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伯爵令嬢は侍女で身をたてる  作者: 黒兎 アリス
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侍女の務め


戦々恐々、書庫の扉を開けたナルメルアだったが、史書官長から昨夜のことが口にされることは終ぞなかった。

あの文官はナルメルアのことを話さなかったのかもしれない。

それならこちらから話をするわけにもいかず、相手の素性は判らずじまいになった。

彼が貴族ならば社交界で会うこともあるかもしれない。

けれどもナルメルアは社交界に出るつもりはなかった。

王宮主催の夜会は通常侍女の出席は許されない。

当たり前だが給仕をするのが宮廷侍女の務めだからだ。

しかし他家主催ともなれば別で、手続きを取れば仕事を調節した上で出席が可能だ。

侍女とはいえ彼女たちは貴族の令嬢という立場が大きい。

政治的なお付き合いもあれば、結婚相手を見つけることも家を支える令嬢の務めである。

むしろ城から一歩も出ないナルメルアこそ変わっていた。

ナルメルアとて本来シュトレッセン家の後継者となれば、積極的に社交界に顔を出してシュトレッセン家の汚名を雪ぐに相応しい振る舞いをするべきなのだ。

しかしナルメルアの養父からは、むしろ難色を示されていた。

貴族同士の政治的ないざこざには関わるべきではないとの考えからのことだった。

ナルメルアも社交界の家柄目的な恋沙汰など巻き込まれたくないと思っていた。

自分がそういった場で浮くことも足を向けたくない原因だった。

ナルメルアがシュトレッセン家の養女になった時も公のお披露目をしていない。

生まれも見た目もお披露目をして貰うような秀でたものはない。

色眼鏡で邪推されたり噂を提供するのなんて真っ平。

養父はそんなナルメルアの意思を無視したりはせず、シュトレッセン家は当主も後継者も礼儀知らずと言われる結果になった。

そういう訳で、あの書庫で会った文官の男との接点は書庫以外ではないだろう。

あれ以降ナルメルアは、夜間に書庫に足を踏み入れることもせず、静かな夜を過ごしていた。

醜聞に繋がるようなことは避けたかった。



そんな日を数日過ごした頃、ナルメルアはナザレ侍女長に呼ばれた。

ナザレ侍女長は1日の大半を王族側仕えとして王宮の奥にある別棟に従事しており、西の棟に追いやられたナルメルアが顔を合わせるのは朝夕の食事の時間くらいだった。

特別報告することもなければ、挨拶以外は言葉も交わさないくらいの関係だった。

取り巻きに囲まれて気位が高く近寄りがたいと当初は思っていたが、他の誰よりも仕事熱心なのは彼女の姿勢からも伝わってきた。

的確な指示と必要最低限の会話、身のこなしに無駄がないのだ。

取り巻き侍女はともすれば彼女の仕事を時に邪魔しているのではと感じるほどナザレ侍女長の手を煩わせていた。

侍女長という役職への責任から目を離せない侍女を目の届くところに置いたのかしら。

ナルメルアはそんな取り巻き侍女のような真似は、たとえ皇太子へお目通りがあるかもしれないという点を考えても選ばない。

身の丈に合わない仕事に振り回されている様を皇太子に見せるような、厚顔無恥な者ですと示していることになるからだ。

むしろ与えられた務めを粛々とこなすナザレ侍女長のような人から学び正すべき機会を与えられていることに気づくべきなのだ。

ナルメルアが密かに尊敬するナザレ侍女長から伝えられたのは、騎士団への連絡役という新たな仕事だった。

そもそも騎士団への連絡役などという仕事があるのさえ、ナルメルアは知らなかった。

騎士団は皇太子直属の部下に当たる。

その騎士団には見習い兵や騎士団とは別に城に常駐する近衛兵がおり、雑務は彼らの仕事の一環のはず。

ナザレ侍女長は、詳しくは皇太子補佐官のルイス様にお話を伺うようにと手短に伝えられ、用は済んだとばかりに足早に仕事に戻っていった。


ナルメルアは朝一番に来賓の予定を伺い、来賓がなければ来客用の部屋を掃除をして書庫の管理補佐に向かう。来賓があれば1日来客用のお部屋に従事する。

王宮に泊まる来賓は少ないのだが、来賓用の客室で陛下への謁見をお待ち頂く間や夜会で夜間休まれるのにお開けすることもあり結構忙しいのだ。

大切な国賓に際しては、宰相より詳しい情報を伝えられ不備がないよう打ち合わせが行われる。

時に陛下のご意向なども伝えられる際は御前にて賜るので、皇太子より先に陛下へのお目通りが叶ってしまった。


ナルメルアがシュトレッセン伯爵家から侍女としてご挨拶した折りのこと。

「シュトレッセン伯爵から報告はきていたが、嫁より先に子を迎えたかと思えば、今度はその後継者を侍女に上げるから受けとれとは、あれが何を考えているやら見当もつかぬな」

豪快に笑った陛下の言葉にナルメルアは失神寸前だった。

そもそもお伺いも立てずに全てが事後報告とは臣下としては無礼なことこの上ない。

「あれ」という程には陛下はシュトレッセン伯爵の性格を知っているのか、とにかく責を取らされることがなくてナルメルアは胸を撫で下ろした。

「そなたからもいい加減あれに顔を見せにこいと言うように」

と陛下直々に召集を命じられた娘としては何としてでも養父を呼び寄せねば。


来賓の部屋つき侍女は重要なお仕事ではあるが、言葉の通りに部屋に付く侍女で来賓のお客様が一歩部屋から出れば、そこは来賓付きの侍女へと仕事が移る。

ナルメルアが普通に給仕しようとも身の回りのお世話では大した評価にはならない、かといって出過ぎた真似は侍女という立場上顰蹙を買いかねない。

ナルメルアはお心添えとばかりのちょっとした気配りで仕えることに徹した。

来賓の部屋の調度品をお客様によって変えた。

ナルメルアに与えられた自室や西の棟には、他国の珍しい品や国内部族からの趣向を凝らした工芸品などが乱雑に仕舞われていた。

陸路で行き来ができる国からの国賓が泊まられた際は、海の見渡せるお部屋に船の装飾や航海図を飾り、目で楽しんで貰えるようにした。

当初はナルメルアが調度品を変えていることを侍女長も把握していなかった。

来賓からそういった気配りのお褒めを頂くと、ナルメルアは高揚から赤みの差した頬に嬉しさを滲ませ、喜び過ぎないようにと不器用にひきつらせた口元がむしろ可愛さを感じさせ来賓を大変喜ばせた。

ある国の婦人は、ナルメルアをお屋敷妖精さんと呼んだ。

ナルメルアの気配りは与えられることに慣れている令嬢侍女にはなかなか気づけないような、仕える者が主人を喜ばせようという純粋な好意からなせることだった。

北の大国の使者が来賓で招かれた際は、寒いお国から来られた方々だからと涼しくお過ごしするようにとのお達しで給仕は冷たい物を出すように言われた。

あまり食がすすまない様子や額に浮かぶ汗や顔色から「暑気あたり」ではないかときづいた。

ナルメルアは文献に大きな気温差のある場所へ来た際は体調を崩しやすいので、なるべく馴染みのある食べ物や温度で対処するようにとあったのを思いだし、北の食材やこちらでは珍しいお湯を入れて寝具を暖めるあんかを用意した。

国を代表して訪れる方々は体調が悪くても、それらが滞在中の政に影響するのを懸念して隠す傾向があるようだ。

他国に些細であろうが迷惑をかけるというのは、弱みでありよっぽど信がなければできないことなのだ。

だからナルメルアは決して本人から言われない限りは来賓の体調に気づいても報告はしなかった。

代わりに体調に合わせた食事に変えるよう口添えしたり、その国のお茶を用意した。

侍女長から宰相へ報告され、また国賓を通じて陛下の耳にもそのナルメルアの心配りは入ってきた。

皇后は輿入れした際に体調を崩したのを思いだし、なかなか気候に体が馴染めず苦労したことを苦々しく口にした。

「あの頃にナルメルアのような侍女がわたくしに仕えておれば、太子を生むまで寝込むことはなかったでしょうね」

皇后は輿入れすぐに太子を身籠ったものの、その頃はこの国で一番気温が高く、年間通して気温が上がらない国から来た皇后は、体調を崩していた。

体重も減ったことでお産は難産を極めて一時は命まで危ぶまれたのだ。

ナルメルアが行ったその小さな気遣いで、皇后の体調があそこまで悪くなることはなかったかもしれないというのは成る程なかなか見過ごせることではないなと、陛下は小さく唸ると押し黙った。


まさか自身の評判が陛下の耳に入っていたとは知らず、騎士団への連絡役を新たに賜ったナルメルアは皇太子補佐官であるルイス=レイドリッヒ公爵子息の執務室の扉の前に立っていた。

レイドリッヒ公爵は官の長にして、この国の宰相を賜っている。

ルイスはその嫡男であり、次期レイドリッヒ公爵という立場。

皇太子の補佐官というのも、その家柄ともに信頼を得ているからだろう。

深呼吸をひとつ、ナルメルアは扉を叩いた。

中からの返事を待って室内に足を踏み入れたナルメルアの前に、文官が着る深緑のローブに白い執務服が目に止まった。

茶色い柔らかそうな髪に柔和な顔をした男性が窓の光を背に佇んでいた。

ナルメルアは胸の鼓動が早まるのを感じた。

その男性から視線をそらせ、心を落ち着けようとした。

あの晩の光景が脳裏に過ったからだ。

文官の男も緑のローブに茶色い髪をしていたからだ。

この国では一般的な容姿で王宮にも同じ装いである文官はいたが、纏う雰囲気が似ている気がしたのだ。

「ナルメルア・シュトレッセンにございます」

丁寧に頭を下げて挨拶をしたナルメルアにルイスは微笑み、

「ああ、呼び出して悪かったね。君に頼みたい仕事があってね。内容は聞いたかい?」

顔をあげてルイスの目を見て背筋を伸ばした。

ルイスはあの文官とは違う。

柔らかな表情と穏やかな言葉遣いに別人であることがわかると、スッと気持ちが落ち着いた。

「騎士団への連絡役に就くようにとうかがって参りました」

ルイスは椅子に腰掛けると机の上で手を組んだ。

「騎士団は皇太子直属の兵ということは知ってるだろう?皇太子が王宮にいる間は近衛が身辺警護を行っているので騎士団は東の別棟に詰めているんだが、君には皇太子と騎士団への伝令役を頼みたいんだよ」

爽やかな笑顔とは裏腹にどこか楽んでいるような軽薄さも感じられ、ナルメルアは素直にうなずけない。

「ひとつよろしいでしょうか」

ルイスはどうぞ、とナルメルアの不安な気持ちを気に止めもせず返す。

「なぜ、わたくしなのでしょうか。騎士団の中からでも人選はできたのではないですか?侍従の中にも適任者はいるはずです」

侍女の中では経験も浅く、ナルメルアは気にはしないが女の身で男所帯に関わるなどとはあまり良い人選とは思えなかった。

ルイスは軽くため息をつくと、先程までの笑みを浮かべていたとは思えない真剣な表情でナルメルアに向かい合った。

「君の評判は耳にしているよ。国賓に不利益にならないよう振る舞う姿もなかなかなものだと宰相からうかがっている」

厳しく気難しい宰相からそのような話がされてると聞かされ、つい頬が緩みそうになるのを引き締め、

「そのような過大なる評価をたまわり痛み入ります」と頭を下げる。

「うん、そこで君に白羽の矢が立ったわけなんだ。皇太子はこれまでの遠征から今後は王宮や王都で政をする機会が増える。そうなるとこれまで騎士団を従えてきた皇太子をお守りする機会が増えるのは近衛師団となるわけなのだが…」

一旦会話を止めるルイス、扉から近くに立つナルメルアを手招きしナルメルアもルイスの机の前まで歩み寄る。

扉の向こうには近衛兵が控えているので、彼らに聞かれてはまずい話なのかもしれない。

「後継者争いについて何が耳にしたことはないかね?」

ナルメルアが知り得る情報などたかが知れている。

「そのような争い事にはなってはおられない、という噂話は耳にいたしました」

言外に詳しく存じ上げませんと伝える。

ルイスは顔を曇らせ、組んだ指に力を入れる。

「皇太子の即位を良くは思わない者が少なからずいるのだよ。それが表面化すればこれまで何ら問題なかった皇太子とウォルフ殿下の関係にまでヒビが入りかねない。近衛師団を統括されているのはウォルフ殿下だ。その近衛師団と皇太子の騎士団が接触して問題でも起こせば、それを好機とばかりに政権争いを引き起こす痴れ者がでないとも限らない。否、意図的に問題を起こす可能性があること、それこそ避けるべき事態なのだよ」

長く遠征に出ていた騎士団は皇太子が王宮に留まる間は待機という扱い、それに対して近衛師団は日々変わることなく任についていて、同じく警護をする立場でも交わることはない。

実際に剣を握り戦場に立ってきた騎士団と、品位ある立ち振舞いを求められる王宮警備の近衛師団とでは、気質的にも合わないような気もする。

ルイスの言いたいことは分かった。

皇太子が側近に特定の侍女や侍従を置きたがらないのも、長く城をあける間にウォルフ殿下擁立派の者が悪意を以て近づく恐れがあるからかもしれないし、すでにそういった者が現れているのかもしれない。

侍女の中にはウォルフ殿下を慕う者が少なからずいる。

権力的な立場を狙う者もいて当たり前なのだ。

そんな私的な感情をもった侍女を側に置けるばすもない。

ナルメルアの出身であるシュトレッセン伯爵家は、政権争いとは無縁と長年意思表示してきた実績もある。

また侍女として入城してからも積極的に皇太子にもウォルフ殿下にも関わってこなかった。

奇しくも皇太子に近づきたくても近づけない位置にいたことで、この役を許されたというのは皮肉なものだ。

「政治に無関係で無欲な家柄で、王宮に仕えて日も浅く派閥に影響されていない侍女。だから声をかけられたのですね」

ルイスは大げさに頷くと朗らかに笑った。

「そう、理解が早くて助かるよ」

だからやってくれるね、と有無を言わさない迫力で告げる。

「…かしこまりました」

ルイスの覇気に引きながらも頭を下げた。

ナルメルアは気づかれないよう小さなため息をつく。

これって皇太子に近づこうとするような侍女なら選ばれなかったってことなんでしょう。

つまり皇太子と接っする機会を失いたくないなら無欲でいるしかないってことなのだ。


ナルメルアの仕事に騎士団への連絡役が加わったことで仕事の優先順位が変わった。

来賓があるときは来賓の対応はこれまで通り任され、来賓がない時の部屋の管理は別の侍女が受け持ち、書庫に関しては騎士団への連絡係りとして席を外す間は史書官長の部下である文官がその補佐につく。

ナルメルアは朝夕の定刻に騎士団と皇太子への報告書類を運ぶ。

西の棟と王宮中央のルイス様の執務室と東の外れの騎士団詰所をいったり来たりと体力的にもハードな毎日が始まった。

またナルメルアの穴を埋める形の来賓用の客室のチェックと書庫の補佐官の代理文官からの報告や指示などもあり、ゆっくり読書をする暇など露ほどにもなくなった。

人目があまりない棟の外れの木々が生い茂る庭園では淑女らしからぬ猛ダッシュで時間短縮、それもこれも皇太子の決められた時刻に間に合わせるために他ならない。

朝一番にルイスの執務室でルイスから騎士団への指示報告を受け取り騎士団へ届け、夕刻はその逆なのだが皇太子は時間に厳しい…というか全てに対して厳しいので決められた時刻を目下守ることこそナルメルアに与えられた皇太子への信頼を勝ち取る術なのだ。

てっきり皇太子にお目通りが叶うと浮き足立っていたナルメルアは、それが儚い望みだったと気づくのにさほど時間はかからなかった。

徹底してルイスが皇太子への窓口に徹しており、執務室はおろか皇太子の姿を見かけることも叶わなかった。

執務室から出たところでルシエールに声をかけられた。

「どう?新しい仕事は」

ルシエールは王宮の中央に詰めているので執務室の給仕も任されていた。

1つ年上のルシエールは面倒見もよく、人懐っこい性格で顔も広い。

年も近く何かと相談にものってくれるナルメルアには初めてできた友だった。

三女とあって婚姻を迫られることもないようで、ナルメルアと同じように自ら望んで侍女になったらしい。

「ルシェは皇太子を見かけることってあるの?」

ナルメルアは騎士団へ持っていく書類が入った文箱を抱えていた。

書類には皇太子から今日の指示が書かれている。

大事な書類を胸にナルメルアは東の棟へ行くところだった。

ルシエールも東の外れにある洗い場へリネンを持っていくところで、二人は連れだって歩きだす。

「皇太子?うーん…お出かけの際は見かけることもあるけど実際お声がけするような関わりはないわねぇ。お世話は乳母のハーシェル夫人がされてるし、皇太子の執務室は侍女の出入りも許されてないから、ルイス殿下ならお見かけするけどね」

ニコッと笑いかけたルシエールは冴えない表情のナルメルアに気づく。

「皇太子がどうかしたの?」

ナルメルアはルシエールを見つめ返した。

もしナルメルアが皇太子に興味があると話したら、ルシエールはどんな反応をするんだろうか。

ナルメルアを軽蔑するだろうか。

そう考えたら口にはできなかった。

「自分がお仕えする人となりについて何も知らないんだなぁって思っただけ」

ルシエールは中庭のベンチに腰を下ろした。

ナルメルアにも横に座るようにポンポンと隣を叩く。

「そうねぇ、お仕えしてても声をおかけできるような方々でもなし、会話では人となりを伺うことはできないわね。たった一言お礼を貰うだけで幸せって思わなきゃやってられない仕事だもの」

ルシエールは膝の上に乗せたリネンの束をポフポフ両手で押さえながら話す。

ルシエールのその仕草が微笑ましく、ナルメルアも穏やかな気持ちになる。

「ルシェはどうして侍女になったの?」

自然と疑問を口にしていた。

ルシエールは「ひみつよ」と悪戯っぽく笑った。

「憧れている方がいるの。こちらの一方的な片想いだけど。侍女として王宮にいる限りは婚姻をせずにすむでしょう」

ルシエールは中庭のベンチに腰掛けた。

隣をトントンと差し、ナルメルアに座るように促す。

ナルメルアは腰掛けて改めてルシエールに問いかけた。

「相手が他の方と婚姻してもいいの?手に入れたいって思わないの?」

ナルメルアは自分が幼い質問をしているのを自覚していた。

それでもルシエールの考えがもどかしかった。

「わたしが想いを告げたら、きっとあの方は悩まれるでしょうね。応えられない気持ちをわたしが一番分かってる。好きな人には笑っていて欲しい。わたしのことで悩んだり、この関係を壊したくないの」

木漏れ日に視線を落としたルシエールは、ナルメルアが思ってた以上に大人びて見えた。

「ナルメルアは好きな人はいる?」

「え」

ナルメルアは咄嗟に浮かんだ顔を振り払うように首を横に振った。

「好きな、人はいない」

真っ赤になったナルメルアにルシエールがクスクス笑って、

「気になる人はいるみたいね」

「違っ、あんな失礼な人は周りにいないから」

ルシエールの言葉にナルメルアは立ち上がると上ずった声で反論する。

「それが始まりかもしれないじゃない」

何をとは聞かない。

ナルメルアにもルシエールが言いたいことは分かっていた。

中庭は東の棟へ向かう道すがらにあり、周りを木々で囲まれていた。

風が木々を揺らす音が耳に心地よく静かな場所だった。

その中庭のベンチで話す二人の耳に草木のざわめきとは異なる、駆け寄る足音が届いた。


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