第31話 束の間の休日
五日後の朝。王都の広場にて、俺は魔法練習で時間を潰しつつ待ち合わせをしていた。
内側に大量の投げナイフを仕込んだいつもの上着に、腰には剣を一本差してはいるが、戦闘用の皮鎧は身に付けていない。それもそのはず、今の装備はあくまで不意に争いに巻き込まれた場合を想定してのものであり、魔物と戦うわけではないのだから。
人間相手に鎧など、いらないどころかむしろ動きの邪魔となるので、付けないのは当然と言える。そもそも街の外にだって行かないしな。
「ふむ、そろそろか」
時刻は現在八時五十八分。約束は九時なので、一応時間的にはまだあるはあるのだが……あいつならもっと早く来ると思っていたんだがなぁ。まさか今更出れなくなったんじゃ無いだろうな。
いや、今回の場合はそれは無いか。城から出るのにそれほど手間取っているのか、或いは準備に時間がかかっているのか。そのどっちかだろう。
昔一葉婆ちゃんから教えられたが、女っていうのは身仕度に非常に時間がかかるらしい。何でも着るもの一つですら見映えとか上下のバランスとか色々考えて決めており、それが各手順で行われるため結果的にかなりの時間を要するのだとか。
着るものなんて機能性さえ良ければ何でも良くね? バランスなんてどうでも良いし。……と俺は思うのだが、それを言ったら爺ちゃん達には心底同意され、逆に婆ちゃんには「あんたらは女心ってものがちっとも理解出来て無いねぇ……」と心底呆れられた。
何であんな目を向けられるのかが全くもって分からないのだが、「外では絶対に言うんじゃないよ。失礼にあたる時もあるし、場合によっちゃ面倒事に巻き込まれる」とも教えられているため、それに従い誰にもこの事は言っていない。これでも必要最低限のマナーは身に付けてるつもりだしな。敬うべき相手がいないから敬語は全く使ってないけど。
そんなことを思い出していると、視界の隅にこちらに向かって駆けてくる姿が映る。背格好から本人であると判断でき、少々の安堵を抱いた。
「ハァ……ハァ……。す、すみません。お待たせしました、シュウヤさmーー」
「おいコラ」
「あっと、申し訳ありません。シュウヤさん、とお呼びするのでしたね」
「ああ。今はまだ周りにそこまで人間はいないから良いが、これからの時間帯街は賑わっていくわけだし、その中で様付けをされると色々と困る。頼んだぞ? サーシャ」
「はい。了解いたしました」
何でサーシャがこんなところにいるのか。言うまでもなく、俺が連れ出したからである。まあ俺には城を出る時間に制限があるため、同じタイミングで出たわけじゃないけど。
王城に住み込みで勤務するメイドとは言っても、流石に年中無休でこもり続けると言うわけでは無い。現代で言うところの有給のようなシステムが存在しており、城のメイドや執事は事前に申請を出し受理された場合のみ、その期間仕事を休み外出する事が出来る。一回の最大日数に制限はあるが、今回は三日間だけだし気にしなくて良いだろう。
……専属の仕事中に休む事が出来るのかって? 勿論普通はそんな事は許されず、唯一申請が通った上に仕えている者からも許可が下りた場合に限られる。従者がそんな事を主人に言い出せるはずも無いので、殆ど形骸化している決まりでもあるのだが。
しかし、今回の場合一緒に来てくれと言い出したのは他でも無い俺であるため、そこら辺は何も問題無し。一方のサーシャとしても、専属メイドとしてしばらく外には出れないだろうなと思っていたところに訪れた朗報であるため、快く了承するのみならず目を輝かせて頭を下げてきた。互いの利害が一致したというわけだ。
ちなみにだが、こんなにも早く許可が下りたのは俺自らレミールに話を付けに行ったから。さっきの「今更駄目になったりはしないだろう」というのは、人伝だけでなくメイド長からも直々にオーケーを貰ったのに邪魔が入るわけはなかろう、という思いからである。
通常申請が通ってから休みが始まるまで少なくとも一週間は空いてしまうものなのだが、そこまで待ってると終わった頃には既にFランクに上がっているであろう佐々木達を待たせることにもなるので、なるべく早めに終わらしておきたかったのだ。今回の用事は俺とサーシャ二人揃わないと出来ないものだしな。
「なら良い。あと、別に遅れてないから気にするな。そこまで長い間待ってたわけじゃないし」
俺だって何も城を出た直後からここにいたわけではない。四時に城を出たあと、ランニングをしたり近くの個人商店で朝食を取ったりしていたので、ここで待ってたのはその約半分、たったの二時間程度である。そしてその時間も、魔法用のイメージをひたすら練ることに費やしていたので、そこまで長くは感じなかった。
まあでも、ここまでする必要は無かったか。俺は元の世界では誰かと遊んだ事も待ち合わせをした事も無く、いまいち程度が分からないため、もしもの場合を想定してかなり余裕を持とうとしたのだが……二時間は長過ぎたな。もう少しトレーニングに時間を割けるはずだ。
もし次こういうことがあったら、待機するのは一時間で十分だな。うん、そうしよう。あるかどうかは知らんけど。
「そう言っていただけると幸いです。それで、その……どう、ですか?」
「どうとは?」
「えっと、その……」
質問の内容が分からず首を傾げる俺に対し、サーシャはくるっと体を一回転させた。だからどういうーーあ、そういうことか。
「良いんじゃないか? 結構似合ってると思うが」
「そ、そうですか? 家族以外に評価を戴くのは初めてなので、ちょっと不安だったのですが……」
「ああ。生憎俺にファッションとかいうのは良く分からんが、本人の雰囲気に合ってるかどうか位は何となく分かるからな。お前らしい選び方だとは思う。……一応言っとくが、世辞のつもりは無いぞ。わざわざ言葉選ぶなんてやってられんし」
今のサーシャはいつものメイド服ではなく、水色のワンピースに白い上着を羽織り、頭にはちょこんと帽子を被っている。いわゆる「可愛らしい」という言い方があっているかもしれない。
「それなら良かったです。何日間も精一杯悩んだかいがありました」
「え? パパっと選んだわけじゃねぇの?」
「はい。シュウヤ様がご快復なされた次の日、今回の休暇の話が出た時からあれこれ考えてまして。一人ならまだしも、誰かと一緒にーーしかも殿方と街を歩くのですから、それ相応の見映えはさせておかないとと思ったのです」
「……殿方て」
ごめん、婆ちゃん。俺にはやっぱ女心ってやつは理解出来そうに無いですわ。
何故に服なんかにそんな手間をかけるのか。いやまあ、そのかいあってか見た感じ悪くは無いんだけどさ。
「まあ良いや。そんじゃ、そろそろ行くとするか」
「はい。行きましょう!」
今回の用事は、目的の場所に辿り着くまでにかなりの時間がかかるため、それまでの間進行方向にある施設を二人で回ることとなった。抱き抱えて突っ走るのが一番時間が短縮出来るのだが、人目に付くというのと、サーシャ的にあまりに恥ずかしいということで却下となった。
ちなみに行き先はサーシャの希望する場所となっている。無論用事に影響しない範囲で、だが。
サーシャは休暇の度に街を見て回っているらしいのだが、一人では行きづらい場所も勿論ある。そこで、俺が同行しているのを利用して行ってみようというわけだ。今回の休暇を喜んでいたのはそういう側面もあったりする。
(……ふむ)
こうやって二人並んで道を歩いていると、いつもとはまた違ったものが色々目に入ってくるな。ギルドに依頼を受けに行く時は人のいない時間帯を全力疾走してるわけだから、こんなに賑やかな様子を見たのは例の散策以来である。
しかもあの時は広場から図書館に一直線に向かったから、こっち方面は来てなかったしな。新鮮な光景というのはむしろ当然か。
それにしても……何かさっきから周囲の目線が痛いな。特に男共からだが、この感じは嫉妬の類いか?
確かにサーシャは素材は良い方だと思うし、着飾れば目を引くのも分からんでは無いが、だからと言って変な勘違いは止めて欲しいものである。そんな関係じゃないし、髪の色は全く同じなんだからせめて兄妹と思っていただきたい。手繋いでるのだってあくまではぐれないようにってサーシャから頼まれた事だし、それも人混みに差し掛かった時しかやってないわけだし。
とは言え、普段抑えてる気配を多少解放して男共を威圧してはいるから、幸いなことに直接絡んで来る奴は一人もいない。レミールを訪ねた際「街には粗暴な者も多いですから、どうかあの子を守ってあげて下さいね」って頼まれたからな。こないだのぶっ倒れた一件でも世話になったわけだし、一切の面倒事を起こすわけにはいかない。
そんなわけで、特に何事も無く時間は過ぎていく。休憩を挟みつつ歩き続け、夕方頃見慣れた建物に辿り着いた。そう、冒険者ギルドである。
両親がかつて通い詰めていた場所であり、何事も無ければサーシャも冒険者として訪れていたかもしれない場所。元々サーシャは両親によってそこそこ鍛えられていたのだが、ダグダの死後心を病んだリディに代わってレミールがサーシャを引き取り、メイドとして自立させるべく教育と知識を叩き込んだのだという。
例の事件から四年。両親のいた場所とはどんな感じだったのか一度自身の目で見てみたく、けれど屈強な冒険者が集うギルドに一人で足を踏み入れる勇気はサーシャには無かった。行きづらい場所の最たる例だろう。
「ふうぅぅぅぅ…………」
「そう緊張するな。外からの印象に反して、中は意外と安全だ。もし何かあったら俺が対処してやる」
「ありがとうございます。……よし。もう大丈夫です」
深呼吸を繰り返すサーシャの頭にポンと手を置き落ち着かせる。一般人と違って冒険者に遠慮なんてする必要は無いし、絡まれた場合は殺気で沈めとけば良いだろう。
ドアを開け中に入ると、いつものようにーーしかしいつもとは違い、嫉妬も混じった視線が俺に集中した。ああうん、予想通りでしたよ。やっぱりこうなるのね。
「ど、何処かただならぬ雰囲気が漂ってますが……何かあったんですかね?」
「……さあな。とりあえず休憩するか」
冒険者ギルドの食事処は一般にも開放されている。こんな雰囲気の中でわざわざ食事する一般人はそういないため、半ば形骸化している決まりでもあるのだが、ともかく使えるのなら一旦腰を落ち着かせるとしよう。
そう思って席に向かって歩いていくと、そこには軽食を取るクルツの姿があった。副ギルド長と打ち合わせのようなものをしている。
……こいつ最近表に出すぎじゃね? 俺が来る前までは基本ずっと引きこもってたらしく、だからこそ試験の時冒険者達はあんなに驚いていたわけだが、今じゃすっかり周囲の雰囲気に溶け込んでやがる。あれか、俺と戦って活力が戻ってきた事が関係してんのかな?
「ん? おお、シュウヤ君じゃないか! 隣の子は……うん? いつの間に他に仲間が出来ていたのか? でもただの知り合いという雰囲気でもないが……」
「ああ。こいつはその、何て言うかーー」
「! そうか、成る程。早くも伴侶が出来たというわけか!」
「ちっげぇわ!! アンタも結局同じ反応かい!」
クルツよ、お前もか……。俺がこの世界に来てまだ三ヶ月ということは知ってるだろうに、何故同じ思考に至るのだろうか。
「……違うのか? にしてはかなり親密に見えるのだが」
「色々と事情があるんだ。ともかくそういうのとは違うから、頼むから変な事は言うな。アンタが口にしたら真実味が増すし、いい加減周囲からの刺すような視線がウザったい」
「そうか、分かった。ところでシュウヤ君、今時間はあるか?」
「時間? えっと……」
チラリとサーシャを見ると、微笑みながらコクンと小さく頷いて返してきた。お好きなようにして下さい、とかそんな感じだろう。
「少しなら。だが、今すぐ何かやれって言う話なら悪いが無理だぞ。今日は完全にオフなんでな」
「安心してくれ、そういうのじゃない。ともかく一緒に私の部屋まで来てくれるか? その子も連れてで良いから」
部外者だと判断したこいつもいて良いってことは、そこまで重大な事じゃ無いって事だな。なら後回しにしても良いんだろうが、そこら辺の判断はサーシャに任せるか。ギルド長室に入るなんてそうそう出来んことだろうし。
「……だそうだ。どうする?」
「私なんかが立ち入って良い場所じゃ無い気がするんですが……本当に大丈夫なんでしょうか?」
「部屋の主であるこいつが良いって言ってんだから良いんだろ。行くか行かないか決めてくれ。お前が行くなら俺も行くし、行かないなら俺も行かない」
「それを私が決めるんですか!?」
「そりゃそうだろ。お前を一人にするわけにはいかない以上、ここで別行動っていう選択肢は無い。そして俺は正直今でも後日でもどっちでも良い。なら決定権はお前にあるわけだ」
ギルド内だからまだ良いが、それでもほっとくと何か起きる気しかしない。常に一緒に行動するのは当然だろう。何を驚いているのやら。
「うー……拒否なんて出来るわけ無いじゃないですか。行かせていただきます……」
「決定だな。そんじゃクルツよ、早目にそれ食っちゃってくれ」
「そうだな。すまない、少しだけ待っていてくれ」
唐突に始まってしまったお出掛け(というか男女が手繋いで仲睦まじく歩いてる時点で端から見たら完全にデート。本人達にその気無いけど)回。元々予定無かったんですが、急遽入れることになりました。
あと、いくらか文章の削除を行いました。序盤を見返してみると、小説を書き始めたばかりだった故か無駄な文章が結構あるので、これからもこういうことはあると思います。御了承下さい。
では、以上になります。
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