第27話 精霊という存在
「嫉妬と……」
「独立?」
予想外の回答に首を傾げる二人。それを見て、クルツは「やっぱりこうなるか」とでも言いたげな風に苦笑を浮かべながら話を続けていく。
「順番に説明しよう。まず嫉妬だが、精霊というのは契約者が自分と相反する属性の魔法を使う事を嫌うんだ。四属性は火と水、風と土がそれぞれ相反する関係になっているから、例えば火の精霊と契約している者が水の魔法を使おうとした時、それを邪魔する傾向にある。これに関してはやってみせた方が早いな」
そう言うと、クルツは誰もいない方へ掌を向けた。そして詠唱魔法を発動する。
「水よ来たれ。障壁たる存在を砕く硬球となりて、我が眼前の敵を撃ち抜け。アクアボール!」
「「「……えっ!?」」」
水属性の初級魔法、アクアボール。魔力が変換され水の球がクルツの掌から発射されるーーかと思いきや、ボシュゥッ!という音と共に蒸気が発生した。その中に球なんて物は存在しておらず、俺達は揃って声を上げた。
「……とまあ、こんな感じだ。私は火と土の精霊と契約を交わしていてな、水と風の魔法を使おうとすると、このように精霊が邪魔をして魔法自体が不発に終わってしまうのだよ」
「それが嫉妬故だと?」
「うむ。君らも知っているだろうが、契約精霊とは簡単な意志疎通が可能。そして相反する属性の魔法を使おうとする時、精霊は決まって不機嫌になるのだ。他の属性ならともかく、自分と逆の属性がわざわざ使われる事に我慢ならないのだろうね」
「成る程。それで属性そのものに嫉妬して邪魔をしてしまう、と。精霊魔法を身に付けてからそっちにかかりきりになってたんですが、裏ではそんなことが起こってたんですね。……八雲さん、僕らも試しにやってみようか」
「うん、そうだね」
クルツに許可を取り、一旦説明を中断して二人も実践することになった。先程と同じく人のいない方に掌を向け、詠唱を開始する。
「炎よ来たれ、万物を刺し貫く槍となりて、我が眼前の敵を撃ち抜け。フレイムランス!」
「えっと……土よ来たれ、障壁たる存在を砕く礫となりて、我が眼前の敵を撃ち抜け。ロックバレット!」
それぞれ相反する属性である火と土の魔法を発動する。だが、佐々木の手からはポッと小さな火種が出来るだけであり、八雲の目の前に出現しかけた石は不自然に砕け散り消滅してしまった。
「おぅ……魔法が」
「気持ちは分からなくも無いけど……何か凄く意地悪な気がします」
「そう落ち込むな。これが精霊と言うものだし、習性みたいなものだからどうしようもない。さっきトモヤ君は高尚だとか言っていたが、当たらずとも遠からず。人がそう易々と変えられる存在じゃないし、変えて良い存在でも無い」
肩を落とす二人をクルツが慰める。その様子を見ながら、俺は顎に手を当てたった今この目で見た光景を頭の中で何度も思い返す。
クルツの時も今も、魔法の発動の直前集まった魔力に不自然な介入が見られた。恐らくはあれが精霊もしくはそれがもたらすエネルギーであり、魔法を内側から崩壊させ無効化しているのだろう。性能ばかりに目が言っていたが、とんだデメリットもあったものだ。
「どうしても使いたいなら、一回一回精霊に頼み込む事だ。いくら嫉妬深いとはいえ、こちらの願いを無下にする存在でも無いからな。……まあ、一々やり取りをするのも面倒だし疲れるから、私は水と風の魔法を使う事は無くなったがね。今さっきやったのだって何十年ぶりと言ったところだ」
「たしかにそれはーーあれ? ちょっと待ってください。僕火と風の適正持ってるんですけど、水と土の精霊と契約した以上もうそうそう使うことは出来ないって事なんですか?」
「だな」
「えええぇぇぇぇ…………」
地面に手を付きこの上無く落ち込む様子を見せる佐々木。せっかく三属性者となれたというのに、早速その利点を潰されているのだ、ドンマイと言う他無い。これに関しては流石の俺も同情するな。
「まあ、適正を持ってるだけまだマシじゃないか? 本来なら火など出ず煙のみが上がっていたところを、修練を積み重ねたおかげで火種程度なら出せているんだ。努力すれば人並みに使うことは出来よう」
「あんまり慰めになってないです、それ……」
「あの、クルツさん。既に契約しているのと相反する属性の精霊と契約を交わしていたら、その場合はどうなるんですか? 精霊同士が喧嘩してしまうとか?」
「いや、それはほぼ有り得ない。というか、そもそも相反する属性の精霊と同時契約を交わしている人間なんて見たことも聞いたことも無いしな」
「え、そうなんですか?」
「うむ。てことで二つ目、独立の話に移ろう」
次の説明が始まるということで、佐々木も起き上がり体勢を整える。未だ表情が沈んでるが、これ以上誰も何もフォロー出来ないので、自分の中で気持ちの整理をつけてもらうしかないな。
「精霊には人間で言うところの差別意識に近いものがあってな。自分の属性が一番、他は自分達より格下とすら思っている節がある。相判する属性なら尚更。同じ属性同士なら仲良くしようとするが、違う属性の精霊とは基本的に協力しようとすらしない。属性ごとに独立している存在なんだ」
「あー……確かに。言われてみれば、僕の水の精霊と風の精霊も、魔法使う時以外は互いにそっぽ向いてるみたいですね」
「そうなの? 私は風の精霊しかいないから、良く分からないんだけど……」
「むしろそれが普通なんだがな。早くも同時契約出来てるトモヤ君が異常なだけだ」
「えっ。く、クルツさん。それはどういう……」
「今説明した通り、他属性の精霊同士は折り合いが悪くてな。そのためなのか、既に契約している者に別の属性の精霊が契約を持ちかけることなどあまり無いんだ。ましてや魔法に触れ合って日が浅い君達となればなぁ……」
ああ、成る程。だから国王もジキルも、精霊使いかつそこそこ歳食ってるのに精霊は一種類のみなのか。四種類もいるのに何でなのかと思ってたが、そういうことね。
「そして、別の属性の精霊同士が協力して魔法を組み合わせるとなると、更に確率は狭まる事になる。過去に水と風の精霊と契約を交わした者と出会った事があるが、そやつは魔法の合成は出来なかったしな」
「その言い方だと、アンタは出来るのか?」
「ああ。だが、長い修練を積み重ねた末の結果だ。しかも出来る時と出来ない時があるし、冗談でも容易とは言えん。……それを経験が浅いはずなのにアッサリとやるとなれば、異常判定するしかあるまい」
私の苦労は一体……と言った感じでため息をつくクルツ。しかし、俺達が驚き呆れるのはまだ早かった。
「そう言われましても……水の精霊と契約したのが約二週間前で、土の精霊とは一週間前に契約したばかりです。それで五日前に試しに合成してみようって思ってやってみたら一発で出来ちゃいましたし。そこまで苦労はしてませんよ?」
「「「……………………」」」
小首を傾げながら佐々木が言い放った言葉に対し、三人揃って絶句。合図も無しに俺達は揃って佐々木に背中を向け、声を落としひそひそ話を開始した。
「あの、シュウヤ君? あの子は一体何者なんだ? 君に負けた時既にボロボロだった私の自信が今完全に崩れ去ったんだが!?」
「いや知らねぇよ! 俺に聞かれても困るわ!」
「君達は同じ世界の出だろう! 何か知らないのか?」
「知らんもんは知らん! 大体同じ勇者つっても、ここに来る前あいつと話した事なんて一回も無いし!」
「沢渡君、周りと殆ど関わってなかったもんね……」
「八雲、お前なら何か知ってんじゃないのか? 学級委員だったわけだし、副委員長だった佐々木とは面識あるだろ」
「そう言われても、私だって知らないよ。話したって言っても世間話位だし」
いくらか話し合ったところで、佐々木が歩いて近付いて来たので一旦会話を中断した。何なんだこいつ、動体視力の件といい、無自覚系主人公気質なのか?
「皆、何話してたの?」
「いや、ちょっとな。そ、それよりもトモヤ君。君ここに来る前に精霊と触れ合った経験などは無いか?」
「無いと思いますけど……何でですか?」
「そりゃ勿論、元々何か関係があったと考えるのが自然だからだ。だか無いとなると……うーん」
「精霊に愛される天賦の才、とかそういうものなんじゃねぇのか? 逆にそれ位しか思い付かないんだが」
「そう考えるしか無いな。すまない、私もこんな事例は初めてなもので。だがそれが本当だとしたら、もしかしたら君なら残りの精霊とも契約を結べるかもしれないな」
「そうなんですか? 何か良く分かりませんけど、それっていずれは火と風の魔法もまともに使えるようになるかもしれないんですね!? それならありがたい限りです!!」
満面の笑みを浮かべる佐々木に対し、俺達三人の心は「それで済ましてしまうのか」という気持ちで一杯だった。一回心底落ち込んだ反動なのだろうが、人の事は言えないけど自分が何をしでかしてるのかもっと良く考えた方が良いと思う。口に出すのもアレなので、実際は心を抑えて顔をひきつらせる事しか出来なかったが。
「……まあ良い。とにかく、精霊にはそんな性質があるというのを覚えておいてくれ。あと当然の事だが、契約した精霊の数が増えれば増えるほど、相反する属性の魔法を使った際の抵抗力は増す。今は何とか出来てもこの先どんどん使えなくなっていくだろうから、早目に対策は取っておいた方が良い。今まで出来ていた事が出来なくなるっていうのは、想像以上にキツい事だからな」
「分かりました、肝に命じます。……それで、僕の魔法の試験の合否はどうなるのでしょう? 確かまだ何も言われてなかったはずなのですが」
「今更それを心配するのか君は……。勿論、文句無しで合格だ。ただ、精霊魔法にしては二人ともまだまだ威力も練度も低い。これからもサボらずに修練を続けてくれ」
「「はい!」」
通常の魔法より遥かに威力が高かった気がするが、あれでも全然なのか。大剣訓練の時の的作った時に察してたが、本当に精霊魔法ってのは凄まじいな。……今以上にスケールがでかくなる事が無いってのは残念でならないが。
魔法はイメージで変えられる、この法則は多分精霊魔法には当てはまらない。何故なら魔法を使うのが人間ではなく精霊だから。
書物によると、精霊に下せる命令はあくまで大まかなものであり、あまり細かい指示を出しても向こうは受け取ってくれないらしい。この事はのちにクルツにも確認を取ったから確かである。
精密なイメージは伝わらず、また精霊にそれを考えさせる事も出来ない。となれば、例の法則は適用云々以前に前提から不可能となり、大幅に強化されることはないってわけだ。
まるで人間みたく完璧に会話を交わせる精霊がいるなら話は変わってくるが……考えても無駄か。どのみち精霊なんて俺の目には見えないわけだし。
基本属性の魔法をイメージで強化しても、精霊魔法に届くかどうかと言われると可能性は限り無く低いと思う。だから精霊使いが最強って事は多分変わらないんだろうが、それでも精霊魔法が大幅に強化出来ないというのは、何かなぁ……という感じがしてしまう。もう一つの特殊属性である治癒魔法がどうなるかは分からんが、まあそれは追々調べていくとしよう。
「……さて。ノゾミ君はこれで終わりなわけだが、トモヤ君はまだ残っている。まさか忘れたわけではあるまいな?」
そう言いながらクルツはニヤリと口角を上げた。戦闘狂らしく勝負するのが待ちきれないと言った様子だが、一方の佐々木も普段の落ち着いた様子とは違い、全身から闘気をみなぎらせていた。
「大丈夫ですよ。では早いとこ始めてしまいましょう」
「よし来た。何だ、随分やる気満々じゃないか」
「ええ、武術にはある程度心得がありますからね。ですが、怪我するのは嫌なのでお手柔らかにお願いします」
「ハッハッハ、これは試験だぞ? 全力を見せてもらわねばならないのだから、こちらとしても手を抜くわけにはいくまい」
「やはりそうですか……なら仕方無いですね。合格出来るように頑張りたいと思います。二人とも、少し離れていてくれるかい?」
「了解だ。八雲、行くぞ」
「あ、うん……」
邪魔にならぬよう、ある程度距離を離しちょうど良い場所に陣取る。準備運動をする二人を眺めていると、ふと八雲が不安そうな顔で俺に話しかけてきた。
「大丈夫……なのかな。クルツさん、かなり強い人なんだよね? 佐々木君大怪我しちゃわないかな?」
「さて、どうだろうな」
「どうって……沢渡君は心配じゃないの?」
「んー……まあ大丈夫なんじゃないか? クルツは人の実力を見抜く良い目を持ってる。軽い怪我はあっても、死ぬまで追い詰めるような事はしないはずだ」
「それなら良いんだけど……」
「それにだな、八雲」
心配などしない理由は二つある。一つ目は今言った通り、クルツならそこまですることは無いだろうということ。仮に考え無しな野郎だったら、俺の時だって初っ端からいきなり身体強化を使っていたはずだ。
そしてもう一つは、この戦いの行く末を楽しみにしてる自分がいるからだ。そんなものがある限り、八雲みたく心が一色に染まることなど無いわけだしな。
「心配するのも良いが、良く見ておけ。この試験……案外面白い事になるかもしれんぞ」
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