第29話 代償
--サーシャ--
コンコン。
「シュウヤ様。起きていらっしゃいますか?」
廊下を進み部屋に辿り着き、いつものようにドアをノックする。しかし中から声はせず、何の物音も聞こえてこない。しばらく待っていてもドアは開かないことから、また外に行ってしまったのだろうか。
「……もうギルド側の制限は解けてるんですものね。一週間出てなかった分、また長く空けるのも当然か」
そう言いながらもついため息をついてしまう。今までに無い長さの不在の末、やっと帰ってきてくださったあの日。Sランクの魔物であるヒュドラと戦ったと聞いた時には、完全に頭が真っ白になって何も考えられなくなってしまった。
だってそうでしょう? Sランク冒険者ーーつまりは精霊使い達ですら苦戦する相手に、魔法が満足に使えないシュウヤ様が真っ向から挑んだと言うのだから。思考が止まってしまうのも当然だ。
まあ、その後の自分の行動もどうかとは思うけど。理性がまともに働いていなかったとはいえ、怒ったり抱き着いて涙まで流すなんて愚行以外の何物でもない。メイドにあるまじきとかそれ以前の問題であり、後からなんて事をしてしまったんだろうと後悔した。
シュウヤ様は「気にするな。というか元はと言えば俺のせいだし」と言っていたけど、立場的にそういうわけにはいかない。もう二度とあんなことは無いようにしなければ。
(でも……やっぱりそうなんですね)
改めて決意を固めながらふと思う。シュウヤ様が凄い実力を持ってるのは分かる。その身に積み上げた経験から、どんな危機も乗り越えてしまうような、そんなものを感じる時だってある。
しかし、Sランク魔物を倒してしまうというのは、最早そういう次元を通り越しているのだ。魔法だって満足に通じず、ましてや単純な身体能力なんかでどうにかなるものじゃない、それがSランクの世界というもの。そんなところに飛び込んで無事でいられるわけがない。
途中別の魔物だか動物だかの介入があったとシュウヤ様は語っていたけど、それだけで終わるようならSランクなどと呼ばれてはいない。そもそも近接戦闘で張り合えるような相手じゃないし、仮に出来たとしても勝つことなど絶対に出来ない。
だから……やっぱり私の予想は合ってるんだと思う。そうじゃないかとは前から思ってたけど、今回の事でハッキリした。
「あれからもう四年かぁ……向こうで元気にしてるかな」
そんなことをポツリと呟きながら、ドアに手をかけ中に入る。例え本人がいなくとも、部屋の掃除は怠ってはいけない。それが専属メイドの仕事なのだから。
「……あれ?」
部屋に入ってすぐ目に入った大きなベッド、その上にシュウヤ様が寝転がっているのを発見した。何だ、眠ってて声に気付かなかっただけだったのですね。
このまま寝かしてさしあげたいところだけどそうもいかない。時間が過ぎれば朝食は下げられてしまうし、昼までご飯は抜きということになってしまう。そうなれば満足に活動出来なくなるし、寝るならまた後で眠ってもらうとしよう。
「シュウヤ様ー、朝ですよー。そろそろ起きないとーー」
そう声をかけながらドアを閉めていると、ふと違和感を覚えた。シュウヤ様は森林帯の調査をたった一人で行えていた、となれば夜間だって寝ている間に近付くものがあれば気付くのではないか。
それが今はどうだろう。僅か数メートルの距離なのに少しも動く様子は無く、ずっとこちらに背を向ける体勢で寝そべっている。何かがおかしい。
嫌な予感がして直ぐ様駆け寄り、体を動かして覗き込む。その顔は完全に青ざめており、顔にも首にも何筋もの冷や汗を流していた。体温だって平時に比べて大分高い。
「シュウヤ……様……? しっかりしてください、シュウヤ様!!」
「ぅ……ぁ…………」
声をかけ軽く揺すってみるが、小さく呻き声を上げるだけで目を覚ます様子は無い。一体どうすれば……。
「えっと、えっと……とりあえずまずは布団をかけて、あとは毛布も持ってこなくちゃ! それと額に当てるタオルも用意して……」
剥がれていた布団をかけ直し、そのまま部屋を飛び出して必要な物を取りに行く。途中すれ違う人から変な目で見られる事もあったけど、一々気にしてる余裕なんてない。一刻も早く戻って看病をしてさしあげなければ。
--修哉--
「ん…………?」
額から感じる冷たさに意識が覚醒していき、少しずつ目を開けていく。全身が脱力感と不快感に襲われているため満足に動くことは出来ないが、頭痛が消えているだけでもまだマシというものだろう。
あまり良く覚えていないが、昨日の夜は本当に酷かった。能力生成を使った瞬間激しい頭痛に襲われ、直後に体力と魔力を一気に引っこ抜かれる故の不快感も合わさり、そのまま意識を失ってしまった。その時よりかはまだ良くなっているが……何かやけにボーッとするな。
「ーーシュウヤ様!? お目覚めになられたのですね!」
「サー……シャ……?」
視界の隅から慌てて駆け寄ってくる少女の姿を捉え、その名を口にする。だがあまり呂律が回っておらず、少しでも気を抜けばまた意識が消えそうな感覚が続いている。視界だって少しだけだが歪んでいるし、とても通常の状態とは思えない。
「良かった……本当にどうしようかと思いました。何か欲しいものはありますか?」
「いや、良い……こんまま寝かせてくれ……」
「分かりました。あ、タオル替えますね。失礼いたします」
「そうだな……よろしく頼む」
僅かに残っている気力と集中力を総動員し何とか返答を行う。そして今の状態の正体を知るべく、鑑定眼を発動し自身のステータスを覗き見る。
HP:□■■■■■■■■■540/5400(代償状態)
MP:□■■■■■■■■■240/2400(代償状態)
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『代償』:能力生成使用において、失敗時の反動により体に振りかかる超弱体化補整。使用直後に強烈な頭痛による意識の喪失が起こり、発動から半日の間には高熱、及び発動から十八時間の間には筋力低下による行動不能状態と陥る。また発動から二十四時間経過するまでの間、HPMPが最大値の一割までしか回復しなくなる。
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(やはりな……そうだと思ったよ)
今まで数回能力生成を使ってきたが、こんな症状は一度も起きていない。生命力を削られた時の感覚とは違っていたし、発動の前にはHPMPの値を確認してからやっているから、量が足りなかったということも無い。何か別の要素が関係していると考えるのが普通だし、タイミングからして失敗を疑うのは当然だ。
しっかし、これが代償か……キツいってどころじゃねぇな。最初能力生成の文言を見たときに「怖すぎるわ!」とか思ったが、実際はその比じゃなかったってわけだ。
死にはしないが不快感は半端じゃないし、もしこんな体で襲われでもしたら何も出来ずに負けて死ぬ。俺だって人間だ、まともに動くことも出来ないのに戦えるわけが無い。森林帯で使った時に失敗しなくて本当に良かった。
しかもこの代償とやら、『状態』の欄ではなくHPMPの横に表示されるということは、厄介な事に状態異常認定されていない。反動故体に起こって当然の症状だからか、魔力切れや単純な疲労と同じような扱いなのである。
これが何を意味するか。要するに状態異常耐性が通用せず、一度なってしまえば時間経過以外に治す手段が無いということだ。厄介とかそんなレベルではなく、流石の俺でも戦慄を禁じ得ない。
「とりあえず、本日は下手に動かず絶対安静にしてくださいね。安心してください、付きっきりで看病しますので!」
「そうか……ありがとな……」
張り切っている様子のサーシャを見ていたら、不快感によって荒ぶっていた心が何故だか落ち着いていくのを感じた。人間調子悪い時は誰かが側にいると安心するって言うけど、そこら辺は俺も昔と変わってないのか。
看病か……そんなフレーズを聞くのはいつぶりかな。爺ちゃん達との修練で丈夫に育ったから、十を過ぎた辺りからは風邪なんて一切引いてないし、状態異常耐性を身に付けたから一生体調不良なんて無いと思ってた。それがまさか、こんな形で世話をされることになるとはな。
「すまないな」とサーシャに声をかけつつ苦笑を浮かべる。俺にだってどうすることも出来ないし、今は好意に素直に甘える事としよう。そう考えながら、静かに目を閉じた。
しかしその一方で、どうしても一つ疑問が生じていた。魔力回復は何故上手くいかなかったのだろうか、と。
現実に魔力回復の速度を早くする方法はある。その原理が存在している以上、生成が失敗するはずは無い。なら一体……と考察しようとはしたものの、ボーッとした頭でそんなことをいつまでも続けられるはずはなく、すぐに考えるのを止めた。
時は過ぎ午後三時頃。十二時間経った頃から高熱は嘘のように無くなり、体を起こす位の事は出来るようになった。不快感はまだ半端無いがある程度は思考力や判断力も戻ってきたので、改めてさっきの疑問について考える。正常に働くようになった頭なら、今度こそ落ち着いて考察出来るはずだ。
そしてしばらく考えたのち正解に辿り着いた。原理関係の問題では無いと見て視点を変えた結果なのだが、分かってしまえば当たり前のことであり、また注意しなかった自分は阿呆だなとも思った。
能力生成の条件、その三。「生死に関係する一切の能力に関しては生成不可」。
初めて見たときは、蘇生系を始めとした生命を操る能力の生成を封じるためのものだとばかり思っていた。だが良く良く考えると、他にも生死に関わるものはある。そう、生命力。
生命力ーーLPの値が零になると、その存在は死を迎える事になる。そして、LPはHP及びMPとも繋がっており、過剰に消費された場合その不足分をLPが補う形になる。つまりはHPもMPも命と深い関係があるということであり、多少極端だが生命力そのものかもしくは生命力の一部と言っても過言では無い。
というわけで、恐らく魔力回復はこの条件に引っ掛かり生成が出来なかったのだろう、という結論に達した。生命力回復は作る気は無かったけど、この分だと体力回復もダメって事なんだろうな。ちょっとどころかかなりショックである。
……まあ仕方無いか。出来ないものは出来ないし、嘆いてたってしょうがない。作ることが出来ないのなら、正規の方法で魔力回復速度を高めるしかあるまい。
それと、次に作る能力も色々考えなきゃな。そう何度もこんな状態になりたくないし、条件に引っ掛からないようしつこくチェックしてから望まなければ。
「……ああ。もう夜か」
窓の外を見ると、オレンジ色に染まっていた空は段々と暗くなり始めてきていた。この世界に来てからはずっと作業に追われてたし、元の世界でも日々学業で忙しかった。こんなにゆったり一日を過ごしたのは久しぶりかもな。
……いやまあ、不快感だらけの一日をゆったりと言うのも変かもしれないが。ともかく大分時間を無駄にしてしまった気がするし、明日からはまた頑張らないとな。
「ええ、もう一日も終わりますね。……シュウヤ様、お体の方は如何ですか?」
「大分良くなった。まだある程度症状は残っちゃいるが、まあ放っときゃ治るだろ」
既に発動から十八時間経過。筋力低下の症状も消え、残るはHPとMPの制限のみ。未だに動く事は難しいが、あと六時間の辛抱だな。
「そうですか。なら、本当に良かったです」
「今日はありがとな、サーシャ。おかげで助かった」
「いえ、それが私の仕事ですから……」
そこで会話は途切れ、部屋には沈黙が訪れる。というよりかは、サーシャが何かを考え出して口を閉ざしてしまい、俺も話すに話せなくなったと言った方が正しい。
それから一分程経ったのち、サーシャは意を決したような様子で立ち上がり、「少々お待ち下さい」と言って部屋を出ていった。何をしに行ったのか不思議に思って首を傾げていると、すぐにまた戻ってきた。聞いてみると、どうやら廊下の様子を確かめに行ったらしい。
「え、何で廊下?」
「いえ、少し事情がありまして。……シュウヤ様、少しお話をさせていただいてもよろしいですか? 今のような場合でしか、ゆっくり話す時間は無いと思いますので」
「ああ、構わんが……」
「ありがとうございます。それと、これから話すことは一切を他言無用にしていただきたいのです」
「……分かった」
看病をしてくれていた時とはまた違った、いつにないその真剣な様子に、思わず背筋が伸びる。こいつがここまで言うって、一体どんな内容なんだ?
「まず、単刀直入にお聞きします。シュウヤ様は……魔法以外に何か、特別な力をお持ちなのですか?」
「……え」
予想外の質問に内心動揺し、されど顔には出さず平静を保つ。能力生成の存在に勘付かれた? いや、こいつがそんな本来突拍子も無いような事を思い付くはずは無い。
「……どうしてそんなことを聞く?」
「此度のヒュドラ討伐の件で、どうしても気になってしまったのです。今までも色々と驚かされてきましたが、Sランク魔物を倒してしまうというのは最早次元が違います。単純な身体能力でどうにかなるものではありませんし、他の生物が介入したからと言って勝てるものでもありません」
「運が良かったから、とは考えないか?」
「勿論考えました。それが一番現実的ではありますし、実際城の方々の意見もそれでまとまっていますから」
「………………」
……無理だな。良く分からんが、こいつの目は何かを確信してる。でなきゃ、こんな真剣な様子は見せないはずだ。
勿論ここで否定するのは簡単な事。だがそれに果たして意味はあるのだろうか? いや、やったところで疑念が残ることは変わらなく、いつかまた聞かれるだけだ。
それに、「まず」って言うならそれに関係した重要な事をこれから話すはず。他言無用っていうことだし、俺の話を無闇に言いふらすことも無いだろう。
仕方無い。勿論全てを言う気は無いが、存在だけは肯定するしか無いか。
「一つだけ聞きたい。どう考えてその結論に辿り着いた? お前の性格からして、そんな事を思い付くとは思えないんだが」
しかし、その前にこれは聞いておかなければならない。別に悪く言うわけではないのだが、常識から外れたものに対しては考えるのを止めるこいつがそこに辿り着くとは考えづらいのだ。
「確かに、こんなこと普通は考えないでしょうね。誰かに聞かれたら絶対馬鹿にされると思います。他の方なら、例え思い付いたとしてもすぐに別の可能性を探すかと」
「てことは、お前しか知らない何かがあって、それが今回の話に繋がってると?」
「ええ。無属性である方が、魔法とは違う特別な力を持つーーその前例を知ってるからこそ、シュウヤ様もそうなんだろうとしか思えないのです」
「……前例?」
「はい。実を言うと、私の父はシュウヤ様と同じ無属性だったんです。そして、本人ですらあまり詳細は把握していなかったんですが……魔法とは違う、ある特殊な能力を持っていました」
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