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シーカーズ ~大器晩成魔法使いの異世界冒険譚~  作者: 霧島幸治
第二章 キュレム王国編 後編
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第25話 激闘の果てに得たもの

少し長めです。というか上手く切れる部分が見つかりませんでした。

 ヒュドラと殺り合ったあの日から二週間。街に戻った俺は、未だに冒険には出ず城にーー正確には殆ど部屋に引きこもっていた。

 別にサボっているわけではない。色々事情があったのだ。



 まずはやはり戦闘で負った傷のことが挙げられる。勿論後遺症が残ったわけではなく、全身に負った傷も左腕の骨折も既に元通り。

 骨が砕けすぎて若干軟体動物みたくなってたのに、治癒魔法とは本当に凄いものだ。完全に欠損したら治すのは無理みたいだけど。


 ただ、表面の抉られた部分とは違って骨折は完全に治ったかどうかが外から見ても分からない。例え痛みが無くとも、内部がどうなっているか知る技術などこの世界には存在しない。なので、少なくとも数日は激しい運動を控えるように、とギルド職員からドクターストップがかかってしまったのだ。



 別に俺はそんなの気にしないし、昔は軽い骨折程度なら訓練は続行していた。休みたくとも爺ちゃん達に叩き起こされてたし。


 下手に動いたら後遺症が残るほど重症なら休ませるが、そう易々と音を上げるんじゃない、とか言われてな。どんなに怪我をしても休みなんて取れない厳しい戦場を生き抜いてきた、実に爺ちゃん達らしい言葉だとは思う。その点では俺の体を気にしてる婆ちゃんと衝突してたけども。


 しかし、職員の言葉を聞いたクルツからも直々に一週間の依頼の受理禁止が言い渡されてしまったのだ。いくらギルド長でも、重大な罰則を犯さない限りそんな命令は下せないはずなので、口にしたところで意味は無いのだろうが……下手に対立するのも面倒なので大人しく従っておいた。ギルドに行ってもそもそも依頼を受けられず、せっかく外に出ても何の意味も無い、これがまず一つ。




 次に思い付くのは城内でのアレコレだろう。ギルドでの治療は傷が酷すぎて日を(また)いで行われたため、実際に城に帰ったのはその翌日の夜になったのだが、日が昇り朝食を済ませるや否や突然謁見の間に連行された。

 そこには国王に宰相を名乗る男、執事長に侍女長、騎士団長に魔法師団長と国の重鎮達が勢揃いしており、首を傾げる俺に対して王による質問がされることとなった。


 実は、俺が治療のために一日ギルドに留まっていた間に、冒険者ギルドから王城に向けて早馬が出され、クルツによって作成された書状が届けられていたのだ。書かれていた内容は、「森林帯では中位ランクの魔物の数が以前に比べて遥かに増大しており、Aランクのロックワームに続き、果てはSランクのヒュドラまでもが出現した。実際はそれら全てを、私が直々に認めたシュウヤという名の新人冒険者が、満身創痍になりながらも討伐してくれたおかげで事無きを得たが、これはどう考えても異常事態。周辺国に連絡する時間も最早惜しいので、直ぐ様討伐隊を編制し、森林帯の一掃を行う事をお願いしたい。私の方でも強大な力を持つ冒険者を集め、そちらに同行させましょう」といったところらしい。



 ……いや、それ俺やないかーい。

 クルツよ、もう少し隠してくれんかね? というかわざわざ俺の事言う必要無くない?



 国王も書状を読んで俺の事だと直ぐに察したらしく、こうして俺を呼び出して事の真偽を確かめようとしたわけだ。どう考えても面倒事に繋がる気しかしなかったので、本当なら否定してさっさと去りたいところなのだが、それが嘘だと分かると後々本当にマズい事になるので肯定しておいた。


 そしたら今度はジキルにブロディが目を見開いて、無属性であるお前にそんな事が出来るはずが無い、国王様に対して虚偽を口にするとは何事だ、この屑が、等と口々に罵倒してくる結果となった。まあ実際はヘルハウンド一家の助けもあっての事だし、俺一人でそんなこと出来るはずも無いのだが、詳しい内容を聞かれたわけでもなく単にやったかどうかを聞かれて肯定しただけ。特に何の嘘もついてはいない。



 戦闘に参加したのは事実。ロックワームもヒュドラも最終的な止めを刺したのが俺だということも事実。重要な役割を担って大怪我を負った事も本当だしな。


 そんな中で一方的に決めつけられるのも中々イラッときたし、一家の詳細を伝えるわけにもいかないので、「じゃあ実際に戦ってみて確かめてみるか? どうなっても知らんぞ?」と脅してみたら割とアッサリと身を引いた。何でも書状には「私も一方的にやられ、尚且つ現在は身体強化(ブースト)も身に付け更に強くなっています。変に手は出さない方が身のためですよ」という事も書かれており、既に重鎮達にはそれも伝わっているとのこと。


 それもあり、二人は苦虫を噛み潰したような顔をしながらも退散することになったというわけだ。特にブロディは一回俺に完膚なきまでにやられてるわけだし、次は本当に殺されるかもしれないと思ったのだろう。まあ身体強化(ブースト)と狂化の制限時間内に限れば、正直精霊使いともそこそこ良い勝負出来る自信あるしな。



 ちなみにだが、一家の存在は内容をぼかしながらもクルツには伝えておいた。「ヒュドラと戦ってる最中に巨大な黒い狼が突然乱入してきて、致命傷を与えてそのまま東に去っていったぜ」という風に。それもいずれは国王達にも伝わって誤解は解けることだろう。


 本当なら隠しておくのが一番なのだが、森の一画をド派手に焼き尽くしてしまった以上そうすることも出来ない。なので、本当は四体のところを自由に行動できる一体とし、かつグレイス平原に去っていったという風に物語を作っておいたのだ。こうすれば南に去っていった家族に被害が及ぶことはあるまい。この点のみに関しては虚偽と言わざるを得ないな。



 やがて謁見の間での話は終わり、討伐隊の編制を急がなければならんから、もう下がって良いと言われ俺はその場を立ち去った。最後にガラン、ジキル、ブロディから何やら落胆気味な目を向けられたが……あれは一体何だったんだろうか。


 ともかく、その影響でただえさえ城内は慌ただしくなっていた。そんな中下手に行動して邪魔をして目をつけられるようなことは勘弁だなと思い、落ち着くまで大人しくしていることにした、というのが一つ。




 三つ目はサーシャに関して。計らずも城を二週間も空けることになったので、当然何があったのかをサーシャにも話したのだが。

 ……ええ、そりゃもう凄い怒られましたよ。「何て危ない事をするんですか!!」って涙目になりながら。


 いやまあ、一家の事を伏せる関係上当初単体でヒュドラに挑んだ設定になってるから、顔を青ざめさせる位はするとは思ったんだけども……今回のは仕方無くないか?逃げられないなら戦うしか無いでしょうにと。



 勿論その事も言ったのだが、そもそもの話Aランクがいた場所に再度行った事自体を内心怒っていたらしく、そこに今回の一件が重なって抑えられなくなったのだとか。今思えば、確かに城を出る前夜不機嫌な様子を見せてたっけな。


 ひとしきり説教を食らった後、遂には俺に抱き付いてすすり泣きまでするようになってしまった。ここまで俺に感情を(あらわ)にする理由は未だに分からんが、流石にこれで即姿を消すほど俺も鬼ではないので、やむ無くしばらくの間部屋にいることにしたというのが一つ。




 四つ目は新異能の試運転。城に帰ってきた日が丁度能力生成(スキルメーカー)休止期間(クールタイム)が終わる日であり、早速とばかりに新しい能力を作っておいた。


 名を反響定位(エコーロケーション)。あらゆる音を聞き分け計測し、目で見ずとも周囲の状況を細かく把握し、一定範囲のマップを脳内に描くという能力。一般的にコウモリやシャチなどに見られる能力だが、人間の中にも稀に使える者はおり、光の少ない災害現場での救助活動などでも役立っているという。


 尚、有効範囲は現在ざっと半径三百メートル程。これから修練を積めば、ある程度はまだ伸びる余地があると思う。



 元々心眼により目を閉じても戦えはするが、探知できる範囲でいうとごく狭い範囲のみであり、光も無しに真っ暗闇の中を縦横無尽に駆け巡れるというわけではなかった。高速で移動し続けると地形も分かりにくくなってくるしな。


 それが今回この能力を作った事により解消され、昼だけでなく夜も普通に戦うことが出来るようになったというわけだ。魔物と戦う際、夜に群れにでも遭遇してしまった場合は基本的に逃げつつ気配を察して各個撃破するしかなかったので、真っ向から戦えるようになったのは中々でかいことだと思う。見えない中でどれだけ動けるかっていうのは生死に直結するからな。



 あとはまあ……無いとは思うが、攻撃を受けて失明した際の保険のためかね。

 まず両目を失った場合だが、人間は五感の内どれかを即座に失うと少なからず動揺してしまうため、戦闘の最中にそれが起きると大きな隙を晒す事になる。そこで止まっているか、もしくは予め保険を用意しておいたがために直ぐに立ち直れるか……それは勝敗を分ける重要な要素にもなるはずだ。


 片目を失った場合にもこの能力は非常に役に立つ。人間は両方の目で物を見て、それによって対象との正確な距離を掴んでいるため、片方を失うとその機能も失われてしまう。そこらの雑魚が相手ならともかく、強者を相手に距離を掴めなくなるのは完全に致命傷となる。


 漫画とかでは良く隻眼キャラが刀を扱っていたりするが、片目のみでまともに戦闘を行うなど長い修練の果てにようやく身に付けられる技。勿論ずっと両目で過ごしてきた俺はそんな事出来ないので、今までは失明したら心眼を頼りに()()()()距離を掴んで反撃することしか出来なかった。

 実際爺ちゃん達との訓練でも、失明まではいかずとも側頭部に攻撃がヒットした時、以降しばらく目が開けられなくなって滅多打ちにされたからな。普通に戦闘を続行出来るようになったのはこれまた大きな事だ。



 そして、これはまあ特に想定していなかったことなのだが、反響定位(エコーロケーション)は音の跳ね返り具合により対象物の場所だけでなく大きさや密度、そして僅かな隙間も知ることが出来る。これはどういうことか……つまりは表面上隠された場所を見つける事が出来るようになったわけだ。


 この城の造りは前々から違和感を覚えていた。と言っても一点だけなのだが、書庫である部屋と隣の部屋がどうも離れすぎている気がしたのだ。勿論()()()にはその間には何も存在しないし、サーシャにも聞いたが何も知らないようだった。


 そこで反響定位を使ってみたところ、壁の先にはやはり謎の空間がある事が分かった。書庫の扉は厚く外に音が漏れる心配は無いようだが、それでも怪しまれないようにこっそりと色々調べ、重い本棚の後ろに隠されていた扉を発見し中に入った。この俺でも身体強化(ブースト)を使わねば本棚は動かせなかったし、成る程、何か物を隠すとなればここから先は最適というわけだ。



 その先にあったのは一つの小部屋であり、明かりも無く大きな棚が三つ壁を隠すように置かれているだけだった。棚にはいくつか本が置かれていたが、他愛もない内容でありそもそも表に置かれていた本のコピーだった。

 恐らくこいつはフェイクであり、もし間違えてここを開けてしまっても引き返すように仕向けているのだろう。物凄いお粗末な気もするけどな。


 先程判明した空間の広さに比べ明らかに部屋の広さが小さいこともあり、気になって再び反響定位によって中を調べると、更にその壁の先に空間があることが分かり、棚をずらし扉を見つけた。これで空いていた謎の空間は埋まったわけだが、ちょいと辿り着くまでが面倒過ぎやしませんかね。



 その先も調べたくはあったのだが、残念ながらそう上手くはいかなかった。二つ目の扉には鍵がついており、中には入れないようになっていたのだ。一個目には付いてないのに二個目にはあるとはこれ如何に。


 一応木の机が一つと鉄の箱が一つあることは分かっているが、それ以上の情報は分からない。仕方が無いのでこの場は一旦引き返し、後日ここを開けられる力を身に付けてから再度訪れることにした。ボディチェックの関係上、鍵を作って持ち込むわけにもいかないからな。

 まあそんなわけで、城内を回りながら能力の具合を確かめていた、これが一つ。おまけみたいなものだけどな。




 五つ目……というか、最後は魔法の練習がしたかったから。とは言っても今までとは違い、ただ単に使うわけではない。街へ戻る途中戦闘の様子を思い出しながらふと引っ掛かった事があり、仮説を立てずっとその通りか確かめるべく練習を続けていたのだ。


 実はこれ、部屋にこもる原因となったものの中で一番重要だったりする。何せこの一連の作業は、他人にあまり見せてはいけないものだったから。一家は別に良かったから普通に目の前でやってたけども。


「ふぅー…………」

 ベッドの上で息を深く吐き、意識を集中させる。そして右手を構え、魔力撃(インパクト)を一発撃ち出した。魔力の塊はいつもの通りに布団にぶつかり、そしていつもの通りボフッと音を立て消滅した。

 別にそれに関しては何もおかしくはない。ただ、以前とはまるで違った点が一つ。今俺は詠唱をーーいや、それどころか魔法名すら口にはしていない。



 今までも度々俺の体に起こり、この間のヒュドラ戦で魔核を破壊しようとした時にも起こった謎の現象。ロクに研究もされてはいないとはいえ、それでも一般的な無属性魔法の常識から言えば有り得ないと思われる出来事の数々。


 一体あれは何なのだろうか。考えに考え、事例を一つ一つ思い出していく内にある共通点に気付いた。それは全てに魔法とは違う別の要素ーー簡単に言えばそれぞれ違ったイメージが介在しており、そして発動した内容もそれに沿ったものだったということ。



 身体強化(ブースト)で魔力を即使い果たしていた頃は、最初に発動した時共に使ったからこそ残ったのであろう、斬撃一発に全てを乗せ放つ業滅刃のイメージが。

 消費魔力が安定し始めた頃には、サーシャに身ぶり手振りで様子を教えたからこそ残ったのであろう、クルツが使っていたようなまともな身体強化(ブースト)のイメージが。

 ヒュドラの核を打ち砕いた時は、共に使った拳一発に全てを乗せ放つ衝垂のイメージが。


 それぞれを脳内に思い描きながら魔法を使い、そして身体強化(ブースト)はまるでそこに沿うかようにあっという間に魔力を全放出し、また消費量が抑えられ、或いは片方の腕にのみ全身の魔力が集中していた。


 最近まで完全に忘れていたが、今思えばこの世界に来て直ぐの頃にいきなり安定した光源生成(ライト)も、一回目使った後に豆電球のイメージを思い浮かべたからこそああなったのではなかろうか。医学と共に科学にも興味を持っていた俺は、大怪我で動けない時爺ちゃん達に技術の一貫として実験チックな事もやらされたし、その影響で人一倍そういった器具には慣れておりはっきりとしたイメージを持っている自信もある。



 ーー魔法はイメージ次第で変えられるのではないだろうか?

 そう仮説を立てた俺は、ならば詠唱が必要な他の魔法だってそれに頼らずとも魔法を使えるはずだと考え、この数日間ずっと練習を重ねた。詠唱が不要な身体強化(ブースト)では少々勝手が違う可能性もあったが、結果は見ての通り大成功。今思えば、魔法陣魔法において陣に魔力を流す仕組み、あれもイメージによる産物なのではないだろうか。


 今はまだ詠唱で行われる段階をなぞっているだけに過ぎない。だがこれから強化と無駄な部分の削減をも行っていけば、今よりもっと強くなれるはず。本来才能と長年の努力を積み重ねなければ到底使えないと言われる無詠唱魔法を、この世界に来てからたった二ヶ月半の俺が使えたという事実が、そんな希望的観測を後押ししていた。



 ……しかし、同時に俺は別の事も決意していた。今回発見したこの事は、出来る限り誰にも漏らしてはならない、と。

 別に独占しようとかそういうわけではない。言ったところで戯れ言と処理され、酷い場合は更に立場が悪くなるだろうと考えた末の結論なので悪くは思わないでいただきたい。


 イメージ次第で変えられるとは確かに言ったが、それはあくまで揺るぎなくハッキリとしたイメージを自身が持っている場合でのみ可能な事。その前提は、俺自身浮かれて近代兵器を適当に思い浮かべて使用しようとしても、全て不発に終わったという事実が証明している。


 確固たるイメージを身に付けるとはそう容易いものではなく、少なくとも一朝一夕で出来る事では決して無い。俺が今回こんなにも早く魔力撃(インパクト)の詠唱破棄に成功したのは、あくまで魔力そのものが視認でき且つそれを何度もなぞったからこそのものであり、そういった補助が無ければどれだけの時間がかかることか。


 書庫の記録で目にしたが、実際歴史上の無詠唱魔法使い達はほぼ全員が長命なハイエルフ族か龍人族であり、それ以外の人族も含めた短命な種族が詠唱破棄に成功したという事例は殆ど無い。仕組みに気付かず日々単に使っていき、永い年月を経て自然とまともなイメージが身に付いた結果なのだろうが、それほどイメージを正確に固めるというのは難しい事なのである。



 もし俺が他の属性だったら、そんな事あるものかと大多数に切り捨てられながらも、興味を持って確かめてみようとする者達だって中にはいるかもしれない。しかし、俺はただえさえこの上無く卑下される無属性、そんな俺が何を言ったところで聞き入れる者など果たしてどれほどいるだろうか。例えいたとしても、短期間で出来ないのであればやはり嘘だと決め付けられるに決まっている。


 単に切り捨てられるだけならまだ良いが、無属性如きが魔法を語るな! とか言われて今まで以上に状況が悪化する可能性だって低くは無い。使っているのを見られた場合も、おかしな目で見られるか妙な事を企まれるのがオチ。そういった思考を経て、誰に言うことも無く胸に秘めておこう、という結論に至ったわけである。


 ……まあ、修練を重ねて今より遥かに強くなり、十分な発言権を得た時なら考えなくも無いが。その時なら門前払いされる事も無いだろうし。




 そうそう、無詠唱を習得してから分かった事がもう一つ。詠唱についてなのだが、どうやらあれは頭の中に強制的にイメージを作り出してくれる便利なものなのだということが判明した。


 日本には言霊信仰というものがある。言葉は一つ一つ意味を持っており、積み重なると不思議な現象を生み出すというものだが、詠唱に含まれる言葉には本当にイメージを作り出す力があるらしい。

 前々から詠唱をする時に違和感を覚えてはいたのだが、改めて詠唱を行ってみると何も考えずとも頭の中にぼんやりとしたものが浮かび、その通りに魔法は機能していた。これも魔法がイメージ通りに動いているという証拠であり、例え魔法の未経験者であろうと、詠唱を覚えるのと練習を積み重ねれば魔法は使えるという仕組みは、詠唱が持つ力によるものだったということだ。



 ただ、便利ではあってもそこにはいくつか問題点がある。発動までに時間がかかるというのもそうなのだが、他にも大きく分けて三つもあるのだ。


 まず一つ目、詠唱中は他の行動を取りにくくなる。頭の中に勝手にイメージが作り出されるということは、それまでまとまっていた思考に想定外の横槍を入れられるということであり、複雑な動きが出来なくなる。走る位は問題無いけど。

 俺が魔力撃(インパクト)を唱えながら剣を振ると動きが雑になっていたエピソードが良い例だ。並列思考(マルチタスク)で思考を分割していれば問題無いが、そうでないなら俺のようになる。普段から集中力が高い人間程酷くなるんだろうな。


 二つ目、詠唱で作り出されるイメージはあくまである程度朧気なものだということ。ハッキリとはしていなかったからこそ今まで気付けなかったのだが、つまりは無詠唱で出す魔法とは威力も強度も大きな差が出てしまう。


 三つ目、詠唱を使うということは、同時に詠唱に縛られるという意味でもあること。一つの詠唱で作り出せる魔法は一種のみであり、また詠唱の種類にも限りがあるためそこが限界となりその先へは進めなくなってしまう。その壁を突破しうるのが無詠唱魔法であり、だからこそ無詠唱使い達が生み出した特級の属性魔法は、属性こそ同じだが既存の魔法とはまた違ったものになっているということだ。



 このように、詠唱とは便利であり同時に障害となるものだということが分かった。あくまで入門用ってことなんだろうな。



「……む、そろそろ魔力切れか。止めておいた方が良いな」

 ステータスのMP残量を確認し、手遅れにならないよう練習を止めベッドに寝転がる。時刻は夜の十一時、もうそろそろ寝る時間だ。

 布団を肩まで被り目を閉じる。落ちていく意識の中で最後に頭に浮かんでいたのは、二週間前の生死をかけた激戦のことだった。



 死ぬかとも思いはしたが、その反面あの戦いからは本当に大切なものを貰えたと思う。それまで不思議にしか思っていなかった事が実は魔法の秘密に繋がっていたとは、あの時Sランク魔物相手に拳を使うなどという馬鹿げた真似をしなければならないほど追い詰められたからこそ気付けたもの。


 それが無かったらこうして無詠唱に至ることなど出来なかっただろうし、もし仮に再びきっかけが現れたとしても、それは一体どれほど後だろうか? 何ヵ月後? 何年後? 或いはもっと後かもしれない。



 そして、激闘で得たのは何もきっかけだけでは無い。ヘルハウンド一家と街に戻る道中、夫婦が魔物と戦う様子を眺めていたのだが……今までに比べて動きが明らかに遅く見えていたのだ。

 いや、正確に言えば視界に映る動く物全ての速度がゆっくりになっていたと言うべきか。夫婦の実際の速度が遅くなっていたわけではないようだからな。


 どうやらヒュドラの猛攻を捌き続けた事により、今までより遥かに動体視力が上がったらしい。たった三十分かそこらで? と思うかもしれないが、あの時俺は死への恐怖に抗いながら必死にその時間を生きていた。恐らくはその影響で、触腕の速度に対応するべく無意識下で俺の体そのものが感覚を引き上げた結果、基礎性能の大幅アップに繋がったのだと思う。


 おかげで以前よりも動きが更に見切れるようになり、また一歩強くなることが出来た。基礎性能が上がったということは爺ちゃん達の強さに近付けたということであり、こんなに嬉しい事は無い。



 更に高みへ昇った肉体、そしてこれから作っていけるであろう改良魔法。新たに手にした武器と共に、これからもこの異世界を生きていこう。


 ……いや、違うな。生きていくんじゃない、俺は生きていかなきゃいけないんだ。どんな状況に陥っても生き抜き人生を全うせよーーそれが、爺ちゃん達が俺に残した使命なのだから。




 --ガラン--



「くそっ、どうしてこうなる!」

 言葉を荒げるブロディ副団長の横で、私とジキル団長は目を閉じ静かに考え込んでいた。とは言え、私達だって同じ感情を持っている。


 殺害対象であるシュウヤ・サワタリ、彼がSランク魔物であるヒュドラを討伐したという知らせに、私達の間には少なからず動揺が走っていた。勿論彼がそんな事を達成出来るとは到底思えないし、大方偶然会った高ランクパーティーの腰巾着にでもなって、何らかの手段で手柄を独り占めしたのだろうと最初は考えた。



 しかし、状況を考えるとそれはほぼ有り得ないのだ。ギルド長の書状によると、立ち入り制限中調査はシュウヤ・サワタリただ一人に任せており、他の冒険者からの申し出は一切受け付けていなかった。

 また、被害を拡大させないため周辺国の冒険者ギルドにも冒険者は入れないように要請しており、調査はSランク冒険者が筆頭を勤める我が国の冒険者ギルドにしばらく任せるという方式になっていたらしい。つまりは正式な依頼を受け森林帯に向かった者は、少なくとも近辺ではシュウヤ・サワタリのみなのだ。


 基本的に冒険者とは依頼を受け報酬を貰い生活するものであり、それ以外で好んで魔物を倒しに行く事などそうそう無い。あるとすれば戦わなければ死ぬ場合だったり国の防衛の際であり、依頼も無いのにわざわざ立ち入りが制限されている森林帯に出向くとは考えにくいのだ。


 それ以外の国から流れて偶然辿りつこうにも、森林帯自体が周辺国とグレイス平原に囲まれた場所にあるため、グレイス平原に討伐隊として出向いた者で無い限りそれは有り得ない。勿論ここ最近そんな討伐隊が編制された事など無い、半年前のはとうの昔に帰還しているわけだしな。



 強弱に関わらず、シュウヤ・サワタリが他の冒険者に遭遇した可能性は低い。書状に虚偽が記されているとも思えない。


 そもそもの話、調査をただ一人に任せるというのが明らかにおかしい話なのだ。いくら実情が分からず大勢で行っても返り討ちにされる可能性があったとしても、せめてパーティーを組ませて向かわせるのは常識。その方が負担の分散が出来るし、夜の見張りだって簡単に出来るから。



 だがギルド長はそれをしなかった。頭がおかしくなったとは思えず、また認めたと明言している者を捨て駒に使うとはとてもとても。


 ……ということは、だ。シュウヤ・サワタリにはそれほどの実力があったということになる。危険な調査をただ一人で終わらせるほど、すなわち少なくともAランク並の力が。

 勿論これも簡単に信じられるわけではない。だがSランクであるギルド長が身体強化(ブースト)を使っても尚一方的にやられたとなると、その話も現実味を帯びてくる。


 それでもまだ納得出来ない部分は多いが……Aランクの力に数々の偶然が重なれば、もしかしたらいけるのではという気持ちも湧いてくる。というか実際に起こってしまったのだから、一番可能性が高いであろうその線を信じる他は無い。



「これは……マズいですね」

「ええ。隙も無い上にそれほどの力を持っているとなれば、単純に殺すのは困難を極めるし、仮に出来ても多くの被害が出るでしょう。ガランさん、あなたが非公式に抱えている()()()()を総動員した場合、成功確率はどの程度ですか?」

「さて、どうでしょうかね。とても高いとは言えません。立ち振舞いを見ても明らかに戦闘慣れしていますし、一斉に襲いかかっても難なく対応するでしょう。少なくとも秘密裏に行うことは不可能です」


 私は二つの顔を持っている。一つは執事として仕える表の顔、そしてもう一つは邪魔者を人知れず始末する暗殺者としての裏の顔。非公式に暗殺部隊を率いていることは、この城の中でも国王様に王妃様、騎士団長に魔法師団長といった限られた人間しか知り得ない。


 うちの暗殺部隊は精鋭揃いで、今までに何人も邪魔な貴族を葬ってきたりした。だから皆腕には自信がある。

 しかし、こと暗殺技能に関してあの者は恐らく私達より更に上。全員で戦っても勝てるかは微妙なところ。以前も考えましたが、どうしてあのような若者がそんな異常な腕を持っているのでしょうか。



 ……まあ良い。今そんな事を考えても意味は無い。

 重要なのは、正攻法では始末出来そうに無いということ。であれば他の策を実行するしか無いだろう。


「毒を盛る……のは現実的じゃないですね。食事は大皿に乗った物を取り分ける形ですし、ピンポイントで予め仕掛けるのはほぼ不可能。無理矢理やろうとしたら絶対バレますし」

「というか毒で思い出したんですけども、あいつヒュドラの毒一体どうやって攻略したんですかね? 治癒魔法使いが同行していない以上、食らったら終わりなわけですし」

「さぁ? そこも運良く当たらなかった、という事なんじゃないですかね?」

「ですよねー。ちっ、無属性なんかがしぶとく生きやがって……」

「魔物に殺させるっていうのも、ヒュドラに勝てる以上現実的でなくなりましたし。グレイス平原にでも放り込めれば良いんですけど、流石にあんなとこ本人も一人で行かないでしょうしね」


 たった一つの事実によって、考えていた案がいくつも潰れていく。元々簡単だと思っていたのに、まさかこうも困難な仕事と化してしまうとは。



「残るはただ一つ、ですね……。あの方法でいきましょうか」

「良いんですか? だってあれは……」

「仕方無いですよ。他の方法は確実性が無い、失敗してしまったら仕返しをしてくることも考えられます。その点これは決まったが最後、生き残る事は絶対に不可能ですから。それに……この方法なら、あの専属メイドだって同時に始末出来ます」

「まあ確かにそうですけども。でもやるとしたら、今はまだ出来ませんよ? ほとぼりが覚めないと意味は無いし、色々準備が必要ですし。あと本人に隙が生まれる事も前提とした作戦ですから、一体いつ決行出来るのかが読めません」


 ジキル団長の言う通り、ある程度時間を置く必要がある。本人が隠そうとしてもSランク魔物を倒したという名声は自然と広まってしまうものだし、騒がれている間に決行しても不発に終わる可能性の方が高い。もどかしい気持ちはあるが、しばらく待つしかあるまい。


「良いじゃないですか、それまでの間に必要な要素を集めてしまえば。というわけでお二人とも、協力してそれぞれ勇者の中で使える駒を選んでおいて下さい。私よりもお二人の方が、全員に会う機会は多いですからね。私は隙の方を窺っておきます」

「了解です。と言っても、私達はしばらく森林帯に出向かなければならないので、後々になるでしょうがね」

「そうですね。ま、それが終わったら直ぐ様取り組みましょうよ。ところでガランさん、国民の方はどうします?」

「勿論忘れていませんよ。良いのを見繕っておきますのでご安心下さい。……では、話し合いはまたの機会に」



 話が一段落し、部屋を出てそれぞれの持ち場へと向かう。今回の策はかなり大事になってしまうため、そう易々と出来るものでは無い。が、二人に言った通り実行さえ出来ればもう逃れる術は無い。


 シュウヤ・サワタリよ。今回は一先ず命拾いしたようですが、次はこうはいきません。精々その時まで生を楽しむと良いですよ。

今回で森林帯調査回は終わり、次回からはしばらく能力生成関連と格下狩りが続くかと。出来るなら二章は百部分までに収めたい……(多分無理だと思いますが)。



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