第35話 お邪魔します
「ただいま、お母さん」
「お帰りサーシャ。シュウヤさんもどうぞ上がって。狭い家ですまないね」
「そんなこと思っちゃいない。……というか、今更だが本当に良かったのか? 会うならまだしも泊まるって、迷惑もかかるだろうに」
「大丈夫大丈夫。サーシャから既に聞いてるだろう? むしろこっちからお願いしてるんだって」
「それなら良いが……」
今回の用事ーー簡単に言えばそう、サーシャの家にお泊まりをしようという企画である。そりゃまあ、俺とサーシャ二人揃ってないとこなせないのは当たり前ですわな。場所がいまいち分からないというのもあるが、お互い初対面なのに俺一人でふらっと訪ねられるわけがない。
五日前色々話しあった時に聞いたのだが、サーシャはこの三ヶ月間結構頻繁にリディと手紙のやり取りをしており、その中で俺の事をある程度教えていたらしい。そしてリディから「一度会ってみたい」との返答が既にあったらしく、それもあってお泊まり会を計画したのだった。で、この五日間の間に軽くやり取りをし、今こうしてやってきたというわけ。
ちなみに「ある程度」というのは、手紙を出す際一度城の検閲を通さなければいけない以上、引っ掛かることを考え無属性な事含め色々書けずにいたことが多かったということ。無属性の勇者がいるってことは機密事項なわけだし、他にも口外厳禁ってことは多いからな。
まあでも……俺が無属性ってことは多分もう知ってるんだろうけど。どんなやり取りをしたのか聞いたが、かなりぼかしてはいてもそこに辿り着くキーワードはしっかり書かれてたし。検閲には引っ掛からなかったものの、街の様子も知るリディなら手紙を読めば一発で分かるだろう。
「……さて、二人とも歩き回って疲れただろう。お風呂は既に沸かせてあるから、早いとこ入っちゃってくれ」
「了解だ。詳しく話をするのはまた明日、ってことで良いかい?」
「そうだね。今から準備を整えるとなると大分遅くなっちゃうし、それなら明日の夜落ち着いた時にする方が良い。明後日にはもう帰っちゃうわけだから、それまでに出来れば良いわけだし」
「違いない。そんじゃ、今日はゆっくり休むとするか」
勿論この程度で俺の足が疲れるわけは無いが、今日一日ずっと周囲に注意を向けていなければならなかったため、精神的には大分来るものがあった。こんな状態で真面目な話をする気にはとてもならないし、本命を明日に回すという提案は俺としてもありがたい。
そしてあくる朝、俺は王都近郊の森の中を疾走していた。木々のような巨大なものを除いた、視界内の全ての植物を対象として鑑定眼を常時展開し、頭に流れ込んで来る膨大な情報を並列思考で処理していく。そして、目当ての薬草を見つける度に立ち止まり刈り取り、背中に背負った籠に放り込んでいく。
何故こんなことをしているのかというと、簡単に言えば在庫補充である。リディは冒険者を引退した後知識と経験を生かして薬屋を営んでいるのだが、最近素材の在庫が足りなくなってきたらしく、そこで俺が補充を買って出たというわけ。
今回俺はリディに色々話を聞くためにやって来たわけだが、内容的に他人に聞かせられるようなものではなく、客の応対をする合間合間に軽くするというわけにもいかない。加えてリディの店は昼休憩を除いて朝九時から夜七時までやっており、流石に商売の邪魔をするわけにもいかず、朝は忙しいので話をするような時間は無い。
ということで、店が閉まる夜七時まで時間が空いてしまうため、それなら暇潰しがてら少し手伝いをしてみようかとなった。勿論遠慮はされたのだが、俺としても街中より外の方が鍛練や魔法の練習もしやすいし、色々都合が良かったのである。他の方法で時間を潰そうにも、街中を観光する気も無いしな。
図書館に行く事も出来なくは無いが、図書館は城の近くにあり往復に結構時間がかかるから、正直言ってクソが付くほどめんどくさい。冒険者ギルドよりも尚街の外側に近いリディの家からなら、無理して行くよりも街の外側で色々やった方がずっと良い。
ちなみに現在、サーシャはリディと共に客を相手している。リディの店はいわゆる穴場のようなものだが、それでも周辺の住民ーー特に同種族の者達にとっては行きつけのようなものになっている。そのため店はそこそこ繁盛しており、実家に戻った際には毎回店の手伝いをしているらしい。そりゃまあ昨日の事もあるし、どっか行くなら俺が一人でこんなところにいるわけが無いわな。
「……ん?」
昼もとうに過ぎ、籠の中身も一杯になってきたから、そろそろ帰ろうかなと思った頃。森の中で覚えのある気配を感じ辿っていくと、倒した何羽かの兎を解体している男女がいた。見るからに慣れていないし、男の方は剥ぎ取り用のナイフを持つ手だって若干震えているが、どうにか形にはなってるって感じだな。
「そこそこ順調ってわけか」
「……え? あっ、修哉君!」
気配の正体は案の定佐々木と八雲だった。ここ王都近郊の森は魔物が出ない故比較的安全であり、依頼を受け小動物を狩りに良くGランク冒険者がやって来る。勿論薬草の採取関連でも。そのため可能性としては考えてはいたんだが、本当に会うことになるとはな。
「久しぶりだね。……って、その格好は一体?」
俺の姿を見て八雲が首を傾げた。今の俺は鎧も付けず籠を背負い首にはタオルをかけ、護身用に一本だけ剣を差して手にはリディから借りた小型の鎌を持っている。どう見ても戦闘向けでは無いから、不思議がるのも仕方無いかもしれない。
「見ての通り薬草採取だ。討伐依頼のついでに集めるならまだしも、本格的にやるとなるとこういう格好の方が良いからな」
「採取……? 修哉君、朝ギルドにいたっけ?」
「いや、行ってないぞ。これは別にギルドを通しての依頼ってわけじゃないからな。私用みたいなもんだ」
「うわっ、凄い量……重くないの?」
「別に。昔から似たような事はやってたからな。こういうのは慣れてる」
俺に施された爺ちゃん達による教育とは、あくまでどんな状況でも無事に生き残るためのものであり、決してただ強くなるためのものではない。食える野草を教えたり、野菜の良し悪しを見極めるといったことのために、良く山の中で山菜狩りをしたり婆ちゃんの野菜の収穫を手伝っていたりしたのだ。
野菜の育成や収穫っていうのは見た目以上に体力を使うし、量が多ければそれだけ運ぶのも大変になるから、鍛練という意味でも実は悪くなかったりする。……まあ、俺の場合は限界を越えてもやらされてたから、一般の和やかな収穫風景とはまた違っていたのだが。
普通なら途中で折れててもおかしくないが、俺は強くなるためには何だってやるって決めてたからな。それに、一人でやってるならまだしも爺ちゃん達はもっと凄い量を運んでたわけだし、疲れたからといって俺だけがサボるわけにはいかなかったというのもある。
「……てか佐々木、お前って一応生き物の解体は出来たのな。包丁何とか使えるっていっても、野菜切るとかその程度だと思ってたんだが」
「キツいけど、何とか克服中ってところだね。……というか、流石にこれくらいは出来なきゃ。じゃないと八雲さんにも迷惑がかかる」
「私はそんなの気にしないけど……」
「僕が気にするんだって。ま、相変わらず剣は使えないけども。これを譲ってくれたクルツさんには本当に感謝だね」
そういって佐々木は腰に差したブツに目を向けた。柄と柄頭が合わさった形状……いわゆる戦棍ってやつだな。
城の武器庫には対魔物用の長く重い物しか無かったし、あれじゃ佐々木みたいなそこまでパワーが無い奴が使いこなすのは無理だろう。初めてギルドに来た時、人に向けられない剣をわざわざ持ってきていたのが良い証拠。今の言葉によるとこの武器を渡したのはクルツらしいが、材質的にも長さ的にも佐々木が扱いやすいのを選んでるみたいだな。やはりあいつは優れた目を持っている。
しっかし……簡単に斬り殺せる武器はどうしても無理で、簡単に撲殺出来る武器は大丈夫なのか。兎を普通に解体してる以上殺すってことに対して酷く拒絶してるわけじゃないし、昔あった事ってのは刃物関係の事件か何かなんだろうか。
普通なら無情を承知で頑張って改善しろって言うところだが、佐々木は精霊魔法っつー強大な武器を持ってるし、必ずしも剣を使わなきゃいけないってわけじゃない。そこら辺は特に気にしなくても良いか。
「そうか、まあ精々頑張んな。ランクはGのままなんだろう?」
「流石にね。でもある程度数はこなしてるし、あと数回ってとこだろうけど……どうなんだろ?」
「そこら辺はやってみなくちゃ分からないね。私達はしばらくここにいるけど、沢渡君はどうするの?」
「もう帰る。ちょっとした用事もあるんでな」
「分かった、それじゃまた今度ね。確か明後日に一旦城で集合するんだよね?」
「ああ。そん時にまた詳しく確認するとしよう。そんじゃ」
会話もそこそこに、俺はその場を立ち去り帰路に着いた。二人とは協力関係ではあるが、あくまでその程度であり必要も無いのに深く話をし合う気も無い。
それに、この場を誰かに見られて俺の協力の元に依頼を達成してるって思われても困るからな。確かにギルドの規約は「Gランクは他ランクの冒険者とパーティを組んで依頼を受けてはいけない」というものであり、今俺は公式に依頼を受けてはいないのでそれには当てはまらないが、何らかの手口でギルドに伝われば二人の印象は悪くなる事もあるだろう。
冒険者のランク上昇は基本的に受付嬢の判断で決まる以上、印象が悪ければ遅れる可能性だって出てくる。無駄話をしたせいでそうなったとあっては俺としても気分が悪い。
そして辺りがすっかり暗くなってきた頃。薬草を種類毎に分けて保存する作業を終わらせ、サーシャと一緒に食事を作ったりして過ごし、店仕舞いをすると共に三人揃って食卓に着いた。
「うーむ……これシュウヤさんが作ったのかい?」
「そうだよ。私は一応隣で手伝いはしてたけど、シュウヤさん一つ一つの動きが素早いから、結局殆ど任せきりになっちゃった」
「すまん、口に合わなかったか?」
「いや、逆だ。凄く美味しいよ」
「なら良かったが……じゃあ何で唸ってたんだ?」
「単純な話さ。無属性なのに騎士団にもギルド長にも勝って、ロックワームやらヒュドラやらを討伐しちまうとんでもない実力を持ってるのに、料理まで出来るとはって驚いてただけ。つくづく……あの人にそっくりだなぁって」
この世界に来てから、俺が今までやってきた数々の事。サーシャはそれを手紙に書いて既にリディに教えていたのだった。キーワードとはこれのこと。
ヒュドラの件が城の奴らに伝えられた際、それらの内容は城内に一気に広まった。だからこそ、手紙に書かれても注意を受ける事は無かったんだが……街の中、特にギルド内に関しては俺に関して結構噂されてるみたいなんだよな。「無属性なのにヤバすぎだろ」と言った感じに。
つまり、城の奴らから見たら何てことはなくとも、街での情報と合わせれば簡単に答えに辿り着いてしまうのである。検閲とは何だったのか。
「あの人ってのは、やっぱりダグダのことか?」
「そう。サーシャからもう聞いてるだろうが、あんたと見た目も背格好もそっくりだったのさ。それに、どうやら声も若い頃のあの人と同じみたいだしね。まあ、目つきに関しちゃ少々違うみたいだけど」
「あんたもそれ言うんかい。それで、ダグダは料理も出来たってことか? 容姿とか戦法とかは聞いたが、そこら辺の細かいところは知らなくてな」
「ああ。あの人は実家にいた頃にも親もまともに食事なんて作ってくれなかったから、日々自分の分は全部自分で作ってたらしくて、それで料理が上手くなったんだと。結婚してから私も色々と習ったが、ありゃ普通に店出せるレベルだろうね」
「お父さん本当に凄かったもんね。私もある程度教えてはもらったけど、正直頑張っても追い付ける気がしないもの」
成る程、サーシャの基本技能の料理欄が(小)なのはそのためか。城勤めのメイドは普段料理の練習なんて殆どしないはずだし、レミールに引き取られてからは奉仕関係をひたすら叩き込まれてたみたいだから、サーシャの歳で多少なりとも料理が出来るのが今まで謎だったんだが……ダグダが関係してたのか。
まあ確かに、言われてみれば納得は出来る。サーシャは両親から冒険者関連でそこそこ鍛えられてたみたいだが、もし本格的にやっていれば何らかの戦闘技能が身に付いているはず。
それが無いってことは、何か他の事もやってたって見るのが正解なはずだ。例え鍛えたとて技能のレベルが(小)にも届かなければ、基本技能として形を為すことは無いのだから。
「……なあリディさん。いくつか聞きたいことがあるんだ」
それから様々な話題が立っては消えを繰り返し、食事が終わって一段落したところを見計らい本題へと話を切り替えた。世間話も悪くは無いが、今回俺が聞きにきたのはそれとは別のことだからな。
でも、正直こっちからは聞きづらかった。ダグダに関連する事を聞くということは、つまりは辛い想いをした過去を思い出させるということ。大切な人を失う気持ちを良く知る俺だからこそ、尚更俺からそういったことはしづらく、だからこそ先にダグダの話題を出してくれたのは有り難かった。
……いや、恐らくリディもそれを分かった上でしてくれたんだろうな。その証拠に、今のひと言だけで既に真面目な雰囲気に切り替わっていた。
「サーシャからもう聞いてるだろうが……詳しくは言えんが、系統は違うものの俺もダグダと同じく特殊な能力を持ってる。確かに基本的な戦闘能力は鍛えちゃいるが、騎士団やクルツはともかくロックワームやヒュドラを倒せたのはそれの影響が大きい」
勿論これは手紙の中ではなく、口頭でのこと。共に料理をしていた時、城でした話の概要を昼間リディに伝えた事をサーシャから聞いたのだ。
「この能力が一体どこから来たものなのか、何で俺なんかに宿ったのか、それは俺にも分からない。……だからリディさん、教えて欲しい。ダグダが持っていたという能力、その出来る限り詳しい情報を知っておきたいんだ。同じ無属性であり、同じく特殊な能力を持っていた。全くの偶然だっていう可能性も勿論あるが、それでも何処か通じているものがあるかもしれない」
ダグダがいた頃はサーシャはまだ幼く、それほど詳しい事を聞かされていたわけではない。加えて亡くなった後はリディは心を病んでおり、父親関係の話題を引き出すことは出来るはずも無かった。サーシャが能力について知っていたのはあくまで概要のみなのである。
しかし、サーシャ曰くリディは実際にダグダが能力を使うところを見たことがあるらしく、より詳しい情報を持っているはずとのこと。ならば聞かないわけにもいかず、こうして誘いに乗る形で家へと赴いたというわけ。
……まあ、泊まるっていうのは予想外だったけど。当初は訪ねて話を聞くだけで宿は自分で探すくらいの気でいたから、まさかこんな形になるとは全く思っていなかった。
「そうだねぇ……。話すのは良いけど、三つ条件がある」
「聞こう」
「一つ目は、絶対に誰にも言わないこと。二つ目は、内容に満足しなくても文句は言わないでくれってこと。私だってそこまで多くの事を知ってるわけじゃないし、限りはあるからね」
「そのくらい分かってるさ。本人ですら良く分かってなかったものを、いくら妻とはいえあんたが知ってるわけもないしな。それで、三つ目は?」
「シュウヤさん、あんたの持つ能力のことさ。サーシャも会って日が浅いし、私なんかは昨日初めて会ったばかり。だからそこまで深く信用してるわけじゃないのは分かるし、秘密にするっていうのも当然。……だけど、いつか教えてくれないか? 今じゃなくて良い、シュウヤさんが私達を心の底から信用出来るようになった時で良い。だから、その時になったら教えて欲しいんだ」
「……分かった。約束しよう」
そもそもの話、こっちが何も言わないのに一方的に教えてくれと頼むこと自体失礼極まりないことだ。それなのに色々教えてくれるのだから、リスクはあれどそれくらいは了承しなければならない。
「ありがとね。そんじゃ、何から話そうか。まず、風を巻き起こすあの人の能力……どうやら生まれつきのものではなかったらしいんだ」
本編の更新しばらく止まってて申し訳ありませんでした。m(_ _)m
いやー、国公立の後期が思ったより忙しくなってしまいましてね。ペースを戻せると思ったのも束の間、色々用事が舞い込んで新しくストーリーを考える余裕も無かったんです。設定資料集はそのためにこのタイミングで作ったっていうのもありますね(世界観編がまだ残ってますが、まとめきれてないのでしばしお待ちを。尚、人物紹介については二章終わった時点で一度やるつもりです)。
では、以上となります。
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