第32話 いらんものが増えました
そんなわけで、クルツに連れられギルド長室へとやって来たわけだが。
「……ナニコレ?」
「何って、今言った通りヒュドラ討伐の報酬だが。調査隊が戻り次第渡すと言っていたであろう」
「いや、それは覚えてるんだが……」
ヒュドラを倒し街に戻ってきたあの日。再生しまくるヒュドラの剥ぎ取り素材を見せられただけでは、本当に討伐されたのか確定出来ないため、調査隊を派遣し死体を確認したのち報酬を渡すということになっていた。
「分からない」ではなく「確定出来ない」という言い方をしたのは、ヒュドラの特殊な性質にある。魔核が機能している間は、切り落とされたり吹っ飛ばされたりして分離した部位が速攻で腐りやがて大地に消えるという特徴があり、俺が持って帰ってきた素材はちゃんとしていたので魔核が破壊出来たのは確定事項。そして、魔核を破壊するほどの攻撃を受けた時点で死にかけというのも確定なので、討伐の話が真実だということ自体は分かっていた。
しかし、Sランクともなると素の生命力が凄まじい。それは体の前面が消滅しても尚元気に暴れていたヒュドラを見ても良く分かるのだが、要は魔核が無くなっても逃走して何とか生き延びたという可能性が、僅かながらに生まれてきてしまうということ。危険すぎる故そんな万が一を考えないわけにもいかず、完全に死んだ様子を見ないと討伐の成否を確定出来ないわけだ。
まあ、そこら辺の話は別にどうでも良いのでこれで終わらせておこう。非公式とは言えクルツ直々に殲滅依頼を出したわけだし、報酬を受け取る事はむしろ当然のこと。ただし、少しーーいや、かなり気になる点が二つある。
「調査隊は国が編制した討伐隊と共に行動してるはずだろ? だが、討伐隊の面々はまだ帰ってきてない。報酬を渡すのはその後のはずだろ」
国が編制した、騎士団と魔法師団からメンバーを選抜して組んだ討伐隊。国の防衛のため大部分を残す関係上、確か参加したのは五百とかだった気がするが、そこには二つの団の団長が含まれている。
しかし、佐々木達の話によると二人は未だ不在。ということはまだスラーンド森林帯にいるはずであり、つまりは討伐隊並びに調査隊は戻ってきていないということ。これは一体どういうことなのだろうか。
「ああ、そのことか。実はとある事情があって、隊を分けて一部は報告のために一昨日帰ってきたんだ。それで一足先に知れたというわけ」
「下手に人数を減らしたら、危険度が上がるんじゃないのか? 途中で魔物に襲われて全滅する可能性もあるだろ」
「無いとは言えんが、その確率は限り無く低いと思うぞ? ローラー式にやってるわけだから魔物はことごとくが倒されてるし、過ぎ去った後の短期間でそんな多く入り込むとは思えん。それに、そう簡単にやられるほど調査隊も柔じゃ無いしな」
「ふぅん。まあそこら辺は俺には良く分からんポイントだし、これ以上は聞かないでおくとするか。……それじゃ本題。この額は何だ」
「む、もしや少なかったか? だが、それ以上増やすことはいくら私でも難しいのだがーー」
「いや逆だから。何でこんな膨大な量になってるのかって聞いてんだよ。これ相手に少ないっていう表現を使えるアンタが恐ろしいわ」
「はわわわわ……な、何ですかこれ……」
俺達の目の前にドカッと置かれた二つの麻袋。後から数えたのだが、その中には何と片方には白金貨十枚に大金貨が四十五枚、もう片方には金貨が五十枚入っていた。日本円換算すると白金貨が五百万で大金貨が百万、金貨が十万なわけだから、あくまで大体だが総額一億にもなる。
……いや、ホントにどういうことやねん。サーシャを見てみろ、あまりの金額の多さに軽くフリーズしてやがる。
「調査任務の方の報酬は、確か大金貨五枚に金貨三十枚程度だったろ……。でかいのは一体しか倒してないのに、その十倍以上って」
「シュウヤさん、それを程度っていう時点でシュウヤさんも中々……」
「いや、俺はあくまで比較のために言っただけだから。あれを少なく見れるほどおかしくもなってないから。……って、俺の事は別に良いんだよ。おいクルツ、一体何があった。いくらSランクの魔物だからって、一体倒しただけでここまでになるわけねぇだろ」
「まあそうだな。……二人とも、ここから先の話は他言無用にしてくれ」
いつもの比較的明るい雰囲気から一転、真剣な表情となったクルツに対し二人揃って自然と背が伸びた。サーシャが城のメイドだというのは既にクルツには言ったのだが、それでも重大な話だというなら席を外すのを促したりするはず。それをしないということは、俺繋がりでサーシャの事も信用したのか、それともどうせいずれは関係するということなのか。
今回の場合、前者だというならそこまで問題は無かったのだろう。だが残念ながら、結果的には後者だった。
「殲滅任務を行っていた討伐隊がな……魔族の集団と激突したらしい」
「魔族ッ!?」
「それって、確か魔王の配下とかいう奴らだよな? 疑う訳じゃないが、それホントなのか? あそこには俺も長いこといたが、一回も遭遇しちゃいないぞ」
「探索したエリアがずれていたんだろうな。潜伏していて立ち去ろうとしたところで討伐隊と鉢合わせになり、そのまま戦闘となったらしい。幸い全員倒せはしたが、こちらも死者が出ているとのことだ」
「成る程。さっき言ってたとある事情ってのは、魔族の件を早く知らせるためだったってことか」
「そうだ。魔物達を殲滅するのも大事だが、魔族の情報ともなればそれ以上に重要だからな。伝達を遅らせるわけにはいかん」
「し、死者って言ってましたけど……被害はどれくらいなんですか?」
「元々送り出した人数が、討伐隊が五百人、調査隊が五十人、そしてギルドから出した冒険者達が五十人。計六百人だが、うち既に百人が死亡。残りはある程度怪我はしたものの、治癒魔法のおかげで無事だそうだ」
全体のうち十六~七パーセントってところか。だけどこの数値も、正規の軍隊が大半を占めてるからこそ、なんだろうな。同じ数でも一般人だったら全滅していてもおかしくは無いはずだ。
「相手の数は?」
「十二人だな。死亡者は百だから、一人あたり九人殺ったってことになる。残念だとは思うが、不意を突かれた方も方だからな。仕方無い」
うむ、やはり命の価値が軽いな。日本なら百人も死ねば国中が大騒ぎになってるぞ。
まあでも、そこら辺は自業自得だからなぁ。あえて追及はしないが、クルツの呆れてる様子から察するに、功を急いで先走った奴らなんてのもいたんだろうな。或いは戦闘中なのに安心してうっかり気抜いた奴がいたとか。
あとはまあ、森の中で障害物が多いから思うように動けなかった、とか? 俺は山ん中散々走らされたから慣れてるが、騎士団魔法師団連中はそうとは限らない。防衛を主にしてるから仕方無いんだけど、奴ら練兵場みたく平地での訓練が中心なんだもの。
「……で、こっからがさっきの話に繋がってくる。戦闘中の言葉から、どうやら魔族共の目的は森林帯に強力な魔物達を潜ませることだったらしい。元々ゴブリン始めEやF程度しかいなかった森林帯にBやらCやらの魔物が増えたのは、魔族共の仕業だったってわけだ」
「魔族は魔物に影響を与える能力を持ってるから、それを使ったんだろうな。しかしクルツよ、記録だと今まで魔族は平地を真っ直ぐにしか攻めてきてないよな?」
「だな。まあ分散させた方が良いって学習したんだろう。実際問題、あのままだと気付いた時には手遅れになってた可能性も高いわけだし。今回は何とかなったがな」
あー……そういうことか。やっと話が見えてきた。
「つまり、事前に大きな被害を食い止められたのは魔族を倒したからで、魔族を倒したのは派遣された討伐隊。そしてその派遣のきっかけを作ったのは俺。傲るわけじゃないが、間接的には俺が大襲撃を食い止めた形になってんのか」
「ああ。本来は国王様からお前さんに直接渡されるはずなんだが、国側としては無属性なんかを表彰したくないという想いがある。そこで、冒険者ギルドから報酬として渡すことになったというわけだ」
「まーためんどくさいやり取りもあったもんだ。ま、国が関与してんなら、そりゃこんな金額にもなりますわな。……でもよ、その情報は秘匿するもんじゃなくないか? 王都からかなり離れた場所のこととはいえ、魔族に関することなら国民にも知らせるべきだろうに」
「それはまたいずれ、だな。公表は機を見て行うから、最悪漏れる分には仕方無いが、余計な混乱を避けるために一先ず伏せておけと言われている。騒ぎになっているわけでも無いし、人間がそう頻繁に立ち入る区域の話でも無いからな。君達も、今はまだ誰にも言わないでおいてくれ、ということだ」
「「了解した(です)」」
魔族に関しての話は一段落し、クルツの雰囲気が元に戻る。そうなると必然、話題は目の前の大金へと移ることとなる。
「……しっかし、こんな貰ってもなぁ。あっても使い道が無い」
「何か買いたい物などは無いのか?」
「無いな。強いて言うなら魔石くらい。元々俺に物欲なんてそう無いし、元の世界ならともかくこの世界は娯楽も少ない。必要な物は支給で賄えるわけだしなぁ。サーシャ、何か買ってやろうか?」
「いえいえいえ! そんな、私なんかが何かを貰うなど! メイド長にも叱られてしまうでしょうし……」
「それは別に黙っとけば良いような」
つい深いため息が出てしまう。大金なんて持っててもロクなこと無いし、かと言って受け取らないというのも何かアレな気がする。規模がおかしいだけであって、これはヒュドラ討伐に対する正式な報酬なのだから。
だけど、使い道が無いんじゃねぇ……。今魔石とは言ったが、そもそも魔石は貴重故市場にあまり出るもんじゃなく、買い占めたらそれはそれで問題が起こる。Cランクの魔石ならある程度は出てるだろうが、一個あたり金貨一枚だし、いくつか買ったところで使いきるにはまだまだ遠い。
「うーん……」と三人揃って考え込む。だが、やがてクルツが何かを思い出したようにポンと手を叩いた。
「それならシュウヤ君、新しく武器を買ってみてはいかがかな?」
「武器?」
「ああ。確かに支給はされるだろうが、必ずしも君に合っているというわけでは無いはずだ。城に無い物だってあるわけだしな。この際自分なりの武器を作ったり探したりしてみるのはどうかね?」
ふむ、一理あるか。城にあるのは騎士団が使うような武器のみだし、例えば以前登録試験の時に相手が使ったような二丁鎖鎌なんてのは置いていない。流石にあんなのをメインにする気は無いが、何か新しい発見があるかもしれないな。それに……。
「シュウヤさんっ、早速行ってみましょう! どんなものがあるのか楽しみです!」
「こらこら、はしゃぐな。まあ確かに、今からとなるとちょいと急がなきゃいけないな。店が閉まっちまう」
サーシャのこの様子からも分かる通り、元々武器屋には行くつもりだったのだ。だったらそのついでに色々探してみるのも悪くない。
「ははは、どうやら決まりのようだな。では二人とも、邪魔して悪かった。日が暮れる前に行ってくると良い」
「ああ。そんじゃ、行くぞサーシャ」
「はい。では失礼しますね」
「うむ、それじゃあな」
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