一輝の主張は今の彼女でも論破できる筈だった。筈だったのだ。


 一輝の成績は十一月までは中の上だった。しかし、彼が積極的に魔物を討伐していくにあたって、先のように成長していった。今では侵攻後に一度だけ行われた生徒会以外全生徒参加のトーナメントにて、決勝に残った程の実力者になっていた。


 彼をチームに入れれば勝利は確定。そんな噂を彼女は耳にしたこともある。


 彼は無意識ながら、その力でメンバーの士気を上げていたのである。


 故に、迷ってしまった。今までこのようにして強くなろうとした者は何人もいた。しかし、そんな者達は魔物に殺されるか、強くなれずに挫折して諦めるか、圧倒的強さを持った前生徒会長に説得されて止めるかの三つであった。


 だが彼は違った。魔物との戦闘では死なず、メキメキと力を付け、今や生徒会に入っても良い程の戦闘力を持った。


 このままいけば虎千代まではいかなくとも、彼の強さにより魔物との戦いに勇気を持つ者も現れるかもしれない。


 風子はそう考えてしまったのである。


 結果として、最低でもクエストは設けろということで収まった。それにより、何かあれば他の生徒が彼を助けてくれるからだ。


 そして、強い魔物とのクエストも、生徒会役員が一人同伴すれば受注してもよいという事になった。



 さて、そんな彼が何故一人で魔物を討伐しているかというと、班員が足手まといだったからだ。


 彼も一応班を組んでいる。しかし、その班員は彼がいなくともなんとかやっていける者達で、彼は自分はいらないと判断して先に歩いていってしまった。


 だが、これは彼が班員を戦闘に巻き込みたくないという理由での行動だった。それを知っていた班長は、班員を説得して遠く離れた所からきちんとついてきていた。


 

 彼が魔物を一人で数体倒し終えた頃、それは起きた。

 最初にそれに気が付いたのは先頭を歩く彼であった。魔物の攻撃により荒廃した街で、一人の少女が弱々しく歩いているのを彼は見つけた。


 彼が急いで近づくと、彼女は安心からかその場で倒れてしまった。彼は彼女の上半身を起こして何があったのかを聞き出そうとしたが、それは直ぐに終わる。


 彼女は彼を見ると一言、「恵ちゃんが」と呟いた。彼はそれで全てを理解すると、場所だけ聞いて彼女を優しく横にし、その方向へと走っていってしまった。


 班員が直ぐに異変に気がついて駆け寄る。彼らの中で彼女と親しかった者は彼女の容態に絶句してしまった。傷があまりにも多く、出血が酷かったのだ。


 幸い近くにコンビニがあったためそこに避難して少女を介抱した。


 普通なら窃盗になるのだが、班長は店にあった水を彼女に飲ませ、班員にも水分補給を勧めた。


 大きく目立つ傷には応急措置を施し、しばらく皆で休憩していると、彼女はポツリポツリと先の出来事を話し始めた。

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