第6話 渋々ながらの団結
「……つまり、国を滅ぼすレベルの化け物を生み出す奴を、動物すら自分の手で殺したことのない俺達に相手しろと?」
説明が終わり、男子の一人である高坂が怒気混じりに口を開く。こいつは国王との対話の間でもずっと目を瞑り口を閉ざしていたが、どうやら不満をぶつけるために黙っていたらしい。
「そうだな……お主らには本当にすまないと思っておる。勝手なことを言っているのも自覚している。だが、私達にももう後が無いのだ。どうか我が国を、そして世界を救うために、君達の力を貸してくれぬか」
再び頭を下げる国王に対し、クラス連中の反応はまたも様々だった。暗い顔をしている奴らがいくらか増えた位か?あとは同情の視線を向けているやつ。
相も変わらず明るい雰囲気をまとっている奴らはどういう脳内構造をしてるんだろうか。相手が強い分燃えます的な?
いや、少し違うか。だとすればーー
「分かりました。僕らなんかで良ければ力を貸しましょう! な、皆?」
そしてその筆頭は、案の定赤城だった。変わらず輝いている目をしているこいつを見ると、もう苛立ちを通り越して呆れしか浮かんでこない。
だが流石にこれに関してはいつものようにいかず、反対意見を口にする者が多かった。
「ちょっと待って赤城君! ホントに戦うつもり?」
「考え直せ! 既にたくさん人が死んでるんだぞ!?いくら魔法があったって……」
「そもそも私達魔物とか魔族とか以前に、動物の命だって奪ったこと無いんだよ? 戦うなんてこと、出来るわけが……」
……と言った感じで赤城を説得しようとしていた。
「つーか、らって何だらって! 勝手に巻き込むな! 国が大変なのは分かったけど、結局は俺らに死ねって言ってるようなもんじゃねぇか!」
更には高坂も赤城に対し不満を爆発させていた。普段騒がしくはないはずのこいつが声を荒げたところなど見たことないのだが、それだけキレているのだろう。単に大人しいわけではなく、不満を溜め込む性格なのかもしれない。
まあ、いくら帰還の手掛かりを示されたり勇者は凄い力持ってるとか言われても、そう納得なんてするわけないわな。勇者と呼ばれようが所詮は人間、いくら力を持ってようがともすればアッサリと死ぬ。
こいつらもそこまでは考えていなくとも、急激に身近に迫った死というものに対し、人並みに恐怖を覚えているのだろうか。でなければ、普段慕っているはずのあの赤城に対し、ここまで突っかかったりはしないだろう。
だが、赤城はそんな意見に耳も貸そうとしない。
「何言ってんだよ? 国王様も言ってただろ? 過去の勇者達は人数少ないのに魔族を倒して国を守れる位の力を凄い持ってたって。俺達も同じ勇者なんだし、この人数で力を合わせれば絶対魔王を倒せるって!」
あー、やっぱり……。こいつ含め明るい雰囲気まとってる奴の思考読めた。
こいつら「俺達勇者なんだから、何があっても大丈夫」とか考えてるパターンだわ。いくら力持ったところで死ぬときは死ぬんだっつの。
自分を空想の物語の中のご都合主義勇者だと思い込み続けんのもいい加減にしてほしい。こういう奴から真っ先に死んでいくんだよなぁ……。
当然そんな言葉に納得するわけもなく、反対意見は続く。
「皆、落ち着いて」
だが、そんな状況の中に一人割って入るものがいた。それは何と、赤城に反発していたはずの佐々木だった。
「落ち着けって……お前はどうなんだよ、佐々木? お前は戦うことに賛成だってのか?」
と高坂を皮切りに、反対意見を放つ者達が佐々木を次々と責めるような目で見る。だがそんな視線を真っ直ぐ受け止め、暗い顔をしながら言葉を紡ぐ。
「そういうわけじゃないよ。僕だって戦うのは嫌だ。いくら勇者が強い力を持ってるとか言われても、魔王と戦える自信なんて全然無い。勇者の責務なんて僕達には本来関係無いことだよ?」
「だったらーー」
「でもね」
そして佐々木は一呼吸置き、それから高坂に近付き耳元で
「ーーーーーーーーー」
と、相手にしか聞こえないような声量で何事かを呟いた。途端高坂はハッとし、その後苦虫を噛み潰したような顔になった。そして少しの間逡巡し、やがて再び口を開く。
「………ッ……分かった。俺達も戦おう」
「「「「えっ」」」」
突然手の平を返した高坂に対し他の奴らが文句を言おうとしていたが、その表情を見て皆口を閉ざした。
「何だよ佐々木ー。お前も結局賛成するんじゃねーか」
「………………………」
と、不良の一人が喜びの表情を浮かべ、馴れ馴れしそうに佐々木の肩に手を回すが、本人は鬱陶しそうに目を背けていた。
そう、今本人が言っていたように、佐々木は別に賛成しているわけではない。そうではなく、やらざるを得なくなっているのだ。
佐々木が高坂に話した内容ーー確かに相手にしか聞こえない声量だったし、俺の耳でも完全に拾うことは出来ず唇の動きを読み内容の把握をしていた。……まあ、そもそもそんなことをせずとも俺には佐々木の言いたいことは分かっていたが。
(「ーー僕達のことは既に国民に知れ渡ってる。このことを良く考えて」)
そう、国王が言っていた通り、俺達が召喚されたことは既に使いにより国民にどんどん伝わっている。しかも、今回は人数が人数なので、恐らくそこら辺も詳しく。
過去に召喚が失敗していることもあり、俺達は犠牲を払う覚悟を持ってして今ようやっと現れた希望の光とかそういう立ち位置におり、国民は俺達に多大な期待を寄せているだろう。さて、そんな俺達が戦いから逃げ出したらどうなるか。
過去に自分の国の王女が勇者の召喚のために死んでいるのだ。そんな国民が逃げ出した勇者を放っておくとは思えない。陰口を叩かれるだけならば良いが、もしそれで済まないとなると……。
あとはもう言わずとも分かるだろう。少なくとも魔王との戦いを放棄して、街で平和に暮らすことなど出来まい。要するに、俺達自身がどう思おうが、既に戦う以外の選択肢は残されていないわけである。
声を抑えていたことに関しては、恐らく周りへの印象を考えてのことだろう。国民に変なことされたくないから勇者は戦っていると思われるより、良く分からないけど事情があって渋々戦っているという方が印象としてまだ面倒事が少なくて済む。後者だったら「魔王を倒さなきゃ帰れないから戦う」イコール逃げずに魔王と戦ってくれる、と良い方に取る可能性も高いからな。
俺は誰に何を言うつもりでもなかったし、国民などどうでも良かったのでそういうことに関しては全く考えていなかった。しかし、こいつは自分だけでなくクラス連中のことも考えている。
世辞抜きに立派なヤツだなと思った。少なくとも、このクラス連中の中では。
俺が色々考えている内にクラス連中は落ち着いていき、結局全員が渋々ながら戦いに参加することを決めていた。一番強く反対していた高坂が折れたことが大きかったのだろう。
「国王様、俺達は勇者として、魔王や魔物と戦います!」
そうして、赤城がはっきりと宣言。その言葉に異を唱えるものは、今度は一人もいなかった。
「そうか、やってくれるか!」
国王は赤城の返答に対し、満面の笑みを浮かべる。と同時に、しばらく黙っていた周りの大人共も再び歓声を上げていた。渋々といった表情を浮かべていた奴らも、喜ばれている状況に対し、少しずつ尖らせていた雰囲気を和らげていく。
ーーだが、その時俺は観衆の中に強烈な違和感を感じた。ほぼ反射的に、気になった方向に目を向けてみる。
そこにいたのは執事姿の初老の男性。召喚された直後に、辺りを見回した時に見かけた人物だった。
男性は俺達を見てニッコリと微笑んでいた。普通ならば、ただ単に笑顔を向けられたと考え、深くは気にしないだろう。しかし、俺はそれを酷く不気味に思った。
目も口も表面上は笑っている。ただ、向けてくる視線から伝わる感情はそれとは全く別のもの。まさしく貼り付けたような笑みと言った感じで、穏やかとか和やかとかいう雰囲気は微塵も感じられない。
まあ特別敵意を感じるわけではないので、不審に思いながらも放っておく事にしたのだが。他国の間者といった雰囲気ではなかったし、ここにいるということは王族に仕えているかそうでなくとも大分位の高い者に仕えているということ。変に勘繰るべきでは無いだろう。
視線の感じからすると、恐らく奴は他の奴らと違い俺達を歓迎しているわけではなく、ただ単に戦力……もっと言えば駒としか見ていないのだろう。そりゃま、こんだけ数がいりゃそういう奴もいるってのは自然な事なんだが、正直言って視界に入るだけでそのギャップが気色悪いな。こういう時はひたすらに意識を逸らしておくのが一番だ。




