第34話 西洋剣と日本刀
「あ、そうそう。先程から聞きたかったんです。何故今回、その武器を購入なされたんですか? その細さだと、人はともかく強力な魔物相手には役に立ちませんよね? 店の方も同じようなことを仰っていましたし」
武器繋がりで、会話の内容は俺が買ったブツに移った。まあ確かに、その疑問は尤もだと思う。日本刀風の武器と西洋剣風の武器、どちらも支給されている剣と比べたらかなり細く薄いからな。
「いや、片方は魔物にだって使うぞ? こっちのもう片方は違うけどな」
「……? まともにダメージなど入らないのでは? 倒すより先に折れてしまう気がします」
「まあ普通に使えばそうだな。サーシャ、こいつは打刀って言ってな? 俺が元いた世界にもおんなじようなもんがあったが、こいつはそもそも蛮用に耐えるように出来てないんだ」
時代劇やそこらのファンタジー物では良く日本刀をぶつけ合わせている描写があるが、実際にあんなんで長時間戦えはしない。もしやったとしたら、店主の言っていたように速攻で欠けて使いものにならなくなる。ハナから使い捨てにするつもりならそれでも良いかもしれないが、そういうわけにもいかないからな。
硬い鋼と柔らかい鋼を組み合わせ、焼入れをも利用して衝撃を上手く吸収し、更に一本一本鍛造するから丈夫となり、折れず曲がらず良く斬れるーー世間では主にそういう扱いをされている。まあ確かに間違ってはいないのだが、それはあくまで正しい使い方をする場合の話。
日本刀は極限まで切れ味を追及した武器であり、可能な限り鋭くするために造りとしては片刃となっている。だが片刃ということは両刃に比べて刃の部分が薄くなるということであり、当然その分耐久度は落ちてしまう。打ち合うということは当然色々な方向から衝撃を受けるというわけであり、結果として峰はともかく薄くなっている刃は結構簡単に欠けてしまうというわけだ。刃の部分は硬く出来ているが、硬いってことは同時に脆いってことだからな。
しかし、これは別に日本刀が弱いと言っているわけではない。欠けてしまうのは単にそれが本来の使い方ではなく、また使用者が未熟というだけの話。刃が欠ければ最大の長所である切れ味を生かせなくなってしまうが、逆に言えばそうならないように上手く扱えば良い。
相手がどんな武器だろうが、日本刀は攻撃をかわし受け流し、隙をついて弱点を切り裂くのが基本。武器自体の反りを利用し刀身の腹で滑らせて無効化するのであって、決してぶつけ合うような真似をしてはならない。刃こぼれさせるというのはそれが出来ない未熟者の証拠である。
日本刀における刀身の腹は鎬と呼ばれており、良い戦いをすればするほど刀の腹が傷ついていく。この事から、勝負事で競い合うことを「鎬を削る」というようになったという説もある。
そして斬る時は質量に任せて振り回すのではなく、包丁のように引き斬るのが正しいやり方。日本刀の長所はその異常なまでの切れ味なわけだが、引き斬りでなければその真価は十分に発揮されない。叩き斬る事や突く事に特化した刀もあるにはあるのだが、今持ってるのはそういった系統のものじゃないので割愛させていただこう。
また、振る最中には一切剣筋をブレさせてはならない。変に動かすとその分圧力がかかり、破損の原因となるというのもあるのだが、真っ直ぐ力を伝えてこそ日本刀の殺傷能力ってのは最大限に活かされるからな。
こんな感じで、日本刀とは強力だが武器としてはかなりデリケートかつ癖が強い部類に入る。単純な力ではなく高度な技術を駆使して初めて真価を発揮するものなので、そこらの人間なんかに扱いきれるわけがない。魔物相手に自在に使いこなすとすれば、最低でも剣術(超)は必要だろうな。
……まあこんな風に偉そうにしている俺も、実は本物の刀を手にした経験はあまり無いのだが。昔は未熟故斗真爺ちゃんがあまり持たせてくれなかったのである。それも逸品ではなく比較的質が悪いやつでさえ。
少々不満ではあったのだが、昔の俺ならどんなに気を付けても絶対に折るか欠けさせるかしてただろうし、今思えばあの対応は当然だと言えるな。だからこそ、今の俺でどこまで扱いきれるかというのは非常に楽しみであったりする。
「……つまり、かなり強いけど決して万人向けに造られているわけではないと。激しい戦闘の最中にそれらを完璧にこなすとなれば、異常なまでの剣の腕が必要ということですね。戦闘中とか普通なら引き斬りではなく叩き斬るくらいしか出来ませんし」
「ああ。力押しする奴が多いこの世界で、こいつを上手く使える奴は殆どいないだろうし、少なくとも騎士団の中に扱いきれる奴は一人もいないだろう。クルツですらギリギリいけるかどうかだし、店主が廃棄しようとしたのも無理は無い」
「聞くまでもないとは思うのですが、ちなみにシュウヤさんは?」
「……時と場合による」
「え」
「勿論基本的には出来るが、冷静さを失ってたら無理。あとはまあ……相手がクソ固い上に目で追えないレベルで速かったら無理だろうな。切り込んだ刃が抜けるより速く暴れられたら、食い込んでる間に横から力が加わって折られるのがオチだ」
冷静さを失うというのは、無論主に狂化のことを指している。軽く発動するくらいなら問題無いだろうが、全解放状態で振り続けたら間違いなくポッキリといくだろうな。
「そんなに速かったら普通の剣でも無理でしょうけどね……。では、そちらはどうなのでしょうか? 先程魔物に使うわけじゃないと仰っていましたが」
「こっちは完全に対人用だ。刀なら魔物の弱点を狙って切り裂けばそれで済むだろうが、こいつはそうもいかない。切れ味はまあまあで重量としても扱いやすいが、その分威力が出ないからな」
ロングソードーー元の世界ではいわゆる西洋剣と呼ばれていたやつであり、俺が今持ってるやつはロングソードの中でも後期にあたるもの。両刃ではあるが全体的に薄いためある程度の切れ味はあり、受けた衝撃に対してはその靱性によりしなって耐えるようになっている。まあ、扱いやすいようにするためか造りは同じでもロングにしては少しだけ短いから、完全に同じっていうわけじゃないんだろうけど。
「西洋剣は分厚く身幅が広くかなり丈夫であり、斬るのではなく主に相手を殴り殺すように出来ている」という見方が一般ではされており、現代では本場であるはずの国々でもそう考えられてしまっているようだが、それはあくまで映画などから来る間違った知識でしか無い。確かに製造された初期は分厚かったらしいが、それは単に鋼の製法が確立されていなかったため鉄で造られており、分厚くなければ戦闘での衝撃になど到底耐えられなかったというだけ。
特別丈夫というわけでは決して無く、実際結構簡単に曲がってしまっていたらしい。そのため当時は戦闘には剣ではなく丈夫な斧が主に使用されていたそうな。
のちに鋼で造られるようになってからは比較的丈夫にはなったが、今度は軽量化のために細く薄く造られるようになった。したがって、「分厚く身幅が広くかなり丈夫」なんていう西洋剣は存在しなかったのである。
そして同時に、西洋剣イコール重量で叩き斬るものという解釈も正しいものとは言えない。後期は言わずもがなだが、初期も一応軽量化のために幅の広い溝が彫られており、そこまでの重量があるわけではなかった。そもそもロングソードって盾を持った上で片手でも扱えるように造られたものだし、ひたすら重く造られているわけもない。
実際の使い方としては、剣の構造やてこの原理などを利用しテクニカルに攻めていくものだったらしい。ハーフグリップあたりが一番有名だろうか。
「うーん……無理して対人用を備える必要は無いのでは? ほら、支給された剣でもギルド長相手に勝ってたじゃないですか」
「それはそうなんだが、分かるだろ? 対人ならこっちの方がずっと扱いやすい。城支給のやつは全部対魔物用だから、正直言って重くてあんまり使いやすくないんだよ。破壊力はあるけどな」
とは言え、西洋剣ではなくこの世界の剣に焦点を当てるというなら、重量で叩き斬る解釈の方が合っていると言っても過言では無い。元の世界はあくまで人しか相手にしなかったため細くても問題は無かったが、魔物に使うとなればそれでは十分にダメージが入らない事も多い。そのため、この世界の剣は元の世界の剣に比べ太く重いものが多いのである。
具体的な数字で言えば、重量にして三~四倍。とても双剣のように振るう気にはなれない。
勿論、今俺が持ってるようにどちらかと言えば対人向けの軽めの剣もあるにはあるし、事実南方の大陸ではむしろそっちが主流の国も多いらしいが、北の大陸ーー特にここキュレム王国は魔物の被害が多い国である。そのため剣は殆どが魔物用に太く重く硬く丈夫に造られたものであり、城に配備されている物に至っては全てが魔物用。俺に支給されているのも勿論そう。
流石に勇者達の武術訓練で最初に配られる剣は、それ用に特別に取り寄せられた対人用のやつらしいが、雑魚ならともかく強力な魔物相手だと護身用程度にしかならないので、扱える奴にはどんどん重いものを持たせ教育していく方針らしい。もし出来なくとも一応心得程度は身に付くので、それはそれで構わないとのこと。
奴らもハナから全員が剣士として強くなるとは思っちゃいなかったってわけだ。というかむしろそう考えていたとしたら呆れる他無いから、そこら辺は少し安心した。
……あ。言い忘れていたが、俺が騎士団をボコったあの日、あの場所にいた二百人弱は勿論騎士団員全員では無い。もしそうだったら流石に少なすぎる。
騎士団は得意分野ごとに剣士隊、槍兵隊、弓兵隊、その他重量系の武器隊と分かれている。任務にあたってはそれぞれがそれぞれに適した役割を果たすわけだが、今回の勇者の指南に関しては一先ず一律で剣を教えるということで決定された。他三つは魔物用となると重く取り回しづらかったり、或いは上手く当てるのにかなりの修練がいるため、短期間で扱いこなせるようなものでは無いからである。
そしてあの日からは剣士隊のみが指南のため練兵場を訪れ、他の隊は邪魔にならぬよう城内の別の練兵場で訓練をするようになった。だからこそ、あんなに人数が少なかったのだ。全員揃って剣で襲ってきたのはそういうことでもある。
それにしたって少なすぎんかとは思うが、剣士隊は騎士団全隊の中で一番人数が少ないらしいから、仕方の無いことではある。対人用ならともかく魔物用の剣はリーチの短さによる不利を無理に補おうとしたためか、当てた際の破壊力を増す為に余計に重く造られている場合が多く、ハッキリ言って武器としてあんまり人気が無いのである。懐に入られさえしなければリーチの長い武器の方が強いっていうのは世の常だし、それなら普通は剣ではなく槍や大剣を選ぶだろう。
騎士団に限らず、冒険者においても魔物に対し本格的に剣で対抗する者は少なく、基本的に重量系の武器を使うかもしくは魔法主体で軽めの武器を使うかである。あのクルツですら魔物には専ら大剣を使ってるらしいし、当初剣のみで魔物に挑もうとしてた俺は異端であったと言わざるを得ない。いやまあ無属性の時点で異端なんだけどさ。
「俺は無属性だからな。他の奴らと違って、敵は魔物だけってわけじゃない。もしもの場合を考えて、少しでも備えておくのは当然だ。だろ?」
「それはそうかもしれないですが……」
「お前の言ってることは最もだとは思う。だが、俺は少しでも不安要素は無くしときたいんだよ。何かあってからじゃ遅いし……お前だって、俺に何かあるのは嫌なんだろう?」
「は、はい。それは勿論!」
「まあそういうわけだ。とりあえず、これからは魔物には大剣と刀、対人だと刀と剣ってことになる。魔法使えりゃそれが一番だが、中々そういうわけにもいかないしな」
相手によって戦法を変え、常に有利に立ち回る。黒宮流の理念と同じだが、やっぱり戦闘ってのはこれが一番だな。
ネットでは良く「日本刀と西洋剣、果たしてどっちが強いのか?」とかいう論争が良く繰り広げられているが、あんなものに意味など全く無いし、どちらか一方だと決めつけるのはただの馬鹿である。そもそもの話、両者は比較すべき対象では無いのだ。
打ち合うために造られたものと、受け流したりかわしたりするために造られたもの。
刃こぼれすることを前提としたものと、刃こぼれしないことを前提としたもの。
どこまでも切れ味を重視したものと、そこまで切れ味を重視しなかったもの。
少数のみを相手にすることを想定したものと、多数対多数を想定したもの。
前提条件がまずバラバラであり、武器としての分野は同じでも用途が全く異なるため、どちらがより優れているかなど決められるはずもない。両者にはそれぞれ長所と短所があり、上手く使い分けるのが一番。だからこそ、俺は今の方針を取っている。
いずれは強力な攻撃魔法だって修得したいところだが、今手を付けてるのは別の分野だし、そっちはしばらく後になるだろうな。確固たるイメージを定着させるって、やっぱ大変だわ……。
そんな会話をしつつ、俺達は買い食いをしながら夜の街を歩いていく。目的地に着いたのは、結局夜の八時になる頃だった。
ドアをノックし、やがて一人の女性が現れる。歳は四十、初対面なのにどこか見覚えのある顔立ちをしており、俺達に対し笑顔を向けてきていた。
「……いらっしゃい。手紙で聞いてはいたが、本当にあの人にそっくりなんだね」
「そうらしいな。……初めまして、だな。リディさんよ」
女性の名はリディ・ルーツィエ。サーシャの実の母である。
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